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2012.03.31
 昨日は石神井公園にお散歩に。池の畔の桜は、つぼみがふくらんでいたが開花はまだ。三宝寺池の緑も柳だけ。カルガモ、オナガガモ、キンクロハジロ、ゴイサギらしいものも見た。キンクロハジロはカルガモよりくちばしが小さく、体つきがまるまっちい。頭の後ろに弁髪みたいなのが下がっているのもラブリィ。こいつは完全に潜水する。来月になったらカルガモのヒナが見られるかな。

読了本『地図と愉しむ東京歴史散歩』 竹内正浩 中公新書 いまはないもの、計画だけで実施されなかった道路や鉄道などの痕跡を、地図と対比させながら巡る。昔ローマに初めて行ったとき、古代ローマの浴場の外壁線が、そのまま道の形に残っているのを知ってほおっと思ったものだが、同様の痕跡は東京にもある。荒川放水路を掘削した結果、川で断ち切られたもとの道路とか、軍の無線電信所が無くなった後の正円型の道とか。しかし軍関係というのはやばいなあと思ったのは、昭和12年あたりに出た東京の地図には、軍の建物とか、空襲されたらヤバイってことか、浄水場なんかが正確には描かれていないのだ。ヨドバシ浄水場は池のある公園みたいに描かれ、村山貯水池には荒れ地マークが入っている。しかし地図というのは、実際にその場に行ってみても大極的には確認できない場合が多いから、現代だって正しく描かれていないものはあるんじゃね? と、なんだか不安な気分になってしまった。ミステリ的におもろいな、とは思うんだけどね、それだけじゃすまなかったり。

2012.03.29
 一部で話題になっているらしい激辛ペヤングを食べた。実はペヤングソース焼きそばは、はるかな昔大学生の頃は愛用していた商品で、バイト先のロッカーにストックしてあるくらいだった。考えるとすごいロングセラーだ。さすがにこの歳になると、カップ焼きそばなどというものにはとんとご無沙汰になる。インスタントものをまったく食べないわけではないが、あれひとつで500キロカロリーは法外だろうとか思ってしまって。
 しかし竹本健治さんがミクシの日記で「食べた」と書いておられて、「ほー」となって、体重がかなり減っているところなので、ものは試し。結論。そんな食べられないような辛さではなかったよ。でも、まあ一度で良いな。高カロリーならちゃんと作ったソース焼きそばの方がちゃんと美味い。

2012.03.28
 友人と渋谷で映画のはしご。まずはユーロスペースの「第九軍団のワシ」。ブリテン島に侵攻したローマ帝国軍の若き百人隊長を主人公にした児童歴史小説の映像化。原作は子供時代に読んだとしても忘れている。主人公の父親はスコットランドに進軍した第九軍団の指揮者だったが、軍団は消息を絶ってシンボルたる黄金のワシとともに帰らなかった。そのワシが蛮族の神殿に飾られていると知った青年は、命を救ったブリテン人の奴隷と共にハドリアヌスの長城を超えて北へ向かう。戦争の意味とか、いろいろ考えるとどうしても侵略したローマがそもそも悪いということになって、後味の悪い話にしかならないのだが、そこは青年の亡き父への思慕と誇り、そして民族を超えた奴隷の若者との友情がテーマということで、あまり堅いことは言うまい。最初の内はローマ軍前線の砦がすごい汚らしくて臭そう、とか、重装歩兵の進軍ぶりがオークみたいで怖いとか、そんなことばかり気になったが、後半になるとふたりの青年の関係がどんどんもやもやとした良い感じになってきて、ラストはにやり。「主従」「バディ」「友愛」「下克上」はおいらの昔からの萌えツボなんで、久しぶりにたんまりと腐女子気分を味わえました。
 二本目はシアターNで「マンク」、18世紀に書かれたゴシックロマンスで、童貞の修道士が悪魔の誘惑に堕ちて殺人や姦淫の罪を犯すが、最後は悪魔に惨殺されるという、友人曰くどう考えても成人指定ものだろうに、という原作の映画なんだが、これがとんだ毒抜き油抜きもので、背景の建物やキリスト教のお祭りの映像くらいしか見るものがない。主演のヴァンサン・カッセルは好きな俳優だが、原作の設定からすると歳が行き過ぎているし、無垢な修道士と言うよりはなにやら訳知り顔で、悪を知らぬ清らかな、そうであるがゆえに慈悲を知らぬ若者が堕落していく無惨さにはほど遠い。というわけで、こっちはペケでした。

 大阪のNさん、今度はぜひラストまで読み終えてご感想をお聞かせ下さい。蜂蜜は我が家は毎朝ヨーグルトに入れて食べているんで必需品です。ありがとうございました。

 読了本『転校クラブ 人魚のいた夏』 水生大海 原書房 めげず前向きなヒロインの性格が新鮮だった。ミステリとしてはよくわからん。

2012.03.27
 捨てかけた短編書き続ける。なんとかなりそうな気がしてきたが、結末の持って行き方がまだ未定。

 読みかけ本『凍雨』 大倉崇裕 徳間書店 遭難シーンの回想から始まったので、いつもの手堅い山岳ものかと思って読み続けたら、頭のいかれたテロリストの一団やら、謎の中国人らが出てきて、いたいけな女と女の子がいかにもひどい目に遭わされそうな話の展開になってきた。こういうリアルな暴力というのは本当に苦手だ。読んで楽しくない。というわけで読むのを止めた。大倉さんゴメンよ。

2012.03.26
 ピーカンだけど外の空気は冷たい。マロングラッセのこわれ1キロ袋入りというのを通販で買ったので、これを入れてカップケーキを作る。ベーキングパウダーを入れれば卵の泡立てとか気にせずにふくらむので、ものぐさな人間には楽ちんであります。仕事は結局捨てかけたアイディアの原稿を、別の叙述法を採用して書いている。これでうまくラストまでたどりつけるかは、まだわからない。とんだ傑作にはならないだろうけど、まあ水準作になればよしとする。どうせ書き手が「傑作!」なんて思っても、誰もそんなこたいってくれないんだから、いいよ。

 読了本『高原のフーダニット』 有栖川有栖 徳間書店 「オノコロ島ラプソディ」 アイディアはほとんどバカミス。でもちゃんと標準レベルの火村ものミステリにはなっていて、その分バカミス的な破壊力はない。「夢十夜」 ボツアイディア在庫のお蔵出しって感じ。同業者的にはそのあたりがニヤリ。「高原のフーダニット」これがほんとの標準作。つまらなくはない。しかし私もえらそうなこといっとるな。本もらっといて。

2012.03.25
 加納朋子さんの『無菌病棟より愛をこめて』を、途中で止められず読み続け読み終える。いまさらのように「ああ、加納さん、生きててくれて良かった」と思った。闘病記だけど不屈のユーモアでめげない文章にしてくれているので、するすると読み進められるのだが、状況はものすごく大変。そして、病気って本当に交通事故みたいなものなんだなと思う。原因を求めてもあんまり意味がない。なにをこうしたのが悪かったからこの病気に捕まった、なんてことは、まずわからない。でもある日突然どこからか病気はやってきて、人は助かるために必死で闘わなくてはならなくなる。顔も声も知っている人だと、そのあたりの臨場感もひときわ。加納さんは笑顔のステキな楚々とした美女なので、その面影とタフでユーモラスな文体のギャップが何とも魅力的で。そしてかえりみて己れの怠惰な日常を思い、すみませんとどこかに向かって頭を下げたくなる。けだるい日常に倦んでいる方、空気入るよ。

2012.03.24
 死児の齢を数えるように、とはいささか不穏当な慣用句だが、心境としてはまさしくそんな感じで、一度捨てたミステリがなんとかならんか考え続ける。またわからない。ネバー・ギブアップップってか。
 友人で同業者の加納朋子さんから新刊の献本をいただく。『無菌病棟より愛をこめて』 まさかと思ったらやはりこの本はノンフィクションだったのか。いや、広告でタイトルを見て「そういう題の小説かな」なんて首をひねっていたので、かなり衝撃。加納さんといえば、きれいな笑顔しか印象にないんだもん。文庫の解説をお願いしたら、いまはちょっとといわれたのが、まさかご病気だったとは。早くお元気な顔が見たいです。

2012.03.23
 放棄した短編の代わりに、建築史ネタでひとつ思いつきがあるのを、どうにかならないかと資料を取り出して頭をひねるが、ネタそのままでは「館を行く」のようなエッセイにはなってもミステリにはならない。ミステリにするにはなにか謎をこしらえねば、といったことをごちゃごちゃ考えていたら、なんだかうんざりしてきてしまって、ああもうミステリなんて全然書きたくないわっ、密室だろうがアリバイだろうが知ったこっちゃねえ、という心境になってしまった。スランプか、自分。

2012.03.22
 死体ごろんでもやっぱりあんまり気に入らない。状況や人間関係が入り組みすぎて、そのくせトリックが脆弱。見え見えだという気がしてきて、ずいぶん長いこといじり回していたが、これは取り敢えず止めることにした。ああ、むなしい。書けるものならいつかまた、芽が出るかもしれない。それまでは頭の隅、部屋の隅に放り込んで放置。

2012.03.21
 この前から書いている短編、これだと短編でなく長編の書き方になっちゃってるよなー、と思って、オープニングのシーンを変える。よくある手ですが、いきなり死体をごろんで、そこから過去にさかのぼる形にすることに。あー、いつになってもちっとも小説が上手くならない。いやんなっちゃう。
 姫路のTさんからお便りをいただく。姫路にもステキな洋館があるのですね。思い立ったら気軽にぱっと出かけられればいいのにな。新聞の切り抜きと美しい切手もありがとうございます。切り抜きにも京都の伝道院が登場しましたね。やっぱりいいな、この建物。『胡蝶の鏡』に手を入れる時に、少しでも京介の口からこれについて語らせたいなあ。

 読了本『夏の王国で目覚めない』 彩坂美月 早川書房 昨日の本と合わせて、本格ミステリ大賞候補作読書。青春もの+本格ミステリ、かつクローズド・サークルものとしてはちょっと異色志向。登場人物、特に男性の書き分けがいまひとつなので、同年配の若者たちの会話がもうひとつ鮮明でない。相当に危機的な状況なのに、サスペンスが盛り上がらない感があるのもそのためか。それと、「犯人」がものすごく手間をかけ、お金も時間もかけて用意したゲームの結果が、一応の結論から、その後のどんでん返しともいまいち。それくらいのこと、こんな手間暇かけなくても、これだけのことが出来る人間なら自分の頭の中で考えついて当然じゃない? と、どうしても思えてしまう。ヒロインは名探偵キャラじゃないし、他の頭の良さそうに書かれている人物を差し置いて、彼女だけが真相に気づくのも不自然。その辺の納得がいかないもんで、説得力に乏しいのではないだろうか。

2012.03.20
 仕事場を引っかき回したら二楽荘の資料コピーは出てきたが、『胡蝶の鏡』を書いた当時伝道院については全然チェックしていなかった。ネットでいろいろ調べても伝道院の平面図は出てこないので、ちゃんと比べられないのだが、二楽荘の推定平面図というのはあって、なにか面白みがないなと思ったのは記憶の通り。伝道院は今回内部の写真が展示されていて、こちらはさすが忠太というか、和風建築の構造材を石で作ったり、ちゃんと外見のインド・イスラムのモチーフがインテリアにも反映している。壁面を赤煉瓦と白石のクイーン・アンスタイルにして、ドーム廻りはインドで、でも和風の高欄を回したり、混ぜ具合が見事でそのくせ違和感が少ないので、なんかするっと飲み込んでしまえる。京都の西本願寺前の仏具屋の中に置かれれば、充分異質感は発揮しているけど、それ自体は奇矯ではない。二楽荘はそれとくらべるとずいぶん素人臭い。外見も西洋建築にインド・イスラムの装飾要素を貼り付けましたという、そのパンに海苔の佃煮を塗りましたみたいな違和感がそのままある。インテリアはさらに要素の貼り付け感が強い。忠太が「本邦無二の珍建築」といったのは、まあ正解ね。

 読了本『キングを探せ』 法月綸太郎 講談社 面白い本格ミステリ。過剰なところは全然ない。安心して読める。それが長所。 

2012.03.19
 朝一で東陽町にある竹中工務店本社。「甦った西本願寺伝道院と伊東忠太展」を見る。久しく荒れ果ててそのうち壊されてしまうのではないかと思っていた京都の建築が、保存修復工事を終えて甦ったとはつゆ知らず、去年12月に行ったときに訪ねはぐった。また行くから良いけど。しかしこうしてみるとこの建物、外見が大谷光瑞の豪華インド風別荘二楽荘とすごく似ているんだ。何の話だと思った方は『胡蝶の鏡』参照。これについては面白いから、資料を探して明日もう少し詳しく書こう。その後銀座に出て、エルメスのミュージアムで山口晃さんの展示を見、ノエビア化粧品のギャラリーで『モダン東京1930』という、銀座の夜を撮影した写真展を見る。夜のちまたに立つ似顔絵師ならぬ『切り絵師』にしびれた。幻想短編一本書けそうなモチーフだ。
 
 読了本『大公女殿下に捧げる密室』 芦辺拓 祥伝社 シリアスな名探偵なのにしばしば三枚目役までさせられる森江春策、ヨーロッパのさる小国で大活躍。というわけで、そうした小王国や公国が登場する話を、『ゼンダ城の虜』にちなんでルリタニアン・ロマンスというそうな。で、こちらはルリタニアン・ミステリというわけだが、しきりにそうしたモチーフの先行作の名前が挙げられるのに、あれ? あれは挙げないの? と気にするのは篠田だけではあるまい。(高野史緒女史の『架空の王国』ではありません) なぜかな、やっぱり小説ではなく***だからかな、と思いながら読み進めると、最後の蓋が開いて「ああ、なるほど」ということになります。舞台や登場人物が派手な分、どうもそっちに気が取られて、密室や首切りはなんとなくするするっとパスしてしもうた。

2012.03.17
 なんだねー、この寒さは。震え上がっております。
 昨日転送されてきた読者のお便り2通に、特製ポストカードの返事を書く。どちらも年齢は書かれていなかったが、中学か高校と推測。ひとりの方はお母様が建築探偵を薦めてくれてふたりで読んでいますという。もうひとりは臨床心理士志望で迷っていたが、蒼が「なりたい」といっていたので、自分も背中を押してもらったような気がしたとおっしゃる。そんな人生の一大事を、と一瞬焦ったが、これまでも建築探偵で建築や歴史に興味を持ち、志望をそちらにしましたという方はいらした。それに蒼ってやつは、作者が予想していなかったことをいきなり言い出すのです。「高校に行く」とか。彼の将来は作者もずっと心配していたのですが、自分で決めてくれました。ついでにいうとカゲリくんも「あんたどうすんのよっ」という気持ちだったのが、やはり自分で決めてくれましたねえ。

2012.03.16
 スタバで、ポメラで、原稿少し。胃がまだちょいと不安なので、ストレートではなくラテにしておきました。
 自宅に戻ったらお便りの回送が。サイン本をお送りした方から受け取りました、のご報告がいくつも届いています。ありがとう。やはりたまにはこういうささやかなイベントをやって、皆さんからの手紙が読めるのが物書きにとっての幸せですね。
 宮古のKさん、よろしかったらぜひご感想をお聞かせ下さい。静岡のSさん、美しい切手をありがとうございます。大切に使わせてもらいます。いわきのSさん、楽しいお便りでした。ミステリは読者を謎また謎で翻弄するものなので、作者の術策にきれいにはまって下さるあなたが好きです。チャンスがあったらぜひ、会津若松のサザエ堂に行ってみて下さい。二重螺旋ってこういうものか、百聞は一見にしかずです。兵庫のYさん、今のように観光地化する前の異人館通りって、なんか興味深いですね。私などはそういうごちゃっとした感じに惹かれます。でも大山崎山荘はきっとお気に召すと思いますよ。いつか小説の舞台モデルにしたい館のひとつなんです。
 出来るものなら皆さんと顔を合わせて、おしゃべりしたいものだといつも思います。それはかなわないので、せめてネットでお礼の言葉をお送り致します。まだまだ寒い毎日、どうぞどなたも風邪など召されませんように。

2012.03.15
 ジムに行ったが、いつもと同じ負荷のマシンがやけに重い。コーヒーも飲む気にならないし、体調はまだいまいち。しかしコーヒーが飲めないと原稿が進まない。いや、半分は言い訳みたいなものだけど、原稿にはコーヒーなのです。
 昨日の新聞に、フィレンツェ、ヴェッキオ宮の大広間の壁から、ダ・ヴィンチの壁画の残存を期待させる黒色絵の具が見つかったとの記事。この広間はレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロが向かい合う壁にそれぞれ壁画を描くという企画だったのが、レオナルドが技法的な失敗から途中で絵を放棄し、ミケも張り合いが無くなったのか途中放棄、後にヴァザーリが新しい壁画を描いてしまったが、しばらくは描きかけがそのまま放置されていたというのは、他の画家の模写が残されているので確かだった。前から、下塗りした壁が残っていたら、わざわざそれを引きはがしてから新しい絵を描きはしないだろう。塗り直した漆喰を剥がせば元の絵が見つかるんじゃないの? とは思っていた。で、ほんとにあるらしいのだね。
 実は「調査をする」という記事が載ったのは2007年2.17の新聞だった。あれから五年でやっと、「あるらしいぞ」というところまで来た。上から新しい絵を描いたジョルジョ・ヴァザーリというのも、決して無名の画家ではないのですが、レオナルドと比べものにゃならないわ。といっても、問答無用で引っぱがせ、ほかしてしまえ、というわけにもいかんのでしょうが、上の絵も助けてその下を探るというのは簡単な話ではないんでしょう。気の長い話です。

2012.03.14
 いくら愛情が薄れてきたといっても、そこは仕事だ。ミステリは書く。そしてミステリというのは、ある意味システマティックに書きやすいものである。事件か起きることで物語が始まり、その事件の不明の部分が解明されることで物語が終わるのだ。575の定型詩のようなところがある。篠田のミステリはその定型にはまらない、字余りみたいな部分がいつも多すぎて、字余りが好きという読者にしか受けないような印象があるんだけど、定型あってこその字余り、ということはもちろんあるからね。ミステリに対する愛というのは常に、愛憎半ばするようなもんで、あーつまりなにがいいたいかというと、いまさら密室と聞いて「あん」と感じるほどのことはないけれど、腐れ縁の女のように容易に別れられませんなあということ。

2012.03.13
 日曜の夜に胃が反乱を起こしてしまい、月曜は丸一日絶食。今日も半絶食。ベッドの中でずーっと本を読んでいたので、首がガチガチに凝ってしまった。重い本は読めない(内容的にも物理的にも)ので、ミステリの文庫ばかり読んでいて、いまさらのように、自分の中で本格ミステリに対する愛情が薄れてきているなあと痛感した。昔は本格ミステリって、憧れの先輩みたいなものだったんだけどね、こう、一歩下がって、背伸びしながら、それでも精一杯ついていきます、みたいな。いまでは、うーん、なんといいますか、「やっぱり先輩と私って違いすぎるんです、理解できません!」みたいな?

 読了本『ナポレオンのエジプト』 ニナ・バーリー 白楊社 ナポレオンはエジプトの遠征に、アレクサンドロス大王の故事に倣って151人の学者を連れて行き、エジプトの調査をさせた。その結果全23巻の大冊『エジプト誌』が刊行され、学術的な意味は消えた現在もその美しいビジュアルは世の稀書愛好家の垂涎の的となっている。この本は学者たちの奮闘記、彼らが未知の世界でいかに働いたかを再現したノンフィクションだが、本題はさておいて呆れてしまったのは、こんなとんでもない敗北を被ってもナポレオンが失脚しなかったということだ。戦争としてみるならエジプト侵攻は失敗以外のなにものでもない。軍隊を5万人連れていって、帰還率は半分以下。しかも当人は軍を放り出してフランスへ帰ってしまった。戦場が遠くて情報が十分でなかったからなのか、この時代の人間の命はいまよりもずっと軽かったからなのか、そのへんがいまひとつわかりまへん。
 『セラミックロード 海を渡った古伊万里』 白谷達也 朝日新聞社 荒俣さんの本を読んでいたら登場した文献の一冊で、面白そうだからネットで検索したらわりに安く買えたので入手。古伊万里が日本からヨーロッパにおびただしく輸出されて、あちらの宮殿に飾られているのは見たことはあるけど、この本に登場するドイツの城は未見だし、白磁青花の古伊万里を、金色の地に配する装飾要素として扱うスタイルというのは、日本人的な先入観からはかけ離れていて、かなり「おおっ」「うひゃあ」てな感じ。量です、群体です、ひしめいて、まとめてぐぐぐっと迫ってきます。ひとつひとつを見れば決して異様なものではない、端正な古伊万里の壺が、紛れもなくバロックの宮殿の一部となる。こういうやりかたの、西洋と東洋の出会いというのもあったんだなあ、と改めて感嘆させられました次第。

2012.03.11
 昼間、厚い雲が切れて陽が射していたときは思いの外暖かくなったが、夜になるとまた寒くなってきて、我が家の周辺では雨もぱらついてきた。去年も被災地では雪がちらついていたと思うが、関東は晴れてはいなかったもののここまで寒くはなかった。12日は穏やかに晴れていたと記憶している。もしもいまのように寒かったら、雪でも降ったりしたら、地下鉄の止まった新宿御苑駅から、新宿、池袋を経て巣鴨まで歩くのはもっと辛かったことだろう。自分のことばかり書くのもどうかと思うが、自分が経験していないことは書けないので、おゆるしあれ。
 波にさらわれ、寒さに打たれて亡くなっていった人たち。いまも仮設住宅でふるえている人たち。生まれた土地を離れて流浪せざるを得ない人たち。思えば、気の利いた言葉などなにひとつ出てきやしない。

2012.03.10
 寒さに震え上がって、仕事脳いまいち不調。豚肉のリエットを作る。大した手間のかかるものではなく、豚バラに塩を塗って一時間放置したものを、白ワインと水を半々に割ったもので軟らかくなるまで煮る。後で肉だけ出してばらばらにくずし、煮汁と脂と混ぜて保存。パンに塗ったりして食べます。フランスの伝統食のひとつ。田舎風のパンとワインに良く合います。前は肉の煮方が足りなくてぼそっとしてしまったが、今回はどうだろう。
 下田市のS様、速達で出して頂いた郵便が今日ようやく転送されてきました。本はとっくに発送済みなので、お手元に届いていることと思います。どうかお受け取り下さいますよう。

2012.03.09
 インクジェットプリンタのモノクロがはっきりわかるくらい色むらになって、クリーニングをしても直らない。故障だというわけでキャノンに連絡、ヤマトが専用機材持参で引き取りに来てくれ、修理代は送料共々受け取り時に代引きで払う。1万円チョイ。それがもう今日には届くというので、有り難く待っていたが待てど暮らせど届かない。連絡をしたら「時間指定は無しなので、7時過ぎになる」などといわれ、面倒くさがっているのが露骨なのでいささかムッとして「6時半までに来てくれないといなくなる」という。だって仕事場はその時間で帰るんだもん。おかげで今日は一日待ちくたびれ気分。おまけに配達の兄ちゃんは機材ごと置いていこうとする。しっかりしてくれよ。

 読了本『君の館で惨劇を』 獅子宮敏彦 南雲堂 一種のファンタジー。少なくとも、我々が生きている21世紀の「人間は書けていない」。登場人物はすべて記号で、舞台もまた記号。それは無論のこと作者の当初から意図したことであるはずなので、これは非難ではない。本格ミステリか否かと問われれば、本格ミステリなのだろうと思う。ただし小説とはいいにくい。すでになにか別のもの、篠田の理解からは遠ざかりつつある「なにか」だという気がする。そして本格ミステリというやつは、原理的な部分を突き詰めれば小説ではなくなっていくベクトルを、もともと持っているものだ。篠田はそちらには行かない。

2012.03.08
 天気はゆっくりと下り坂。しかし上天気だと歩きに出たくなってしまうから、仕事するためにはこういう天気の方がいいのかも。ジムに行く時間まで、残り物の乾燥イチジクを入れたパンを焼きながら、プロットの続きをやる。だんだん形が見えてきた感じ。しかしトリックは? 犯人は誰なの?(笑) いやあ、それが自分でもはっきりしないんだから、まことにスリル満点。

2012.03.07
 まだ気温は高めだが、陽射しがない分いまいち。ここ数日依頼がないのに湧いてきてしまった小説の設定を、ノートにまとめることに費やす。プロットの前段階で、どういう土地にどういう建物があって、どういう人が住んでいて、といったことを思いつくだけ書き付けるが、これ以上やっていると書かないでは気が済まなくなってしまうので、敢えて止める。気分転換に買ってきたマンガやBLを読み、夕方からやっと「桜井京介リターンズ」第2作のプロットを立て始める。

 読了本『写楽百面相』 泡坂妻夫 文春文庫 写楽の正体を含む時代小説だが、江戸の文化の描写が手厚く、ここまで書かなくては江戸ものは意味がないなと、いまさらのように深く思う。写楽の正体についても「なぜ同時代の全員が、そこまで口をつぐまなくてはならなかったのか」というもっとも大きな謎の回答として、極めて説得力がある。ラストの仕掛けが、アクロバティックなトリックをいろいろと見せてきた著者の手業を思い出させて、ニヤリとする。

2012.03.06
 午後からはすっかり暖かくなった。上野の西洋美術館へユベール・ロベール展を友人と見に行く。フランスの画家だがイタリアに11年滞在して、廃墟の点綴するピクチュアレスクな風景画をたくさん描いた。よけいな理屈は要らない、目に快い絵。そして油絵以上にスケッチがたくさん来ていて、これがとても良いものだった。イタリアの好きな人なら一見の価値はある。同時に常設展の中でピラネージの牢獄シリーズ全点が、初版と第2版を対比する形で展示されていて、これとも面白い。どちらかというと、ピラネージの牢獄なら描きこみの多い、黒っぽい第2版の方が有名で、作としても質が上という感じがするのだが、必ずしもそうとはいえないということがわかった。ローマ建築ぽいディテールの少ない、さらっと線で構成された初版の方が、モダンな感じがし、かつその曖昧なムードが夢のような空気を醸し出していた。しかしこの牢獄は、マジで怖い。
 それから渋谷に出て、ブンカムラのロビーでやっている建石修志さんの絵画展に。初めて「あ、欲しい」と思ってしまう絵があった。トレーシングペーパーを重ねて男性像と女性像を二重にし、その上に白い八重のクチナシの花が描かれている。といえば読者の方には、篠田がなにを連想したか気づいて下さる方もおいででありましょう。だけど、買ったところで飾る壁がありません。大きいの、その絵。

2012.03.05
 朝から雨で寒い。今日は歯医者の定期検診。歯並びが悪いので、歯ブラシで磨けないところに着色してしまうのだ。幸い虫歯は無しで、掃除だけで終わる。
 戻ってからはサイン本の製作と発送業務。当たりも外れもすべて発送完了しました。当たりはゆうぱっくでのお届けになります。

2012.03.04
 昨日はちょっと暖かだったが、今朝は朝から暗くてしかも午後になると急速に天気が悪化した。朝もちょっと家の近くの神社に行ってみたが、梅はろくに咲いていない。昨日のアド街っく天国では青梅の梅園をやっていたけど、あの映像は今年のではないんじゃあるまいか。
 今日はサイン本プレゼントの作業でほぼ終日。当選した方は後回しにさせて頂いて、落選に回ってもらった方に適当なプレゼントを見繕うので、あれこれと頭を悩ます。龍のノベルスは最後のローマ編が残っていたので、これを送ってしまおうかと思っていたのだが、やたら分厚い上に上下2冊だから、郵送すると290円かかる。本来のプレゼントでもない、もしかしてありがたくないかもなものを、そうやって送りつけてもなあなどと思って。それでも送っちゃった人もいるけど。もしもそれが届いた人が、これを見たらごめんよ。
 日記を書いている最中にブレーカーが落ちて、文章がほとんどパーになったんで、今日の所はこんなもんで。まったく寒いね。いやんなる。

2012.03.03
 全然応募がなくて空振りだったかな〜のサイン本プレゼントですが、今日になって28.29日消印の封筒が7通届きました。合計で13通です。しかし本日届いた中には、すでに「龍」シリーズを読んで下さった方からの、応援の気持ちでという応募が3通ありましたので、取り敢えずこちらにつきましては別の著書を見繕ってお送りさせて頂きます。後の10名様から当たりを決めなくてはならないわけで、どうもこういうのは気がとがめますね。小心者の篠田です。一応自分の手元には2セットは残しておきたいので、文庫本9冊、3セットをプレゼントのつもりでしたが、4セット出します。これでぎりぎり。ノベルス版も手元に2セット残して、半端な在庫をプレゼントに出します。シリーズの最終巻だけもらっても困るよ、などと怒らないで下さい。おまけもつけますから。
 なんでこんなことをするかというと、早い話が本棚に空きを作るためです。篠田にとって本は仕事の資料が一番なんで、自著がかさばっているというのは、どうにもあんまりありがたくないんですね。普通新刊が出ると著者見本が10冊届いて、増刷になるとまた見本が1冊来ます。最近は滅多に増刷なんてかからないので、そうやたら増えるということもなくて、しかしシリーズの途中となると人にあげるのも難しいので、ますます邪魔になってしまう。もらっていただければ幸いです、というわけで、本当にありがとうございました。感謝感謝。

 読了本『北朝鮮の延命戦争 金正日・出口なき逃亡路を読む』 関川夏央他 文春文庫 元本は1994年の金日成の死以後金正日と北朝鮮は生き残れるかという観点で1998年に出たのだが、いまや三代目がトップを継承し、おおかたの予測を裏切って依然北朝鮮の国家体制は変わっていない。それがすごく不思議で、不気味でならない。この本にもその回答は無かった。ただしそれなりの実績もあった金日成から、カリスマ性もなければ実績もないといわれる金正日が跡を継ぎ、いままたとんでもなくなにもないその息子が出てきて、確実に劣化コピーは進んでいる。なのに、とまた首をひねるしかないのだが。

2012.03.02
 朝から雨で一日冷たい。こういう具合に気温が変動すると、血圧が上がって体調いまいちとなる。古本屋に行ったり郵便局に行ったり、けっこう動き回ったがやはりいまいち感でした。

 読了本『血の季節』 小泉喜美子 文春文庫 1960年に26歳の若さで亡くなった作家の、名作の誉れ高い吸血鬼小説。だいたい吸血鬼ものというのは定型があって、吸血鬼の被害者が出ても登場人物たちはしばらくその事実に気が付かず右往左往するわけだが、読者は当然その謎の正体がわかっているものだから、ここが大変にカッタルイ。スティーブン・キングさえ、そのそしりは免れないのだが、この作品は幼女を殺した男が精神科医に語る子供時代の追想と、現代にあって幼女殺人の犯人を追う刑事という、ふたつのパートを交互に並べることで、そうした定型のかったるさを免れている。とはいっても「これが吸血鬼の仕業だな」というのはだいたい予想が付くわけだけど、戦前に東京の下町から山の手に越してきた少年の語る過去の情景がすばらしく魅力的で、そこは退屈しない。さらに後段になって、追想を聞き終えた医師が弁護士に語る二転三転の推理から、合理に落ちた結末がラストで反転する手際も、型どおりとはいえなかなかにあざやかで読ませる。復刊されていい名作のひとつ。しかし同じ著者の叙述トリックミステリ『弁護側の証人』は復刊されてまだ少なくとも古本屋では見かけるのに、こちらはなぜかまったく見ない。篠田は京都のアスタロテ書房で購入。ちょっと高かったよ。

2012.03.01
 『龍の黙示録』文庫化完結記念サイン本プレゼントにご応募ありがとうございました。昨日まとめて申し込みが届いたのですが、もしかしてぎりぎりに送られてきてまだ転送されていない封筒があるかもしれないので、もう数日待ってからの作業にしようと思います。用意した本を上回るご応募を頂いたので、ごめんなさいという方も出てしまいますが、『龍』のノベルスとか、なにかしらのプレゼントは必ずお手元に行くようにしますので、しばしお待ち下さい。

 伊豆に行ってきた。天気はいまいちというか、泊まりは南伊豆だったので、一泊して目が覚めたら雪ではなかったが雨、さらに風も強く、帰り道は伊豆高原あたりで路面ぐしゃぐしゃ+渋滞。家の方へ戻ってきても高速を降りた後の道が相当の渋滞、というわけで、帰り着くまでずいぶん時間がかかった。伊豆も今年はやはり異常気象で、やっと今頃梅が咲き、河津桜も咲いてはいるが満開ではないという有様。しかしいろいろ美味しくいただいて、体重が2キロも増えてしまった。これから再度ダイエットです。

 読了本『歯と爪』 バリンジャー 創元推理文庫 実は読んでいませんとはいいにくいくらい(少なくともミステリ者にはね)有名な作品だが、はい、読んでませんでした。そしてようやく読みましたが、これはたぶん書かれたときは画期的な展開だったのだろうが、その後たくさん模倣されてちょっと古くなっちゃったね、というタイプの作品。いまどきのミステリ読みなら、最初の1章を読んだ時に「これはたぶん」と思い、過去と、現在の法廷シーンが交互に描かれる中で、登場人物の繋がりが見えた時には「あれか」と思ってしまうだろう。残念ながらその「あれか」が正解なので、なんでそんなに語り継がれる名作なのだろうと首をひねりたくなるが、「あれか」というプロットの一類型を創始したのがこの作品なのだろうな、と思えば納得がいく。でもまあ、ミステリ評論を書くか、ミステリを歴史的に読破したいなんていう、奇特な志の持ち主以外は、いまとなっては読まなくていいんではないかと思った。