【社説・論説T】「名護市民投票」

◎拒否された海上基地建設


 名護市民の判断が下った。
 沖縄の米海兵隊基地、普天間飛行場返還の条件となった海上ヘリ基地建設に反対である。投票結果は「条件付き」を加えると「反対」は有効投票の過半数を超える五三・八%、「反対」は四六・二%にとどまった。
 政府の強力な賛成派へのテコ入れを考えると、有権者総数の半数は下回ったが、沖縄県民の反基地感情の根強さが表れたことは間違いない。
 投票結果について大田昌秀知事は「県の総合的発展を図る観点から慎重に対応したい」と語るだけで、それ以上立ち入った論評はしていない。だが、いずれにしろ近く沖縄県全体の問題として知事の最終判断は避けて通れない。

 大田知事の選択肢は海上基地建設の「容認」と「拒否」の二つに一つしかない。
 「容認」となれば、政府はこれまで約束してきた地元名護市を含めた経済振興策をより具体的に示すだろうし、昨年暮れの沖縄米軍基地縮小に関する日米特別行動委員会(SACO)最終報告に盛られた基地縮小計画も本格的に動き出しそうだ。
 半面で基地の県内移設に反対する県議会与党体制の分裂や知事の支持基盤の亀裂は避けられない。
 逆に「拒否」した場合、普天間飛行場返還が白紙状態となり、その他の縮小計画の立ち往生が懸念される。経済振興策もトーンダウンは避けられず、沖縄県と政府の関係は最悪の状態となろう。
 知事はどちらを選ぶにしても激しい批判を覚悟しなければならない。場合によっては政治生命にかかわる重大な局面に立たされるかもしれない。
 投票結果は法的拘束力はない。従って、大田知事が投票結果にしばられることはないが、極めて難しい判断を迫られることは間違いない。

 今日の事態の引き金になったのは一昨年九月の少女暴行事件だが、沖縄の基地問題は根深い。日本の敗戦、連合国の対日講和条約の発効にさかのぼる。現状対応に埋没してしまうと、本質的な解決が後回しになってしまう危険をはらんでいることを歴史は教えてくれる。
 大田知事が、米軍基地の強制使用に反対し首相の勧告に逆らって軍用地契約の代理署名を拒否したのは、自身の歴史認識からだ。
 確かに知事は代理署名に続く公告・縦覧の代行に応じ、基地の継続使用に道を開いて支持者らの反発を買った。戦後史の認識に立って政府に抵抗しながら、最終的には政治状況を勘案して中長期的な基地問題の解決を模索した結果が「代行応諾」だった。

 今回も知事が現実的な対応に出る余地はある。海上基地反対票は有権者総数の半数に達していない。肝心の名護市の比嘉鉄也市長はこれまで建設容認を色濃く打ち出しており、地元意思の尊重を言う知事の最終判断の大きな材料となるからだ。
 一昨年秋の事件以降、県民をあげた反基地のうねりに日米関係の危機を感じた政府が、復帰後二十五年にして初めて真剣に基地問題に取り組んだ。
 大田知事を加えた閣僚レベルの沖縄政策協議会と下部機関の幹事会の設置などに、沖縄の意向を最大限聞こうとする首相の危機感が表れている。
 だが、政治はいつの世でも冷酷な顔を忘れはしない。
 政府・自民党は、劣った産業基盤を立て直し自立経済を目指す沖縄の構想に強力な支援を約束する一方で、日米関係の機軸となる米軍基地機能の維持は譲らなかった。今回の住民投票の対象になった名護市のキャンプ・シュワブ沖での海上基地建設計画にその意思が明確に示されている。

 暴行事件以降、沖縄側のペースで進んだ基地問題は、途中から経済振興という沖縄が抱える「弱点」を逆手取った政府・自民党のペースにはまり込んだ。
 政府・自民党は、日米間で合意した基地の整理・縮小計画を進めるため、取りあえず海上基地建設を認めさせ代わりに経済振興を支援すると言明している。
 普天間飛行場が現状のままでいいはずはない。基地問題の原点と現実の兼ね合いを求められる状況こそが、沖縄問題の難しさを表している。

(尾形宣夫 07年12月23日付