8. 助川海防城跡  


助川海防城跡

海防城郭助川館跡
現在では建物などがあったことを伝える柱が立つだけの
助川城跡公園と鈴木準備委員長(東京新聞より)
県・市指定史跡
「助川城跡公園」
交通案内




指定年月日:昭和42年11月24日(県指定史跡)
所  在  地:日立市助川町5丁目716番地の1

 水戸9代藩士徳川斉昭(烈公)は、異国船の侵入にそなえる海防の重要性を強調し、領内沿岸における海防の拠点として、
天保7年(1836年)太平洋を一望できる助川村の高台に城堡を築き、家老山野辺義観を海防惣司に任命して住まわせました。
助川海防城は完成まで5年の歳月を要しております。総面積68万平方メートルで、助川小学校の校門付近にあった大手門から三の丸、
二の丸、本丸と行くにしたがって地形が高くなっており、遠見やぐらや養生館(家中子弟の教場)、鉄砲教練上などもつくられました。
また、初崎海岸には砲台が築かれました。
 この海防城は、元治元年(1864年)9月水戸藩の内乱にまきこまれて焼失し、築城から28年間で落城しました。
当時の遺構としては、本丸表門の礎石、二の丸跡の遺構や、初代山野辺義観が自分で刻んだという鳩石などがあり、往時をしのばせます。
 なお、この助川海防城跡は、一部が市指定文化財になっております。
(平成10年6月28日 保全会結成)

趣意
私たちの日立市には、江戸末期に日本でただ2ヵ所だけの海防城としての機能を持った助川館がありました。
現在その城跡や歴代海防総司の墓とその家臣の墓が祀られてありますが、市民にはあまり知られてない歴史的に貴重な財産です。
それらに関係する勉強会や跡地の整備、または海防総司の故郷山形県山辺町との交流会等、楽しみながら活動していきたいと思います。
日立地方の歴史上意義ある城郭というのみでなく、郷土住民の心の象徴として後世に残したいと考えています。
どうぞ趣意をご理解の上、ご賛同くださいますようにお願いいたします。
本会は「助川海防城跡保全会」と称し、事務所を助川コミュニテイセンター内におく
詳細は助川コミュニテイセンター( Tel: 0294-23-0955 ) までお問い合わせください。


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