39 山田


 耕平の肌は芸術品のようだ。肌理の細かいしっとりとした滑らかな面で構成されている。
 その複雑な面は、すべてが集合して佐川耕平という一人の人間の身体を形作っている。
 右手を胸元に持っていって、仰向けに寝た耕平の微かなふくらみを愛撫してみた。
 すでに乳首が固くとんがっている。
 泣くような声で耕平が愛撫に答える。半開きの口がキスを欲している。
 覆い被さるようにして唇を密着させると、耕平の熱い舌が絡みついてきた。
 ねっとりした濃厚なキスを味わいながら、左手を耕平の股間に持っていく。
 固くなった小さめのペニスを手のひらで包み込むように握って、やんわりと擦ってやる。
 それまでされるままだった耕平が、その時反撃に出てきた。
 耕平も右手で山田のペニスを握ってきたのだ。
お互いに握ったそれをゆっくりと擦り上げる。これって、自慰の時とやっていることは同じことなのに、受ける感覚はまったく違った。
 ペニスを擦る感触と擦られる感触が自慰の時とちがって一致しないのだ。
 自分のペースで相手のものを擦り、相手のペースで自分のものが擦られる。
 やりすぎだったり、逆に刺激が足らずにもどかしかったりするのが新鮮だ。
 山田はキスを止めて顔を耕平の胸元に下ろした。
 男にしては少しだけ大きめの左の乳首を口に含むと、舌で転がしたり吸ってみる。
 今までは女に対してしていたことだが、耕平の反応はこれまでセックスをしてきた女とほぼ同じような感じだった。
 あ、あん。
 すぐ側で寝ている広美たちに聞かれないように我慢しているが、思わずあがる艶かしい声は、これまでの女たち以上にこっちを奮い立たせるものだ。
 横で寝ている女たちが動いたような気がした。
 起きたのか? 山田も耕平を擦っていた手を止めた。
「大丈夫ですよ、きてください」
 耳元で耕平の小声が囁いた。
 そうだな。女たちには知られてもいいことなのだ。仮に見られてもこっちが困るようなことはなにもない。
 山田は耕平の股を大きく開かせて身体を入れた。
 耕平の太股を持ち上げて尻を浮かせる。
 女とするときよりも少しだけ身体を深く入れるような気持ちで腰を進めると、ペニスの先端が滑りを帯びた湿地帯に触れた。
 女の場合は自然に濡れるものだけど、男の此所はどうなのだろう?
 女と同じように濡れているように感じるが、こっそり唾液を塗ったんだろうか。
 チラリとそんなことを思ったが、深く考える気にはならない。
 童貞の高校生が初めての女の身体に有頂天になって突き進むみたいに腰をズブリと入れた。
 一瞬抵抗があって耕平が背中を反らせる。
 耕平が大きく息を吐く。
 肛門の力が抜けて、ペニスがさらに奥に招き入れられる。
 暖かくてやわらかな襞にそれが包み込まれる。
 すぐに女の時と違うのが分かった。
 根元の締まりが女よりもずっときついのだ。
 これは男と女の違いというよりは、膣と肛門の違いだろう。
 女とするときでもアナルセックスなら同じ感触だろうから。
 大きく広げた耕平の太股の間で山田は腰を律動させる。
 一回一回の動きの度に股間からはこれ以上無いくらいの快感が沸き起こってくる。
 そして汗ばむ自分の身体の下では、眉間をかすかに寄せた耕平の喘ぐ顔が暗い中にも見えている。
 セックスってどうしてこんなに素晴らしいんだろう。
 刺激を受けて射精するのはセックスでも自慰でも同じはずなのに、まったく違う。
 それは愛する人と肌を合わせているからだな。
 愛する人の声と、汗にまみれた感触、その匂い、それらすべてが組み合わさって今の二人の命その物を形作っているのだ。
 徐々に頂点が近づいてくる。
 耕平もわかったのか、下から山田の背中に回した腕に力が入る。グッと引き寄せて、腰を密着させようとしている。ダムが決壊したような、快感の濁流に飲み込まれてしまう。
 もういきそうだ。山田がさらに強く腰を入れる。
 頭の中で火花が散るような気がして、一瞬めまいがするほどの強い快感が走り抜けた。
 爆発するような勢いで下半身から山田の命が吹き出す。
 それは耕平のからだの奥深くにすべて吸い込まれていく。
 命を、命の中に思い切りうち放した。


40  倉田慎吾


「これ、こないだの奴じゃねえか?」
 手持ち無沙汰に左耳のピアスをいじっていた慎吾は、ひょろりとした長身の岡田の差し出すチラシに目をやった。モノクロのチラシにはライブの日程が書いてある。
 ボーカルの女がマイクを片手にウインクしていた。
「何のことだよ」
 返事をする慎吾の向かいに岡田は座りながら、奥のマスターに向かってアイスコーヒーと一言いった。
 夏の暑さも一段落の九月半ばとはいえ、エアコンの効きの悪いこの店の奥のいつもの席は居心地がいいとは言えなかった。しかし、他に居場所もないから仕方なく居座っているのだ。
「公園でやったじゃないか。あの男の娘」
 岡田はニヤリとした。
 はあ? と声にあげそうになったとき、やっと思い出した。
 もう一度チラシに目をやる。ボーカルの女、と思っていた顔が記憶の中の美少年と重なった。
「本当だ、あの時の子だ」
 慎吾の脳裏に、蒸し暑い夏の夜の公園の光景がよみがえった。
 湿った草の臭い。オレンジ色の街灯のまぶしさ。公園で休んでいたカップル。
 しかし、慎吾の目には遠目にも、その女がただの女じゃないとわかった。
 極上の美少年を嗅ぎ分ける、慎吾の鼻につんとくる香水の匂いにも似た感触があったのだった。
「こいつ、バンドのボーカルやってるのか」
 独り言のように慎吾がつぶやいた。
「ほら、こっちはあの時の男だ」
 岡田の指差す場所には、うつむき加減でベースを演奏しているごつい男がいた。
 そして、その男にも確かに見覚えがあった。
「ちぇ、だからって何だよ」
 慎吾は薄っぺらいチラシをテーブルの端に指で弾く。
 無関心を装いながらも、しっかりそのバンド名と所属する大学の名前は頭に入れた。
 もう一度、あの男の娘に会いたいと思っていたのだ。
 岡田たちまで一緒だとヤバい方にいってしまいそうだから、彼らには内緒で。
 記憶の中で、また、あの夜の公園に足を踏み入れた。
 オレンジの街灯の光に照らされた不安気な表情の美少年の顔。
 全裸でベンチに立つその少年のスラリとした身体を記憶の中から呼び起こして、じっくりと堪能する。
 目を閉じた慎吾の耳には、この店の安っぽいジャズのBGMも、岡田の声もそのボリュームつまみを目一杯左に回したかのように聞こえなくなった。
ベンチに立つ少年の身体は、普通の男とは違っていた。
 まず、骨格からして違っていた。肩幅が狭く、骨盤がやや広いその身体つきはまるで少女の様だった。
 両手をあげてポーズをとった彼は、オレンジ色の街灯の光の中で、天空から降りてきた天使のようにこの眼には映った。
 心がチクリと疼く。
 自分はその天使を汚してしまったのだ。あの夜から感じていた、熱帯低気圧の黒い雲のような嫌な感情が再び浮き上がってくる。
 多分、一般的に言うところの、後悔という感情だろう。
 今まで、他人をバカにしたり、いじめたり、暴力をふるったり、嫌がらせをしたり、盗んだり脅したりしてきても、そんな感情なんて感じなかったのに。
 いや、一度だけあったか。
 うっかりやくざにけんかを売ってしまった時だ。何とか逃げきれたからよかったものの、危うく小指が無くなるところだった。
 しかし、その時の後悔とは、やっぱり微妙に違う。その時は、今度からけんかを売るときは相手をよく観察してからにしようと思っただけで、けんかを売ったことそのことをやらなきゃよかったと思ったわけではなかったから。
 そうだ。慎吾はあの夜を後悔していた。あいつにもう一度会って謝りたいとさえ思った。
 もう一度、ライブのチラシを見る。
 一目であいつと気づかなかった理由がわかった。
 化粧をしているのだ。
 あの夜はすっぴんだった。チラシではアイラインも引いていて、美しさに磨きがかかっていた。
 そうだ。これで、こいつにもう一度会える。
 会ってどうなるものでもないと思ったが、いや、警察に通報されかねないくらいだが、やはり会いたいと思った。
 そして、一言謝りたい。
 目の前の岡田を見ると、タバコをふかしながら考え込んでいる様だった。
 一瞬、こいつも後悔しているのかなと思ったが、誘うのは止めておいた。


41 倉田慎吾


 ちょっとした丘の上にある大学入り口まで登ってくるだけで、脇の下に汗をかいた。
 九月もそろそろ半ばを過ぎようとしているのに、日差しの強さは相変わらずだ。
 左手首にはめたルミノックス-ナイトホークの針は午後三時を少し回っている。
 門の奥の広場には、講義が終わったのか、自分と同じくらいの年格好の男が数人、階段に座り込んで話し込んでいた。
 とりあえず、門を過ぎて中に入ってみる。
 この大学とは無関係な自分が足を踏み入れるのに、少し抵抗があった。
 『おまえ、ここの生徒じゃないな!生徒手帳を出せ!』などと、怒鳴られるんじゃないかという恐れも感じていた。
 大学なんていう場所とはまったく無縁で生きていたから、内部の様子なんて知ることもなかったのだ。
 しかし、しばらくうろうろしてみて、そういう心配は無さそうだというのが何となくわかってきた。
 とにかく場所が広いし、生徒の人数も多い。
 年齢的にも外観的にも似たような男が多いし、砂利の山に石ころを投げ込むようなものだと思った。
 しかし、とまた思う。これじゃあ、あいつを見つけるのも一苦労だな。
 何となく歩いていて、正面の広場の掲示板に眼を止めた。そこにも、喫茶店で見せられたライブのポスターが貼ってあったが、こちらのポスターはあの時の白黒のチラシと違ってフルカラーでしっかり作られたものだった。
 美少年、というよりも美少女といった方が通じそうなボーカルが、真っ赤な唇でウインクしていた。そういえば、こいつの名前すら知らなかったのだ。
 名前も知らないのなら、居所を人に尋ねることもできない。
 いや、バンド名はわかっているのだから、このバンドのボーカルって言えばいいか。
 そんなことを考えていると、近くにいる男女のグループの声が聞こえてきた。
『佐川耕平って名前、合ってないよねえ』
『耕平って感じじゃないよな。薫とか性別不明の名前の方が合うよね』
『でも、それじゃあ、ますます男か女かわからなくなるぜ』
 そちらを見ると、自分が見つめていたポスターを差して言っているようにみえた。
「こいつのことか?」思い切って、その男女に聞いてみた。
 警戒されるかと思ったが、一番近くに居た女が気さくに答えてくれた。
「そうだよ。文学部1年、佐川耕平くん。超アイドル。最近はライブの練習で忙しいみたい」
 女が言った横で、男が、おい、あんまり個人情報は出さない方がいいよといって腕を引っ張る。男のその一言で、急によそよそしい表情を見せて、そのグループはゆっくり離れていった。
 このバンドの練習場所ってどこだ、と聞きたかったが、チャンスを逃してしまった。
 まあいいか、とにかくもう少し中を見てみようと、慎吾は奥に進んだ。
 掲示板の横にあった構内の地図の記憶を頼りに、文学部を目指す。
 大学って思っていたよりも数倍広い。ひどい蒸し暑さもあって、ティーシャツの背中の生地が肌に気持ち悪く張り付いている。
 俺は一体何やってるんだろう。一歩一歩、歩く次第に自分の気持ちがわからなくなっていく。
 もう一度あいつに会いたいとは思っていたが、会ってどうなるものでもない。
 あの時のことを謝ることができたとしても、それでどうなるものでもないのだ。
 ため息を吐き出して来た道を戻ろうと後ろを向いたとき、小さな歓声が聞こえてきた。
 少し離れたあたりで女がキャーキャー騒いでいる様子だった。
 ひょっとして、と思ってそっちの方に進んでみる。
 人影に隠れるようにして覗いてみると、探し求めていた彼が、数人のボディガードに守られるようにしてこっちに歩いてくるところだった。
 そのボディガードの中には、あの時一緒だったゴツい奴も混じっている。
 慎吾はすぐに建物の脇に隠れるように入った。
 今出て行ったら捕まってしまうだけだ。
 何とかして、あの、佐川耕平と二人で話がしたい。
 一言、謝るだけでもいい。慎吾は少し距離をおきながら後を追った。
 授業はもう終わったのだろうか、大学から出て行くようだ。ということは、これからライブの練習場所に行くのだろう。大学の門を出ると、さすがに追っかけも遠慮したのか少なくなり、メンバーの五人が、前に三人後ろに二人で最寄りの駅に下りる階段を下りてゆく。
 前の三人の真ん中を歩く耕平の、後ろを振り向く顔がちらちら見えて、慎吾の心臓はそれだけで脈拍を早めた。
 まったく、天使みたいなやつだ。わざと女っぽくしてるわけでもないのに、化粧をした美少女アイドル以上にきれいな顔つきをしている。
今あんな風なら、高校生の時や中学生の時はどんなだったんだろう。
ふと、佐川耕平の中学生時代の頃のことが気になってきた。もっともっとあいつのことが知りたい。
 それには、今だけでなく過去にさかのぼって調べなければならない。
 調べてみようか。どうせつまらない仲間とくだらない話をしているだけの毎日なのだ。
 慎吾は、五人の後をつけながら、どうやって佐川耕平の過去を調べたらいいか考え始めていた。
 

 42 倉田慎吾



まず、今のところあいつについてわかってるのは、佐川耕平という名前と、所属する大学と学部。それに大学一年生だと言うこと。
 ということは去年までは高校生だったわけだ。
 どこの高校かというのをまず調べないといけない。それにはどうするか。
 考えながら、たどり着いたのは、最初に耕平に会った公園だった。
 あの時、二人は飲み会の帰りのようだった。相手の男は明らかに酒臭かったし、今思えば耕平もかなり酔っていたように思える。
 そうだ。酔った耕平がこの公園のベンチで休んでいたのだ。それを俺たちに見つかって。
 ということは、あいつの住所がこの近くというのも考えられる。
 仔猫公園という木製の看板が斜めになっている中に入っていく。
 細長い公園で、木々の合間にベンチがあり、一番手前の広い場所には、子供用の滑り台とジャングルジムが設置されていた。
 奥の方にいくと、あの日耕平が全裸で乗ったベンチがあった。
 茶色い小型犬を連れた老人が休んでいた。
 白髪の老人は、ちらりと慎吾の方を向いたが、すぐに目を反らせる。
 慎吾はきびすを返すと早足で公園を出た。
 腕時計の針は五時を回った所だ。夏も終わりだが夕日はまだ高い位置にあり、日光は紫外線をたっぷり含んだように、慎吾の腕をじりじり焼いた。
 ここで張っていれば会えるだろうか。どのくらい待てばいいだろうか。
 そんなことを考えながら、赤く塗られた自販機に近づいてポケットから緑色に塗られた皮財布を取り出した。
 小銭を入れてボタンを押す。ゴトゴト音がしてアルミ缶の清涼飲料水が飛び出てきた。
 拾い上げてニップルを引くと、炭酸の抜ける音が小気味よく耳に響いた。
「耕平君のライブ聴きに来てるの?」
 いきなり後ろから声をかけられて、驚いて振り向くと、若い女が小首をかしげて立っていた。大学生だろうか。
「耕平って、佐川耕平?」
 何も考えなしに聞き返してしまう。
「そうだけど、ライブ聴きに来たんじゃないんだ」
そうか。この女はピアスをしてちょっと崩れた俺の格好を見てロックのバンドでもやってると思ったのだろう。
やっとそう気づくことが出来た。
「いや、まあそうなんだけど……ここでかわいい子が歌ってるって噂聞いてさ。出来ればうちのボーカルにどうかって思って」
 適当に話を作る。
 女は眉を寄せて首を振った。
「それは無理だよ。彼、すでにバンドのメンバーだから。知らなかったの」
「ああ、そうなんだ。そいつは残念だな。今日もここで歌うのかな」
 どの程度残念そうにすれば良いのか、芝居がからないやり方が分らなかったからうつむいて目を反らせる。
「たぶん今日は来ないと思うよ。今度のライブの練習で、最近帰りが遅いみたいだから」
「彼のことよく知ってるんだな。友達?それとも付き合ってるとか?」
「どっちも違うけど、まあ知り合い。お隣さんだから。彼のライブもよく聴きに来るし、少しは話したりもするけど、友達とまでは言えないかな」
 女の目線に感じる所があった。こいつ、俺を誘ってる。何人も女を食い散らかしてきた自分の感には自信があった。
「家はこの近く?」
 慎吾が聞くと、女はこくりと頷く。
「そうか、耕平ってこの辺に住んでるんだ」
 女よりも耕平に興味がある風にしてやる。
「あなた、もしかして男が好きなタイプ?」
 女の言葉に対抗心が見え隠れしてくる。
「いや。別にそんな趣味はないけどな。写真で見た感じ、その辺の美女より可愛そうに見えたから、実物にはちょっと興味ある」
「なんか、最近そんなやつばっかりだね。いくら可愛くても男なんだからつまんないと思うのに」
「俺としては、もちろん女の方が好きだぜ。おまえみたいなのタイプだし」
「じゃあさ。耕平君が帰ってくるまで、うちでお茶でも飲んでかない?」
完全に予想外の展開だったが、まあここは流れに任せることにしよう。

公園を過ぎて五十メートルほど歩いた所から階段をしばらく上り、右に入ると三階建てのこぢんまりとしたワンルームマンションが見えてきた。
「ここの二階、奥の部屋が私の部屋で、真ん中が耕平君の部屋」
 コンクリートの階段を上りながら女が言う。
 

 つづく