核心評論

10)[急転、沖縄問題=橋本−大田会談](96年9月11日付)

◎「軟着陸」に向け前進 
 最終カード切った首相



 橋本龍太郎首相にとって、政権の命運が懸かった沖縄問題解決のチャンスは、十日の大田昌秀沖縄県知事との会談を除いては考えられなかった。
 仮に、この機会を逃せば解散、総選挙に向けて動き出した政局の中に沖縄問題が埋没し、今年四月以来の努力が跡形もなくなり、振り出しに戻りかねない危険があったからだ。
 大田知事は会談後の記者会見で「(会談)内容を慎重に検討したい」と語ったが、暗礁に乗り上げていた基地問題は、この日の会談で大きく動き始めたのは確かなようだ。

▽解散・総選挙が急浮上
 八月二十八日の最高裁大法廷の判決は、大田知事の期待を木っ端みじんに打ち砕き、一方、今月八日の沖縄県民投票では有権者の過半数が米軍基地の整理・縮小と日米地位協定の見直しに 賛成票を投じた。
 司法での敗北と県民投票の勝利の狭間で、大田知事が悩んだのは当然だ。
 さらに、知事に衝撃を与えたのが衆院の早期解散・総選挙問題が浮上したことだ。沖縄県民が「またも政治にほんろうされるのか」と思ったのも無理はない。知事とて同じ気持ちだったことは言うまでもない。

▽頼りは首相の約束
 五年前に大田知事が基地強制使用の公告・縦覧に応じるきっかけになったのは、第三次沖縄振興開発計画と振興開発特別措置法の延長という経済問題と、米軍基地の整理・縮小に努力する とした政府の約束だった。
 その約束が守られなかったことは、最近の首相や政府首脳の度重なる陳謝などに表れている。
 前回、苦渋の選択をした大田知事が、来年五月に使用期限切れになる嘉手納飛行場など十一施設についての公告・縦覧代行に応じるためには、より確たる担保を求めたとしても不思議では ない。
 基地整理・縮小の目玉となっている普天間飛行場の移設は不透明だ。知事が求める「目に見える形」での進展はない。
 この弱点を埋めて、なおかつ大田知事の軟化が期待できるのは、首相自身が約束の当事者になることだった。
 知事との会談で首相は、将来の沖縄の自立を支援する振興策と米軍基地の整理・縮小に万全の努力を払うことを確約した。このため、新たに基地問題に限らず沖縄全般の問題を検討する協 議機関の設置を表明した。
 梶山静六官房長官は、会談後「(知事の)信頼を得ることができた」と語り、首相の誠意が通じたとの認識を示した。

▽難問は基地市町村との調整
 会談後の臨時閣議、首相の国民に向けた談話に政府の「苦渋」を見ることができる。
 同時に首相の約束は、日米間と沖縄も含めた基地問題協議を橋本内閣として正式に確認、政局の動向いかんにかかわらず大田知事に保証したことである。そして、首相談話は政府ができる 最後の「カード」と見ていい。
 米政府から「沖縄問題は国内問題」と突き放され、首相としては日米安保条約の堅持と、お互いの信頼関係維持のため考えられるあらゆる対策を示した、と言える。
 会談では、首相も知事も懸案の公告・縦覧手続きに触れることを避けた。県民投票で県民意思が明確になったばかりの状況の中で、この問題に言及することは互いに得策ではないからだ。
 大田知事も会見で慎重な姿勢を崩さなかった。だが、すべてを出し尽くした首相の態度が知事の心を動かしたのは間違いない。
 問題は、沖縄県民がこの日の会談をどう評価するかだ。「首相に取りこまれた」「これ以上の約束はない」「仕方ない」など、県民の受け止め方はさまざまだ。
 大田知事がどのタイミングで公告・縦覧代行を決断するか流動的だが、県が嘉手納町など基地問題と真正面から立ち向かう自治体とどう調整を図るかに焦点が移った。

 (共同通信編集委員 尾形宣夫)