【静岡知事選】

◎地方は中央包囲網をつくれ

 川勝平太氏(民主、社民、国民新推薦、前静岡文化芸術大学長)が坂本由紀子氏(自民、公明推薦、前自民党参院議員)ら3人を破った静岡知事選の意義は、次期衆院選の行方を占うだけでなく、地方選が与野党対決の場としてこれまで以上に重みを持ったことを浮き彫りにしたことである。
 坂本氏の敗北を麻生首相は「国政と地方選は全く別」と表面上は冷静を装ったが、与党の本音がそんな生やさしいものでないことは閣僚や与党幹部の反応を見れば明らかだ。
 だが、静岡知事選の結果を国政レベルから見るだけでなく、国と地方の関係が新しい段階に進んだ表れと位置づけることも重要だろう。

民主系の川勝氏の勝利が自公推薦の坂本氏の得票をわずかに1万2000票上回っただけの僅差だったとの評価は正しくない。民主の前参院議員の海野徹氏の得票を単純に加えれば、その差は35万票に開く。民主は分裂選挙を戦いながら、保守地盤の盤石な静岡県で勝利したのである。
 保守色の濃い静岡県民が野党推薦の川勝氏を選択した背景は、この日本をどこに連れて行こうとするのか全く定まらない麻生内閣の無定見さに嫌気を差したからである。首相自身が一度も静岡に姿を見せることができなかったことは、戦う前から勝利を諦めていたことを示している。
 足元の都議選では、陣営の戸惑いをよそにわずか10数分とはいいながら推薦候補の応援に走り回っている首相だったにもかかわらずである。
 一方で、自民党幹部だけでなく派閥領袖や閣僚までもが、宮崎県の東国原知事や大阪府の橋下知事らへの秋波を相変わらず送り続けていた。政治理念、哲学をかなぐり捨てた衆院選対策に、人気知事の取り込みにまい進しているのだ。

 ここで思い出す言葉がある。
 「政治家も使い捨ての時代」と言ったのは、郵政選挙で大勝した小泉元首相である。80人もの「小泉チルドレン」を前に、政治の厳しさを教えたものだ。東国原知事らへの政府・自民党のにじり寄りは、仮に目的が達せられた後どうなるか保証されるものではない。「使い捨て」を十分頭の隅にでも置いた方がいい。
 「選挙はけんかだ。どんなことをしても勝たなければならない」と官房長官時代の故後藤田正晴氏が記者懇で言っていたことも思い出す。選挙はきれいごとではすまない。あらん限りの策を弄する戦いという意味だ。後藤田氏は「カミソリ後藤田」と呼ばれた政界きっての戦略家で、中曽根内閣を支えた大物政治家である。

 理屈は何とでもつけられると与党は考えたのだろう。有権者がこんな自民党をどんな目で見ていたか分からないはずはないと思うのだが、恥も外聞もなく動き回った姿しか見えてこない。
 坂本氏はこんな自民党色を消す戦術をとり、「県民党」を名乗ってアピールに努めたのだが功を奏さなかった。女性候補の魅力も半減してしまった。
 地方選は国政選挙とは別と言いながら、言葉とは裏腹に人気知事にすがりついてまで態勢を立て直そうとする姿が有権者の離反につながったのである。
 静岡知事選は与野党が真正面から戦う図式だった。県民党を名乗って政党色を隠すのが従来の首長選挙だった。ところが、勝った川勝氏は選挙戦を通じて自民党政治を厳しく批判、前の石川県政からのチェンジを訴えた。
 同じ知事選でも、与野党対決の形となった千葉県知事選の場合は、与野党が雌雄を決する戦いというよりも当選した森田氏のタレント性が勝負を決したということで、政策面での与野党対決とは言い難い。その森田氏が当選後、政治資金の問題や自民党の地区支部長を隠していたことが表面化するなど、本人のガバナビリティーに疑問が投げかけられている。

本来、地方政治は国政と一線を画したものでなければならない。つまり、住民との距離感で、首長が求められるものは国政よりももっと身近な存在でなければならない。このことが、政党色を外して県民党を名乗る根拠でもあった。
 ところが、この県民党というのがクセ球だ。
 支持政党が明らかな有権者は年々減り続け、逆に特定の支持政党を持たない無党派層や脱政党の有権者の数は増え続けている。県民党は、支援する政党がはっきりしながら、そうした有権者の変化に対応する一種の選挙戦術でもあった。
 それ故、県民党を名乗った候補者が当選後に支援政党と協調・連携するのは、ごく普通の流れだ。
 本来、政治地図の中では中立であるべき「県民党」という位置づけ、捉え方が現状で正しいのか。あるいは地方政治も政党色を鮮明にすべき時期にきたのか議論を深め、地方政治のあり方を振り出しに戻して考えることも必要な気がする。

今、地方政治に求められているのは、焦点が定まらない国政を地方が二重に三重に取り囲むことだ。そして、内堀、外堀が埋められた永田町・霞が関という本丸に総攻撃をかける万全の態勢をつくることである。
 それができて、停滞したままの地方分権改革も前進が可能になる。液状化した中央政界に単身乗り込んで改革を進めることなどは夢物語に等しい。

0977日)