今更ながら D級アンプをつくってみた!


その1 作って遊ぼ!w

メインで使っていたアンプの調子が悪いのでアンプを作ってみました。
手軽な D級アンプキットを狙っているのですが・・・

(1) いろいろあるねぇ・・・

迷った挙句、今回は「ストロベリーリナックス」さんで売っていた MAXIM の MAX9704 を使用したキット 「MAX9704(10W+10W) D級ステレオ・オーディオアンプキット」にしました (苺リナックス・・・なんか名前が可愛いので好きですw)。

<これにしたポイント!>
・ 出力は 10W + 10W ステレオとPC用のアンプとしては十分。
・ お値段が 2000円 とお手ごろ。
・ 基盤が小型(CFサイズ!)。
・ 部品レイアウトも悪くなさそう!。


図 キットの完成写真(ストロベリーリナックスさんから無断借用・・・ごめんなさいw)

当然このキットの製作記事は結構ありまして、一様に「高周波ノイズがすごい!」と報告があります。
この辺気になりますなw

補足 : D級アンプは低周波回路というよりは高周波回路です。 なので、配線や部品の配置などの基板レイアウトがもろに性能に関わってきます。 あと、D級アンプのICは表面実装タイプが多いです。
よって、変換基板を使用して製作するよりもキットを購入したほうが確実に性能は上だと思います。 それに、半田コテでの半田付けが不可能なパッケージだとキット以外敷居が高すぎますw

(2) フィルタレスだけどフィルタありにするw

D級アンプは、PWM によってスピーカーを駆動します。 それによって従来より大幅な効率改善を実現しているわけなのですが、 副作用として高調波ノイズがどうしても発生します。 これは宿命です。

補足 : PWM は矩形波によるスイッチングなので、高周波ノイズは原理上どうしようもありません。 PWM ってなに?の方はググるのだ!w

この高周波ノイズは、可聴域よりも遥かに高い周波数なので直接耳に聞こえることはありませんが、 周波数が高いため空間へ放射されやすく EMI(電磁波障害 : Electromagnetic interference)の原因となります。 よって、従来のD級アンプは LPF を使用し、高調波成分を減衰させオーディ信号へ復元していました。

しかし、LPF を搭載すると「コスト増」、「LPFによる実装面積の占有」などのデメリットがありますので、 コスト意識の高い家電メーカーとしては LPF を使用したくはありません。 そこで、MAX9704 は LPF がいらない「フィルタレス方式」を採用してそれを売りとしています。

さて、フィルタレス方式といっても何も難しいことをしているわけではなく、 スピーカーケーブルとスピーカーのインダクタンス成分を LPF の代わりにすることで、 LPF を使用しなくても聴感上差し支えないレベルまでに高調波をフィルタリングするということです。

一見するとすごいように思えますが、 副作用としてスピーカーケーブルとスピーカーがアンテナとなり、 高周波ノイズを盛大に撒き散らすことになります。 (インターネット上の製作記事でもノイズがものすごい!といった記事を見かけます)

というわけで MAX9704 は、「スペクトラム拡散」という技術を使用して高周波ノイズを低減させます。 ただ、このスペクトラム拡散という技術はノイズのピークを抑えることはできますが、ノイズの総量は変わりません (なくなるわけではなく、目立たなくする)。


図1 固定周波数(FFM) と スペクトラム拡散(SSM) の比較(MAX9704 データシートより引用)

また、データシートには、EMI が問題となるようなケースで、 スピーカーケーブルが長い場合は LPF を使用しろという指示があります。


図2 MAX9704 データシート P10 の説明

まあ、要するにアクティブスピーカーのように組み込んで使う用途には「フィルタレス」で良いが、 通常のアンプのようにスピーカと分離するようなケースでは、スピーカーケーブルからの EMI が 心配になるのでフィルタを使用せよ。
ということですね。

私としては普通に 1[m] 程度のスピーカーケーブルを使用したいので、 LPF を使用することにします(たいした部品の増加でもないし・・・)。

(3) PWM の周波数を決める

PWM の周波数(変調周波数ですが、めんどいので PWM の周波数と書きますw)ですが、以下の4種類から設定できます。

670[kHz]
940[kHz]
470[kHz]
670[kHz] SSM ← デフォルト

マニュアルにはっきりとした記載はないのでどれがいいのかはちょっとわかりかねますが、 デフォルトの設定がスペクトラム拡散モード(SSM)670[KHz] なので、今回は固定周波数モード(FFM)670[kHz] が妥当と判断します。 また、とりあえず SSM は使用しません。

補足 : 500[kHz]付近がいいという話も聞いたことがあるのですが、ソースがないのでなんとも・・・

(4) ゲインの設定

次にゲインの設定ですが、以下の4種類から設定できます。

13.0[dB]
16.0[dB] ← デフォルト
19.1[dB]
29.6[dB]

今回は電源を 12[V] にしますので、最大振幅は ±9[V] です(実際に確認しました)。 PCの音声出力を±1[Vrms]とすると、ピークで±1.41[V](実効値を最大値にしたので√2)ですので、

9 / 1.41 ≒ 6.4[倍]
Av = 20 * log10(6.4) ≒ 16[dB]

どうやら、デフォルトでいいようですね。

ちなみに、最大電力 Pmax は私のスピーカーは Z = 6[Ω] なので、

Pmax = 1/2 * V^2 / Z = 1/2 * 9^2 / 6 = 6.75[Wrms]

6.7[W]を確保できますので問題ないでしょう。
皆さんは、ご自分のシステムに合わせていただければと思います。

補足 : 無駄に高いゲインにする意味は全くありません! ノイズを拾いやすくなるだけだし百害あって一利なしです。 電源電圧で最大電力は決まってしまうのですから計算して設定しましょう。

(5) 入力カップリングコンデンサの変更

MAX9704 は、ゲインによって入力インピーダンスが変わり、16[dB] に設定した場合の入力インピーダンスは最低 30[kΩ] です。 キット付属のカップリングコンデンサの容量が 0.47[uF] での HPF のカットオフ周波数 fc は、

fc = 1 / (2 * π * 0.47[uF] * 30[kΩ]) ≒ 11.3[Hz]

11[Hz] は不足気味と感じますねぇ。
これでは、低音不足になる恐れがありますので 4.7[uF] に変更します。

fc = 1 / (2 * π * 4.7[uF] * 30[kΩ]) ≒ 1.1[Hz]

1[Hz]ならば問題ないでしょう。

(6) 出力部 LPF の設計

といってもマニュアルに書いてありますw
ただ、MAX9704 のマニュアルではなく、MAX9704 評価用キットを参照しろとの記載がありますので、 評価用キットのマニュアルを見ますと確かに書いてあります。


図3 MAX9714の評価キット マニュアル P5 図1 抜粋

まあ、マニュアルどおりに回路を組めばいいわけなんですが、 ぴったり該当する部品が秋月になかったので、近い値を使用してフィルタを組むこととします (私は秋月基準なんですw)。


図4 ちょこっと変更

まず、SPICE でこの LPF の周波数特性をシミュレーションしてみました。


図5 LPF特性シミュレーション結果

-3[dB] で 34[kHz] ですね。まあいい感じじゃないでしょうか? ちなみに PWM 周波数である 670[kHz] での減衰は -40[dB](1/100[倍])となります。

次に、各コンデンサに流れる電流を確認します。 というのも、コンデンサには相当量の高周波成分が流れると予想できますので、 事前にチェックするに越したことはないでしょう。


図5 コンデンサの電流のシミュレーション結果

図は、670[kHz] 12[V] の方形波を LPF へ加えたときの各コンデンサに流れる電流を SPICE にてシミュレーションした結果です。
やはり、結構な電流が C へ流れますね・・・ 何でもいいからといって、容量だけでコンデンサを選ぶのはよした方がいいでしょう。

といっても高周波成分なので、実際にはかなり余裕があります。 フィルムコンデンサでもガムみたいなやつ(メタライズドフィルムコンデンサ)であれば結構電流電流が流せるので 大丈夫だと思います。

秋月の
・ メタライズドポリプロピレンフィルムコンデンサ0.1μF250V 104
・ メタライズドポリエステルフィルムコンデンサ0.015μF250VAC 153

10個で300円でお手頃なこれらを使用することにしました。

補足 : コンデンサはフィルムコンデンサを使用しましょう。セラミックコンデンサはよろしくありません。 データシートにも入力のカップリングコンデンサについて指定があります (MAX9704 データシート P10 入力フィルタを参照)。 これは全般に言えることなので、出力フィルタもセラミックコンデンサは避けましょう。

ちなみにコイルも秋月の

・ チップインダクター22μH2.9A(5個入)

ですw
チップ型しかなかったけど、5個入りで100円でやすいからOKね!

(7) 製作

キット自体が半完成品ですのでキットの部品取り付けはツェナダイオードを接続する程度です。 ちなみに、キット付属の470[uF]の電源コンデンサを使用せずに高周波用の超低ESR電解コンデンサへの換装を おすすめします。

補足 : オーディオ用コンデンサとか全く必要ないというか意味がないです。 何せD級アンプは高周波デジタル回路なんですから「低ESR」一択です。 ちなみに 1000[uF]/16V と少し増量しておきましたw

・ 入力部分はキットに付属のコンデンサを使用せずに 4.7[uF] の無極性電界コンデンサを使用します。 ちょっと狭いので、別基板にこのコンデンサを実装することにしました。 というわけで、音声入力はコンデンサの取り付け部分へケーブルを接続しています。


図6 入力部分

・ 出力部分も直接基板上から LCフィルタへ直結しています。 ちなみに、コイルは表面実装タイプなので裏に実装してますw


図7 配線の様子
補足 : 配線はよじってツイストペアにした方がいいでしょう。 余計なノイズの輻射を漏らしにくく、拾いにくくなります。
理想はシールド線がベストですがそこはお任せですね。

(8) 動作確認

まず、テスターで出力を確認して DC漏れがないのを確認してからテスト用のセメント抵抗を接続してチェックしてみました。


図8 出力波形

壮絶なノイズですw
ノイズがひどいと聞いてはいたが、LCフィルタを入れてこれですか・・・フィルタレスとかどうなるのかねぇ?w

ちなみに MAX9704 の OUT。フィルタレスの場合ですが、これまたすごいノイズです・・・w


図9 IC の出力(フィルタレス)

これ大丈夫なんか?w
おそるおそるスピーカーを接続してみました。

電源ON!! おお・・・ポップ音は全くしません(ここは、説明書通りですね)。
あれだけノイズが乗っているのですが、当然と言えば当然ですが可聴域外のため全く聞こえません。 また、ボリュームを最大まで回してもノイズらしいノイズは全くないです。

さて実際に音を出してみます・・・鳴った!! すげーな D級w
しっかし、こんなにノイジーな波形なのにきちんと聞こえるんだなぁ・・・

さて、次にオシロでループアンテナを作って簡易的に EMI を評価してみてみました。 まず、ケースの直上です。


図10 ケース直上の簡易EMI測定

図11 オシロの波形

ふむふむ、アルミケースでシールドされているためさほど漏れていないようですね。
次にスピーカーケーブルです。


図12 スピーカーケーブルの簡易EMI測定

図13 オシロの波形

うは・・・すげーノイズ!!w
大丈夫かよこれ・・・?

というわけで、スペクトラム拡散モードに変更ですw

(9) スペクトラム拡散モード(SSM)に変更

LPF出力ですが確かにピークが減少してます。
スペクトラム拡散の効果で同期が取れませんが、ホワイトノイズのように全体にまんべんなく広がっている様子がわかります。


図14 FFM の場合の出力

図15 SSM の場合の出力

次に、スピーカケーブルのノイズですがこれも同様に減少していますね。


図16 FFM の場合のスピーカーケーブル EMI

図17 SSM の場合のスピーカーケーブル EMI

まあ、「どっちがいいの?」と考えると、ノイズの放射が減少しているスペクトラム拡散の方がいいのでしょう。 もし作る人がいるなら、スペクトラム拡散モードで LC LPF をつけた構成をおすすめします。

(9') 配線ミスってた!w

フィルターの効きが悪いな・・・と思っていたら GND つながってなかった・・・ というわけで、配線を修正したところノイズは激減しました。 ±25[mV]って所でしょうか? ちなみに、ケーブルからの放射ノイズは確認できませんでした。
というわけで、LPF を取り付ければノイズ対策はほぼ完璧なようですね。

(ちなみに、あー早く特性を測りたいのだが、うまくいかないのです・・・w 何とかせねば)


図15 配線ミスのとき(SSM)

図15' 配線修正後(SSM)

(10) 感想

うーん・・・ オシロスコープ上では壮絶なノイズが確認できますが、可聴域を大きく超えているため”全く”聞こえることはありません。 それどころか、音はかなり良いと思います。

D級アンプは不思議ですね・・・もちろん理屈は理解していますよ?
ですが、知覚(認識といった方がいいのかな?)できないものは存在しないのと同じなんだな、 という事実を如実に表しているんだなぁと思ったまでです。

キットの音だけを聞くだけなら「ソリッドでクリアな音質でまさに俺好み!」と素直に思えた事でしょう。 しかし、オシロでノイズを知覚してしまったので、それが先入観となってノイジーな音質を脳が想像してしまいます。 だが、「全くノイズを体感できない!」というのは、だまし絵のようで やっぱり”不思議”です。 この先入観、思い込みで人間の判断を狂わせるというものがオーディオが持つ魔法なのでしょうね(こわいっすわーw)。

補足 : などと、調子にのって書くとピュアオーディオマニアの方々に万が一このページが見つかると 「くそ耳のプアオーディオ。ぷっ」と笑われますねw  まあ、所詮20[kHz]以上の音が聞こえないくそ耳の戯れ言ですので・・・w

おまけ このD級アンプを軽く考察してみる

まず、MAXIM 社のホームページに D級アンプの説明があります。 興味がある方はご覧くださいませ。

MAXIM社ホームページ アプリケーションノート3977 D級アンプ:基本動作と開発動向

・ MAX9704 のフィードバックについて

先ほどのホームページをながめてみますと「ΔΣ変調」とほぼ同一の回路であると説明があり、 ホームページの図4を見ると確かにそのようです。


図18 D級アンプフィードバック概要
(MAXIM社ホームページ アプリケーションノート3977 D級アンプ:基本動作と開発動向 から引用)
補足 : (Eq8) の s / (1 + s) * En(s) がノイズ項ですが、これは1次の HPF である事からも明かですね。

というわけで、このフィードバックはデジタル的な S/N 比を改善する技術であって、 LPF によって復元された後のアナログ信号は眼中にありません。 しかし、量子化誤差を改善することは、LPF 後の波形も間接的に改善されるという事なので、 ノイズシェービングは有効に機能していると思われます。

「なぜ、アナログ信号をフィードバックしないのか?」ですが、 「いろいろなシステムに合わせて最適化することが難しい。」という、MAXIM 側の事情のようです。

・ BTL について

MAX9704 は BTL(Balanced Trans Less)という平衡出力でスピーカーを差動駆動する方式を採用してます。 この BTL のおかげでカップリングコンデンサが不要になり、出力は2倍になります(定電圧で高出力を得る方法の十八番です)。 また、同相のノイズ、歪みが原理上キャンセルされる効果もありますので、従来の NFB は必要はないという根拠の1つなのではないでしょうか?


図19 BTL 概要
補足 : 「Balanced Trans Less」直訳すると「トランスなし平衡」なのでしょうが、 今の時代トランスとかないんで、たんに平衡出力ということでOKっす。

さて、ある程度理屈はわかったものの「実際の所どうなのか?」が気になります。 それに、作りっぱなしで評価しないのは自作派としては気持ち悪いですよね?w

というわけで、歪み率測定したいのですが、BTL のためそのままでは PC で測定できないのです!! 次回はなんか考えて評価を行いたいと思います。

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