②【終戦の日】

◎悲惨な体験忘れないために


 間もなく八月十五日、終戦記念日がくる。先の大戦は何だったのかを考えようと東京・九段下の靖国神社を訪ねた。気圧されるような拝殿の前で、年老いた男性と若い女性が深々と頭を垂れ
、しばし身じろぎもしない。こんな光景はいつもと同じだ。例年問題になる首相参拝の話こそないが、今年は状況がこれまでとまるで違う。
 米中枢同時テロ以降、イラク戦争や朝鮮半島情勢も加わって防衛問題が目まぐるしく加速した。与野党の百人を超す超党派の若手議員は、時代に応じた専守防衛を威勢よく提言している。戦
争を知らない世代の主張と言って片付けられない。
 二〇〇一年四月、首相に就任したばかりの小泉純一郎氏は、八月十五日に靖国神社を参拝すると再三公言、中国や韓国と外交的あつれきを招いた。参拝は予定日を二日繰り上げたが、しこり
は残った。そして昨年は四月の春季例大祭、今年は正月早々の参拝だった。
 昨年の参拝で小泉首相は事もなげに言った。「終戦記念日やその前後の参拝にこだわって再び内外の不安や警戒感を抱かせるのは意に反する」と。今年は「正月の新たな気持ちで参拝」だっ
た。
 「靖国」への思い入れが変わったのか。いや、そうではあるまい。首相は精神論にも増して国家体制の本格的な整備が差し迫った問題と認識したのかもしれない。
 衆参両院で野党も巻き込んで圧倒的多数で有事法制を仕上げ、続いてイラク復興支援特措法を強引に成立させた。万一の事態を想定した安全保障、つまり戦後歴代内閣が処理しきれなかった
難問を片付け、安保を総決算することが最大の政治課題として念頭にあったことは間違いない。
 「自民党をぶっ壊す」に始まる首相一流の挑発的なせりふは、イラク戦争やその後の復興支援問題、最近でも政局絡みの発言はとどまるところがない。加えて日米同盟強化にひた走る姿を見
ると、その思いを強くする。
 首相は戦争に対して直情的だ。エピソードがある。首相就任前の〇一年二月、小泉氏は太平洋戦争末期に特攻基地があった鹿児島県知覧町の特攻平和会館を訪れている。この時期の訪問の真
意は分からないが、語り部の松元淳郎さんが説明する若い特攻隊員たちの話に涙を流したという。基地を飛び立ち沖縄近海の米軍艦船に体当たり攻撃した光景を思い浮かべ感極まったのだろう

 この年、神風特別攻撃隊と呼ばれた幾多の旧陸海軍航空兵の短い生涯を著した二冊の本が話題を呼んだ。「ホタル帰る」(草思社)と「指揮官たちの特攻」(新潮社)である。「指揮官―」
の著者、城山三郎氏は「戦争を書くのはつらい。書き残さないのはもっとつらい。今は鎮魂の思いだ」と書いている。
 特攻機が目指した沖縄は六月二十三日、ひと足先に慰霊の日を迎えた。真夏の暑い日差しに照り浮かぶ平和の礎。死線をさまよった県民の記憶は、どこかに置き忘れてしまったのか。突き進
む有事論の怖さへの警鐘なのだが。靖国神社からの帰りの足は重かった。

(沖縄タイムス 2003年8月10日付)