野イチゴの別れ

                  今里里美

以前、環境担当部署で仕事をしていた頃、「環境フェスティバル」というイベントで、「子ども環境ミュージカル」を実施したことがある。
 子どもたちがプロの劇団の指導を受けて、劇団員とともに演じるもので、出演する子どもたちはオーディションで決定するというものだった。50人の定員に倍近い応募者が集まった。
 オーディションの最中、親は会場の外で待つしかなく、声をかけることも励ますことも出来ない状態だった。
 そのオーディションが始まる前に、劇団の方が保護者に話したのが「野イチゴの別れ」の話だった。

「クマは子グマが大きくなり、別れの季節を迎えると、野イチゴのたくさんなっている森へ子グマを連れて行きます。子グマが大好物の野イチゴに大喜びをし、夢中で食べている間に親グマはこっそりその場を離れ、親子は二度と会うことがないのです。今日が皆さん方の野イチゴの別れの日です」という内容だった。

その話を聞いたとき、クマとはなんて厳しいものだと思ったが、あれから10年近くが経ち、自分が子どもを持った今、その話を思い返すと親グマがいないと気づいた時の子グマの悲しみ・寂しさ、子グマを置いていく親グマの引き裂かれるような思いが胸に迫ってくる。
 私が親グマなら絶対引き返して、子グマを抱えて、もと来た道を引き返すに違いない。
 しかし、それをすると一生子離れ、親離れはできないだろう。

ヒトにとって、親離れ、子離れが難しくなっていることが、親子の関係を難しくし、子どもとどう距離をとればいいのか迷っている人が増えてきているのかもしれない。ヒトにとっての親離れ、子離れの時期はいつであり、区切りは何なのだろうか。
 ヒトも「野イチゴの別れ」ができるのだろうか。
 子育て中の私の悩みはつきない。

京都府政策企画部 計画課)