ある母親3
カーラ・レヴァーティ・アルデンギ
「子どもの命に危害を及ぼさない」
イタリア人に衝撃を与えたもう一つの例、カーラ・レヴァーティ・アルデンギ(Carla Levati Ardenghi)のケースを紹介しましょう。彼女は悪性の腫瘍を、その出産の二年前に摘出していました。彼女は妊娠した後、化学療法も外科的手術も、間接的に胎児の人工妊娠中絶につながるので拒否することに決め、出産できるまで生き続けようと懸命に努力しました。しかし、ガンは急性で、その子は25週間で帝王切開によって胎内から取り出されました。彼女は1993年1月25日、その切開手術の8時間後に息を引き取りました。そして、八日後、彼女の赤ちゃんステファノも、天国のお母さんのもとに旅立ちました。イタリアの新聞には、賛否両論があふれるように掲載されました。しかし、この件についてジェローム・ルジョンヌ博士が、一人の母親の決断として、次のように結論しています。
この女性は、自分が死ぬことなどは求めませんでした。ただひたすら求めたのは、彼女の子どもの命に危害を及ぼさないということでした。彼女は、病気を求めたわけではなく、病気によって苦しめられたのです。彼女は「治療のために子どもを死なせることになるのなら、その治療を受ける前に、まず子供が無事生まれるまで待つ危険の方を選ぶ」と言っていました。これは、正に英雄的な行為です。わたしは心からの賞賛を惜しみません。彼女は、正に、母親としての決断をしたのですから。
The Catholic World Report 1993年3月、p.16
信仰のない人、謂ゆる無神論的/唯物的な人がこういう話を聞いたら、謂ゆる「美談」、歯の浮くような体の、悪い意味での「美談」に聞こえるのかも知れない。
しかし、そういうのじゃないと思う。これは「美しい服」のようなものではなく、単に「道徳的な話」ではない。
「服」や「道徳」なら、人に “押し着せる” ことができるかも知れない。しかし、このような生き方は押し着せることなど不可能だ。
人はこのような生き方ができるために、少なくとも「霊魂」の存在を信じていなければならない。
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