|
天下莫柔弱於水。 而攻堅強者莫之能先。 以其無易之也。 故柔之勝剛、弱之勝強、 天下莫不知、莫能行。 是以聖人云、 「受国之垢、是謂社稷主。 受国不祥、是為天下王。」 正言若反。 |
天下水より柔弱なるは莫し。 而れども堅強を攻むるは能く之に先んずる莫し。 其の之を易ふる無きを以てなり。 故に柔の剛に勝ち、弱の強に勝つは、 天下知らざる莫きも、能く行ふこと莫し。 是を以て聖人云ふ、 「国の垢を受くる、是れを社稷の主と謂ふ。 国の不祥を受くる、是れを天下の王と謂う。」と。 正言は反するがごとし。 |
現代語訳/日本語訳
天下に水より柔弱なものはない。
だが、堅強な者を攻めるには、これに及ぶものはない。
これは、水はこれ以上変化させようがないからである。
柔が剛に勝ったり、弱者が強者に勝ったりすることがあるのは、
天下に知らない者はいないが、常にその性質を保つことができないので、実行できる者はいない。
このため、聖人がこう言っている、
「水は低い方へ流れるが、そのように国の汚辱を引き受けて身を低く置けるもの、
これを国家の元首というのである。
また、同様に国の不吉を引き受ける者、これを天下の王というのである。」
真理に適った言葉は、一見それに反しているように見えるものだ。
解説
★天下莫柔弱於水。而攻堅強者莫之能先。以其無易之也。
てんかみづよりじうじやくなるはなし。しかれどもけんきやうをせむるはよくこれにさきんずるなし。そのこれをかふるなきをもつてなり。
「能」は能力的な可能をあらわす。
「以其無易之也」の部分は、解釈の仕方が分かれるところであるが、
教科書系の解釈が一番巧いと思ったのでこれに従う。
すなわち、
「易之」は"水の柔弱な性質を変える"。
★故柔之勝剛、弱之勝強、天下莫不知、莫能行。
ゆゑにじうのがうにかち、じやくのきやうにかつは、てんかしらざるなきも、よくおこなふことなし。
「故」は、漢文では必ずしも"だから・そのため・なので"と言った意味ではない。
★是以聖人云、「受国之垢、是謂社稷主。受国不祥、是為天下王。」正言若反。
ここをもつてせいじんいふ、「くのはぢをうくる、これをしやしよくのしゆといふ。くにのふしようをうくる、これをてんかのわうという。」と。せいげんははんするがごとし。
「垢」は"恥"。
「社稷」は"国家"。
「不祥」は"不吉"。
「正言」は"真理に適った言葉"。
「若(ごと-シ)」は"〜のようだ"。
教科書系の解釈では、水の話と「受国之垢…」の話を、
水の低い方へ流れる性質で結び付けている。
水の低い方へ流れる性質はよく使われると見えて、
孟子にも見られる。
参考:孟子 告子章句上 性善