⑪【憲法と国民保護法制】

◎日本の針路が問われている


 今年の憲法記念日は、誰の目にもいつもとは違うと映ったはずだ。自衛隊が派遣されたイラクでの戦闘は泥沼化する一方だし、国内では憲法改正の動きが加速するなど、例年にない政治状況
がそうさせたのである。世論調査では「憲法改正の必要がある」が五割―六割を超え、改憲賛成の世論がかつてない膨らみを見せている。改憲の好機到来というわけだ。逆に、平和団体は「今
こそ護憲を」と危機感を募らせる。劣勢の護憲集会の様子が気になって東京・日比谷の野外大音楽堂での憲法集会に行った。
 参加者約五千人。プレコンサートの「翼をください」の歌声に会場が唱和した。かつてベトナム反戦や沖縄返還の集会を包んだ雰囲気だ。思い出でしかなくなっていたあの「反戦」の叫びが
目の前にあった。
 集会プログラムの後半に登場した社民党の福島瑞穂党首のあいさつは、国会で聞くより甲高く、悲壮感さえ漂わせた。
 「平和憲法は日本の財産です。変えさせてはいけません」「参院選が終われば国会は改憲一色になるでしょう。しかし、我々は負けるわけにはいきません」
 続いて演壇に立った共産党の志位和夫委員長も激しく改憲論を批判した。がなりたてたと言った方がいいかもしれない。
 共産、社民両党首が護憲派の団結を誇示するが、世論は追い風になってくれない。国会での劣勢もいかんともし難い。
 その国会では、憲法改正を既定の事実とした歩みが速度を増した。国民保護法をはじめとする有事七法案とジュネーブ追加議定書など三条約の衆院での審議は淡々と進み、有事法制は最後の
仕上げに入ったと実感させる。
 追加議定書は国際的な武力紛争や民族紛争のような内戦から傷病者や捕虜、一般住民を守ったり、戦闘の手段を規制するものだ。冷戦終結後の紛争の続発は、人道保護の面から、より一層そ
の役割を求められている。
 ところが、どうしたことか。国民保護法案と追加議定書の論議がまるで静かだ。法案は武力攻撃や大規模テロから国民の生命、財産を守る国や自治体の役割を定めているが、万一の場合、住
民保護がどうなされるか極めてあいまい。鳥取県のシュミレーションでも住民避難は予想を超える混乱を想定させた。
 有事に当たって最も重要なのは、沖縄戦の教訓である「戦闘地域に住民を残さない」ことだが、これが法案にどうに生かされたのか全く不明だ。追加議定書の審議では、イラク戦争での米軍
の激しい攻撃や捕虜虐待が問題とされたが、政府答弁は米軍をかばい続けた。
 戦後半世紀、わが国は戦時モードでない生活をしてきたと、ジュネーブ条約に詳しい識者は言った。国も地方も同じだ。それが二〇〇一年の9・/11/同時テロを境に、法的な戦時モード
に急ハンドルを切った。「細かい詰めをやると答えが出ない。国民保護の大枠を示すのが今回の法案だ」と政府関係者も認めている。
 詰めを欠いた法案が、国民保護法制の仕上げとなることへの疑念はぬぐえない。憲法改正が日程に上った今、日本の針路が厳しく問われているのである。

(沖縄タイムス 2004年5月9日付)