☆米軍用地強制使用の特措法成立、橋本首相の訪米で沖縄の基地問題は徐々に本土政府のペースで進み始めた。もちろん、首相は沖縄振興への約束は堅持しているとことあるごとに強調しているのだが‥‥

核心評論「攻守逆転」

◎大田知事の決断促す
 首相、沖縄に「返球」



 橋本龍太郎首相 「普天間飛行場で事故が起きては困る。協力関係を維持したい」
 大田昌秀沖縄県知事 「県は難しい立場にあるが、できることは協力しなければ事故の懸念は払しょくできない」

 七月二十九日、首相官邸で行われた首相との会談で大田知事は首相がさりげなく「事故」を口にしたことに戸惑いを感じたのではないだろうか。
 沖縄県本島の中部にある宜野湾市は、普天間飛行場を囲むように広がる人口密集地で、常に事故と背中合わせに住民の生活がある。普天間飛行場全面返還を要求した大田知事の真意は、沖縄の米海兵隊基地の大幅縮小。その象徴として普天間飛行場があり、知事は日米両政府に最大限、事故への懸念を訴えた。
 もし軍用機の墜落事故など基地被害が発生したら、一昨年秋の女子小学生暴行事件で険悪になった日米関係を上回る事態も避けられない。
 それゆえに知事の要請は説得力があり、日米間の全面返還合意をもたらした。つまり、「事故への懸念」は沖縄側のセリフであった。
 ところが、このセリフが今度は首相の口から出た。かつて、日米両政府を説得したものが沖縄県に投げ返されたわけだ。
 移転先の有力候補地となっている名護市のキャンプシュワブ沖の事前調査は、地元の反対運動が強く遅々として進まない。年内に予定している移転候補地での実施計画策定にはどうしても県の協力が欠かせない。
 首相が事故への懸念を表明、知事の協力を求めたのは、県の重い腰を立ち上げさせようとする狙いからだろう。

 首相にはもう一つ、先を見越した政治的な意図があるように思える。
 住民生活と隣り合わせにある基地の事故は、いつでも起こり得る。このため、普天間飛行場の移転先を早急に決めておかないと、基地にかかわる不測の事態への対応が極めて難しくなる、と首相が考えてもおかしくない。
 キャンプハンセンの県道越え実弾射撃演習の本土への移転が一部実施された今、普天間返還の具体的進展は、昨年の日米間合意の上からも欠かせない政治的意味を持つ。
 首相が投げ返したボールを大田知事らはどう受け止めるのか。

 知事は米軍基地の県内での移設に、今でも原則反対の立場を崩していない。
 だが同時に、「市町村の意向は尊重する」とし、地元の名護市が普天間飛行場のキャンプシュワブ沖への移設に賛成すれば、これを容認する考えを明らかにしている。
 当の名護市は事前調査を認めたが、比嘉鉄也市長は海上基地建設の受け入れには県の判断が不可欠、とあくまでも大田知事らの了承を前提に結論を出す方針。
 県は三十一日、政府から求められていた海上基地予定地でのボーリング調査を許可する方針を決めた。しかし、反対派住民らは基地建設の是非を問う住民投票条例制定の直接請求に向け署名活動を始めている。県と地元の溝は深まるばかりだ。
 大田知事が言う「できることは協力する」という言葉が地元の説得につながる積極的な意味を持つとは考えにくい。
 知事は普天間飛行場の移転先の問題で、第一義的には「国と市の問題」としてきた。だが、事前調査の開始と今回の首相との会談で、新たな判断を求められることは確かだ。

(共同通信編集委員 尾形宣夫)