特別企画「安保と沖縄」第一部
3)「国家と住民」6回続きの(2)「揺れる心」(
1996325日付)

◎活発化した水面下の動き
 予想超えた「首相発言」

 昨年九月の女子小学生暴行事件に端を発した沖縄県民の米軍基地に対する怒りは、全国的な規模にまで発展した。事態を懸念する政府は、公式ルートとは別に、沖縄側と水面下の折衝を模索し始める。
 社民党幹部が昨年秋以降、数回にわたってこっそり沖縄入りし、県幹部と会っている。また複数の関係筋によると、二月下旬の橋本龍太郎首相の訪米直前、政府首脳と沖縄県幹部の非公式な話し合いが東京都内で行われた。同じころ、財界首脳の一人が沖縄を訪れた。

▽頭越しの計画に反発
 財界首脳の訪問の狙いは明らかでない。だが関係筋は、いずれも首相訪米を控えて米軍基地返還に関する沖縄側の本音を直接聴くことではなかったか、と推測する。
 サンタモニカ(米カリフォルニア州)での日米首脳会談で首相は、クリントン大統領に焦点の「普天間飛行場」(海兵隊基地)の名を切り出した。首相発言が、一連の会談や財界首脳の行動の延長線上にあったと見ることができる。
 大田昌秀知事は昨年、村山首相(当時)と二回、橋本首相とは今年一月会談し沖縄側の考えを伝えている。政府が改めて沖縄の「真意」を探ろうとする動きの背景には、基地返還要求の具体化がある。
 沖縄県は、橋本・大田会談の一週間後に開かれた基地問題協議会の幹事会で、二〇一五年までに三段階に分けて沖縄の米軍基地の全面撤去を求める「アクションプログラム」を示した。併せて「国際都市形成構想」を説明した。
 だが、この二つの計画の公表は地元に先立って行なわれたため、地元経済界は不信感を示し、軍用地提供地主は「地主不在」と激しく反発した。
 地元の「世論の分裂」は対米交渉上の説得力を弱める。首相が訪米に際して、沖縄の意向を再確認しておこうとしたのは当然だろう。

 「総理の発言を聞いて本当に驚いた」と、宜野湾市の地主会幹部は言う。
 首相の「普天間発言」は沖縄では予想もしなかった。この幹部は「大きな前進」と認めながら信じきれない。だが、日米首脳同士の話だけに無視するわけにもいかない。
 県は二月末、宜野湾市を皮切りに各地主会への説明会を開催する一方、経済団体への説明を開始した。
 県軍用地等地主会連合会(土地連)の砂川直義事務局長は怒りを抑えながら言う。
 「国との関係、安保との関係から見て実現可能なのか。計画を国に出すことは結構だが、地主が了承したと思われても困る」

▽「政治的効果」
 沖縄の本土復帰後に返還された米軍基地の跡地利用が思うように運ばないことが、地主の不安を大きくしている。「返還地に対する法律(軍転用地特別措置法)の補償期間は三年だけ。それも条件付きだ。県の説明もあいまいだ」(宮城豊吉・
宜野湾市軍用土地等地主会副会長)。
 地元経済界代表らを集めた会合でも「計画には核がない。文化や平和は分かるが、経済はいかに稼ぐかだ。具体性がない」(稲嶺恵一県経営者協会会長)。経済界は産業空洞化の実態を踏まえた具体的提言をまとめた。
 基地返還要求のうねりが高まる中で、軍用地地主の立場は微妙に揺れた。県の説明に対する土地連の気持ちは「構想としては結構ですよということ」(砂川事務局長)。県への不信感はなお根強いが、契約地主のスタンスは明らかに変わろうとしている。
 「動いてきたなの感じはする」と土地連幹部も認める。橋本発言がもたらした「政治的効果」なのか。
 二十二日、東京都内で橋本首相と大田知事の二回目の会談が開かれた。だが、首相は中台関係の緊迫化などを念頭に、普天間飛行場の早期返還は「非常に厳しい」との認識を示すにとどまった。沖縄側は、首相が明らかに「後退した」と受け取った。

 沖縄経済は、数字上は基地依存体質から脱却した。自立を目指して将来像を描く県の構想は、「沖縄の戦後」を名実ともに終わらせようとするものかもしれない。だが、それは膨大な財政資金と法的裏付けを必要とする。

 難題は再び、意地悪く沖縄の前に立ちはだかる。

(共同通信編集委員 尾形宣夫)