2)【連載企画・対決の系譜】

【機関委任事務】6回続きの@(95年12月7日付)

◎問われる知事裁量 
 沖縄の代理署名拒否 基地問題新局面へ



 沖縄の米兵による女子小学生暴行事件の重大さは、事件の残虐さもさることながら、大田昌秀知事が米軍用地強制使用の代理署名を拒否するという事態をもたらしたことだ。
 日米安保条約の円滑な運用を図るため、国は地主と土地の賃貸借契約を結び日米地位協定に基づいて米軍に提供する。しかし、地主が契約を拒否した場合、国に代わって知事が契約に代理 署名しなければならない。これが知事に任された機関委任事務である。
 大田知事は四年前の一九九一年五月、那覇防衛施設局から県収用委員会に出された、土地強制使用の裁決申請書の公告・縦覧を代行した。これも機関委任事務だが、その前段の代理署名を したのは前任の西銘順治知事。流れからすれば公告・縦覧の代行は自然だが、大田知事は「基地反対」を公約して当選して間もない時期だ。
 「拒否」を求めて世論は盛り上がり、知事は強硬姿勢に転ずる公算も大きかったが、当時の関係閣僚らとの折衝で、那覇軍港の返還や県道越えの実弾射撃中止を具体化する作業を進める「 約束を得て」(県幹部)公告・縦覧を代行した。
 村山富市首相は大田知事の態度に変化がない場合、代理署名に続き公告・縦覧も代行する。だが知事は、首相の執行命令に対し憲法論争を挑む構えを見せており、沖縄の米軍基地問題は従来にない展開となりそうだ。
 知事の決意は物理的な抵抗を伴わない「反基地闘争」と言える。日本の敗戦と米軍による沖縄での土地の強制収用に対する闘争は、七二年の本土復帰までは沖縄の革新団体を結集した革新共闘会議を主力にした大衆行動が中心だった。
 復帰後、基地に対する大衆行動は、政党の系列化などもあって目に見えてその力を失った。だが今、知事の代理署名拒否は潜在する闘争のエネルギーを噴出させつつある。そして訴訟は、基本的人権や財産権など憲法問題に触れざるを得ない。つまり、高度な政治問題だが、日米安保条約と日米地位協定の内容が俎上に載る。
 今回の事件をきっかけに容疑者の扱いに一部改善は見られたが、「地位協定に穴を開ける」までには至っていない。
 地位協定に「穴を開けた」と言えるのは、ほぼ二十年前になる七七年七月の米海軍鶴見貯油施設への横浜市の立ち入り検査だ。
 これは、七四年暮れの三菱石油水島製油所で起きた重油流出事故が契機となって、横浜市の強い要請で日米合同委員会で承認された。しかし、米軍が安全確認について、日本政府の技術援助を要請する形を取り、地位協定に抵触しないよう配慮された。
 大田知事が公告・縦覧を拒否すると、事務手続きから楚辺通信所(読谷村)の使用期限切れは避けられない。政府は緊急措置で対応するだろうが、協定の弱点がさらされるのは間違いない。
       
 大田知事は、県民生活の防衛と来るべき二十一世紀の沖縄県の姿を描く上で、知事に委任された権利を「代理署名拒否」という形で行使した。そして、抽象的な地方分権論議に、機関委任事務がどのように問題なのかを具体的に提示した。
 事件色が濃いため見過ごされがちだが、東京、大阪の経営破たんした信用組合の監督や宗教法人の認可は、いずれも委任実務である。事件が明るみに出て、初めて国と自治体の間で権限論争がわき上がった。
 しあし過去をたどると、分権をめぐる国と地方の闘いはある。自治を求めて国と真っ向からぶつかった、かつての革新自治体の闘いは分権運動の原点である。

 (共同通信編集委員 尾形宣夫)

★おことわり
 本企画の2回目以降の「朝鮮大学校」(東京)「戦車輸送阻止」(横浜)「在日朝鮮人の国籍変更」「シャウプ勧告」「団体事務化」は掲載していません。