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2009.07.31
 テレビで、日本全国冷夏で野菜が値上がりというニュースを見て、食い意地の張っている篠田だからこういうのが一番切実に感じる、あちゃーと思ったらほんとに肌寒いじゃありませんか。なによこれ、これが7月? と首をひねっている内にその7月も終わり。だいじょうぶなんだろうか、日本。お米はちゃんと取れるのか。
 仕事の方は相変わらずじわじわです。書き下ろしが8月中に終わらないと、ほんとにとっても困るんだけどな。これでも一応後の予定が詰まっておるんです。毎度毎度の綱渡り人生。だらだら暮らしているように見えても、退屈する暇だけはない。もう少ししたら仕事場泊まり込みでダッシュをかけるか。

2009.07.30
 結局のところ梅雨は明けたのか明けないのか、曇天でもやたらと蒸し暑いし、いきなり晴れたと思えば今度は土砂降りの雨が降ったり、なんだかわけのわからない天候が続くうちにもう7月も終わろうとしている。篠田は相変わらず代わり映えのしない毎日。原稿の合間にベランダに出てはゴーヤとにらめっこ。なぜか雄花は次々と咲くのに雌花は咲かない。ボーイズラブ好きだとかいってるから、雄の花園かい、などとどういう迷信かわからんようなことを考える。いやもちろん冗談だけどさ。
 昨日は渋谷のBUNKAMURAに、「だまし絵展」を見に行った。ヨーロッパの古典的なだまし絵、つまり「ああら本物そっくり」というやつは、写真が当然になってしまった現代人には、たぶん昔の人の衝撃は想像してみるしか出来ないと思う。平面に立体や奥行きを幻視させるタイプの絵は、絵としてより建築の壁に描かれている方が面白く感じられるし、額から飛び出しそうというやつは日本全国にチェーンストアみたいにあるトリックアート美術館そのものって感じで。それよりは幕末から明治に流行したという、掛け軸から絵が外まではみ出したりしているタイプの方が、新鮮で面白かった。秋草を描いた軸の周囲、本来なら布で表装されているはずの部分に、あたかも絵の中から舞い出したかのように、蝶が飛んでいたり、というのは詩的に美しい。アルチンボルト、ダリ、マグリット、エッシャーとおなじみの大家もそろっていたが、現代アートの試みにも面白いものがあった。しかしこれが文章で説明するのは、なかなかに難しいんだよね。一点透視の遠近法絵画と見えて、実は画面が四角錐状に突出していて、一番遠いところが一番手前に飛び出している、でもそれが分かっても見るとやはり遠近法的に見える、なんていってもどういうことかわからないよねえ。ただ人間が世界を立体視することが出来るのは、決してそういう能力が先天的に備わっているわけではなく、視力+経験による学習の結果なんだ、ということを改めて思い出しましたです。
 こういう展覧会は必ずカタログは買うんだけど、今回はいまいちでパスした。ただ展示品の写真を並べるだけでなく芸術から微妙にはみ出したところに存在する、視覚の快楽としての「だまし絵」なるものへ、きちんとした論文のひとつくらい欲しいところ。

2009.07.27
 代わり映えしない毎日である。書き下ろし、ゴーヤ、紙切り。パンはもらいもののお菓子がなくなるまで一休みする。昨日はてびち(豚足)を煮ていたら肉よりスープが美味で、これはいい。コラーゲンたっぷり。脂肪は冷蔵庫で一晩固まらせて取り除き、昆布を一枚、泡盛、鰹だし、後は塩だけ。スープがあんまり美味しいので、煮詰めてしまうのはもったいなく、大根をプラスする。これ汁物としてもいける。

 読了本『少女マンガ ジェンダー表象論 男装の少女の造形とアイデンティティ』 押山美知子 彩流社 読みましたよ、「リボンの騎士」は、サファイヤが女になりたくて泣くのが釈然としなかった。お姫様より騎士の方が、ずっとかっこよくていいやんか、としか思わなかったので。水野英子の「銀の花びら」までコミックあります。しかしこれ、ヒロインの造形はいまいち。主体的に行動すると必ず事態を紛糾させることにしかならない主人公というのは、読んでいてストレスがたまる。萩尾望都の初期作「雪の子」すごいよく覚えてる。キャラに感情移入を許さないマンガでしたが。「ベルサイユのばら」当時はけっこう熱心に読んだけど、いまは過去の作品感が強いな。「ヴァレンティーノ・シリーズ」好きです。絵柄もムードも。この頃からちゃんとヨーロッパに見えるヨーロッパがマンガでも普通になった。「とりかえばや異聞」これも好きなマンガです。ドジ様の最高峰かも。
 というわけで、取り上げられている主要作品は「少女革命ウテナ」以外ほとんど読んでおります。篠田もトランスジェンダーとまではいかないが、一時期かなりそれに近い性格だったので、女の子女の子した作中キャラには全然共感できなくて、イメージとして「男装の少女」はかなり大きな部分を占めていた気が。その後でボーイズラブがやってきましたね。しかし考えてみたら、自分の作中で「男装の少女」は一度も書いてなかったなあ。敢えて男装しなくとも、主体的に動ける女性キャラが不自然でなく存在できるようになったのが、いまのエンタメだという気もします。

2009.07.24
 今日も遊んでしまった〜。友人と外苑前のトルコレストランでランチ。非常におしゃれな店だったが、味はかなりトルコな味だった。トルコ料理というのはスパイスもあまりたくさん使わず、素材の味をいかすので、逆に素材がだめだと味気ないものになってしまう。特に野菜。むこうでは市場で売っている生きの良い野菜をばしばし使えばいいだけだが、こちらではそういう素材を心がけるだけで材料代もかさむだろう。というわけで、この店もわりかしいいお値段ではある。しかし東京で、安くて美味しい店を探すのはまっこと至難の業だ。安く済ませるつもりなら自分で作るのが、一番安くてリーズナブルに美味い。技術は望むべくもないが、材料費を惜しまなくても外食よりは安く済むに決まっているからね。先日わしたしょっぷで冷凍の豚足を買ってきたので、日曜日にはてびちの煮物を作るつもり。それからゴーヤの7号がやはり三日月型をしたままそれでもけっこう育ってきたので、これでなにか一品作れるだろう。飲み物はシークワーサーを絞った泡盛。蒸し暑い季節は沖縄料理が似合う。

2009.07.22
 昨日は午後二時まで書き下ろしの原稿をやってから外出。池袋リブロで本を探すも、買うつもりで来た本は2冊ともなく、そちらはジュンク堂で買う。買うと決めているならアマゾンで取り寄せでいいわけだが、本屋さんが消滅しては困るからね。ジュンクは店頭の端末で、在庫だけでなく本の置かれている位置まで示してくれるので、急いでいるときなど有り難い。リブロでも他の本を買って、雨が降ってきたのでそっちは配送にしてもらい、担当と会ってアルコール付き打ち合わせ。
 最近どうしても酒が残るというわけで、今日は半ば沈没。理論社の再校ゲラを再度チェックして、これは明日送り返す予定。ぼけているのでリハビリ代わりにパンを焼く。ゴーヤ第5号採取、216グラム。6号は三日月型にひん曲がって太い方が黄色みを帯びてきてしまったので、やむなく採取。切ってみると5号も種回りは赤くなってきている。この品種は200グラム程度がマキシマムなのかもしれず。まあ、ふたりで食べるにはあんまり大きすぎない方がいいのだよね。

2009.07.20
 日記のネタになるようなことがほぼ全然ない、引きこもり作家の毎日なので、日記の更新も一日置きで失礼しています。今日も目の前のスーパーにお昼を買いに行った他は、ずっと仕事場の中でパソコンに向かっておりました。だもんでエアロバイクは40分漕いだのですが、6000歩しか歩いておりません。頭を動かすのは散歩も有効なので、ちらっと一歩きしてこようかなあとも思ったのですが、それよりは一行でも原稿稼ぐかあって感じで。でもまあエアコンはつけずに済んだな。今朝2時に目が覚めてから眠りが浅くて、少しぼーだったのですが、書きおろしどうにかじわじわ進んでます。例によって見えているのは終着点のみ。
 しかし明日はこの書き下ろしの担当と、打ち合わせをして参ります。その前に今夜はちゃんと眠れるかな。少し涼しいみたいだから、眠れますように。

2009.07.18
 都内某所で行われたミステリの読書会に参加。課題図書は米澤穂信の『秋期限定栗きんとん事件』。自分的には特にミステリ読者に、狭義の本格ミステリ(読者が謎解きに参加できるパズラー)とはいえないこの作品がどういう読まれ方をしているのか興味があったからだが、そこに集まった読者の中核はやはりミステリ・マニアとお見受けするものの、「派手なトリックがないからつまらない」「本格じゃないからあかん」といった発言はまったくなく、「キャラクターとプロットがいかに融合しているか」「伏線の巧みな張り方」といったあたりに米澤ミステリの魅力を発見しているところは、非常に好感が持てた。ミステリ・マニアってなんとなく、「ミステリ読みの小説読まず」みたいな偏見があったんだよね、自分。
 とはいえ、男性読者はダークなヒロイン小佐内ゆきに萌えるM気分の持ち主がけっこういらしたようで、彼女のラストぜりふに「しびれた」らしい。書かれざる彼女の内面推理やら、シリーズのラスト予測やらなんやら、そりゃいくらなんでも深読みでしょーといいたいような話題もがんがん出たが、発言者はちゃんと深読みをしていることに意識的なので、そのへんも安心出来た感じ。実は今回再読していて、深読みは承知だがあることを考えてしまった。ネタバレになるので具体的には書きませんが、同人読みのようなことです。そうしたら、同趣旨の発言をされた方がいて、自分だけではなかったとちょっと安堵する。ちなみにその方男性でした。もはや男性のオタクさんも、そういうものを見つける目を習得している方はいらっしゃいますねー。
 しかし今日の収穫は、シリーズ第四作のタイトル予測のひとつ。ミステリ好きでこのシリーズを読んでおられる方だけ受けて下さい。『冬季限定毒入りチョコレート事件』 爆笑でした。

 宮古市のKさん、お礼状、えはがき、有り難うございます。実は篠田、最近このガラスの飾筥をテレビで見て記憶しておりました。東京12チャンネルの関東では土曜日放映「美の巨人」という番組です。見逃したのは録画で見ているので、最近の放送かどうか自信がありませんが、うちのツレが「あ、これ」と一目で気づいたくらい最近見ました。美しいな、と印象に残っていた、それをどんぴしゃ、選んでカードを送って下さった。こういう偶然って、なんだかとっても嬉しいです。

2009.07.17
 代わり映えしない。仕事。パン焼き。ゴーヤ。

 読了本『テンプル騎士団の古文書』上下 R・クーリー ハヤカワ文庫 ニューヨークはメトロポリタン美術館の、ヴァティカンの至宝展初日のパーティのさなか、テンプル騎士の扮装をした騎馬の男四人が突然出現、ガードマンの首をはね、展示品を略奪して消える、というもまあとんでもなく派手なオープニングだが、ちっ、久しぶりにやっちまったぜ、金返せの馬鹿本。キリスト教がらみの伝奇ものは、だいたい「トンデモナイ発見品、発掘品」の行方を巡ってヴァティカンとその他大勢が大騒ぎをしたあげく、大山鳴動ネズミ一匹というのがパターンだがこれも同じ事でした。トンデモナイの内容もリアリティゼロのしょーもなさで、バラす気にもならない。映画のシナリオとして書かれたというが、映画だった方がまだましかも。
 『聖遺物崇敬の心性史』 秋山聡 講談社選書メチエ 上記馬鹿本の口直し。宗教を巡る人間精神の軌跡は、しょうもないエンタメ小説よりずっと興味深いです。8頁に載っている写真なんて、いやあ・・・ヘタなホラー映画よりこっちの方がずっとぐっと来る。比べてはいかんか。

2009.07.15
 いってもしょーがないが死ぬほど暑い。パソコンに向かっていると頭がモーローとしてくる。しかし電気代からもエコからもクーラーはできるだけつけたくない。というわけで冷えピタシートである。あんまり保たないけど、いくらかは役に立つ。昔受験勉強のときは、こめかみにキンカンを塗ったけど、やるこたほとんど変わってないっていうか、進歩してないね。
 しかし気温が高いと、血圧は上がらない。昔から汗腺は発達しているらしく汗っかきで、夏は苦手だったのだが血圧が上がらないのは有り難い。不眠症もなぜか少しましな感じ。もっと暑くなってくると、クーラーかけないと眠れなくなるはずだが、いまのところはまだ。で、五時過ぎまではちゃんと眠れている。ま、なんかしらいいことってのはあるもので。

2009.07.14
 昨日のゴーヤは薄くスライスして氷水に放し、ぱりっとさせたものをおかかとシークワーサーで食べた。やはり新しいせいかみずみずしく、翡翠のようにきれいな色合いだった。他のハーブなどと違って、虫がつかないのがなにより助かる。
 書き下ろしはちびちびと進行中。
 あ、今日は220年前にバスチーユ攻撃があった日だ。篠田は高校生の頃にはフランス革命萌えでした。「ベルばら」より昔だよ。

2009.07.13
 徳間へゲラを返送。以後書き下ろしの続きをやる。ゴーヤNo3を収穫。なかなか立派。

 サイン本の礼状を下さった松戸市のW様、建築の情報ありがとうございます。さっそくサイトを見に行きました。詳細な写真と図面にうっとり(篠田は地図フェチ、図面フェチです)。あめりか屋というからシンプル系かと思いきや、さすがに元大使館、豪邸ですね。

2009.07.12
 徳間からイラスト先行小説のゲラが届いたので、そっちのチェックをする。午後からは書き下ろしにトライ。これまで書いた分を手直ししながら、じりじりと虫の這うように進行中。夏休みの予定をひとつ入れたので、なにがなんでもそれまでには書き上げたいものであります。

2009.07.11
 久しぶりに夜中の3時に目が覚めてしまい、その後全然眠れなかったわけでもないが、今日は頭がぼけて全然使い物にならず。仕方ないのでネットで調べたレシピでアーモンドのビスコッティを作って(これは予定の行動です。ノンオイルの堅いやつ)、後は仕事は諦めて読書の一日。

 読了本『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ ハヤカワ文庫 この作者の3冊目。なんとSF。しかしこれもまた、要約すると同じ話なんだなあ。「自分の人生が自分が信じていたようなものではないということを知らされてしまった主人公が、諦念と共にその認識を受け入れる話」と。このヒロインは「老年の執事」や「世界的な名探偵だという青年」よりは冷静にすべてを認識しているようだが、それでも物語の終盤に彼女が見せつけられる真実はその認識を遙かに超えて残酷だったりする。大好きじゃない。でも、本物の小説だとはやはり思う。本物ってなによといわれると、上手く説明する自信自身がないんだけどね。
 『メガロマニア あるいは「覆された宝石」への旅』 恩田陸 NHK出版 恩田さんのメキシコ、グアテマラ、ペルー遺跡巡り旅行記。かなりあわただしい旅で、大変だったみたい。マヤの遺跡やマチュピチュは見たい気はするけれど、すっかりものぐさになってしまった篠田は、とてもこんな強行軍に次ぐ強行軍は出来そうにない。若いんですねー、恩田さん。
 『天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語』 中村弦 新潮社 昨年の日本ファンタジーノベル大賞受賞作。明治から大正を舞台に、洋風近代建築を作る建築家を主人公にした幻想小説、というわけで、篠田の嗜好の真ん真ん中に来るモチーフなわけだが、自分の趣味と近すぎると逆に偏屈になってしまう。考証的なミスは見あたらなかったけれど、物語が面白いかといわれるとあんまり。登場するファンタスティックな建物も、予想の範囲を一歩も出ないなと思ってしまいました。ごめんなさい。

2009.07.10
 昨日はジムで仕事は半日、今日は一日さぼり。本郷に住む姉のところに我が家産ゴーヤの第二号を持参してチャンプルーを作る。東京大学下の弥生美術館と竹久夢二記念館を見て、グッズを買ったり、ここには高畠華宵のコレクションもあり、夢二より華宵は圧倒的に上手い、ということで姉と意見が一致する。ただし夢二は本の装幀やカットといったものに抜群のセンスを発揮する。華宵は大正から昭和初期あたりの女性の服装や髪型を勉強するのに最適。なにせ「丸髷」と「島田」と「桃割れ」の違い、「束髪」や「耳隠し」とはどういうものか、もちゃんと知らない有様なので。

 読了本『阿修羅のジュエリー』 鶴岡真弓 理論社 興福寺阿修羅の身につけたアクセサリや衣の紋様を皮切りに、人類の文明における装飾の意味を問う。阿修羅といえばその表情ばかりが語られて、装飾が無視されるという指摘は目から鱗。そして理論社のよりみちパン!セは、子供向きといって済ませるにはもったいなさすぎる刺激的なテーマが平易に書かれています。本好きはぜひチェックを。

2009.07.08
 朝飯用のパンが無くなったので、パン・ド・カンパーニュを仕込む。冷蔵庫に残っていたドライフルーツやナッツを適当にぶちこむ。西武が4連勝しているので、駅ビルまでカードのポイントをもらいに行く。戻って花豆を茹でながらパン生地を丸め直し、焼く。豆は水を換えて茹でては冷めるまで放置、また水を換えるを繰り返し、その間にも原稿を書いている。じりじりと進行させていたら、担当編集者から電話がかかって、なんとなくギクリ。

 読了本『7days wonder 紅桃寮の七日間』 ポプラ社 舞台の名前が紅桃寮という名称の寮で、そこの404号室が開かずの間で、7日間に事件が起きて終わる、という縛りの競作4人集。寮はそれぞれ女子校だったり男子校だったり芸術専科だったり温泉地の保養施設だったりで、名前が同じであることに意味は全然ないし、ミステリというより軽めの読み物なので、競作集としてなにか付加価値があるかというと全然そんなふうではない。誰が企画を立てたのか真意に苦しむ感じ。おのおのの短編の出来は、それとは関係なく面白いものであることだけは確かだけど、異形コレクションの井上雅彦氏はやっぱりすごいですねえというておこう。

2009.07.07
 今日は暑い。エアロバイクを一時間漕いだら、シャワーを浴びても汗が止まらなかった。暦は七夕といっても、こういうのは旧暦でやらないと意味がないものだから、いい加減本来の季節とずれた新暦の日付でいうのは止めたらどうでしょうか。まだ梅雨ですよ。
 書き下ろし続行。当面はこういう、変化に乏しい日記になってしまうと思います。まあ、もともとショボイ小説家の日常なんて、変化に乏しくて当たり前ですって。

2009.07.06
 やっとこすっとこノン・シリーズの書き下ろしを書き始める。例によって見切り発車である。先の見通しはぼんやりとしかない。舞台は函館。しかし函館の町興しみたいなことには、絶対役に立たない話だということだけは保証します(保証してどうする)。
 昨日我が仕事場ベランダのプランターから、ゴーヤ第一号を収穫。お店で売られているのと比べると、ずっと小さいがチャンプルーの2人前にはちょうど間に合うくらいで、「食べきりサイズのゴーヤだ」と納得する。梅雨寒のせいで成長速度が鈍っているようだ。これで梅雨が明けたら、怒濤のように大きくなるのでは。

2009.07.05
 今日は合唱をやっている友人がモーツァルトのレクイエムを歌うというので、ツレとふたり晴海のトリトン・スクエアまで出かける。CDでは聞いているし、映画「アマデウス」の印象もあるが、いまさらながらモーツァルトは人間的だなあと思った。レクイエムというのは死者のためのミサ曲で、キリスト教の信仰に則り、歌詞はラテン語である。グレゴリオ聖歌のレクイエムはけっこう聴いたのだが、それと比べるとこちらは良くも悪くも、と天才を掴まえて不遜なことを言うようだが、宗教的というよりは世俗的で人間的なのだ。同じキリスト教の上にあるとはいえ、ロマネスクのレリーフとカラバッジォの絵画を比べるようなもの。非常にドラマチック。

 読了本『ナチスと映画』 飯田道子 中公新書 小著だが、ナチス支配時代の映像戦略とプロパガンダ映画から戦後の戦争映画、ドキュメンタリーなどにおけるナチス像、ヒトラー像の変遷を21世紀まで通してみる、間然とするところのない、非常に行き届いた一冊。映画リストも役に立ちそう。でも、レニ・リーフェンシュタールの監督した党大会の映画って、やっぱり普通じゃ手に入らないんだろうね。ファシズムもナチズムも大嫌いなくせに、あの表象を「かっこいい」と感じてしまう自分の不可思議、不可解。

2009.07.03
 昨日もらったサイン本応募2通を処理。昼食がてらスタバに行って、コーヒーを飲みながら書き下ろしの書き出し部分を書いてみる。まあどうにか書き出せるかな、という感じがしてきた。いい加減スタートしないと、その後の予定がいろいろ狂ってきてしまう。
 サイン本はそろそろ在庫が無くなりかけてきた。それでも数でいえばまだ30冊はあるんだけど、やはりご指名があるタイトルはわりと決まっているので。だからまあ、上の告知は8月一杯で削除することにしようかなと思っております。
 今日お返事したものの中には、「1ヶ月前に『未明の家』を読んで、もう『黒影の館』まで読んでしまいました」という方もいらして、おおー、そんなふうに読まれたら粗が見えるんじゃないかしらん、などといささかこそくな心配などしてしまったけれど、ときどき見に行って参考にさせて貰っている書評サイトの方は「篠田作品を読み出して10年以上になる」などといっていただいて、これまたありがとうございますっ、と深く深く頭を垂れるしかない。その方は本格ミステリ愛好者なのだが、その一方で皆川博子先生の著作リストを作成されたり、最近では講談社BOX系の新人もチェックを怠らないなど、非常に視野の広い読み手であられる。そこで『桜の園』を近来ではもっとも肯定的に評価していただいたもので、それだけでしばらく幸せな気分でいられるくらいなのだ。
 ちなみにその方のサイトは『UNCHARTED SPACE』といいます。リンクってなんかぶしつけな気がするので、それはいたしません。ブックガイドとしても役に立つサイトなので、読みたい方はサイト名で検索なされよ。作家名のインデックスが整備されています。

2009.07.02
 どうせだから手元のゲラを片づけてから新作に入ろうと、北斗学園の再校ゲラを読み続ける。やはり直したいところが少しではあるが目に入る。迷うのはただの直しではなく、もうちょっと書き足したいかなあ、というような部分で、それは間違っているわけじゃないし、いまからへたにいじるとかえってどうよ、となる可能性も無きにしもあらずなので、いささか迷うところ。

 読了本『きみが選んだ死刑のスイッチ』 森達也 理論社よりみちパン!セ 理論社のこのシリーズは小学校高学年でも読める書き方をされているけど、興味深いテーマがいろいろ取り上げられていて、「大人こそ読みましょう」といいたい本が多い。今回のこれは、人類の歴史の中で裁判と刑法がいかに必要とされ、成立したかから説き起こして、日本の裁判の現状批判、そうした部分を是正しないままスタートする裁判員制度への疑問、さらには死刑存置問題にまでいたる、なかなかに重たいテーマの本。先日読んだ『日本の殺人』と合わせて、凶悪犯罪の実数は明らかに減少しているのに社会の不安はむしろ増して、そうした世論に媚びるかのように裁判の厳罰化が進むいまの日本のやばさを改めて考えずにはいられない。

2009.07.01
 函館の去年行った時の写真もスクラップに張り込む。午後になって8月の文庫『angels』のゲラが来る。ゲラって手元にあるとどうも落ち着かない。鉛筆の所だけ見て少し直す。明日戻すことにする。北斗学園は登場人物表を少し直してメール。ゲラは担当が休みを取った後に送るつもりだが、それでも読み返したくなってしまい、するとこの期に及んでもことばのだぶりが見つかったりして、いやまったく油断がならない。

 読了本『ナゴム、ホラーライフ』 綾辻行人 牧野修 メディアファクトリー ホラー映画大好きの2作家が対談とエッセイでホラー映画への愛を語りました、という本。で、篠田はホラー映画にツボがない。ホラー小説も、綾辻さんの小説はみんな持ってるし読んでるけど、すみませんあの『殺人鬼』だけはパスしてますというくらいで、映画の方はもっと食指が動かないし見てもいない。怖いのや残酷なのやキモチワルイの、苦手だもん。いや、自分の小説の中ではけっこう残酷なこともするときはありますが、自分がコントロールしている分にはまた少し違うわけでして、受け手の立場に置かれて、それも視覚的な刺激には弱い。
 にもかかわらずこの本は楽しく読めた、自分が全然知らない映画のことを読んでなんで楽しいのだろうと我ながら首をひねったが、それはやはり「欲も得も打算もなく、ほんとにこれが好き」という愛の発露をほのぼのと心温まるものとして感じられたからでしょう。本の作りもそういう感じで、ちまちまとしたイラストがとてもいい。ちなみに篠田のお気に入り一番は、267頁に初登場するギロチンのイラストです。これがなんともラブリィで、だれかグッズ作ってくれないかと思ってしまった。
 カバー裏袖にやけに地味な感じでおふたりの特殊メイク付き顔写真が掲載されているが、「これじゃよく見えないよ」と思った方、ご心配なくカバーを剥いて見て下さい。ぎゃっといえます。篠田はいいました。