@【有事法制】

■前原誠司・民主党「次の内閣」ネクスト外相

「有事法制はできたが、運用面と体制の整備を考えると、むしろこれがスタートじゃないか」

                              聞き手 尾形宣夫「地域政策」編集長

略歴

まえはら・せいじ
1962年生まれ。京都市出身。京都大学法学部卒。松下政経塾入塾。91年、京都府議会最年少(28歳)で初当選。93年、衆院初当選。民主党幹事長代理、民主党「次の内閣」安全保障ネクスト大臣を経て、2003年、「次の内閣」ネクスト外務大臣。衆院安全保障委員会筆頭理事、日米防衛協力のための指針に関する特別委員会理事。武力攻撃事態対処に関する特別委筆頭理事。党京都府総支部連合会常任顧問。専門は外交・防衛、公共事業改革の視点に立った財政再建。


▽法案修正で与野党ともに責任

尾形 懸案の国民保護法を加えた有事七法が成立、ジュネーブ条約の追加議定書など三条約も承認されました。振り返ってどんな印象を持っていますか。

前原 去年の有事法制は、武力攻撃事態対処法というのが中心だったが法案を修正、与党と合意ができ共に責任を持つという形で付帯決議、それから当時の保守新党を加えた四党の「覚書」で残っていた宿題をやり遂げ、野党であるけれども国家の緊急事態に対応するための法律については、共に責任を負ってよりいいものにいていくと、こういうスタンスに立ったと思う。また、今回もそのスタンスで議論した。とにかく対決法案ではないという認識を与党も持っていたので政局にせず、より良いものを作っていくと、こういう考えがお互いの信頼関係の下でできたのは間違いないと思う。

尾形 人権保護、国会の関与といった民主党の主張が取り入れられ、有事法制そのものが肉厚になりました。法案の共同修正の意義、狙いは何ですか。それと、今回の七つの法律は国、自治体、指定公共団体、国民それぞれの役割を明確にしました。一方で、米軍行動円滑化法のように対米支援態勢を強化するなど、有事に対する包括的な法体系を完成させました。

前原 修正の意義は大きく分けて三点。一つは緊急対処事態というテロに対する対応をより充実させること。二つ目は基本的人権尊重の確認。三点目はシビリアンコントロールの徹底で、国会が議決をすれば対処措置についても終了させることができるということだ。
 それから国民保護護法制の制定過程でわれわれは、とにかく現場の話を聞いてくれ、知事や市町村長の話を聞いて、単に話をきいてガス抜きをするのではなく、要望を取り入れてくれと言ってきた。党の部門会議で鳥取県の片山善博知事に話を聞いたら、われわれの意見をよく聞いてもらった、最終的にまとまったものについては評価するということだった。

▽具体的なシュミレーション必要

尾形:民主党は自治体から単独でヒアリングとかしましたか。

前原 部門会議で法案の議論が始まってからは鳥取県の片山さんだけだが、それまでは、それぞれが皆選挙を抱えているので、各自治体の長の方からかなり話を伺ったと思う。

尾形 仮に武力攻撃事態が発生して住民避難が現実に迫られたときに、国民保護法で規定している仕組みが機能するか疑問です。国会論議は盛り上がりに欠けたし、法律もすっきりしていません。地方自治体の認識も足らないようです。

前原 私もそうだと思う。正直言って、法律は作った。有事が実際起きて、どれだけ法律に基づいて運用面が円滑にできるかは分からないという部分もある。
例えば、避難にしても自衛隊の車両や米軍の車両が戦闘地域に行くのと、住民が逃げるのは逆方向だが、皆に車で避難されると道路は大渋滞する。私も阪神淡路大震災の時に二日後に京都から神戸に入ったが、行くのに13時間もかかり、国道43号線が大渋滞になった。避難と救援物資も行き来する。ああいうことを考えると私は必ずしもこの道路で避難しなさい、この道路は自衛隊、米軍車両が走りますとを頭で分けても、現実はそうならないと思う。
そこで避難路とか米軍や自衛隊が行く道路の確保が、本当に有事が起きたときにできるか私はかなり疑問だと思う。それと、市街地で生物・化学兵器が撒かれて、それが有事の突発の兆しだったと後で分かるような、新たな脅威というものに対応していかなければいけない。法律で様々なことが起こることを想定して備えながら、仕組みができるまでは動かないという首長さんも多いと思う。法律ができたから、とにかくいっぺんいろんなシュミレーション考えて、そのための雛形を国が示すということは必要だ。

尾形 毎年、防災の日に大地震が想定される自治体は訓練をしています。鳥取県のように有事の図上演習するとか、場合によっては自衛隊も参加するような実地訓練が必要ですか。

前原 まさしく同じ考え方を共有していたので、われわれの修正案で訓練に対する国費負担を盛り込んだ。そこで、じゃ自衛隊や海上保安庁と共同訓練やろうとかいったことが出てくると思う。その点では、訓練がしやすいような仕組みはある程度作ったつもりだ。

▽有事の態勢整備はこれからがスタート

尾形 重要な法案にもかかわらず、国会審議は一方通行的な論議でした。審議そのものが十分尽くされなかった気がします。

前原 衆院では約52時間の審議だったが、七法案三条約で考えれば時間としては妥当な時間だったんじゃないかと思う。ただ、どれだけ詰められたかとなると、政府の答弁、態度もあやふやな部分が多かった。その点は私たちも、物足らないという部分はあった。
体制と法律は車の両輪。法律だけでも駄目だし、体制だけ作っても法律の裏付けがなかったら動かない。体制の整備を考えた時にまだまだ物足りないものがある。自治体の訓練もそうだが、法律ができたから万全ではなくて、できたことによる運用と、地方自治体がどう活用するのかということと、後は体制面の整備が急務だ。私は運用面と体制の整備を考えると、むしろこれがスタートじゃないかなと思う。
 アルカイダの幹部が新潟に潜伏していて何回も出入りしていた。テロ防止にはチェックが必要なんだが、できていない。日本には国家警察ってない。全部都道府県警察、自治体警察だ。結果としてテロのような国際犯罪に対応できない。昔の悪いイメージを取り除いて、時代に対応した警察組織に改組しないといけない。

尾形 有事法制は大まかに言うと攻めてきた敵の排除と国民保護の2本柱です。敵の排除は法整備ができたのですが、国民保護法は国民の自発的な協力でというように緩やかな規定をしています。「緩やかさ」は太平洋戦争や戦前のトラウマですか。

前原 二つの点を申し上げたい。一つは国民の協力というところに収まらざるを得ない。憲法に国家緊急権が規定をしていない、憲法は平時の規定しかない、その中で有事法制を作るのは限界があって結果的には国民の責務ではなくて、協力に留まってる。もう一点は民間防衛は本来ちゃんとやるべきだったのだが、結果としては議論が先送りになって、付帯決議でしか書かれてない。だからここは態勢面の不備の1つ、宿題の一つとして残った気がする。自助、共助の仕組みをどう作るか、そのためには民間防衛の仕組みを各自治体、町内会単位で作らないと。

▽国民の意識が法制を後押し

尾形 一九七七年の福田内閣で有事の研究が始まり、二十二年後の九九年に周辺事態法ができた。そして二〇〇一年の九月に米中枢同時テロが起きた。今回の有事七法まで二十七年の歳月ですが、実質的には同時テロ以降の三年で法整備が完成しました。

前原 北朝鮮の脅威と9.11テロによるリアル感覚が踏襲しているのは間違いないと思う。憲法改正や有事法制の議論もそうだが、若い世代は戦争体験がないので、理屈の中で万が一の法律を作ることは当たり前のことと有事法制を受け入れる感覚が多くなってきているのは間違いない。戦争体験を知らないが故に危うさを持ち合わせているが…。

尾形 民主党が安全保障問題に熱心なのは、国民世論の変化とか世代交代も影響しているのでしょうか。

前原 今までは戦争の体験もあり、時代背景はとにかく経済だと、安全保障については米国に任しておけばいいという思考停止が続いてきたが、米国もそれを許さなくなってきている。世界第二の経済大国として自らの国は自らで守るという意識の人間が、当たり前のように増えてきている。そういった変化が有事法制を後押ししているのではないかという気がする。

尾形 ただ一方で国会論議とのからみで言うと、かつての五五年体制の時代は、自社が安全保障問題で真正面からぶつかっていました。政党だけではなく、国民世論を反映したものでした。ところが今回は国民的な論議は姿が見えません。

前原 今回の国民保護法案では、昨年の通常国会ほどは関心がなかったような気がする。

尾形 そうすると、政治に課せられた責任は大きい。国政選挙で見られる政治不信が有事問題で表れませんか。

前原 国民の関心をどう引いていくのか。法律を作れば後は運用しかない。それは、まさにコミュニティーにやってもらうという話だと思う。法律ができたから、こういう訓練が出てきたんだということで初めて、国民は理解するんだと思う。そういったことを、おどろおどろしくない形でどうやっていくのか。全国各地で有事を前提とした訓練をやっていると、何だこの国はという話になる。そこは注意が必要だが、法律の運用面と有事への態勢整備はこれからだから、改善、努力を通じて国民を啓蒙していかなくてはいけない。

▽法律のバージョンアップ必要

尾形 有事論議と憲法論議がワンセットになっているようです。

前原 そういうとこがないとも言えないが、現憲法の枠組みで無理やり法律を作っている。我々が緊急事態基本法が必要だと言ったのもそこにあるし、将来的には憲法を見直して、国家緊急権というものを憲法に規定する中で、それに基づいた情勢はどうあるべきかという議論は当然しなきゃいけない。例えば自分たちで矛盾があると思っているのは災害対策基本法で書かれた私権制限の方が、今回武力攻撃対処法の私権制限より強い。罰則もあるし、自然災害の法が厳しくて有事の法が緩いというのは、法律を通して、あるいは憲法上の規定がないということは分かるが、実体的におかしいだろうという部分があるので、いかによりいいものにバージョンアップし続けていくかということだと思う。

尾形 ところで米軍行動円滑化法で日米関係はどう変わりますか。

前原 今までは同盟関係で有事の協力、平事の協力、周辺事態の協力はガイドラインで決めた。今回は日本有事の協力という枠組みを作ったが、それをいかに実効あらしめるかということだ。日米地位協定では米軍は日本の法令を順守する義務はなく、尊重義務しかない。日米の調整メカニズムの中で、如何にそれをより担保するような調整をやることが大切だ。

尾形 国民保護とか国際人道法について政府の対応が鈍いようです。 

前原 条約を結べば今度は国内法の整備になるので、そこでどれだけ実効あらしめるような国内法制を充実させていくかということが、ようやく入り口に立ったので努力しなければいけない。

尾形 政治家は有事法制の問題で自分の選挙区で話をしていますか。

前原 大事な事と、国民が感心を持ってくれることとは別です。私もいろんなテーマで国政報告会では語り掛けますが、やはり今関心があるのは医療とか年金、社会保障だ。国民保護法制、有事法制にあまり関心がない。訓練を通じて啓蒙していくしかないと思う。

2004年 夏季号)