第七章 告解ゲーム
そこで、私は「青い目」と呼ばれてみなから親しまれている気高い年寄りに告解しに行くことにした。
彼の子供のような眼差しを前に、この私さえ跪くこと度々だった。実験に彼を選んだ理由はそこにある。自分自身は、彼がどうやって告解の秘密をもって行動し、私に退学を命ずるかどうかを知りたかったのだ。
それが危険なことだとは考えなかった。私はどんなことでも一番だったので、とても有利な立場にあった。この一団の中では最優秀な学生なのだ。
告解を聴いてくれるよう、「青い目」に願い、何もかも話し始めた。
大事なところはみな喋った。自分が共産主義者であること、国家秘密警察の工作員であること、自分に召し出しがないと偽ったポーランド人宗教者を殺したことなど。
ところが、不思議なことに、彼は私の言葉を即座に信じたのだ。みな作り話かもしれないというのにである。
彼は、永遠の救いについて、使い古されたセリフを並べ立てた。
私は大声で笑い出すところだった。この男は、私が僅かでも信仰をもっていると考えているのだろうか。
私は、彼に断言せざるを得なくなった。
「私は神も悪魔も信じてはいないのですよ。」
こんな告解は、多分、彼にとっても初めてのことだったろう。私は彼に同情した。
すると、彼はこう言った。
「いったい、修道会に入って、何を得ようというのか。」
私は、自分の考えを率直に述べた。
「教会を内側から破壊することです。」
「それは大した自惚れだ」と彼は答えた。
私は怒りそうになったが、自慢げに言った。
「すでに千人以上のわれわれの仲間が、神学生、司祭として入り込んでいるのですよ。」
「そんな話は信じない。」
「それはあなたの勝手です。だが、私の認識番号は1025です。死んでいる者もいるかもしれないが、大体千人いると言っていいでしょう。」
それから、長い沈黙を置いてから彼はこう言った。
「わしに何を求めているのか。」
告解の秘密をもって、彼がどんな行動に出るかを見届けたいだけだ、とは言えなかった。そこで、この言葉に留めた。
「私を退学させるつもりでしょう。」
「退学だと! おまえは一番優秀な学生、それに一番信心深い一人ではないか!」
返す言葉を失ったのは私のほうだ。
「このように告解しても、私の正体が分からないのですか。」
すると、彼はこう答えた。
「告解は霊魂の益のために、われらの主、イエズス・キリストによって定められたものなのだ。だから、おまえの告解は無意味だ。」
「私の理解を深めることにもならないというのですか。」
「それどころか、おまえがここから出て行ったら、わしは告解の内容をすべて忘れてしまうのだよ。」
「本当ですか。」
「ともに学んでいるのだから、おまえにもそれ位分かっているだろう。」
「言葉の上では分かっています。しかし、現実には理解できないことです。」
「なら、この信じ難い告解の本当の目的は、そこにあると見て良いのではないかな。」
「そうなのかもしれません。」
「他に目的があるのなら言うがよい。」
「いいえ、ありません」と私は彼に丁寧に答えた。「御一緒に学びたかっただけです。それだけです。」
彼は考え込んでいる様子だった。それから、私にこう言った。
「つまらないことだ。そんなことからは、何も結果しない。」
「何もですか?」
「全く何物も結果しない。分かっているはずだ。」
彼はこう言うと、私一人を置いて出て行った。
翌日、私の友人だと勝手に思い込んでいるクラスメートが、低い声で耳打ちした。
「昨夜、“青い目” は、礼拝堂で徹夜で祈っていたそうだ」
私は老いた聴罪神父を見つめた。彼は、寝ずに夜を過ごした人のようには見えなかった。だが、彼が講義を進める間、私はその夜のことを黙想していた。彼は、オリーブの園でのイエズスの苦しみを真似していたのかもしれない。
「青い目」は、自分からこの杯を遠ざけてほしいと祈っていたのかもしれない。だが、この告白から逃れることはできなかったのだ。
あの告解を忘れるのは、彼にとってほとんど不可能なことではないかと私は思った。
彼は、祈りの中で、私が回心するか、自分から出ていくよう願っていたに違いない。
それとも、私を追い出す方法を見つけ出そうとしていたのだろうか。
そんな考えが頭に昇ってくるたびに、「いやいや、自分は何も覚えてはいないのだ」と心の中で叫んでいたのだろう。
この告解とは無関係なことで、私の悪口をたたくことが、彼にできるだろうか。それはまったくありえない。完璧な神学生の見本でなかったならば、私は告解になど行かなかったのだ。
彼は、共産主義者がどんな犠牲をも厭わないことを知らなかったのだろうか。この人々は、犠牲的行ないができるのはクリスチャンだけと信じているのだ。
それからというもの、私は「青い目」を注意深く観察し続けた。そして、彼がいつもと変わらないことを知った。
彼は、いつも通り穏やかで、親切だった。
本当のことをいえば、私は彼が好きになっていた。伯父への手紙で彼に触れるときには、自分を咎めそうになったほどである。だが、告解の件だけは書かなかった。書いても彼らには理解できまい。
数ヶ月後に、私は他の教授にも告解したい気持ちに襲われた。本当は、単調な毎日と、周囲を喜ばせてばかりいなければならない自分に、嫌気が差していたのだ。ちょっと暴れたかったのだ。
それで、私はすべての教授に告解しに行った。そして、彼ら全員に、恐るべき秘密を伝えることができたと喜んだ。
だが、私のような人間が存在するということ、将来どんな問題でも起こせるということに、彼らがどうして我慢していられるのか理解できなかった。
だが、しばらくして、私は問題視され始めた。実を言えば、この刺激が欲しかったのだ。
彼らは、私が修道会を受け入れるのを阻止する方法を探っているのではないか、と私は想像した。闘志は二倍になり、ますます自信を強めた。
全世界におよぶ反宗教活動を推進するのが自分の役目なのだ。
仕事の暗号化を伯父から求められなかったのは、幸いだった。私はただ、週に一つの計画を作成するだけでよかった。
次々にアイデアがあふれてきて、この仕事には飽きることがなかった。逆に、自分にとっては喜びであり、支えでさえあった。
告解ゲームを楽しんでいた頃に、私は特に、教理のある点に敏感になっていた。彼らの言うところの、「従順の聖徳」である。
従順は、特に教皇に関係する。私はこの問題を理解できないまま、いろいろな角度から引っくり返した。
そこで、機会あるごとに、カトリック信徒が教皇に向ける信頼を冷笑するよう指令を出した。
それがいかに難しい注文であるかが、自分には理解できていなかったのだが、ともかく、教皇を批判させるよう、カトリックを煽動しなければならないと考えたのだ。
ある仲間は、バチカンのすべての文書に目を通し、誰でもいいから不愉快にさせられる、どんな些細な言葉でも見つけ出す任務についた。
教皇を批判する人々の質は問わない。唯一重要なのは、教皇が批判されるということなのだ。 
一番理想的なのは、教皇が、保守派とモダニストの両陣営を不愉快にさせるということだ。
従順の徳は、この教会の中心的しきたりの一つだ。私は、彼らに良心の呵責を増幅させて、これを弱体化させることを考えた。
キリスト教の分裂に対する責任を、カトリックの誰もが感じなければならない。
この四世紀あまりのあいだ、彼らがプロテスタントに向けてきた侮辱の数々を償う方法を、カトリック各人に探らせるのだ。
私は、プロテスタントの感情を害するものをみな列挙し、もっと彼らに慈愛(チャリティー)を向けるべきだと提起した。
慈愛には利点がある。それによってどんな愚行にも誘うことができる。
当時、私は、自分の計画が露見して、神をなきものにせんとする方法が、多くの者に気取られるのではないかと心配していた。
その後の展開によって、このような不安が誤っていたことが分かった。
「善の敵が最大の敵」というフランスのことわざがある。
プロテスタントに向けた私の同胞愛が、キリスト教全体の破滅を目指していることなど、誰も気付きはしなかったのだ。
プロテスタントが信仰(あるいは、違った「信仰」)を持ってはいないとか、自分の任務がプロテスタントとは無関係であるとかいうつもりはない。
だが、私は、彼らがカトリックに改宗してはならないこと、逆に、プロテスタントに歩み寄るべきはローマカトリックであることを示すことによって、彼らを目覚めさせる。
バチカン会議の声明の時でさえ、私は全世界にメッセージを打ち出した。
それは、指令と予言を含むものだ。
予言はこうである。神ご自身が、大いなる奇跡、目を見張るばかりの奇跡によって、キリスト教徒の一致を実現される。だから、これに干渉してはならない。広い心、真に寛大な心をもたない限りは。
言葉をかえれば、神が「きれいな心の中で」壮大な奇跡を演じることを許すため、カトリック信徒はみな、心を空っぽにしておかなければならない。現代のカトリック信徒にとって、心のきれいな人間とは、あらゆる手段を尽くしてプロテスタントを喜ばせる人でなければならない。
指令も、ごく簡単なものだった。プロテスタントがカトリックに改宗することを、厳禁するということだ。
自分がこの点を重視したのは、改宗者の数が加速していたからだ。
カトリックがプロテスタントの改宗者を受け入れ続けている限り、偉大な奇跡は起こり得ないことを、私はどこででも強調した。私は、神の働きに干渉してはならないことを、はっきり知らしめた。人々は私に傾聴し従った。
奇跡を演じたのは、彼らの神ではない、この私なのだ。
私は今でも喜びに震えている。これは、私の大成功のうちに数えられるだろう。
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