←2004

2004.08.31

 小説の資料に映画版『薔薇の名前』のビデオを見る。前に映画館で見ていたのだが、それでも充分面白かった。主人公の助手役のクリスチャン・スレーターが終始薄口開けたお馬鹿な顔をしているのは監督の趣味か、と首をひねったけど。でもこの人『インタビュー・ウィズ・バンパイヤ』でも同じような役どころだったか。
 長大な原作を思い切って切り縮めるだけでなく、砂糖をたっぷり加えてメロドラマに仕立てているところが映画の成功の秘訣だと思う。原作ではシーンはなくともたぶん処刑されてしまうんだろうアドソの初恋の女性がしっかり生き延びるだけでなく、探偵のウィリアムは彼女を弁護したことで異端審問にかけられる羽目になる。助かるけど。原作だとウィリアムは嘆くアドソを慰めるだけでなんにもしてくれない。おまけにベルナール・ギーは一手に悪役で、最後は農民に襲われて自分の運んでいた拷問道具で串刺しというんだから、おいおいそりゃ勧善懲悪が過ぎるぞ、とつっこみたくなるけど、映画としたらそんなもんでしょ。
 しかし火あぶりに火事とやたら暑い映画で、外は台風一過の超むしむしでありました。

2004.08.30

 手直しをどうにか終えて98枚で第一回終わり。家に戻ったら今月号の「ザ・スニーカー」が送られてきていて、そこに「追悼吉田直」の文字が。いまさらなにをいっても、なんの役にも立たないことはわかっているから、口はつぐんでいるけど、口を開いたら言っても仕方ないことをいってしまいそうだから、それについてはとにかく黙っているよ。
 10/9に都内で追悼式があるらしいが、篠田はその日は京都の花園大学で講演会だ。ざわざわしたところに行くのは嫌いだし、吉田さんが最後に暮らした京都の町でひとりで彼のことを思い出しているのも、ヘソマガリの自分らしくていいだろう。七月の頭に連れ合いと京都に出かけたとき、吉田さんの仕事場の住所近くを通りかかって、彼はどうしているかな、などと思ったりしたんだけど、亡くなったのはその二週間後。
 あの日も暑かったけど、南禅寺の緑は美しくて、煉瓦の水道橋の上を走っていく水は涼しげだった。これから京都の七月や南禅寺や赤煉瓦の色を思い出すたびに、吉田さんのことも思い出すんだろうな。畜生、胸が痛いや。

2004.08.29

 やっと「龍」の新作『紅薔薇伝綺』の第一回93枚が書き上がる。明日読み直してチェックして良さそうならそのまま続きに入る。というわけで、毎度毎度あまりに話題が乏しいものだから、友人からもらった『アベラシオン』の感想の抜粋を貼り付けてみようかと思う。まことに感想というのは人それぞれ、千差万別で、作品というのは読者が最終的に作るものなのだなあといまさらのように痛感するのだった。

 引用はここから。

 いえ、何と表現すれば良いか難しいのですよ、この小説の凄味は。たいていのミステリは謎が、トリックが、というように腑分けして解説すれば事足りるのですが、『アベラシオン』は細切れにして賞賛するにはあまりにもすべての要素が融け合いすぎるほど融け合っていて、まず凄いのはその点ですよね。
 ちょっと書評じみたことを書きますが、ディテール(詳細)は小説を豊かにするものとずっと考えてきましたものの、最近考えが微妙に変わってきて、素晴らしい小説とはまずディテールで成り立っているものだと感じるようになりました。で、『アベラシオン』はオカルトや歴史などの膨大なディテールが詰め込まれていて、しかしそれらが解れることなく緻密なレース編みのように作品を織り上げている。素晴らしいディテールの集積(纏め上げる力も当然重要です)は、やはり素晴らしい小説となるのです。……普段、僕は篠田さんの作品を物語という観点から語っていますが、『アベラシオン』は物語というよりは小説と呼ぶに 相応しい、そして間違いなく第一級の小説であろうと思います。長大な作品を読み終えたという満足感と同時に、あまりに情報が緻密に絡まり合って一本のストーリーを作り上げているため、何か壮絶に凝縮された愛すべき小品を読んだような、そんな不思議な読後感にもとらわれました。
 歴史やオカルトがふんだんに取り入れられているのに、一過性の興味本位的な面白さで扱われているのではなく、すべてがきちんとストーリーの血肉になっているところも素晴らしいですよね。そのため、僕は『アベラシオン』にはどこかしら、静的で慎ましやかなイメージを感じます。とはいってもラストの50ページは静的なんて言ってられない怒涛の物凄さですが。

  追記 以前、篠田さんは「バカなトリックが浮かんで、それを成立させるために書いた作品」という類のことをおっしゃられたことがありますが、『アベラシオン』はトリックだけを抜き出して楽しむ小説とは思えませんし、そういう読み方を許さない小説でもあります。……そういう印象を受ける作品になっていますから、目的は見事に達成されたのではないかと思います。

 引用は以上です。
 こんな絶賛のことばを自分で貼り付けるのもずうずうしいみたいだけど、読者の参考にもなるかなと思ってあえて載せさせてもらいました。篠田自身恐れていたのは「冗長だ」「蘊蓄が邪魔」「残虐でグロテスクすぎる」といった感想でしたので、そして事実そのように感じられた方もいないわけではないようなので、この友人の読みはとても嬉しかったわけです。

2004.08.28

 やっとこ「龍」新作が80枚を越えた。過去に入ったら筆が速くなってきた気がするけど、本論はこれからよ、というわけで気を緩めるわけにはまいらない。こいつは9月中に書き上げてしまいたいのだ。正確に言うと9/28に予定があるので、出来れば9/27までに、それがダメなら京都に行く前の10/7までには。
 というわけで、今日久しぶりにペーパー請求のお手紙がまとめて転送されてきたのだけれど、こちらからの発送は少々遅れ気味になるかも、です。サービスものだと思って我慢してやって下さい。

2004.08.27

 昨日は東京に出たので四谷に廻り駅前のキリスト教専門書店で『龍』の資料あさり。店内は賛美歌が流れて清らかな雰囲気なのに、そこに我ながら邪悪な考えで「伝奇小説の呪文に使おう」などと思いつつお祈りの本を買ったりする小説家は、罰が当たったらどうしましょう。
 その後東京創元社の担当編集K君と会う。彼とは編集者になる前からの友人、という大変に珍しいケースで、おしゃべりも盛り上がりっぱなし。もちろん仕事の話もしたのでありまして、創元から幻想系の未収録短編を集めて書き下ろしもつけて、来年当たり美しい短編集を出させてもらうことになっている。

 本日は仕事場のマンションの点検日で、ベランダの避難はしご、ガス器具、換気扇の点検がそれぞれ別に来るので、おちおち自転車もこげませんつーわけで落ち着かない一日。さて、月末に向かって「龍」がどれくらい進められるか、そろそろ本腰を入れないと。

 来週当たり『龍の黙示録』の文庫版が書店に並びます。おまけは恩田陸さんとの対談と解説、それと吉田直さん哀悼あとがきです。

2004.08.24

 『ヴィレッジ』という映画(監督は『サイン』のM.ナイト.シャラマン)の試写会に行ってきたんだけど、最大の見物は監督の美貌だった、というちょっと情けない話。ネタ的には「新本格っぽい」感じもある、設定がどーんと根底からひっくりかえるプロットなんだけど、ネタが割れてから後が長すぎるし、だれる。設定も細かいことを言い出すと隙がありすぎで、要するに詰めが甘い。

 今週は、明日明後日とも自宅への帰りが遅くなるので、日記は書けないと思う。書けても「原稿書いてます」だけだから、しょうもないんだけどね。龍が出てきてセバスティアーノをいじめ始めたんで、いくらか筆が進んできた感じあり。

2004.08.23

 頭に戻って修正したりして。はい、進んでません。明日は夜試写会があるんで日記の更新はお休みします。でも、どっちにしても当面はこういうお愛想なしの日記です。ごめんなさい。

2004.08.22

 やっと39枚。ひーん、なかなか筆がすべってくれないよお。

 読了本『監獄島』 ボリュームがたんまりないとイヤだ、という人にお勧め。不可能犯罪でないと本格でない、という人にお勧め。密室創造の必然性なんて興味ないよ、という人にお勧め、です。
 『方舟は冬の国へ』 西澤保彦 カッパノベルス 西澤さんの作品群にはいずれも、ダークな要素とスゥィートな要素が含まれている。そしてどっちかだけ、ということはない。ダークが勝った作品にもユーモアや明るい部分は必ずいくらかあるし、キャラの可愛さで人気を集める嗣子ちゃんシリーズなんかも事件の様相はかなり暗かったりする。今回の作品も道行きは実はけっこうダークだが、ラストが光の方向に向いている感じなので印象が明るくてちょっとほっとする。

2004.08.21

 原稿、やっぱりまだ調子が出ませんってことで行きつ戻りつ書いたり消したり、やっと27枚。こりゃ当面、日記も書くネタがありませんな。

2004.08.20

 やっと仕事開始。龍の新作『紅薔薇伝綺』。しかし今日はまだ15枚で、セバスティアーノが自分の信仰のことで悩んでいたりするから、エンタメ小説の出だしがこんなに地味でいいのか、と少しばかり心配にならないこともないのだが、ちゃんと連載一回分の終わり頃には盛り上がる予定なのでノープロブレム。やはり長いこと原稿を書かないでいると、ちょっとばかり勘が狂うというか、そんな感じはある。だが今年の暑さの中で、あんまりクーラーをかけずにゆっくり出来たのだからいいとしようか。

 読みかけ本 『監獄島』加賀美雅之 カッパノベルス 上下二巻のお弁当箱でボリュームたっぷり。しかしこの作者はほんと、ディクスン・カーが好きみたい。それも初期長編の名探偵バンコランが好きみたい。さらに加えて篠田が「魅力的な建築が登場する本格」と何度もあちこちでいっている、でも江戸川乱歩なんかは全然評価しなかった『髑髏城』が好きみたい。デビュー長編『双月城の惨劇』はライン川の古城が舞台なんで、「ああ、これって『髑髏城』のオマージュね」と思っていたのだが、今回はフランスはマルセーユ沖の監獄のある島が舞台で、最初探偵役に調査が持ちかけられる部分が逐一『髑髏城』の引き写しになっている。せりふ回しから、語る内容から。たぶんこれもミスリードの一部だろう、という気がするんだけど、果たして現代のミステリファンにはどれくらい、ここの趣向が伝わるものなんだろうか。まだ半分も読めていないんだけど、推理も何にもなしで「こいつ怪しい」という人物はおります。いや、描き方がね。

2004.08.19

 碓氷峠の赤煉瓦鉄道施設を見学後、群馬県山中の地味な温泉で一泊、翌日は軽井沢に出てランチ、という短い夏休みを終えて、戻ってきたらなんじゃこりゃの猛暑復活。もう夏が過ぎてしまうと思うとさびしい、などといったことはすっぱり忘れ、「秋よ来いー」とうめいてしまう。
 パソコンに向かう時間以外は出来るだけクーラーをつけないでおこうと思うのだが、クーラーをつけないとパソコンに向かう気にもならない。ペーパー申し込みの手紙の発送作業をしていたら封筒やら切手やら足りなくなって、買い物に出てコピーもして、というわけですぐに昼。軽井沢で買ってきたブルーベリーをタルトにしようと思い立ち、タルト生地とカスタードクリームを仕込んで、結局今日は仕事は手に付かず。

 読了本『夜のピクニック』恩田陸 新潮社 これは傑作。高校三年生の男女が24時間夜通し歩き通すという過酷な学校行事の最中に、語り合うことで互いを見出し、かけがえのない一日を過ごす、という、これはもう恩田節以外のなにものでもないけれど、とにかく面白いです、とても。以前山梨県の高校でこうした行事があるというのを聞いていて、そのへんのことは『angels』にちらっと書いたのだけれど、恩田さんに聞いたら彼女の卒業した高校にもこういう行事があって、その体験に基づいているのだそうだ。案外特殊な話でもないらしい、と知るとちょっとうらやましくなる。篠田の卒業した都立高校には、そんなものはありませんでしたから。

2004.08.16

 イベントの後はいつもいただいたお手紙の返事書きが一番の仕事。昨日今日でペーパーがはけてしまった後に来られた方へのと、講談社経由で申し込まれた方の分、合わせて20通ほどを発送する。その合間に買ってきた本を読む。指輪本とか。
 今年の五月のイベントで見つけた、「ナポレオン・ソロ」本を作っている人の所にもいって、売られている本を根こそぎ買ってきた。再放送を見てファンになった方らしいが、篠田は1965年当時に見ていたわけです、テレビでやってるやつを。小学生でしたが、ロシアから来たスパイ、イリヤ・クリヤキンに惚れて、黒いハイネックのセーターを買ってもらい、シャープペンシルを片手に「アンクルごっこ」をしておりました。そりゃなにかって?  アンクルというのは主人公の所属していた正義の国際諜報組織でありまして、シャーペン型の通信機で連絡を取り合っておったのよ。イリヤはデビット・マッカラム、吹き替え野沢那智、相棒のナポレオン・ソロはロバート・ボーン、声優はあれ、名前ど忘れ。黒髪と金髪、プレイボーイタイプとクールでミステリアス、という二人組が妙にぐっと来た、あの感覚はいまだジュネなんてものがこの世に存在していなかったにもかかわらず、篠田の琴線に触れたのでした。三つ子の魂百までも、かいな。それにしても40年近く経って、思い出そうとすればテレビの中のシーンやせりふ回しがありありとよみがえるって、子供の時の記憶力はすごいね。

 明日明後日と、夏休みにお出かけするので日記の更新はお休み。次回は19日になります。

2004.08.15

 さて、コミケもどうにか無事終了。いつもは無料配布のペーパーは秋月杏子さんの本を買われる人に、なにもいわずにお渡ししていたのだが、今回新しい試みとして「声を掛けて下さい」をやってみた。枚数的には以前は100枚プラス不足分が20枚くらい。今回は60枚プラス不足分が10枚というところ。2週間ほどこの欄に広告しただけで、70名の方がそれを読んで有明のスペースまで来て下さったことになる。篠田としては「こんなにたくさん」と、とても嬉しかった。冬コミに参加できるようなら、またこのパターンで企画を立てて皆さんとお会いしたいものだ。
 今回は吉田直さんのことに触れられる方が何人かいらして、しばらくトリ・ブラ話に花が咲いた。ファン同士であれば、誰が好き、どこがいい、といった話で盛り上がるのはもちろんだけれど、いまは悲しみを共有することでせめて鎮魂の思いを確認する、という気持ちの方が強い。この二週間ばかりでトリ・ブラを再読し、思うところはいろいろだけれど、それをここで書くことはしない。だが私はたとえ完結することはなくとも、この物語を一生大切に記憶していたいと思う。そして出版社が、マンガやアニメとメディアミックス展開まで企画していたトリ・ブラを今後どういう形で処理していくのか、それを注目したいと思う。
 今月末に出る祥伝社文庫『龍の黙示録』の文庫版あとがきは、吉田直さんに捧げる篠田からの弔辞となった。何度繰り返して嘆いても、どうなるものではないけれど、せめてこの先もうしばらくは、ことば少なに喪失の悲嘆を噛みしめていよう。

 差し入れいただいて一番嬉しいのは手紙です。実のところ篠田は辛党なので、お菓子はいただいてもなかなかなくならないし、日本茶紅茶コーヒーなども、いただきものが飲みきれないくらいなので、毎度もてあましてしまいます。貧乏性だから「古くなる」と心配するのもプレッシャーという感じで。ですからお顔を見せて下さい。声を聞かせて下さい。作品の感想を手紙にして下さい。それが一番のプレゼントです。
 それからサインは篠田の本をお持ち下されば喜んでいたします。秋月さんの同人本は私の作品とはいえないので、そこへのサインはお断りしています。なにとぞご理解いただきたいと思います。著書が重いということなら、色紙でも書きますけど、字が下手なもんですから。物書きの魂は本の中にこもっております。ここにあるのはただの抜け殻です、といったのは故山本夏彦翁。同感でございます。抜け殻でも見たい、といって下さるもので、毎度機会があればしゃしゃり出てますけど。

2004.08.12

 ジャーロの最終回にちびちび手を入れている。本にするときには相当手を入れないとダメだなあ、とちょっとため息。明日は残業する予定なので日記はお休み。明後日はコミケなのでこの日もお休み。
 なお、8/14は東京湾大花火大会があるので、ぐずぐずしていると有明周辺の駅が混んで大変なことになってしまう。そんなわけで2時ごろには帰り支度を始めてしまうと思うので、篠田を訪ねて下さる方は申し訳ないが早めにお出でください。お会いできるのを楽しみにしております。

2004.08.11

 昨日は京橋まで映画の試写会に行ったのだが、所要時間を読み違えて5分遅刻したら入れて貰えなかった。彼女の舞台に遅刻したスパイダーマンみたい。って、別に人助けしていたわけじゃないけど。すごすご戻ってINAXで本を買って、カフェで時間つぶし。その後連れ合いと合流してビヤホールのはしご。ホーフブロイハウスの白ビールというのは、少し酸味があってフルーティで美味である。しかし日本風のすっきりした生ビールに、玉葱たくさんの串カツ、ソースがけ、なんていうメニュも、これはこれでよろしい。しかし篠田が好きだった国際フォーラムのカフェと本屋がなくなっていてびっくり。なんか好きな店ほどつぶれるような気が。
 今日はジャーロのゲラを最後まで見終えて、書いてあった続きに三分の一ほど目を通し、後はジム。少しランニングマシンの速度を上げたが、身体が重くて調子はいまいち。週末はコミケだっていうのに、こんなことじゃあきませんなあ。

2004.08.09

 10/9に京都の大学で講演、みたいなものをしなくてはならないというわけで、日帰りくらい出来ないわけではないのだが、せっかくだから泊まってこよう、次回建築探偵もオープニングは京都からの予定だし、ならば宿を取らなくてはならないのだが、さすがに10月の週末、それも連休がらみとなるとシングルの部屋なんか取れやしない。数日前まではオークラが取れるようだったので、じゃあ今度、とか思っていたら、今日はもういけない。あっちこっちとサイト上を見て歩いて、いい加減面倒でイヤになって見つかったところで決めてしまう。
 これでずいぶん時間がかかってしまい、その後脚はのぞみかひかりか、なんてやっていたらきりがないので、今日はここまでにして駅前まで買い物と郵便局。戻ってエアロバイクを一時間。昼食。温泉の素は買ったけど、今日はそれほど暇でもないな、というのでまたいずれの楽しみに。のんびり暮らすのに慣れてしまうと、ぼっとしているうちにどんどん時間が過ぎてしまっていかんですよ。ハードディスクの不要なファイルをフロッピーにコピーして消して、というような古めかしい作業を昨日から継続していて(なにせ篠田の物書きマシンは未だに窓95だ、ネット用は違うけど)、それが一段落したところでジャーロのゲラが来たので見始める。今週の金曜日までにこれを終わらせて、週末はコミケで、来週の17と18は夏休みだから、その後になったらそろそろ「龍」の新作を書き始めようかな。
 次回はね、セバスティアーノが視点人物です。で、龍が彼をいじめるのだ。楽しそうに、ねちねちと。なんか彼って、みんなにどつき回される形で愛されてしまう役、という気がするんだわ。自分ではかわいげのかけらもないと思っているんだけど、実はけっこう一途でそこが面白いっていうか。外見は正反対だけど、人間関係的には栗山深春的な苦労人でありましょう。

 明日は久しぶりに東京に出てくるので、日記はお休み。飲むぞ、冷え冷えの生ビール。

2004.08.08

 埃の散った仕事場の床を眺めていたら、猛然と掃除がしたくなってきてしまい、いつもは掃除機とクイックルで済ませているのを、ぞうきん片手に床を這い回ってしまう。気分的にはそんなにすごく暑くはないのだが、そうやって床を拭いて回っていると、汗がぼたぼた落ちてくる。篠田は汗っかきだ。子供の頃はそれがわずらわしかったが、この歳になると汗が掻けないのは夏は特に辛いらしいとわかったので、心おきなく汗を掻く。12畳ばかりのリビングと、小さな台所と廊下の床を拭き終えて、それからエアロバイク一時間。しっかり汗にまみれたところでゆっくり昼風呂に入る。読書は山本夏彦の『変痴気論』。読了してから未読棚を見聞して、森雅裕の『マン島物語』を開く。どちらも作者がヘソマガリ、という印象がありますな(印象です、あくまでも。個人的に存じ上げているわけではない)。
 今年の夏がこんなに暇になるなら、去年考えたように東北に湯治にでも行けば良かったようなものだが、自分の仕事場で好きなようにだらだらする、というのが気楽でいいのかも知れない。そうか。明日は「温泉の素」でも買ってくるかな。

2004.08.07

 『空の境界』は結局篠田には乗れない作品だった。ヒロインにまったくリアリティを感じられない。彼女に恋する少年の方はリアルなんだけどね。解説としてつけられている笠井潔さんの「伝奇小説論」は大変面白く読んだ。80年代の伝奇ブームを終息させたのが昭和天皇の病没(崩御ということばは知っているけど使わない)だ、という指摘には「なるほど」という感じがした。ただ、「反天皇」「偽史」という論旨から抜け落ちた作品、いまも書き続けられている菊地秀行や夢枕獏の伝奇アクションなんかは、どうなんだろうという疑問が残る。それから半村良でも篠田が大好きな『石の血脈』なんていう西洋種の伝奇には、「天皇」はあんまり関係ないわけで。そして昭和天皇という「反カリスマ」が逝った後も、「天皇制」は東京のど真ん中にでんと居座っているわけで。さらに「新伝奇ブーム再来あれかし」という結論は良いとして、『空の境界』がそれに当たる作品だ、といわれても私には「よく判りません」。感性が古い、といわれればそれまでだけど、これからも篠田は篠田なりの伝奇小説を『龍』のシリーズで書き続けていくでしょう。あんまり天皇制とは関係なく。それに一番接近したのが今回の建築探偵『失楽の街』だけど、まあ、それについてはあれがせいいっぱい。

2004.08.06

 光文社文庫刊行愛川晶『巫女の館の密室』に解説を書きました。講談社の雑誌『メフィスト』夏号に「桜井京介館を行く」山形編が掲載されています。今回は素材が面白かったので、わりと自信作です。
 9月に出る『美貌の帳』の、西澤保彦さんが執筆してくれた解説を読む。「ああ、私ってこういうことを書いていたのか」と思った。変? いや、小説家ってそんなに難しいことは考えていないもんですよ(俺だけかいッ)。
 ベストセラーになっている『空の境界』を読む。正直言ってあんまり面白いとは思えない。わりと忍耐、という感じの読書。こういう小説が受けるなら、やはり篠田はもう時代遅れなのねえ〜。でも、いくら受けるからって「妹の兄萌え」とか、書きたいとは思えないですもん。しっかし最近の人、近親ラブが好きだねえ。

 数日前に書いた「手紙の書き方」に補足。封に〆ではなくシール、は問題ないと思います。例えば目上の人にかしこまった礼状を書くのに、ファンシーなシールを貼ったらあかんでしょうが、ファンレターにそこまで改まる必要はなかろうと。ただ、何にも無しと言う人がかなりいるので、それはあんまり良くないと思う。それから、糊を頑丈につけすぎて、便箋まで張り付いているようなケースもときどき。そのへんだけはご注意下さい。ハサミで切るとときには中身まで切れてしまうので、ペーパーナイフが安全なんだけど、そのときは少し隙間がないと使えないわけです。通販の時とか特に、まとめた数をいちどに開封する必要があるので、そういうちょっとした心遣いが有り難い、というのはあります。

2004.08.05

 今日は夏休み。講談社ノベルス新刊4冊イッキ読み。
『QED 鎌倉の闇』 これ一冊持って鎌倉散歩に出かけたい。タタルさんの蘊蓄がひたすら炸裂する。マジで、ガイドブックとして作ればいいと思う。事件抜きで。
『宙』 新宿少年探偵団シリーズ完結編。宿少ってSFだったんだなあと、いまさらのように思った。太田さんらしいやさしく感傷的な結末。
『キマイラの新しい城』 殊能将之久々の新作は、才人が読者を茶にしたような脱ミステリ。しかし舞台になっている城がどう見ても13世紀の城には見えない。巨大な塔の内壁に描かれた壁画が、いまも色が残っているなら当然フレスコ画だろうけど、粉々に打ち砕かれたものを復元するのは不可能だと思う。もちろん作者はそんなの、百も承知でやっているんだろうけど。
『冷たい校舎の時は止まる』 三分冊完結編。一冊にしたら厚すぎるから、ということらしいのだが、一月経つとキャラの名前や個性が記憶から薄れてしまって、話に入り込めない。いまから読む人はまとめて通読をお勧めする。デビュー作にしてこれだけの長編を書ききった作者の筆力は否定しようもないが、やっぱりちょっと長すぎるんでは、という気はする。閉鎖世界の法則とか、約束事がいまいち読者に伝わらないことも、せっかくの感動を薄めている感じ。

 いまごろになって通販の小為替が届いたのだが、どんな事情があったのかどうか、手紙もなにもなくて想像のしようもない。これはこのまま返却することにする。やはりもう通販は止めましょう。気分悪い。

2004.08.04

 今朝空を見たら見事な鱗雲だった。関東は台風が去った後からクリアな晴天が続いて、湿度は低め。中国、四国地方の方には申し訳ないが、さわやかな夏である。

 『美貌の帳』のゲラ読みに集中する。今読むと、高校生になった蒼の悩みっぷりが不思議なくらい初々しい。最近の蒼『Ave Maria』あたりの彼はもっとずっとしっかりしてる感じなので、しゃべり方はあんまり変化はないが、心の方はちゃんと変化しているよな、といまさらのように思う。『未明の家』の蒼の方がわりと大人っぽく安定して見える、つまり『美貌』では成長より一時的に退化してるみたいっていうのは、やはり高校に行くという経験が蒼に変化をうながした結果だろうな、とは思うのだけれど。
 今回いただいたお手紙の中に、「桜井京介の二十代前半の話も読みたい」というおことばがあった。考えてみると回想でちらりと出た高校時代、短編は浪人時代、『灰色の砦』『原罪の庭』は二十歳前後というわけで、その後『未明の家』でシリーズが開幕するまでの間というのがブランクになっている。うーん、別にわざとしたことではないんで、「大学院生の探偵役」という設定があって書き出しちゃった結果なわけだけど。
 京介が学部にいたころというと、蒼は神代さんちにいて、深春は休学とかしながら海外と日本の行ったり来たりしていたんだろう。と、そのへんは予想の範囲だけど、考えてみると京介はいつ神代さんちから下宿に移ったのかな。やっぱり神代さんが在外研究で一年イタリアに出たとき、蒼が一人暮らしをしたいといったときに、京介も西片町の家を出たんだろうか。そうするとその時期一番変化しただろうと考えられるのは、やっぱり蒼ですよね。「ブルー・ハート、ブルー・スカイ」の時代から、『未明の家』の時代へ。たとえそれがかりそめの安定だったとしても、他人とろくに話せなかった子供が、大学で雑用をこなせるくらいには社会化出来たわけだから。
 大人三人組はそんなに変化はないとしても、蒼がそうやって変わっていけば、当然彼らの心境とか、蒼を軸にした関係性にも色合いの変化は訪れたはず。そうすると、それってやっぱ「二十代前半の京介の話」というより「十代前半の蒼の話」になってしまうよね。なにかそういう時代にふさわしい物語のネタがあれば、書いても良いけど、「蒼の番外編は終わり」っていっちゃったからなあ。どうしようか?
 いよいよ第三部、なんていっといてまた過去の話を書いたりすると、「往生際の悪いシリーズの延命策だ」とか思われないかなあ。別に、いいけどね。なにかいわれても、無視すれば良いんだし。

2004.08.03

 ペーパーを完成させて、サイン会に来て下さった方たちへも含めて発送を終えた。しかしあわてて差出人の、つまり篠田の名前を書き忘れた人がいた気がする。ケアレスミスです、ごめんなさい。
 残っているゲラのチェックは明日することにして、後はのんびり。差し入れにいただいた挽いてあるコーヒーは、水に入れて水出しコーヒーにする。たっぷりの水に2時間くらいつけて置いてペーパーフィルターで漉す。これが一番簡単なコーヒーのいれかた。申し訳ないけど挽いておいてあるコーヒーは、お湯を落としてもふくらまない場合が多いので、水出しに回します。
 夕方、例によってバッハのブレンドをいれる。自宅に置いてあったフィリップのミルを仕事場に持ってきた。スタバで買ったミルは、どうも挽きむらが出るのだ。しかしちょっと細かすぎた。同じ豆を使い、同じミルを使い、一度に使う豆の量と挽く時間を決め、湯の温度を幻覚に計り、というふうにしていけば、豆の鮮度が落ちていくのは仕方ないとして、コンスタントに美味しいコーヒーがいれられる手加減が見えてくるのではないかと。まっ、なにごとも修練です。
 このところトリニティ・ブラッドのシリーズを再読している。明日当たりから『ガダラの豚』を読み返そうかと思う。小説家の魂は作品にこそあるはずだから、せめて追悼の気持ちを込めて作品世界を繰り返し訪ねたい。

2004.08.02

 同人本の感想手紙に対する返事ペーパーを作製、封筒の宛名書き、郵便局で切手を買って、コピー取って、戻って、封筒に入れて、それぞれメモ添えて、切手張って。それが終わったら今度はイベント配布用の掌編を書き上げて、それで今日はおしまいで、辛うじてエアロバイクを漕ぐ時間が残った。
 夕方つれあいが来たのでバッハのコーヒーをいれる。どうも冷凍庫から出した豆だとふくらみが良くない気がして、100グラムだけは室温で瓶に入れてある。今日は良い感じにふくれたけど、ミルのせいで挽きが細かくなりすぎたみたいで、少し濁る。なかなか理想のコーヒーへの道は厳しい。しかしバッハのコーヒーは味はすっきりしているのに、飲むと効く気がする。篠田の場合たいていコーヒーは、しゃっきりしたいときに飲むので、これが紅茶や中国茶だと、「さあ仕事だ」という気分にならないから困るのでありますよ。
 サイン会でいただいたものが宅急便で届いたので、さっそくお手紙を拝読する。明日は手紙をいただいた方を含めてお返事ペーパーを作り上げて送付の予定。結局今回のコピー刊行物は三種類、同人本用と、一般お返事用と、イベント配布用です。送られてきていないものを欲しい場合は、いずれも80円切手と宛名カードを講談社へ。同人本用はご購入の方への送付物ですが、タイミングによっては届かない場合もあり得るので、その場合はすみませんが切手つきで請求して下さい。

2004.08.01
 昨日のサイン会には多数のご来場有り難うございました。ああいうときはいつも、時間が余ったらイヤだなと思うのだが、幸い1時間の予定一杯お客様がいて下さった。しかしサイン会もこれまで何度もやっているのだが、へたくそな字を少しでも見苦しくなく書こうとするのにいっぱいいっぱいで、気持ちの余裕がなくて、並んで下さる方にちゃんと対応できていたか自分でもはなはだ心許ない。差し入れやお手紙もいただいたのだが、持って帰れる量ではなかったので、宅急便を頼んだら今日はまだ届かず。と言うわけでせっかくのお便りもまだ読めていない。ごめんなさい。
 それから休日にわざわざ来てくれた各社担当様、講談社様、東京創元社様、徳間書店様、光文社様、ご足労をお掛けいたしました。仕事のご依頼は喜んで受けさせて頂きますので、ウェルカムです。

 今日はやはりいささか疲労残り。ジャーロの最終回を少し直してプリントアウト。〆切ははるか先のことだから、しばし時間を置いて読み直すことにする。ここのところいただいた手紙に返事を書かないで貯めておいたので、それに対する返事用ペーパーの作製を開始する。一応9月中までにいただいたお便りには、これを返事としてお送りさせてもらうつもりだ。だから少し前に手紙を下さって、篠田から返事葉書などを受け取った方には、このペーパーは行かないことになる。
 申し訳ないのだけど、そういうことになってしまうので、そのペーパーも欲しい、という人は宛名カードと80円切手を封書に入れ、ペーパー希望とか残暑お見舞いとか、なにか書いて講談社宛送って下さい。なにもなし、無愛想に切手とカードだけ、というのは感じが悪いから止めてね。なんか最近ほんとにみんな手紙の書き方を知らなくて、それは若い人だけじゃないので、そのうち「手紙の書き方講座」でもサイト上に載せたいくらいです。封筒の口はセロテープで貼らない(セロテープで貼らないと収まらないほど大量の便箋は、手紙としては望ましくない)、のり付けしたら「〆」を書く、両隅に少しだけ隙間を残す(開くとき開けやすいから)とかいったことは、お勤めするときも役に立ちます。ワープロ打ちは全然かまわないけど、サインは肉筆で。鉛筆書きは基本的に避ける(照明で光って読みづらいのです)などなど。それくらい教えろよ、中学かどっかで。
 それから8/14はやっぱり有明で売り子をするので、そこへ篠田を訪ねてきてくれる人になにもないと悪いから、「特別番外編劇場」A5で4頁の掌編、を無料配布することにしました。ペーパーではないので、秋月さんの本を買われる人に無条件にお渡しするのではなく、「下さい」といってくれた方にだけお渡しします。これもコミケ以後、欲しい方は80円切手プラス宛名カードでお送りします。お配りすればするだけ赤字になるので、あんまり大々的には宣伝しませんが、まあ、お中元がわりってことで、よろしく。