←2005

2005.09.28

 どうも肩こりがひどくて体調いまいち。仕事はトリノ編準備の続き。明日から二泊三日で小樽取材に行ってきます。「館を行く」最終回分。日記の更新は月が変わって日曜日。
 読了本 『少女には向かない職業』 桜庭一樹 東京創元社 するすると読めることは確かだが評価が難しい小説。まあ、いわばサスペンス風味の青春ものか。しかしなにが引っかかっているのかと自分の心の中を探ってみたら、「少女」というのは少なくとも自分からすれば自称ではなかったな、というところに行き当たった。当事者であるときに「青春」などとは臭くて口に出来ないのと同じように、自分にも「十三才の夏」はあったが、そのとき自分は少女である、とは思わなかった。なぜだろう。

2005.09.27

 「龍」トリノ編のために前に作ったメモを読み返し、持っていく用にパソコンで打ち始める。頭がそこから離れているので、あんまり気分が乗らなくて正直しんどい。午後は連載中のヴェネツィア編第三回のゲラを持ってきてもらってチェック。それからジム。

2005.09.26

 家の近所に朝散歩。戻って郵便局にトリノへ送る本を箱詰めして持っていく。EMSにて4キロ7800円也。いいお値段。地球はまだそんなに狭くはない。担当編集者が時間に来ないと思ったら、勘違いで明日だったよし。明日はジムに行くのでその時間はいない。どうやら最初から勘違いだった模様。どうも頭がぼけている。こういうのも夏バテか、いや更年期障害か。
 なんとなく気が抜けてしまって読書になってしまう。
 読了本 『天使のナイフ』 講談社 傑作と世評の高い乱歩賞受賞作。確かに力作だし傑作の名に恥じないと思うが、締まりの悪い脳みそにはいささか重かった。読み終えたらなおのことどーんと気が滅入ってしまう。どこもかしこも「悪」と「罪」がいっぱい。人間であることは根本的に救われない。そんな感じ。

2005.09.25

 ちょっとめげることのある日曜日。朝メールを開いたら旅行社からトリノ取材のホテルが取れたはずがダメになったという。他のホテルを紹介してくれるのでそれは良いのだが、そこはどうもホテルではないらしく、レセプションとかないので鍵の渡し方をチェックしています、などという。しかし到着は夜けっこう遅い時間で、どう考えてもオフィスタイムではない。それにレセプションがないなら、掃除とかゴミ出しとかはどうなるんだ。注意事項とかいわれても篠田は理解できるんだろうか。非常に不安。
 明日祥伝社の担当がゲラ持ってくるので、部屋を片づけていると、阿呆なことにまた同じ本を買ってしまったことがわかる。小樽の建築の本、あったんじゃないか。もー、記憶能力だめだめである。もうひとつ捜し物をして、本だけど、それはどうにか見つかったのでほっとする。ひとつの話について取材したり資料買ったりして、それから他の話を書いていると、前のことはほぼ完全に頭から消えてしまう。で、思い出すのがえらい大変で、毎度仕切直しに時間がかかる。「龍」のヴェネツィア編は最後まで書いてあるのだが、細部はほぼ完全に忘れているので、トリノに持っていくためにプリントアウト。量を減らそうと両面に印刷する。
 辞書は電子辞書を買ったが、ノートパソコンは結局買っていない。資料本はどれくらい持っていくかまだ決めてない。イタリアで会う作家のマッシモ・スマレさんにあげる著書は、結局担いでいくのではなく送ってしまうことにした。高いけどEMSで。なんだか大騒ぎだなー。行く前から疲れてます。だいじょうぶか、自分。

2005.09.24

 ダメコーヒー豆は水出しにしてレンジで温めて飲むとまだまし、ということがわかる。

 読了本 『聖骸布血盟』 ランダムハウス講談社文庫 スペインで50万部売ったベストセラーだそうだ。本の表紙などから来る印象は「見るからに駄目そう」「B級サスペンスがせいぜい」という感じだったが、今度トリノに行くからなにか参考になるかなと買ってみて、やはりダメでした。キリストのなきがらが染みついた布を巡って、イタリア警察と謎の秘密結社が暗闘するのだが、警察側の歴史学者が、聖骸布信奉者イアン・ウィルソンの著書にあるトンデモな「聖骸布の歴史」をそのまま事実として論を組み立てるのはどっちらけだし、その本に書かれているテンプル騎士団との関わりを、作中人物が発見したような書き方をしているのも手抜きすぎ。小説の書き方もへたくそでサスペンスもゼロ。これが50万部かよー、といいたくなる。

 これくらいなら俺の作品の方がよっぽど面白いぜ、という気分になって、ようやく「龍」の続きに頭を引き戻す。『紅薔薇伝綺』の続きは現在小説ノン誌上にて連載中。これから書くのはその先です。といっても、トリノに取材に行ってからでないと書き出せないから、それまで持って行けない資料の分くらいは構想をねりねりしておこうと思いまする。

2005.09.23

 バッハのコーヒー豆を買うのはイタリアから帰ってきてからにしようと思って、近所のデパートでスペシャルブレンドという無難そうなのを買ってみたのだが、これがやはり全然ダメ。湯を落とすとすり鉢状に陥没してしまう。これでは冷凍庫に二ヶ月眠っていたバッハの豆よりまだはるかに悪い。要するに売れなくて古い豆なんだろうけどね。

 読了本 『鎮火報』 日明恩 講談社ノベルス 前に読んだ警察ものよりはずっと面白く読むことが出来た。主人公のひとり語りがいささかうざいと感じるときもあるのだが、優等生よりはやんちゃでかわいげがある。そして消防士の勤務のディテールとか、えらく詳しいのも感心してしまう。しかし、なんでだろう、この人の小説って、そういうリアルな部分と、登場人物のキャラの立て方にずれというか不調和な感じがあるんだよね。警察ものにはやたらとネットおたくな坊ちゃん刑事が出てきたけど、今回もスーパーネットおたくで乙女な魂を持った中年ヒッキーというとんでもない人物がブレーンとして出てきて、そこらへんがやたらと目立ちすぎている。マンガっぽいというか。って、どの口がいうんだ、どの口が。前髪のけたら超美人の探偵はマンガっぽくないのかといわれそうだけどさ。たぶんそのへんの許容範囲というのは人それぞれなんだと思います。

2005.09.22

 昨日は年に一度パルコ劇場に美輪さんのコンサートを聴きに行って、井の頭線ガード近くのワイン・バーでワインを飲む。しかしホテルではどうも、いつにもましてよく眠れない。最近また不眠サイクルになってしまった。
 今日は池袋で旅行用の写真関係用品など買い物して帰宅。頭ぼけていてぼーっと、イタリア土産のグレゴリアン・チャントなど聞いている。

 読了本『美女』 連城三紀彦 集英社文庫 非常に巧緻なミステリ短編集 しかしなぜ彼の作品が本格ミステリとして評価されづらいか、篠田には解る気がする。本格ミステリというジャンルはそのほとんどで「青春小説」の香りがする。ほめていえば常に初々しく、けなしていうならいつまでも成熟しない万年モラトリアム。しかし連城の小説はその手の青臭さがまったくない。逆に退廃と爛熟の香りがある。登場人物はたいてい30代以上、中年の人生に疲れた男女で、たまに十代が出てきても彼らは大人以上に疲れて生きることに飽きている。それとミステリの結構が連城独特の作風であり、しかし本格ミステリ愛好者の苦手とする部分でもあると思うんだ。

2005.09.20

 昨日書き上げた短編の冒頭に一枚半書き足して再メール。担当から即座に肯定的な返事をもらって安堵。あとはジムで汗を流して、わりと気分の良い一日のはずだか、いまいちそうではないのは大変につまらないミステリを読んでしまったからだ。
 篠田はわりと率直に読んだ本の感想をここに書いているが、この本のタイトルは書くつもりがない。それくらいつまらなかったし、なぜつまらなかったかというとただ自分の好みに合わなかったということではなく、手抜きというか、作者が「君たちが好きなミステリなんてこんなもんだよ、ははん」と鼻で笑っているような感じがしたからだ。「ほら館だ。密室だ。そういうのが好きなんだろう? トリックはね、ほーら。馬鹿馬鹿しいだろう。だけどミステリのトリックなんて多かれ少なかれそんなもんじゃないか」
 それでもきっとこの本は篠田の何倍も刷られているのだろう。前からこの作者のファンでシリーズ探偵のファンである読者は、これでも「きゃー」と喜ぶのかも知れない。出版社も商売である以上、売れる本を出すのは当然と言うことになる。だが、はっきりいってこんな本を出すのはミステリをつまらないと思わせるためにしか役に立たない。ミステリファンにも、普通の小説の読者にも、そしてやがてはこの作者のファンにだってそっぽを向かれる羽目になる。この作者がそういう目に遭うのは自業自得だが、巻き添えを食わされてはたまらない。
 売れる作家って堕落するんだな、と思った。堕落するほど売れないというのは、物書きにとってはむしろ恩寵なのかも知れない。酸っぱい葡萄は百も承知ですがね。

2005.09.19

 短編を書き上げてメールして、残暑で暑いのとかなり気が抜けたのでだらーっとしていたら、「待てよ、あそこはこうした方がクライマックスが効果的だったのでは」というようなことが思いつけてしまう。やはり急いで書きすぎるというのは良くない。

2005.09.18

 短編、明日にはたぶん仕上がる。ミステリではある。だが、本格かどうかは例によってよくわからん。

 読了本 「交換殺人には向かない夜」 東川篤哉 カッパノベルス 好印象。この人はどんどん小説が上手くなっている、という印象がある。相変わらず過度に漫画的なギャグが多くて、そのへんは正直な話あまり好みではないのだが、作品全体に仕掛けられたトリックなんかもすっきりとわかりやすくて、驚天動地的な大仕掛けでもないかわり、すっと読めてすっと納得できる読み味の良いミステリ。特にミステリマニアでない人にお勧め。

2005.09.17

 昨日は江戸川乱歩賞パーティに出席。一昨年あたりから「パーティには極力出ない」方針だったのだが、今年の受賞作は世評が高いので、読んでみようかなと。乱歩賞は帰りに受賞作の本がもらえるのです。せこい? 知り合いの作家さんとちょこちょことおしゃべりして、講談社の旧担当と現担当と、他社の担当や友人としゃべって、二時間過ぎたら本をもらってとっとと帰宅。それでもやはり疲労は残る。物書きというのはへたすると引きこもりみたいなものなので、たまにはこうして刺激を受けるのも必要だとは思うものの、乱取りのような状態でお社交するのはやっぱしんどいですわー。
 書いていた短編、一応予定のラストまでたどりついたがたくさんたくさん直し必要。

 読了本 「恋文」連城三紀彦 新潮文庫 ツイストの利いたミステリ風味恋愛小説っつーか。少し泣けたりして、でも少し気恥ずかしい。

2005.09.15

 夏休み。沼津のご用邸(天皇家の旧別荘)を見学。まったく節のない廊下の床板とか、すごく贅沢な材をさりげなく使った明治の和館。和館といっても明治になれば近代和風建築で、廊下にガラスを多用した引き戸が並ぶなど、純然たる和館ではなくなる。赤坂離宮の建築家片山東熊が設計した洋館は戦災で焼失したが、残された付属邸にもビリヤードルームは洋館だったりする。御玉突き所、と呼ばれているのが笑える感じ。周囲の庭園もすがすがしいし、塀の向こうは駿河湾だし、こんな場所がある沼津市民はうらやましいな、と思った。
 今回の旅のもうひとつのヒットは、天城で食べたわさび付きソフトクリーム。わさびを練り込んだソフトというのは前からあって、黄緑色だけど「ほんとにわさびかな」という疑惑をつい覚えてしまったのだが、これは本当の本物。なにせ目の前でおばちゃんが本わさびをすり下ろして、ソフトクリームに添えてくれる。そして、ミルク味にわさびの香りと辛みが、ミスマッチのようで意外といけるんだなー。

 今日は短編の続き。52枚まで。

 読了本 犬はどこだ 米澤穂信 東京創元社ミステリフロンティア これは面白かった。いままで米澤作品はほとんど読んでいるのだが、才人だなと思う反面、ある種の物足りなさをいつも覚えてしまっていた。今回はかなり満足。青春ものの甘さはすでに気恥ずかしい年頃の筆者としては、人生のままならなさを感じさせる物語に共感する。ただし読み味はこれまでの作品と比べてもクールでビター。特にラストは「いやあ」な感じを微妙ににじませているので、好き嫌いは別れるかも知れない。

 明日も所用ありで日記は休みます。

2005.09.12

 短編35枚まで。今日はジムに行ったので、労働時間が少し短い。筆が乗っているときにはこのままずっと書き続ければもっと枚数が行くなとは思うのだが、連れ合いとの夜の時間は基本的にそれとして尊重することにしている。長時間労働すればその分、肩や目に負担が増えて、後でしわ寄せが来ることは確かだし。まあ、この調子なら来週には書き終えて、北海道の取材行って「館を行く」書いて、トリノの準備をして、が過不足無く収まるはずである。

 明日は遅まきながらの夏休み第一弾なので、一泊で伊豆へ。魚食べて温泉入って来ます。というわけで日記の更新は木曜日。『桜闇』そろそろ書店に出ます。表紙だけでも見てやってください。なかなかきれいっすよ。あっ、その場合はぜひ帯を外してね。

2005.09.11

 短編書き出す。18枚。まあ順調。今週は予定もあるし、先も詰まっているし、たらたらしている暇はない。減部数による減収は、仕事の質を落とさず量を増やす方向で努力するしかないしなあ。

 昨日の「旅情ミステリー」で、書き方が失礼に当たったら嫌だなと思ったので補足。作者の木谷恭介氏は78才にして現役の作家で、著作はミステリーのみでも127冊という大変なベテランの先輩であられる。そして旅情ミステリーであっても、作者の狙いは「2008年に日本は国家破産するのではないか」という大きな社会的テーマを描くことにあるらしい。ただ本格ミステリの水を飲んだ人間としては、そのテーマの重大さはそれとして、やはり事件と展開と犯人があるだけで、推理のロジックとかが全然ないミステリは読むのが辛いなあと思うのである。こういうのが自分の読みたいミステリなんだ、という読者は当然いるはずで、だからこそ本が出ているのだし、そのことをどうこういう意図はない。蛇足とは思いつつ書き加えます。

2005.09.10

 昨日の話の続き。人生どんなところに落とし穴があるかわからない。人のふり見て我がふり思え、はいつの時代も変わらない世間智だろう。しかしまあ、やっちまったことをいつまでも責めてみたところで仕方がない。というわけで友人であるその人を、今度はどうやって慰め力づけることが出来るかと考えて、小説を書いてプレゼントすることにした。馬鹿のひとつ覚え、であります。しかしそういうことを考えると、なぜかとんとんとプロットがまとまったりするんだなあ。

 石見銀山街道殺人事件 木谷恭介 ノンノベル いただきものなので試しに読んでみたが、やはり「旅情ミステリー」はいまいち口に合わなかった。宮之原警部、というのがシリーズ名探偵らしいのだが、この人については誰もが同じ表現を口にする。「シャーロック・ホームズもエルキュール・ポアロも裸足で逃げ出す」。ちょっと恥ずかしいっす。それからそこが旅情ミステリーたるところかも知れないが、不審死を遂げた兄の仮通夜の場で、友人が買ってきてくれた焼き鯖寿司の描写がやけに細かく、それを食べたヒロインが「美味しい!」と顔をほころばせる。登場人物の食事シーンを書くのは篠田も大好きだが、心理的にも不自然で唐突な感じがした。味がしない、喉に通らない、というほどではないにしろ、自殺ではなく他殺ではないのかと、警察の見解に異を唱えてまで真相を究明しようとしているヒロインにしては、平然としていすぎる。「ふっと張りつめていたものがゆるんだが、もう兄とは一緒に食卓を囲むこともないのだと改めて思うと、また胸が詰まった」とかさ、書きようがあるじゃん。

2005.09.09

 眼鏡新調。近眼用を旅行中になくし、手元用を変わった度に合わせて作ったので、えらい物いり。がっくり。『桜闇』文庫見本刷り到着。しかし初版部数がどどーんと低下してさらにがっくり暗くなってしまう。物書き人生見通しはゆるくない。おまけに知り合いに関してちょっと妙なトラブルの話を耳にし、信頼していた相手だけにさらに落ち込む。

 ネットのサイトで掲示板などを読んで、見ず知らずの人間が読んでいることをまったく意識していない書き込みに唖然とさせられたことは、ままあった。建築探偵のファンサイトと称する場で、篠田を愚弄するようなことを書くたぐいである。もちろん友達同士ならなにをいってもいいさ。だけど、当人が読んでるんだよ。
 最近はそういうものは極力見ないし、ネットは調べものには便利だといっても、その情報は鵜呑みにしないように気を付けている。責任の所在があやふやだからだ。匿名の掲示板にいたっては、どれだけ興味深くとも所詮は便所の落書きである。しかしネットの利便性とはそもそも、この無責任性匿名性によるものだと思う。最近はmixiなど、登録制のネットワークが流行しているそうだが、無責任性匿名性に一定の枠を設ける試みは、どこまでもネット本来のあやふやさを免れない。クローズドな場だと安心して書いた日記やコメントが、流出してトラブルの元になるという話を聞く。なまじクローズドだと安心する分、自主規制のたががゆるむわけだ。
 「ここだけの話」はアナログで済ませるべきだろう。人間というのはそもそもゲスなもので、悪口やうわさ話をやりとりするのは楽しいに決まっている。思い切り愚痴を吐くのもストレス解消には有効だ。だがそれは友達同士会ってか、せめてメールでお済ませ下さい。

 読了本 「帝国ホテル」から見た現代史 犬丸一郎 東京新聞社  現代史、というのはかなり大げさだが、親子二代帝国ホテルの社長だった人の回想記。聞いた名前がいろいろ登場する。建築家ライトから美空ひばりまで。ホテル業界に生きる人の修行の軌跡、としても興味深い。 

2005.09.08

 夕方で一応『螺鈿の小箱』の初校ゲラを終え、出版社に送る。やれやれ。これで明日は眼鏡を作りに行こう。

 読了本『健全な肉体に狂気は宿る』 春日武彦 内田樹 角川oneテーマ21 タイトルは刺激的だが内容はそれほど過激ではない。対談本で、篠田は前から春日武彦氏(精神科医)の読者だから一も二もなく買ったのだが、神戸女学院の文学部教授というもう片方の人ばかりがやたらと多弁なので、ちょっとそのへん期待とは違った。タイトルの意味するところは春日氏からで、精神を病んでいる人も深刻な肉体の病にかかると、急に心の病気の方は軽快する場合がある、という。つまり生命にかかわる状況が肉体に起きると、心を病んでいる余裕はなくなるのだそうで(かといって、その病気が治ってくると元の木阿弥らしい)、なんだか面白いなあと思った。もちろん心の病といってもいろいろだから、治るものと治らないものがあるんだろうが。

2005.09.07

 一晩風雨の音で眠りが浅く今朝は眠い。台風が行って蒸し暑さが戻ってきた。相変わらずゲラ。
 篠田は一太郎ユーザーなのだが、「一太郎文藝」というソフトが出るそうな。文筆家に特化したしたソフトだそうだが、「原稿用紙入力画面」「本そのままの体裁で出力」などというものを売りにしているところを見ると、プロの物書き用ではなく自費出版したい人を狙ったものと見た。いまどきは応募原稿だって400字で打ち出しはしないものね。

 読みかけ本『アーサーは なぜ自殺したのか』 誠信書房 アメリカで自殺した33才の男性の遺書と、生前の彼を知る家族や恋人のインタビューに心理学者らの所見を加えたドキュメント。日本では中高年の自殺が多いが、これはまだ若い、そして中流以上のインテリで決して社会的に不成功とはいえない青年の自殺で、子供の頃から学習障害という一種の病気に悩みながら努力してそれを克服してきたものの、ついに疲れ果てての鬱病再発の果ての自殺で、そういう意味では決して典型的とは言えず、あまり参考にはならない。ただ、死んでしまった人間を囲む生き残った人間には、視点によってそれぞれの人物像がある、というミステリとしても読める。それにしてもアメリカ人の家族観というのは日本とは違うものらしいな、とつくづく思う。日本だったらこんなインタビュー自体、たぶん成り立たないと思うんだよね。

2005.09.06

 台風、雨、ゲラ、とどうも代わり映えしない一日。本も読み終えたものでここでご報告したいようなのはないんで、書くこともなくてどうもすみません。

2005.09.05

 なかなか進まない台風のおかげでうっとうしい天気。気温が低いのはいいけど、こう土砂降りだと用事があっても出かける気がしない。仕事はまあ、進むけど。ゲラ見進行中。

 読了本『HEARTBEAT』 小路幸也 東京創元社ミステリフロンティア 青春純愛ファンタジーミステリ風味。今流行の路線といえるかも知れない。たぶん小説を読むことに関してうぶな読者を惹きつける部分がある本だ、という気はする。この歳になるといい加減感性もすれっからしになっているので、つい「ああ、ここは**だ」「ああ、このパターンか」というようなあら探しめいたことばかりいいたくなってしまう。まあ、そういう一冊です。自分はすれっからしではない、という人は安心して読んでみれ。

2005.09.04

 やっと短編集『螺鈿の小箱』のゲラを見始めた。何度も同じ事を言うようだが、ゲラを見るのは好きではない。自分の文章がへたくそで嫌になる。変にいじるともっと変になってしまう。それでも未練がましくいじらずにはいられないので、原稿を書くときとは疲れ方が違う。妙に気疲れする感じ。それでつい逃避して、神保町で買ってきた『コミックマスターJ』なんてマンガを読んだり。これ、すごく面白いのであります。

 読みかけ本 『それでも警官は微笑う』 講談社ノベルス うーん、篠田は警察小説が苦手だ。警察と聞いただけで本に手が伸びないので、たぶん幾多の傑作を読み逃しているのだろうが、それも仕方ない。警察嫌いは世代的なトラウマのようなもの。篠田が学生であった時代は普通の学生でもデモに行ったし、行けば機動隊にこづかれるくらいのことは当然あるのでありまして、キヨラカな若き日に嫌な思いをさせられた恨みというのはそう簡単に消えやしませんな。あっ、でも黒川博行の警察ミステリは読んで面白かったんだな。うーん、関西弁だとよその話だという気がしてアレルギーが薄れるのかな。まあともかく、メフィスト賞受賞作の本作は、売れたそうだけど、その良さがぴんと来ないのでちっとも進まないのでありました。

2005.09.03

 昨日はリュックを背負って東京へ。まずジュンク堂で目当ての資料本を買い、リブロに戻ってメモしてあった本を探す。書評で気になったものや、友人から「面白い」と聞いた本は手帖に控えてあるのだ。もちろん店頭で目に付く本もある。気がついたときはカゴがずっしり重くなっていて、宅配を頼む。神保町へ。そしてまた気がついたときはリュックずっしり。今日の午後だけで本にいくら使った。といっても稀覯本を買ったわけでもなし、お洒落な店で秋物のブラウスでも買えばあっさり飛ぶ程度の金額です、たぶん。(実をいうとそういうところにはめったに行かないのでよくわからない・笑) 夜は祥伝社打ち上げ。

 今日はだらだらと買ってきたマンガを読んだりして(デスノートの新刊出ましたね。でもなんか、一時の熱は失せたなという気分。出れば買うけど)、それからジュンク堂で買った取材資料『小樽の建築探訪』と、ガイドブックを並べておいて附箋を付ける。次回最終回の「桜井京介館を行く」のコンセプトは、「日本近代建築の実物大図鑑である小樽」といったところか。明治初期の木骨石造、煉瓦造から、堂々たる銀行建築、大正期の軽やかな木造住宅、昭和の大規模な鉄筋コンクリート造まで、小樽の繁栄を形に残す豪華絢爛は、まさしく「近代建築見学旅行」のクライマックスにふさわしい。

 イタリア行きの飛行機は取りあえず10/12で予約したので、それまでにゲラが一本、小樽取材とそれをまとめる原稿書きが一本、大学のゼミにゲストで呼ばれたのがひとつ、パーティがふたつ、遊びに行く予定がふたつ。7月8月は自主的原稿書きの他はほとんどのんべんだらりと過ごしたのに、なんで出かける前になってこうわさわさしてくるかなあ。
 それ以外にもちょっと「どうしようか」と思い迷うことがあって、実はまだ迷っているんだけれど、義理を欠いても作品が一番大切、それを良い状態で読者の手に届けることがなにより大事だと思う。せっかく乗って書いた原稿を、どさくさ紛れのような形で本にしてしまったら、絶対自分が後悔する。たとえ本の出る日付がずれることで、売れる部数が違ってきたりしてもだ。売れないならそれが篠田の運と実力ということ。そう胸を張るには、ある程度時間と手間を掛けて作品のクオリティを高めるしかないんだから。

2005.09.01

 晴れてもすっかり湿度は減って、クーラーは不要のさわやかな天候になった。今日はお客のためにピザ生地をこねる。トマトソースは昨日のうちに煮てあったので、後はそれほど世話はない。規定量より酵母を減らしてみたら、薄く伸ばせてグッド。シンプルなマルゲリータと、四種のチーズ載せ。
 東京創元社から出してもらう幻想ミステリの短編集のゲラが届く。ずいぶん何度も見ているはずなのに、ミスが多くて恥ずかしい。そうでなくてもデータが無くなっていて、雑誌のページをスキャナに読ませた原稿なんかがあって、直し残しの多いこと多いこと。幸い他の仕事はないので、心残りの無いようじっくり読み返すことにする。
 この本、最初は10月の予定だったが、11月に延びる可能性も出てきた。別段アンケートの対象になるような本ではないし、こちらはそれで少しもかまわない。12月に出る「ミステリーズ!」に短編を載せてもらう予定なので、連動して少しにぎやかになるだろう。

 最近「登録した人しか読めない」というmixiなるものが流行っているそうで、知り合いもそういうところに日記を書いている人が何人もいる。お誘いもいただいたのだが、いまのところは保留にしている。というのは、少なくとも篠田がサイト上に日記などを掲載するのは、基本的に「読者に対する宣伝、告知」という意味合いがあるからだ。つまりどなたにでも広く読んでいただかないと意味がない。中には決してこちらが望むような人ばかりではない、明らかに揚げ足取りの材料を探すために作家の日記を覗いて回るような人もいる、ということはわかっているのだが、そういう人が自分のサイトなりなんなりになにを書いて人を笑いものにしようと、こちらが読みさえしなければ実害はない。それ以上の攻撃を仕掛けられでもしたら、そのときには考えなくてはならないけれど。

 明日は夜の予定が入っているので日記の更新は休みます。