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2012.09.30
 関東地方に台風接近中。予報通り風雨が激しくなってきました。といっても沖縄あたりの荒れ方と比べたら全然なんだろうけど、久しぶりに本格的な台風って感じ。これでダムにも少しは水が溜まりますかね。
 しかし篠田の脳天は快晴です。はい、終わりました、ジャーロの連載『わたしはここにいます』。ただひとつ問題は、えー、伸びちゃった。分載してもいいですといった第一回よりまだかなり長い。ごめんなさいって、こんなところで謝っても仕方ないわなあ。ともかく終わった。終わったんだ。ああ終わった。頭の上のたくわん石がすっ飛んだぞ。これで取り敢えず数日は休憩と部屋掃除。

2012.09.28
 原稿確実に終わりに向かってるけど、今月中はあと2日しかないし、ちょっと無理みたい。10/5が鮎川賞のパーティだから、それまでにあげる、と目標を下方修正。いや、確実に編集さんと顔を合わせるからさ「まだですか」とはいわれたくないじゃない。そうでなくても膨張してるのに。

 読了本『まいなす』 太田忠司 PHP文芸文庫 ミステリーYA!で刊行された長編の文庫下ろし。この機会に再読。細かいところは忘れているから面白く読めた。というか、やはりジュブナイルっぽい単行本の装丁と、文庫だと読み味が変わるのかな。今回強く感じたのは、登場人物たちが誰もすごくリアルだということ。クラスの中で微妙な疎外感を押し隠しているヒロインとか、困った友人に痛い友人未満に気持ちのすれ違う母親とか、こういう要約の仕方をすると、ラノベあたりでもよくいそうなキャラに見えてしまうけど、太田さんはラノベ的な誇張ありのキャラの立て方をいっさいしていないので、全員が実際にいそうな、どこかで知っている気のする人物になっていて、それがこの「一人の少女の冒険と成長の物語」を、非常に地に足の着いたリアルなものにしている。特にヒロインの母親なんて、ひとつ間違えば本当に嫌なタイプだが、視点を変えればそうではないということまできっちり描かれている。特別な悪人はいないが、みんないい人、みたいなふにゃけた嘘くさい世界でもない。悪人はいなくとも世界で痛い事件はいくらでも起きる。選択を間違えば坂道を転がり落ちるように、引き返せない悲劇だって起こる。でも、それを引き留めることも人間には出来る、というメッセージ。そして、やっぱり本というのは、テキストだけで成立しているわけじゃない。この形が印象を大きく左右するものだ、と今更のように痛感した。

2012.09.27
 やっとヒガンバナが咲き出したかな、という感じ。しかしつい先日までだらだら汗を掻いていたのに、身体よりも頭の方の切り替えがうまくいきませぬ。
 昨日は京橋のLIXILギャラリーに友人と。以前はINAXといいました。なんで名前が変わったのか不明。無料で規模は小さいがちょっとひねった展示をやる。今回は「建築を彩るテキスタイル」という、ヨーロッパのタペストリの明治以降日本的展開といいますか。絢爛たるバロック宮殿的なインテリアに、伊藤若沖の群鶏図を織り出して壁に、なんてのはまことに豪華絢爛でありましたな。模型だけど。
 ここのギャラリーの隣にある書店は、芸術、デザイン、建築などの関係の本がすごい山ほどあり、品揃えがよろしくて購買意欲を直撃するのだが、そこはぐっとこらえて。しかしこらえるだけで疲れましたわ。はあ。そんな、本読んでる場合じゃないし。『ホテル・メランコリア』の再校ゲラも来たしね。『わたしはここにいます』早く終わらさなきゃ。ふう。

2012.09.25
 今日はまた曇りで肌寒い感じ。暑くなくなったのはいいけど、湿度は高いよなあ。原稿、終わりが見えてきたなんて書いちゃったけど、まだクライマックスから〆の当たりの展開がきっちり決まっているわけじゃない。と思うと逆に焦った気分になって来ちゃって。うーんうーん。明日は日記お休みです。

2012.09.24
 晴れてもさすがにそんなに暑くない。原稿もようやく終わりが見えてきました。といっても、もうちょいと。今週は一日水曜日は遊びの予定なので、今月中におしまいまで行くかは楽観できないけど、まあなんとか終わりそう。
 テレビはドラマは全然見なくて、ニュースの他は情報系やネイチャー系、遺跡系のみ。遺跡系でもバラエティみたいに関係ないタレントがああだこうだいうタイプのは出来るだけみないことにしているんだけど、予告編の映像に惹かれてたけしの新世界の七不思議だかなんか、そういう番組を録画しておいて、いらんところは飛ばしつつ昨日見た。ヨルダンのペトラは昔々1980年に訪れたところで、多少発掘が進んでいるよう。しかしここ、けっこうな観光地なんだけど、ホテルとかツーリストの団体とかは全然撮さないので、すごい秘境みたいに見えたのが笑えた。映像は嘘をつくからねえ。もうひとつが見たかった本命なので、インド西部グジャラート州にある階段井戸。地面を数十メートル掘り下げた下に井戸があるという点では、昔建築探偵の短編に使ったイタリア、オルヴィエートの二重螺旋井戸と同じことなんだが、インドはただの階段だけでなく、柱を建てた(彫り残した?)空間を大規模に周囲に作って、熱暑を避けるための一種の娯楽施設兼寺院のようなものにしている。これが素晴らしく美しい。で今日になって仕事場に置いてある『インド建築案内』(ToTo出版)という本を出してチェックしました。あったあった。
 ところで映画「ダークナイト ライジング」を見た人がいたら、あそこに登場したけったいな巨大地下牢獄、ありゃこの地方の階段井戸のデザインを借用して拡大してます。ところで誰もいわないけど、あの地下牢ってブルース・ウェインの脳内世界なんでしょ? だってそうじゃないと、封鎖されているゴッサム・シティからどうやってインドまで行って戻ったのか、わかんないじゃん。目と鼻の先で原爆だか水爆だか爆発させて、それでハッピーエンドというのも呆れたけど、よくまあそんないい加減なシナリオで作るよなあ、映画。
 ええい、そんなことはどうでもいい。久しぶりに『インド建築案内』を眺めて、やっぱりこの国のデザインはすさまじいなあとため息が出た。死ぬ前に行きたいなグジャラート。でも、暑さに弱いんだよなあ、自分。

2012.09.23
 いつまでも暑くて暑くて、と思っていたらいきなり肌寒い。全然雨が降らない、といっていたら、まあどしゃどしゃと。雨よ無駄に降るなダムに降れ、というわけだけど関東の水不足には少しは足しになったのだろうか。まあ気温が下がれば、水の使用量も減るだろうな、とは思うものの。

2012.09.22
 昨日は汐留のパナソニック・ミュージアムに「アール・デコ 光のエレガンス」という展示を見に行った。メインはルネ・ラリックのガラス。照明やセンターピースと呼ばれるガラスの装飾品、食器類など、美しいが現代の日本人のせせこましい住宅に持ち込むには、いずれも大きすぎ、豪華すぎる作品であった。

 読了本 久しぶりに講談社ノベルスの今月刊4冊を完読した。タイトルだけあげておきます。『ついてくるもの』 三津田信三 『汎虚学研究会』 竹本健治
『不可能楽園〈蒼色館〉』 倉阪鬼一郎 『プライベーシフィクション』 真梨幸子

2012.09.20
 暑いです。まだゴーヤは盛んに花が咲いています。原稿は少し進みました。あっちの世界は真冬の稚内です。実感ないよ〜

2012.09.19
 えっと。苦労してます、ヒイ。

2012.09.18
 天気予報は昨日と同じようだったが、今日は一度も雨降らず。その分蒸し暑かった。原稿ぽちぽち。前回の半分くらいの量は来たが、今回は最終回なので、とにかく書くべき事はみんな書いてしまわないとまずい。というわけで、目標9月一杯。

 読了本『平井骸惚此中ニ有リ』 田代裕彦 富士見ミステリー文庫 『本格ミステリ・ディケイド』(原書房)から拾った未読のラノベ・ミステリを読もう、その1。同じ作者の『セカイのスキマ』はダメだったが、これは面白かった。戯作を気取ったような文体は最初抵抗感があったが、慣れればするする読めたし、大正時代を一生懸命勉強して書きました、という感じが好印象。キャラも性格は良いが頼りない青年と、やたら向こう気の強いお嬢さん、狷介な先生、賢妻にけなげでカワイイ童女と、目新しさはなくてもきっちり書けている。時代設定のおかげで、ラノベ臭さも抑え気味。京極堂シリーズの影響は感じるけど、これはまあいいんでないかなと思う。ミステリ作家の先生がかっこいいし。
 ただ最終巻のミステリ的事件は、ふたつの洋館で同夜に起きる首切り殺人という派手やかさで、探偵役がなぜ真相に気づくかという点を細やかに設定しているのもいいとは思うものの、これはいくらなんでもあり得ないでしょう、という無理筋が目に付いてしまった。ネタバレになるので具体的には書けないけれど、ふたりの実行犯がそれぞれ別の思惑から協力し合うが、その計画が破綻した結果、さらなる殺人が、って、これどう考えても最初から破綻するに決まっているでしょう、という。どうしてもこのプロットをやりたいなら、もう少し穴をふさぐ手当の方法を考えないと。でもそれだと枚数が多くなりすぎて、ラノベ向きではなくなってしまう、ということなんだろうなあ。はあ、もったいない。

 『本格推理委員会』 日向まさみち 角川文庫 『本格ミステリ・ディケイド』(原書房)から拾った未読のラノベ・ミステリを読もう、その2。こちらは学園ミステリで、主人公の少年の廻りに美女が群がるハーレム的な設定からしてラノベの典型だが、ラノベ・レーベルで出た本ではないので、文章とか、分量、つまりプロットと描写の密度についてはラノベ的ではない。そのあたりが少し奇妙な違和感となって全編を覆っている。違和感の部分は他にもあって、設定がいろいろ脳天気であり得ない(巨乳美女でやたら乱暴な理事長で先生とか、生徒の悩みを本格的に推理して解決する委員会とか)わりに、主人公や他の登場人物の抱えるトラウマは深刻で、つまり深刻だ、と感じさせるくらいの筆力はあって、しかしそれが解決される道はまたまたラノベ流にご都合主義っぽいとか、まあとにかく奇妙な感じの一般文芸青春ミステリとライト・ノベルのキメラ、みたいなものなっているのだ。そういう点に違和感を覚える人間もいれば、覚えない人間もいるのだろうが、篠田はダメだった。
 しかしライト・ノベルは5年も経つと書店から消えてしまうのだなあ。ブックガイド本を買って後から読みたい本を探すともうない、というのは珍しくもないが、ラノベは特に顕著。作者たちが気の毒だって、そんな余裕こいてるばあいじゃないぞ。

2012.09.17
 大気の状態が不安定、ということばは、昔は聞いたことはないが、昨今ではやたらと耳にする天気予報用語。そして今日の天気は、不安定、なんてかわいらしいものじゃなかった。なにせ昼間の間に5回も「突然の風雨」が来ては去りしたんだから、落ち着かないったらありゃしない。仕事はちょっぴり進行。

2012.09.16
 雨が降ったり止んだりで、むしむしするけど気温はやや低め。身体はいくらか楽。しかし今年のヒガンバナは例年になく開花が遅れそうだ。まだ咲くどころか、茎も満足に出ていない。ある程度気温が下がらないとダメらしい。
 今日は夕飯用にライ麦多めのカンパーニュと、オリーブの実をのせたフォッカッチャを作る。いくらか涼しいので散歩に出た。空き家の縁側で、黒と黒トラの猫が仲良く、横倒しになって昼寝していた。野菜の無人販売所で茄子とネギを買う。原稿も少し。

2012.09.15
 『閉ざされて』文庫版は9/25ころ書店に並びます。ちょいと長めの自作解説はなんとネタバレありです。小谷真理さんの解説と共にお楽しみいただけます。
 昨日はパスポートを取りに行った帰りに、所沢航空公園にある『航空発祥記念館』という博物館を見学した。特に期待していったわけではないのだが、けっこう面白かった。ライト兄弟の初めての飛行というのが、鳥人間コンテストだったら箸にも棒にもかからないささやかなものだったとわかった映像、とかね。それから見て面白かったのは、国内線のフライトの、管制塔とコクピットのリアルタイムのやりとりを映像で見せるもの。全日空の羽田発松山行きで、パイロットと管制塔がどういうやりとりを経て滑走路に入り、離陸し、途中のやりとり、積乱雲を避けるから高度を少し変えるのにも許可を得るとかね、それから松山空港に近づくとまた空港の管制官となんだかんだやりとりをして、降りていくのだが、驚いたのは着陸の瞬間パイロットがぐっと唇を引き結んで力を入れるんだ。で、ゴンと車輪が地上に着いたときからブレーキが効くまでがーっと走るよね、そこも力が入ってる。毎日毎回繰り返すルーティンだとしても、特に着陸のときはパイロットも緊張するんだとわかって、飛行機に乗るのが、少し怖くなったかな〜
 今日はジャーロを少し進める。先にエピローグを書いてしまった。ここで肝心なネタの開示を最終的にするので、そこだけははっきりしているから。クライマックスからなんだかんだは、まだうまく整理が着いていないので。でもまあ、ちょいとは進みましたわ。

2012.09.13
 昨日講談社と話をして、前からここでちらちらといっていた聖マカーリィ学園を舞台にした黒いギムナジウムものを、書かせてもらえることになった。直接既刊のシリーズとリンクするものではないが、同じ世界の話であることには間違いない。タイトルは『屍の園 かばねのその』一応幻想ではなくミステリなので、謎があってそれが解けて現実の中で決着するはずだが、ムード的にはゴシックでホラーで伝奇な香りが強くなる。せっかく作ったのにきっちり使い切れなかった舞台がもったいないので、という点では、『聖女の塔』の波手島をもう一度使ったのと同じようなものだけど、もう少しは関連性が強くなると思う。
 あちらで廃校になった学校に通じる道を閉ざしたフェンスに、十字架がいっぱいぶら下げられている、という描写があったが、なんでそんなことになったかというのは説明していなかった。いや、理由は考えていなかったんだよね。ただなんとなく、そういう映像が目に浮かんだの。そのことに対する説明は、こっちの話でつくんじゃないかな、なんて気がしている。実は学校の名前にしても、決めた理由はかなり適当だったのだが、聖マカリウス(ロシア正教ならマカーリィ)という聖者は本当にいて、しかもその人にまつわる伝説に、中世の画題の『死の勝利』や『ダンス・マカブル』との関連をみる説もあるということがわかってきて、あれれ、とびっくりしている。『幻想文学講義』の澁澤龍彦のインタビューに、彼の初めての小説集『唐草物語』が話題となっていて、「この辺は未読だよな」と今頃になって文庫を買ったら、その中にそういうことが書かれていたのだよ。学説的には否定されているそうだけど、おいら嘘書きの小説書きだから、正しくなくても全然かまわない。
 そんなわけで「やったぜ。追い風が吹いている」と言いたいところなのだが、そこにたどり着く前にジャーロの連載を書き上げて、徳間のノベルスの3巻目を書き上げて、桜井京介リターンズの第3作を書いて、そっちを本にして、それからやっとだったりするんだな。一年以上先の話だな。うわ、それまで生きているんかしら、自分。

2012.09.11
 ジャーロの連載、昨日書いた部分は無しにしてあらためて書く。終わるのか。いや、終わらせないと。
 ゴーヤ、一昨日いままでで最大の310グラム、へちまのようなやつを収穫したら、昨日は雌花が5つ咲いた。今日もひとつ。明日も咲きそうだ。そんなにいちどきについても実は大きくならないのだが、一応受粉した。
 バジルにしましまの毛虫がついてしまったので、全部刈ってペーストにした。ミニトマトはまだ花が咲いているが、実にはなりそうにない。そろそろ夏の園芸もおしまいか。それでも昼間はあほのように暑い。洗濯物がたちまち乾くのだけがいいところだ。
 明日は打ち合わせがあって夜外出。日記はお休み。

2012.09.10
 やっとこすっとこジャーロの連載に手をつける。

 読了本『知られざる大英博物館 古代エジプト』『同 古代ギリシャ』『同 日本』 NHK出版 テレビ番組の書籍化したものらしいが、テレビの方は見ていない。大英博物館の一般入場者は知ることのないバックヤードに視点を合わせるというのは、非常に面白い試みだと思った。ただし、「古代エジプトが奴隷社会ではなかった」「古代ギリシャの彫刻が元は極彩色に彩色されていた」というふたつのポイントは、正直言って全然目新しくはなく、目から鱗が落ちるような新知見でも全然ない。その辺で今更驚かれてもなあと、読んでいてかなりしらけた。こちらが知りたいのはそこから先の話で、最新技術によってどれだけ新しいことがわかったかに期待したのだが、それは満たされなかった。パルテノン神殿色彩復元とか、それくらいどーんと来るかと思ったのに。日本の巻の、前方後円墳が建造されなくなった理由、というあたりは、自分は知らなかったので少し「ほう」と思えた。

2012.09.09
 昨日は国立に、ツレの知り合いが油絵の個展をしているので、それを見に行った。国立は昔知り合いが住んでいて、一度だけ行ったことがあるが二昔以上は前のことで、あまりなにも覚えていない。朝刊に林静一の個展をやっているというので、ついでにそちらへ行ってみる。ここは昭和の民家を一部使ってギャラリーにしているので、その空間がちょっと面白い。この頃は当たり前の庶民の家でも、欄間に透かし彫りの鳥と松なんかが彫られていたのだなあ。
 二軒目のギャラリーから、少し時間があったので、一橋大学のキャンパスに建築を眺めに行く。伊東忠太のロマネスク。昔も来たはずだがその時の記憶はあまりない。しかし、図書館と本館と兼松講堂にコの字に囲まれた池のある空間は、ちょいとヨーロッパの大学を思わせる濃密な装飾が迫力。カメラを持ってこなかったので、今度また来ようと思ってしまった。しかし国立というのも独特な空気感がある町だ。活気はあるのにモダンというより少しレトロで、新しくけばけばしい店があまり目に付かない。純喫茶が普通にある。

 読了本『セカイのスキマ』 田代裕彦 富士見ミステリー文庫 探偵小説研究会の機関誌で評論家の千街晶之氏が話題に取り上げていたライトノベル。どういう取り上げられ方をしていたかというと、今年の本格ミステリ作家大賞を受賞した『虚構推理』が、この『セカイのスキマ』と同工異曲の作品なのに、高く評価されすぎているという非難の声を上げているネット書評家(といっていいのかどうかはよくわからないが、まあ評論や書評、読書感想をせっせとアップしている人らしい。篠田は直にはその人の書いたものに触れていない)がいるということで、篠田も『虚構推理』には投票したのでいささか気になったわけ。で、読み比べてみた結果は千街氏の結論に同意、つまり似た趣向といえないことはないが同工異曲とまではいえない、作品として比べても本格ミステリ的な興趣は明らかに『虚構推理』の方が勝っている、ということだった。実際これを同工異曲とするなら、京極夏彦の妖怪シリーズとの方がずっと似ている。『虚構推理』は既成の妖怪ではなく都市伝説的怪物を創造しているのだし、都市伝説はそれを享受する人間の集合的な妄想が生み出したもので、それに対してネットへの推理のアップにより、妄想をリアルタイムで攻撃して解体を目指すことが、有効な攻撃手段である、という点も新しい。
 ただ『虚構推理』も『セカイのスキマ』も、どっちも男の子御用達のラノベ臭がきつくて、『セカイ』は文字通り男の子向けラノベなんだから、そりゃ仕方がないが、読みづらいなあと思ったのは正直なところだ。出てくる女の子とか、会話とかがね、どーも好きになれない。しかしまあ、たいていの男性はBLを読めばもっと激しい読みづらさを覚えるのだろうから、それは文句を言っても始まらない。

2012.09.07
 今日はパスポートの申請に行った。別に外国旅行に出かける予定があるわけではなくて、写真付きの身分証明書がないといろいろ不便だ、という場面に幾度も出くわしたからである。篠田は運転免許は持っていないので、これまでは証明と言われると健康保険証を出していたのだが、これだと写真がついてないからね。実は印鑑登録をしようかと思い、役所のサイトを見たら「写真付きの身分証明書が在れば即日で登録できます」とあり、その証明書のひとつとして住民基本台帳のカードを写真付きで作ると身分証明になるとあったので、じゃあそれを作ろうかと思ったところが、これまた「写真付きの身分証明書が在れば即日で発行できます」というので、イヤ、その証明書がないから欲しいんだよね、とげんなり。同じ手間をかけるならパスポートの方がまだしも使う可能性がある、値段は高いけど、というのでえんやら腰を上げた。
 パスポートは2年前に切れて、以来申請していない。少し待てば夫婦別姓法案が通るんじゃないかと期待していたんだが、民主党になってもさっぱりそういうことにはならないんで、それについてはあきらめることにした。だってやっかいなんだよ、いろいろと。クレジット・カードは旧姓で作ってあるんで、海外に行く場合にはめったに使わない新姓のカードを引っ張り出さないとならない。それだけでもうざいしややこしい。まあ、医者に行けば新姓で呼ばれるんで、昔よりはそっちの姓で呼ばれることにも抵抗が減ってきましたが、結婚30年経ってもその姓はおいらのものではなく、つれあいのものだという気分が抜けないのだ。
 しかし久しぶりに申請に行くと、ずいぶん手続きも簡便になってきたという印象。最初にパスポートを取ったときは、渡航費用を支払える証明として預金通帳を見せるか残高証明をつけるか、そんなのまであって、うちは連れ合いの名義を家の通帳ということにしてふたりで使っていたら、「渡航費用は配偶者名義の口座から支払われる旨を記載した書類」を要求されて、一人前に扱われていないような屈辱感に腹が煮えたものだった。もちろんそれから口座は別々に用意することにしたけどね。その他にも、住民票の情報はネットで確認可能なので住民票を添付する必要はなくなったし、いつのまにか「手元に届くハガキを持参して受け取り」というのも要らなくなっていた。ミステリで、パスポートの名義をこっそり他人で申請し、そのはがきを盗み取って、というプロットがあったけれど、いつの間にかそれは必要なくなっていたというわけ。しかしそうなると、本人確認は窓口で写真の顔が一致するかということだけになるわけで、果たして大丈夫なんだろうか、というのもちょっと気になるのだった。

2012.09.06
 小学校の頃からポプラ社版南洋一郎訳の(ほとんど超訳の)アルセーヌ・ルパンに惚れていました。ところが数年前からこの全集を手元にそろえようとして(まだ揃っていない巻がある)、手に入った巻をちらほらと見ていると、どうもおかしい、記憶に合わない、釈然としないところが出てきてしまった。『三十棺桶島』という怪奇みの強い異色編なのだが、記憶に残っている挿絵と手にした本の挿絵がまるで違うのだ。内容的にも南訳では省略されている部分が記憶に残っている。それもルパンが古代から生きていたドルイド僧に仮装して悪人の前に現れ、ドルイド式と称するステップを踏んで踊ってみせるという、まあ正直いったらアホな場面で、すっぱり切り捨てた南の気持ちもわからなくはないが、なぜか小学生の頭には染みついていた。それがない。ということは、あたしゃいったいなにを見ていたんだ?
 長らくの疑問だったこれに、回答の光が見えたのはよもやと思った高畠華晶だ。大正ロマンの時代に一世を風靡した美人画、イラストの名手が、晩年の戦後に講談社の世界名作全集の挿絵をいくつか手がけていた。そう思って我が記憶をのぞき込んでみると、覚えている挿絵の絵柄は高畠のそれと考えても不思議はなさそうに思えてきた。訳は南ではなく保篠龍緒だ。ひとつ難点は世界名作全集の場合、ルパンは5点入っているのだが、『怪盗ルパン(1)』という表記しかなくてタイトルが明記されない。その中に『棺桶島』はふくまれているのか、あるとしたら何巻目なのかわからないのだ。しかし高畠のムックを見ていたら1から3までは口絵が掲載されていて、絵柄的には近そうな気がしたが、少なくともその中には『棺桶島』はない。あるとしたら4か5。
 思い立って日本の古本屋サイトで検索をかけたら、外箱の映像が出てきたので、5で間違いなしというので注文。はい、長年の疑問は1500円プラス送料であっさり解決しました。しかし面白いことに、記憶に焼き付いている挿絵の映像と本物は、完全には一致しない。記憶の中の方がはるかに細密に、迫真の絵になっているというのが実に不思議です。そしてこれは覚えていなかったのだが、ドルイド僧に化けて踊るルパンの挿絵は、すごいの一言に尽きます。つーか、ここは笑っていい場面なのか。挿絵も相当だけど、堀内大学訳で読んでもかなりのもので、ルブラン、なに考えとるんじゃっといいたくなる。悪党を煙に巻くためという理由はまあ、あるっちゃあるんだけど、それにしても悪ふざけが過ぎるというか、フランス的なユーモアってことかしらん。

2012.09.05
 暑さが戻ってきた。エアロバイクを漕ぐと汗がすごい。顔を洗ってもまたどばどば汗が出てきて、化粧水もなにもつけられない。函館の資料を整理し、撮ってきた写真をプリントに出すことにし、2010に撮って放置してあった写真から先にスクラップを始めたが、今回も行った同じ場所は並べて貼ろうかなどと思い、途中で止める。そんなに何日も遊んでいるわけにもいかないから、そろそろ仕事もしなくては。ジャーロの最終回だな。

 読了本『小説講座 売れる作家の全技術』 大沢在昌 角川書店 まあなんというか、小説書きに王道なし、ということを痛感致します。ここさえ掴めばスイスイ面白い小説が書けるコツ、なんてものはない。具体的に書かれている「小説の書き方」は大沢さんの書き方であって、それが誰にでも向いているというわけではない。誰にでも通用しそうなことは目新しくはない。受講者の作品のあらすじとそれに対する講評は面白い。小説書きに慣れていない人はどういう点をミスるかということがわかるので、これは実際に書いている人には役に立つかもしれない。

2012.09.04
 『ホテル・メランコリア』の昨日の残りを終わらせて、荷造りして発送。それだけで本日分の気力は尽きて、昼寝してしまったら蚊に食われて目が覚めた。旅行中に痛くなった右肘は一応小康状態だが、無理するとまた痛くなりそうで怖い。字を書くだけでなく、キーボードを叩くのでも微妙に違和感がある、ような気がする。

 読了本『スクールガール・エクスプレス38』 芦辺拓 講談社 美少女キャラクターがぞろぞろ38人登場する冒険小説、といっていいのだろうか、まあそんなもん。アニメ製作会社のプロジェクトの一環、ということらしいが、そっちには(美少女アニメも声優も元ネタになっているのだろうなんちゃらいうアイドルユニットも)全然興味がないので、その趣旨に添って善し悪しを言うことも出来ない。良くまあこんな無茶な設定で、それでも一応破綻しないで、首尾一貫したお話になっているというのは、さすが芦辺さんだねえ、ということしか。

2012.09.03
 1日の土曜日はもと雑誌『幻想文学』の編集長東雅夫氏と発行人川島徳絵氏(石堂藍氏)が、幻想文学所載のインタビューから抜粋した『幻想文学講義』国書刊行会刊、の販促イベントとして催されたトークショー(といっていいのかな? よくわからん)に行った。川島氏が持参された貴重な音源は、時間の関係でほんの少ししか聞かせてもらえなかったが、雑誌刊行時にはまだ読者ではなかったろうなあ、という若いお嬢さんなどが観客に混じっているのは、なにやら不思議な感じだった。当該書は6000円を超える高価な大部の本なので、どなた様もお買いあげをとはなかなかいいにくいのだが、澁澤龍彦、中井英夫という雑誌の発刊時からバックアップしてくれたという二巨星を初めとするラインナップは、壮観の一言に尽きる。若手なら綾辻、京極、恩田などのインタビューも含まれているので、読んでみたいと思う方は地域の図書館にリクエストを入れよう。
 昨日は夜つれあいと、彼の元仕事の同僚と飲んできたので、日記は久しぶり。今日はようやく仕事に復帰し、柴田よしきさんの文庫『竜の涙』(ばんざい屋シリーズの第二弾)の解説をメール送稿する。自分でも気に入った本なので、解説も我ながらうまく書けた。それから『ホテル・メランコリア』のゲラを読んで直しを始める。まだ旅行の疲れが抜けきらないので、全部読み終える前に気力が尽きた。しかし今夜は秋の虫の鳴き声しきり。ようやく酷暑の夏も逝くのだろうか。さびしいなんてはいってやらないぜっ。