今回取り上げるこれらは、最近の私の目に入って来たものではありません。私の、没や保留にしてあった昔の書きかけの中から引っ張り出して来たものです。今回、表示したくなりました。
本田神父 ![]()
「死んだ体がどっからどっこ |
マシア神父 ![]()
「海の上を歩くペトロ。これ |
なんだか、思わず拍手したくなるほど、似た言い草。
彼らは、聖書が証言している神秘的な事柄・奇跡的な事柄を考えるに於いて、初めから「ゾンビ」だの「忍者」だの、卑俗なイメージを引き合いに出すのである。
私はカナダの或る prank(イタズラ)番組を思い出す。彼らはキリスト教を愚弄する作品を多く作っているが、上の二人のために一つだけ紹介しよう — 参照。そして、その番組のマスコットはこれである。(冗談めかしているから「無害」なのだろうか?)
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郡山司教様は本田神父のことを笑いながら「過激」とのみ評し、更に「ミサ説教」の中で本田哲郎訳聖書を読み上げる。
好好爺然とした郡山司教様。一部の信徒には受けがいいことだろう。しかし、どうしようもなく「鈍く」なっておいでなのではありませんか?
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カトリック司祭として彼らがやっていること — シンポジウム!w
いったいどこの「文化人」たちなんだ。悪魔が笑っている。
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このビデオも酷いが、もう書かないでおく。
「罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって」