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2010.12.26
 リンゴのカラメル煮は今度こそ成功でした。しかしデザートにはやはり食べられなくて、今朝食べました。イタリアは朝から甘いパン類を食べるんで、これでいいのだよ。
 仕事場では黒豆の火加減を気にしながら魔窟の掃除を続行。なにが魔窟かって要するに本が多いわけで、それも本棚の外にあふれていて、本棚には隙間があったりするので、そこを整理しつつ詰め込む。処分する本は抜き出して別にする。問題はこの作業の途中で、「捨てるか捨てないか決めるのにちょっと読んでみよう」などと思ってしまうこと。
 それから、創刊からずっと取ってあった某社のミステリ専門雑誌を、自分の短編が掲載されたものを除いて、思い切って捨てることにする。これなど、うっかりコラムとか覗き始めると捨てられなくなるので、無視して別にするとかなり部屋がスッキリして、しばらく見ていなかった床なども見えてきて、半年とは保たないだろうけれどまあ快感。
 今年はいろいろ大変なことや困ったことも起きているが、取り敢えず掃除と一緒に気持ちの整理をつけて、余分なことは申しますまい。というわけで、本年の日記は本日にておしまい。篠田は12/30は有明で、友人のスペースの売り子をいたしますが、後は例によって寝正月です。サラ・ウォーターズの『エアーズ家の没落』くらいは読み上げたいもの。そんなこといいながら、未読本は山のように。では皆様、どうぞ良いお年を。正月明けには建築探偵最終巻をよろしく。

2010.12.25
 昨日の続きで仕事場の掃除片づけ。間に黒豆を煮始める。それとクリスマスケーキの代わりに、リンゴのカラメル煮をパイに載せて食べようと思い、はじめは出来合いのパイ生地を買ってきて作ればいいかなと思っていたのだが、自分で作る方が味がいいなと思い直して練りパイの生地を仕込む。リンゴのカラメル煮は、よしながふみさんの『昨日なに食べた?』の4巻に出てきて、これまで二度やったが二度とも崩れてジャムになってしまった。もしかすると紅玉ではうまくないのかなと思って、友人の作家さんが福島から送ってくれる堅いめの、ふじかな、でやってみたらきれいなかたちのまま煮上がった。これをタルトレットにして、焼きたてにアイスクリームを載せて食べる。高カロリーだよなあ。でもいいのだ。年末年始は体重のことは忘れるのだ。んでもって、また正月明けにダイエットするのだ。
 建築探偵ラストの見本が届いた。作品は本になってしまえばお客様のもの、というのが自分のポリシーではあるんだけれど、やはりこれだけは少し別というか、つい本を手にとって中を開き、ぱらぱらと読み直してしまう。今回だけは感慨に耽らせてくれ。たぶん、空前にして絶後だ。ちなみに厚さもこれまでで一番で、だから値段もそれなりになってしもうた。ごめんよ。でも買って欲しい。発売は来年1月5日。地方はもしかすると7日。

2010.12.24
 午前中は年賀状書き。その後掃除。仕事場には部屋が三つあって、いつも使っているリビング兼書斎の他ははほぼ物置化しているのだが、ここのうちの主に本を置いてある部屋が我ながら魔窟。そちらは後に回して、もうひとつの準魔窟から取りかかる。午後はジム。まあ、仕事場に関しては誰も手伝ってはくれない代わり「見ないふりっ」としても文句も言われないので、いざとなればそうしちゃうんだけどね、でも本はある程度片づけないと、自分で自分の首を絞めることになるからなあ。どこになにがあるかわからなくて、家捜しだけで半日なんて実に非生産的だ。誰が悪い。はい、自分です。

2010.12.23
 明け方見た変な夢。30過ぎているのに十代の少女のように見える欧亜混血の美女がヒロインだが、彼女は倫理観のかけらもない殺人淫楽者の悪女で、実の弟を下僕のように使って犯罪を引き起こす。弟とは近親相姦。名前は確かアイリーンとか、愛蓮とか。しかし彼女を追う探偵に追いつめられ、彼を巻き添えに自殺しようとしてそのたくらみも破れ、それでも探偵の心に消せない記憶を刻みつけたことを満足して死ぬ。まるで乱歩の通俗長編というか、「黒蜥蜴」のパクリのような話である。夢が創作のヒントになったことなんて、一度もないもんなあ。
 今日の午前中は仕事場の掃除。午後からは年賀状書き。掃除も年賀状もさすがに半日では終わりそうにない。

2010.12.22
 そろそろ今年の仕事も終わりにしていいかな、という感じ。朝、文蔵の次回につけるおまけ「筆者のページ」をさかさかっと書いてメールして、それからバスで宮沢湖の日帰り温泉に行き、岩盤浴で汗を掻きながら持参の本1冊読了。帰りは山越えのハイキング・コースを歩いたら、さすがに昨夜の雨で足下が悪くて往生した。

 読了本『白虹』 大倉崇裕 PHP 大倉さんの山岳ミステリは面白い。過去の罪を引きずって世捨て人めいた生活を送るまだ若い男が、再び過去の罪を思い出させるような事件に遭遇し、というプロットは、意外な真犯人の正体まで含めて、典型的なハードボイルド物なのだけれど、主人公がバイトをする山小屋の暮らしや、登山コースのディテール、山男や救助員たちの造形といった細部のあざやかさが、これを優れた小説にしている。
『風の少年ムーン』  ワット・キー 偕成社 アメリカ製の児童文学。変わり者の父親と二人、ほとんど文明と関わりを持たず、アラバマの山中で生活していた10歳の少年が、父に死なれてひとりになる。当初彼は父に言われたように、ひとりでアラスカへ行こうとだけ思っているが、自分を保護しようとする大人の手から逃げ回るうちに、孤独の悲しみと父親が必ずしも正しくはなかったということを学び始める。入れられた施設からそこで出会った友人と逃げ出した少年は、父に教えられた生活のノウハウを生かして森の中で友達と生きていこうとするが、ひとりは虫や寒さに閉口して森を離れ、ひとりは持病が悪化して倒れ、ついに病院で死ぬ。しかし親切な弁護士が少年を守り、彼を目の敵にする警官を退け、親切な親戚を見つけてその家へ送り出してくれる。これも、森の生活などの豊かなディテールが魅力的な作品だが、主人公が遭遇する困難と大人の悪は、ひとりの明らかに性格がゆがんだ悪徳警官に集中され、これが親切な大人によってさんざんに懲らしめられ、後は図ったように善意のみの親戚が現れるあたり、あまりにも勧善懲悪のご都合主義的で少ししらけた。児童文学的な予定調和とハッピーエンドのために、リアリティが犠牲にされたという感じか。

2010.12.21
 昨日は東京に出て、まずリブロ。最近はパソコンの端末から本を検索して棚番号まで出てくるようになったので、買うつもりの本を買うのは手早く済むが、あてどなく棚を眺めて気になる本を手に取るという楽しみは減ってしまったな、なんていいながら、棚に目当ての本を取りに行って近くの別の本まで買ってしまうんだから、たちまち大荷物になって配送を頼む。銀座に出てわしたショップでサプリを買い、京橋の画廊に行き、また戻って西武でセーターなど買う。といっても、普通の婦人服売り場はブランドショップの集合体で、「ブランド」が欲しいわけではないこちとらとしては結局見づらくて(いや、売り場のお姉さんにいろいろ説明されるのがうっとおしくて嫌なんでありますよ)、結局いつもの無印良品。ユニクロよりは高いもんね。夜は打ち合わせ、のち飲み会。
 酒を飲む前に飲んでおいた沖縄のウコンの御利益か、あまりダメージのないまま翌朝を迎えた。とはいっても活字倶楽部のインタビューの直しを送稿するのと、2月に出るカドカワノベルスの『桜の薗』のあとがきを書くくらいが本日のお仕事。そろそろ年内も手締めであります。

2010.12.19
 しかし今日は仕事も片づけもせず、電車に乗って青梅方面。多摩川の渓谷沿いを歩いて、いつもの澤ノ井で試飲を1杯。それから外の売店で正月用の酒と、いま飲み用の酒、煮込みに温奴、もろみわさびなどを購入して昼酒に突入。西武鉄道地酒スタンプラリーのスタンプをコンプリート、といっても西武は全然使ってないんだけどさ。帰りは御嶽まで歩いて観光案内みたいなところでわき水のコーヒーに柚子の砂糖煮をちょいと添えたのをいただいて、帰ってきて昼寝しました。

2010.12.18
 20日までに徳間の原稿を上げてしまいたいのに、なかなか手が進まなくてげんなりして、久し振りに仕事場に泊まる。そうしたら、電子書籍出版の説明の電話はかかってくるし、サイトの特集ページを作ってくれるのはいいのだが、それについての問い合わせみたいなものが立て続けにかかってきて原稿に全然集中出来ず、その上インタビューのテープ起こしがきて、これは別にいまやらなくてもいいのだが、こっちが気になってしまうというわけで、かなりの脳内ドタバタ。でもまあとにかく91枚書き上げて送稿。ああ、そろそろ部屋の片づけとか、しなくては。いや、年賀状だっ。

読了本『悪人の物語』『いのちの物語』 松田哲夫編 あすなろ書房 中学生までに読んでおきたい日本文学という副タイトルのユニークなアンソロジー集の最初の2巻。特に『悪人の物語』が面白かった。テーマ設定がとんがっているし、最初に出てくる山村暮鳥の詩がまず鮮烈。良く出来たオチのあるコン・ゲーム風からピカレスク・ロマン、そうかと思えば現代の死刑廃止問題や裁判員制度にまで繋がりそうな短編が登場し、最後を柳田国男が書き留めた悲惨な心中話で閉める。『いのちの物語』は過去の哀話から第二次大戦がらみの短編が三本続き、ラストがチョウチンアンコウの雄雌に関するエッセイというのもかなりぶっ飛んでいるが、海音寺潮五郎の短編はこりゃ『今昔物語』の仏教説話のかなり忠実な再話ではないだろうか。編者がそれに気づいていないのが、ちょっとあれっと思った(いや、確か『今昔物語』だと思ったけど、確かめていないので間違っていたらごめんなさい) 詳細な注が親切で、子供だけでなく大人も手に取りたくなる本。

2010.12.16
 12月も半ばを過ぎてしまった。正月明けに戻してください、などというゲラも来てしまった。SFJはまだ終わらない。明日は泊まって書かないとやばいかも。

読了本『作者不詳』 三津田信三 講談社文庫 ノベルス版も小口に字を入れたり、書き文字風の書体を混ぜて不気味感を出したりしていたが、文庫版は本文にも相当に手が入り、各話の扉にイラストが入ったりと、また作りが凝っている。謎めいた、あるいは悪魔的な意図が込められた呪われた本という設定は、昔々の「ネクロノミコン」から種々あるし、作中作が作品内現実に影響を与える話とか、それがさらに読者に向かってくる仕掛けもすでに書かれてはいるけれど、これはかなり成功している方だと思う。ミステリとホラーの混ざり加減もいい。ラストもノベルス版より今回の方がグッドでした。

2010.12.15
 56枚まで。えーと、これからアクションシーンつーか、戦闘シーンです。難しい。

 読了本『ミステリーの書き方』 日本推理作家協会編著 幻冬舎゜読んで思うのは「小説の書き方に王道なし」ということ。みんな違う。だから創作のためのアドバイスを求めてこの本を読んでも、たぶんあんまり役に立たない。でも自分がファンの作家が書いていたら、そこはきっと面白く読めるでしょう。そういう種類の本だと思った方がいい。かしこれ、推協の会員にしたアンケートと、ポンツーンに載った依頼原稿から成っているのだが、おそろしく時間がかかっているんで、亡くなった人が何人も含まれていて驚く。北森鴻さんとかね。つまり小説家というのは、身体にも良くない職業なんだろうな、といまさらのように思った次第。

2010.12.13
 46枚まで。物語がちっと動き出した。しかし、先が見通せない。

 読了本『クムラン』 角川文庫 キリスト教関連のミステリの中では、珍しくわりとまともで、読み終えても本を取っておこうかと思った。ユダヤ教関係のことはよく知らないからその辺が興味深い。死海文書を巡る学者の暗闘のあたりはやっぱりナンセンスっぽい。イエスは神の奇跡を起こさせるために敢えて死の罠に自ら進んで落ちたが、結局奇跡は起こらずイエスは死んでしまった、というのは、聖書のディテール(ユダを巡る奇妙な状況やイエスの最後のことば)にはうまく合致しているが、キリスト教徒にはやっぱり許せないだろうなあ、こういうのは。

2010.12.12
 29枚まで。いままで書いた部分をかなり削ったのでページが増えない。

 読了本『エンジェル・エコー』 山田正紀 新潮文庫 ブックオフに行っても辻先生の本が見つからなくなってきたので、最近は山田さんの本を買っている。しかし山田さん、いったい何冊くらい書いておられるんだろう。これはスケールがでかいのにコンパクトな本格SF。

2010.12.11
 21枚まで。
 冷凍庫と冷蔵庫の在庫を整理するんで、昨日は残り物の豚角煮でラーメン。今日はスープを取った残りの鶏手羽先肉を、これも残りのプチトマトと炒めてパスタに。ベランダのタイムで味がまとまった。今度は残りを凍らせたカレーソースに、冷凍の鶏モモでスープカレーにでもするか。

2010.12.10
 やっと10枚を超す。先は長い。ページ制限が厳しくなったので、もう少しテンポを上げようと思ったのだが、語り手がうじうじくんなので、思うにまかせず。

 読了本『乾いた屍体は蛆も湧かない』 詠坂雄二 講談社ノベルス タイトルが書くのも嫌って感じな割りには内容はそんなに嫌ではない。誉めているのではなくてね。

2010.12.09
 『黎明の書』の第二部をどうにか書き出す。100枚の原稿も1枚から。
 昨日出先でブック・オフを覗いたら、『ドラキュラ公』と『彼方より』のハートドカバー、後者は文庫化していないけど、が105円で売られていたので、あまりの哀れさに即購入してしまう。知り合いがもらってくれることになったので、せめて値段シールを剥がして、などと思う内に『彼方より』を読み返してしまったら、自分が記憶しているよりよほどちゃんと書けていて驚く。この本は1999年だが、それじゃ篠田は10年進歩ゼロかい、と。
 『龍の黙示録』の台湾版というのが来た。ノベルス準拠でイラストも入っている。装丁がまるでそのままなので、そういう意味での楽しみはない。台湾の人が読んで、どんな気持ちがするんだろうね、この小説。

2010.12.07
 昨日はよそ様のお宅でごちそうになって遅く戻ったので、睡眠不足で眠いのだ。おまけに小説の神様に来て頂かなくてはならないのに、なぜか大掃除の神様が隙あらば降臨して身体の主導権を奪おうとする。やばいのでスタバにプロットを立てに行こうと家を出たら、スタバで注文する直前財布を忘れたことに気づいてあわてて戻る。ぼけている。なんとなく書き出せそうなところまで来たが、書き出すには今日はボケらったであかんので、諦めて辻ミステリを読む。

 読了本『奥飛騨殺人慕情』『津軽、殺人じょんから節』『青葉城殺人恋歌』 辻真先 実日ジョイノベルス

2010.12.05
 今日は自宅近くの江戸時代までさかのぼるらしい古い農家の建物が見学会、というわけで行ってくる。完全に和風の建物なので、わたくしの萌えツボは発動しないのだけれど、前から「人の家というよりお寺並みにでかい」と思っていたものだから、一応見てこようかというわけで。さすがにすごかったです。しかしその大邸宅に、最後はおばあさん一人残されて住んでいたらしいというのは、なんとも気の毒なような気持ちがしてしまうのだが・・・
 講談社ノベルスのサイトに載せるメッセージは書き直した。今号のメフィストをぱらぱらやっていたら、篠田がインタビューで宇山さんの名前を出している、2頁前に井上雅彦氏がミステリーランドの「あとがきのあとがき」を書いていて、そこに宇山さんの名前が出るだけでなく、宇山さんの自筆のカードが写真で出ていて、久しぶりに一目で分かる筆跡に接し、なんともいえぬ気持ちになってしまった。

2010.12.04
 昨日買った着られるフリースのケットを身にまとって、『黎明の書』の連載分を再読する。確かにこれはぬくいが、動くとずるずるするのでじっとしているときにしか着られません。
 メフィスト刊行。建築探偵最終巻の先行掲載と4頁のインタビュー、1頁の「あとがきのあとがき」が掲載されておりますので、どうぞよろしく。その他講談社ノベルスのサイトでもちょっとページを作ってくれるらしい。そちらにもメッセージをといわれて、だぶらないように書いたつもりなのに、「あとがきのあとがき」とほとんど同じ事を書いていた。恥ずかしい。

 読了本『三島由紀夫幻の遺作を読む』 井上隆史 光文社新書 三島没後40年のせいか、三島本がたくさん出る。この本は三島の創作ノートに依拠して、自決の日の日付を持つ最後の原稿『天人五衰』とは違う結末を持つ作品が構想されていたと解く。確かにこの『豊饒の海』四部作の最終巻は、それまで営々と紡いできた物語世界を一気に覆してすべて虚無に帰してしまうかのような、かなりとんでもない+正直言ってガクッな結末を迎えるため、どことなく釈然としない感が消えず、そこに作家の最期が重なって複雑な思いを人に抱かせる。この本の論者が構成した「あり得たかも知れぬものひとつの最終巻」はなかなか面白いのだが、読み終えてみると、「あり得たかも」は「あり得なかった」としかいえず、結局こうなるしかなかったんだろうな、という感想が残るのも事実。こないだからしきりと四部作を再読したい思いはあるのだが、どうも気持ちの余裕がな。年末は新刊は買わずに再読で行くか。

2010.12.03
 真冬に暖房の節約になるだろうと思って、フリースのケットに袖が付いてまとえるのを買いに出たが、あまりの暖かさにたまげる。今朝は台風のような雨が降っていたと思ったのに、気がついたら止んでいたのだ。ところが夕方になるとまた雨がぱらついたり、雷が光るのが見えたり、まったくもって訳が分からん天候なり。
 徳間の担当とメールでやりとりをしたので、気を変えてやはりこっちから先に書くかと思う。しかしこちらの連載は第一部が終わって、11月に出たのも外伝だったので、前の話を忘れている。読み直して、思い出して、それから新たにプロットを立てるのだ。大丈夫か、おれ。

 読了本『殺人者あずみ野日記』 辻真先 廣済堂ノベルス 久々の辻本。運動をしようと思って、未読の辻本の山から一冊取ってエアロバイクにまたがった。一冊読み終えるのにちょうど一時間。ほどよく発汗。わりと面白く読めました。ノー天気なヒロインが可愛く殺し屋の木暮がかっこいい。しかしこの表紙はなあ。どんな美女も美少女もこのイラストレータにかかると。いえ、浅賀行雄さん嫌いじゃないですけど。

2010.12.02
 『美しきもの見し人は』のゲラは明日返送の予定。なんだか近頃校閲者の能力が低下しているような気がするのだけれど、勝手な感想だろうか。

2010.12.01
 光文社から『美しきもの見し人は』文庫版のゲラが来る。来年頭に戻せばいいのだが、午後の予定までの空いた時間に手を付けてしまう。ゲラを見るのはいつもストレスフル。今日もかなり消耗した。
 活字倶楽部のインタビュー。『未明の家』からリアルタイムで読んでいてくれたインタビュアーの方が、ゲラだけでなく既刊全作を一気読みに再読してくれたというおかげで、大変中身の濃い話になったと思う。雑誌の刊行は1/25なので、そのときはもう最終巻が出ている。こうご期待。