ちくり屋

 15


「しかし百合ちゃんが組合の最初のメンバーに入ってるのには驚いたよ。時田さんにしつ
こく言われたの?」
 狭い宿直室の小さなテーブルに膝を突き合わせるようにして二人は座ると、自動販売機
から買ってきたコーヒーを百合に勧めながら岡持が言う。
「労働組合を作るのはいいことだと思いますよ。私も前からこの病院には不満もあったし、
それを持っていくところができるのは助かります」
 百合がそんな事を言うなんて意外だった。局長や理事長とも上手くやっているみたいだ
と感じていたからだ。
「まあそうだね。今回大分ボーナスも減らされたしね。まあ、そのことは置いておいて、
楽しい事をしようか」
 百合の目がきらりと光ったように見えた。
 どんな風に責められるのか期待に胸を膨らませていると言う感じだ。
 じゃあ服を脱いで、と言う岡持に笑顔を見せて、百合がコートを脱いだ。
 その下は黒い上下の下着とガードル、ブーツしかつけていなかった。
「うーんさすが百合ちゃんだね。すごく似合ってる。いつもはその格好で鞭を持って、M
男をいたぶってるわけ?」
「岡持さんはいたぶって欲しくないですか? この間はあんな事言ってたけど気が変わっ
たりしてません?」
 少しそれもいいかなとマジで思ってしまう。しかし今夜は取っておきを用意しているの
だ。
「今夜僕が百合ちゃんにまいったと言わせられなかったら、ずっと百合ちゃんの奴隷にな
っても良いよ。じゃあその格好いい下着も全部脱いでベッドに寝てごらん」
 百合は肩をすくめて見せながらも素直に全裸になると青いシーツのしかれたベッドに横
になった。
「じゃあ両手を上げて」
 岡持は百合の両手を縛ってベッドの頭側の柵に固定する。両足も開いた形で片方ずつ固
定した。百合は身動きできない状態になったが、心細い表情はまったく垣間見えない。
 俺を甘く見ているみたいだけど、すぐに泣き声を出させてやるからな。
 百合の余裕の表情に岡持の気分が高まってくる。
「百合ちゃんはこんな格好で乳首に洗濯バサミをされたりしたらすごく感じるんだろう」
 用意しておいた洗濯バサミで百合の左の乳首を挟み込む。
 うっと苦痛の声があがるが、すぐに甘い声に変わっていく。
「つまりマゾ女には痛みを与えても喜びを与える事にしかならないって事だよね」
 百合は口で息をしながら岡持の言葉をじっと聞いている。
「それは本来のSMとは違うんじゃないかって話したよね」
 岡持はそう言うと洗濯バサミを百合の身体から外した。
「じゃあどうするんですか?」
 百合は岡持の考えがまったくわからない事に少し不安を感じたようだ。
 その百合に背中を向けて岡持はバッグの中から、検査室で使う材料の空き瓶を取り出し
た。その中には緑色の物体が詰まっている。ビンはまだ百合のほうからは見えない。
「まあその前に、大声上げられたら困るからタオルを使わせてもらうよ」
 百合の口をふさぐようにしてよじったタオルをかませる。
 百合の目が涙を溜めている。段々怖くなってきたのかもしれない。
 普段SMクラブで女王としてM男に君臨しているらしい百合を怖がらせる事に岡持は恍
惚感を感じる。
「ほら、今日の主役さ、よく見てごらん」
 百合の目の前に五百CCペットボトルくらいの大きさのそのビンを差し出して見せる。
 最初なんだかわからなかった百合も、そのビンの中でうごめいている緑色のアゲハチョ
ウの幼虫に気づくと、目を見開いて声にならない悲鳴をあげた。
 百合の裸の身体が震え、血の気の引いた肌に鳥肌のぶつぶつが浮き上がる。
 岡持は百合に見えるようにビンの蓋を開くと、指で一匹の幼虫をつまみ出す。
 体長五センチ太さ一センチくらいの立派な幼虫だ。
 それを百合の鳥肌が立ったへその所に這わせた。
 百合が懸命に縛りを解こうとするが岡持も縛り方は少し研究してきたのだ。
 簡単に解けるものではなかった。
「百合ちゃんはM気質もあるんだろう。最初は気持ち悪いかもしれないけど段々よくなる
はずだよ」
 百合の恐怖が岡持には快楽だった。
 さらに一匹つまみ出すと、今度は百合の右の乳首の辺りに這わせた。
 幼虫は狭苦しいビンの中から暖かい広場に開放された事を喜ぶようにうねうねと進んで
いる。
 さらに数匹の幼虫を百合の身体に満遍なく這わせた。落ちそうになる幼虫はつまみあげ
て適当なところにうつしてやる。
 そうしているうちに百合の目つきがうつろになっていく。
 百合の股間に指を持っていってみたら、そこはぐっしょり濡れていた。
 やっぱり百合は苛められる事が好きなのかな。痛みとは関係なく。
 そうだったとしたら、自分も百合を喜ばせる事しかできないのかもしれない。
 一匹の幼虫が百合の下半身に向かいつつあった。
 剃毛されたつるつるの丘を乗り越えると、幼虫は百合の小豆大のルビーをつんつんしだ
した。
 また百合の身体がびくんと跳ねた。
 すごく敏感になっているようだ。岡持は指を二本百合の濡れた谷間に滑らせる。
 ぬるりと奥まですんなり入っていった。
 そしてその感触を楽しみながらじっくり時間をかけて芋虫プレイは続けられた。
 最初の拒絶反応が収まった百合は肌の色をピンクに変えて息が荒くなっている。
 そろそろいい頃だろう。岡持は幼虫達を捕まえて再びビンの中に閉じ込めた。
 百合の猿轡を外してやる。
「どうだった?」
 岡持の質問にも、百合は荒い息をするだけで言葉が出てこないようだ 。
 しばらくしてからやっとこう言った。
「岡持さん、めちゃくちゃに犯して下さい」
 どうやら大成功のようだった。岡持はすぐに下半身裸になると百合の上に覆い被さって
いった。


 16


 翌々日の月曜朝、岡持が出勤してみると時田が飛んできてレントゲン室にすぐ来いと
言って来た。
 血相を変えている。いったい何が起こったのだろうと行って見ると、そこには、先日組
合作りのために集まった四人がそろっていた。
「いったいどうしたんですか」
 岡持が見回すと他の四人はすでに訳を知っているようで時田と同じように深刻な顔つき
をしていた。
「調印した書類がなくなった」
 岡持は時田のその言葉にもぴんとこなかった。何の書類だ?
「組合作りの書類を俺はロッカーに入れていたんだ。今日昼から有給休暇にして監督所に
もっていくつもりだった。しかし朝来て見たら書類がなくなっていたんだ」
「誰かが盗んだってことですか」
 言わずもがなな事を岡持は口にした。
「そういうことになるな。岡持、おまえ一昨日当直だったんだろう、怪しい人影見なかっ
たか?」
 時田の目は血走っていたが、岡持は自分が疑われているとはまったく気づかなかった。
「いえ、定時の見回りのあとは宿直室にこもっていたから誰にも会ってませんよ」
 しかし、無くなったのがそんなに問題なのか? 新しくまた作れば良いじゃないか。
 岡持にはまだ事の重大さがよくわかっていなかった。
「のんきにしてるんじゃないぞ。ロッカーにあれがあることはここの五人しか知らない事
なんだから。ここに裏切り者がいるということなんだよ」
 時田はそう言うが、自分はロッカーにそれが入っているなんて知らなかった。
 そう言うと、
「それはそうだろうな。でも、俺が預かった事は皆知ってるだろう。もって帰らずにロッ
カーに入れて帰ったと言う可能性も当然考えられるはずだ。そう考えた犯人がとりあえず
俺のロッカーをこじ開けてみたら、ビンゴだったわけだ」
 まだきょとんとしている岡持に、おまえは馬鹿かと前置きしてから時田が叫ぶ。
「あれを持っていった奴が何のために持っていったと考えてるんだよ。上の連中にちくる
ために決まってるだろう。そんな事になったら組合作る前につぶされちまうじゃないか」
 やっと岡持にも事の重大さが気持ちの中に染み込んできた。
 確かに、あれを理事長達に見せられると自分の立場上もやばい事になるのだ。
 本来ちくる役目の自分がそれをせずに裏切ったと思われる。
「それは大変じゃないですか。でも誰が……」
 そこまで言って岡持ははっとした。
 ここにいる五人だけが組合つくりを知っていたのだから、犯人もここにいるということ
になるのだ。ゆっくりと見回してみる。
 百合が犯人のわけは無い。一昨日は一緒に楽しんだ仲なのだから。
 では佐々木か、川久保かあるいは大騒ぎしているがその時田自身が犯人と言う事もあり
えるかもしれない。
 少なくとも自分と百合じゃないのは確かだから、残りは三人ということになる。
「今すぐ用紙に署名捺印して監督所に持っていくしかないんじゃないですか。この際犯人
探しは後回しにして」
 川久保が後ろから時田の肩をつかんで言った。
「それが間に合えばいいがな。多分もう理事長達のところに用紙は行ってる筈だから……」
 それはまずい。時田たちとは別の意味で岡持は焦りだした。
 なんとかして誤解を解かなければ。時田たちと一緒に呼び出されたりしたら言い訳する
機会も無いじゃないか。
 どうにかしてここを抜け出して理事長室に行きたかった。しかし始業時間は迫っている。
 適当な理由も思いつかなかった。
「川久保の言う通りにさっさと署名捺印して持っていくしかないですよ。早くしましょう」
 佐々木がせかすように言う。
「この際無断欠勤になってもしょうがないな。有給は受理されないだろうから」
 時田が川久保から用紙を受け取って広げようとしたとき、レントゲン助手の中年女性、
井上が化粧の厚い顔をドアの隙間からのぞかせて時田に告げた。
「時田さん、理事長室からお呼びがかかってますよ。あ、それと岡持さん、佐々木さんも
でした。行ってみてください」
 時田たちの気持ちも知らずに間延びした声でそういうと、彼女はドアを閉めた。
 こうなったら行くしかないだろう。
 皆で覚悟を決めて六階に向かう事にした。
 井上の言葉の中に百合の名前は出なかったが、確認のために事務室に言った後、やはり
という顔をして百合も仲間に加わりエレベーターに乗り込んだ。



 17


「皆さんわざわざ集まってもらってご苦労様。今日は君達に辞令を出すためにきてもらい
ました。公表前に本人達だけにでも先にと思ってね」
 田原局長が五人の前に立ってニヤニヤしながら言った。理事長の弓永は席に座ったまま
面白そうに視線だけ彼らに向けていた。
 田原は手にもった辞令の内容の書かれたものであろう紙に目を落として読み始めた。
「時田君。長い間レントゲン室でがんばってくれてありがとうございました。今度新卒の
技師を入れることにしましたので。引継ぎが済んだら時田君は庭周りの掃除担当になって
もらいます。それから佐々木君と荒木君は一階から六階までのトイレ掃除専門になっても
らいます。川久保君は看護部主任に……」
 ここで時田が声を上げた。
「川久保、貴様が裏切り者だったのか」
「ひどいや、なんてこったよ」
 佐々木は怒鳴るだけで収まらず横の川久保に殴りかかる。
 しかし川久保はひらりとそれをかわして理事長達のほうに位置を変えた。
「裏切り者だなんてひどいな。必殺仕掛け人って言ってくださいよ」
 悪びれた様子も無く不敵な笑いを顔に張り付かせて川久保は乱れた襟を整えた。
「まあまあ、そういうことで、最後に岡持君、キミの処遇だけどスパイをやってくれたキ
ミには感謝してるんだけどねえ、どうして最後にちくってくれなかったのかなあ」
 田原は本当に不思議そうに岡持を覗き込んだ。
 すっかり懐柔しているものと思っていた岡持に裏切られたと言いたげだ。
 百合と時田と佐々木は川久保のときと同じように岡持に不信の視線を送ってくる。
「岡持さんそんな汚い事やってたの?」
 百合の言葉が岡持の胸をえぐった。
 局長達には自分がちくり屋をしていた事を百合達にばらす意味は無いはずだ。
 辞令だといって百合たちと同じようにきつい仕事に回してしまえばいいだけじゃないか。
 そこに許せない悪意を岡持は感じた。
「僕の辞令はいりません。退職願を書きますから」
 岡持は表情の無い声で言うとくるりと局長達に背を向けて理事長室を出た。
 階段の脇の観葉植物に、またアゲハチョウの幼虫を見つけた。
 もそもそと動く幼虫。自分はこの幼虫みたいに田原達の指先で摘み上げられてごみ箱に
捨てられただけだ。
 じっとそれを見ている横を川久保を除いた三人が通り過ぎていく。岡持に声をかける
ものは誰もいなかった。最後に百合が振り向いて岡持の視線を追うように幼虫を眺めた。
「本当に百合ちゃんが好きだったんだ。俺の言いたい事はそれだけだ」
 岡持の小さな声に百合はうんといって階段を下りていった。

 岡持の眼の端に赤い消火栓が見えた。先日の防火訓練の記憶がよみがえる。
 タイマー式の一人で操作できる消火栓だという説明だった。
 岡持の頭の中でヒューズがぱちんと切れた。
 消火栓の扉を開いてホースのノズルを取り出す。
 そしてタイマーボタンを押して、ノズルを引き出すと、ホースが自動的にほどけていく。
 岡持はノズルを持ったまま理事長室に引き返した。ちょうど川久保が出てくるところだ
った。その川久保を足で蹴って押しやると、理事長室になだれ込む。
「おまえら皆くずだ。これでも食らえ」
 驚きのあまり声も出ない三人に岡持はノズルの先端を向けた。
 その瞬間、ノズルがぐんと重さを加えた。水圧がかかったそれが暴れようとする。
 必死でその抵抗を抑えた岡持のノズルからは強烈な水流がほとばしる。
 川久保はまともに食らって一気に弓永の席まで吹き飛ばされていった。
 横から止めに来る田原に水流を向けると、彼も殴られたかのように吹き飛ぶ。
 それまで冷ややかに席に座っていた弓長が立ち上がったところへ水流を向ける。
 彼は木の葉のように後ろの窓に張り付いた。
 みしみしと音がして窓ガラスにひびが入る。
「やめろ、馬鹿なまねをするんじゃない」
 弓永の声は岡持を逆上させるだけだった。
 水圧に耐えかねたガラスがわれ、それに吸い込まれるように弓永が落ちていった。
 助けてくれと叫び声をあげながら逃げ惑う川久保と田原も、至近距離からの消火水には
手も足も出ない。
 同じように六階の窓から落ちていくのにそれほどの時間はかからなかった。
 悲鳴はすぐに聞こえなくなった。
 ノズルからはまだ激しく消火水が噴出していた。
 しかし岡持の耳には、その水流の音に代わって火災報知気のベルの音が耳障りなくらい
に高く響いていた。




                                           ちくり屋   了




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