特別企画「安保と沖縄」第三部「ポスト普天間合意」6回続きの(1)
6)「正念場」(96年7月14日付)

◎首相、特別立法決断へ
 県側は住民投票で対抗


 四月十二日夜、橋本龍太郎首相が発表する普天間飛行場全面返還のほぼ一カ月前、国会は住宅金融専門会社(住専)の処理策をめぐって泥沼の状況を呈していた。二月の訪米でクリントン大統領に「普天間」の名を口にした首相に、大統領来日までの残された時間はあまりなかった。
 「あなたはやれることをやればいい」
 梶山静六官房長官の進言で首相は住専問題から解放され、沖縄問題に没頭する。中曽根康弘元首相の「役人の出番ではない」というアドバイスも首相の頭の中にあった。

▽アジアに不可欠
 「首相は住専(問題)と心中するわけにはいかない。沖縄問題はオレがやらなくちゃという自負があったようだ」
 首相と親しい財界の諸井虔・秩父小野田セメント会長(地方分権推進委員長)はこう推測する。
 首相の肩には、冷戦後、急成長を続けるアジア地域で不気味な広がりを見せる不安定要因が大きくのしかかっていた。地域安定のため、日米安保条約の存在は欠かせない、という認識だった。
 日米安保の効果的な運用に沖縄の米軍基地は欠かせない。だが、「沖縄と誠実に話し合う手続きを怠った」と牛尾治朗経済同友会代表幹事は指摘する。
 沖縄返還を実現した佐藤栄作元首相は橋本首相の「師匠」である。くしくも、まな弟子も「沖縄」で重大な問題に直面していた。師匠の苦労が、首脳も脳裏をかすめたのは当然だった。

▽新たな法的措置
 返還合意にこぎつけて得意満面の首相は、四月十七日の日米首脳会談を終えると、代替施設を条件とした返還合意を追及する国会論議にいらだちを示しだした。
 特に官邸が重視したのは、沖縄県収用委員会が下した楚辺通信所(読谷村)の一部軍用地の緊急使用不許可だ。来年五月に使用期限が切れる十二施設のうち、伊江島補助飛行場を除く嘉手納飛行場など十一施設の継続使用のため、どうしても新たな法的措置が必要になる。
 「特別立法」の検討が避けられなくなった。
 六月九日の沖縄県議選は、悲願の与党勝利で終わった。大田昌秀知事は翌日、勝利に気を良くしながらも緊張した面持ちで、官邸で首相と四回目の会談に臨んだ。

▽住専後の課題
 知事が楚辺通信所にかかわる公告・縦覧手続きに消極的な態度を示すと、首相は事務的な口調で「着実に進めなければならない。(十二施設の使用期限切れを)日米安保上から心配している」。
 自民党は、基地問題全般を検討する沖縄県総合振興対策特別調査会(会長・加藤紘一幹事長)を発足させた。総裁直属の機関としたのは、住専問題の決着後、当面する緊急課題は沖縄問題に絞られたからだ。
 橋本内閣は、歴代政権の中で「沖縄に最も同情的」(政府筋)といわれるが、最近「首相や官房長官は周りがよく見えなくなっている」(自民党幹部)という。
 首相は調査会の事務総長を買って出た野中広務幹事長代理に「あまり突出しないよう」くぎを差した。
 野中幹事長代理は「特別立法しても結局、成田(空港用地の収用問題)と同じになってしまう。収用委員のなり手がありません」。

▽日米会談を予定
 沖縄県の吉元政矩副知事は「九月が正念場」と見る。
 代理署名訴訟にかかわる最高裁大法廷の判断は九月中にも予想される。首相が特別立法を最終判断すれば、提案される臨時国会の召集は首相の国連総会出席で十月上旬になりそう。
 これに対し県は対抗上、九月八日に住民投票を実施、米軍基地の整理・縮小に対する初の県民審判を仰ぐことになる。
 首相は国連総会出席後、クリントン米大統領と会談を予定している。日米特別行動委員会(SACO)の最終報告の作業が大詰めを迎えている時期の両首脳の会談が持つ意味は大きい。

 (共同通信編集委員 尾形宣夫)