核心評論

8)【大法廷判決=代理署名訴訟】(96・8・30付)

◎知事の選択幅狭める
 沖縄の心に響かず 政治、外交事情を優先

 米軍基地強制使用をめぐる代理署名訴訟の最高裁判決が下った。沖縄県民の多くは、判決を聞いて驚いたことは想像に難くない。
 日本の民主主義はこんなものか、「憲法の番人」の判断は県民の意思を少しでもくみ取ってくれるはずだと思ったが…そんな声を幾つか聞いた。

▽かわされた司法への淡い期待
 沖縄の耳目はこの二カ月、最高裁の判決がどうなるかに集中していた、と言っていい。裁判に勝てる、とは誰も思っていなかっただろう。
 しかし、基地問題に司法がどんな判断を示してくれるか。判断の中身次第では「平和な島」の展望が開けるかもしれない。こんな期待が最高裁に向けられていたのである。

 だが、判決は、上告人である大田昌秀知事が期待していたものを「ことごとく退ける」極めて厳しい内容となった。判決前には補足意見で「あるいは」と予想された、基地の重圧に対する裁判官の認識も一般的な言い回しで、沖縄の心に響くものはない。
 逆に日米安保条約、日米地位協定を盾に、知事の上告内容は「司法権の限界」を超えるものと断じ、米軍用地特別措置法を違憲、無効とする主張に対しても「外交上、行政上多元的な問題を検討しなければならない」と、政治的、外交的事情を優先させた。

▽心に響く言葉があれば…
 大田知事が福岡高裁那覇支部の判決に従わず、沖縄問題の実質審議を求めて上告したのは、一審が「形式審理」に終始したことに納得できなかったからである。
 ところが、司法の最終判断はより高い次元から訴えを退けた。知事の心情は無残にも打ち砕かれた。
 最高裁判決が持つ意味は大きい。大田知事は、政府が求める基地強制使用の公告・縦覧代行をどうするかは、最高裁判決のほか、九月八日の県民投票結果と米軍基地の整理・縮小の可能性を見極めた上で総合的に判断したい、と言っている。
 だが判決は、政府が期待するような決断をしにくくさせてしまったようだ。
 もし判決や補足意見に沖縄の心を打つ文言があったら、あるいは大田知事ら県首脳部の受け止め方も違ったものになったかもしれない。知事の選択の幅を狭めてしまった気がしてならない。

▽注目される県民投票
 判決が基地の実態に触れなかったことは、沖縄から見れば「差別」と映る。判決からは、とても米軍基地の整理・縮小の可能性は読み取れないし、安保の「柱石」としての過重な負担は解決されそうにもないからだ。
 県民投票の投票率がどれくらいになるか分からないが、原発計画の是非を問うた新潟県巻町の住民投票結果は、地方自治の面からも「追い風」になっている。
 県内での移設を条件とした基地返還や県道越え実弾訓練の本土移転は、関係自治体の反発で容易に解決するとは考えにくい。いずれの問題も大田知事の軟化を引き出す材料には程遠い。
 政府、与党が経済振興策で積極的に対応していることは評価できるが、それも沖縄県が提起した国際都市形成構想から見れば、ほんの序の口にすぎない。
 さらに二〇一五年までの段階的基地返還が構想実現と表裏一体であることを考えれば、政府は最高裁判決に甘んじないで基地の整理・縮小に一層踏み込まざるを得ない。そのための対米交渉には欧米、アジア各国も注目しよう。

▽説得力欠く政府の言葉
 大田知事が七月の最高裁大法廷で陳述した沖縄の抑圧の歴史は、今なお重い尾を引きずっている。知事が言わんとしたのは、日本の戦後史を総決算してほしいということだ。
 最近、政府は「基地の整理・縮小に全力を挙げる」と繰り返すが、日米安保の再定義を確認したことで説得力を欠く。
 実弾射撃の本土移転に関係自治体が反発しているのは、皮肉にも沖縄問題の「学習効果」である。そして、集中しているものを分散させれば事足れりという、国内的な発想だけでは立ち行かなくなっていることを沖縄問題は教えている。
 政局の動向が問題解決を不透明にする恐れがない、とは言えない。司法の最終判断が下された今、政治に託された責務は極めて重くなった。

(共同通信編集委員 尾形宣夫)