←2002

2002.11.30

 今日もひたすら仕事.だが緊張感が長続きしないで、あんまり進みは速くない.でも、せいぜい100枚だから12月の第一週で終える.絶対終えるぞ.それで読者の手紙に返事を書くんだ.

 途中で読んだ本.『昭和恋々』山本夏彦・久世光彦著 世の中の変わり様はどんどん速くなっている、ということをいまさらのように痛感する.良くも悪くもとどめようのないことだけど、篠田は小説書きなので、少し昔の人は少し昔の人らしく書きたいと思う.神代宗は1945年の生まれだから教育としては戦後教育だけど、風俗的には昭和三十年代までは戦前が残っていた、と山本夏彦氏はいう.
 この本を読みながら、きっと神代さんも子供のときは夏は家に戻って庭先で行水をしたろうし、休みのときは養父母に連れられて上野のデパートや浅草に出かけたんだろうなあ、なんぞと思ってしまった.

 明日明後日外出.日記は12/2あたりになります.

2002.11.29

 今日は仕事場から一歩も出ずに仕事.聖徳太子編の後編は話は全部出来ているのだが、だからといって流れるように書けるというものではない.出来ているのはプロットなので、それを語ることばはその場その場で書いて行かなくてはならない.
 昨日講談社から回送された手紙で透子のファンであるという方がいた.今回最後の所は透子抜きでやろうかと思ったのだが、せっかくのお便りなので彼女も出すことにした.いままで篠田が書いてきた女性キャラで、反響が大きいのは圧倒的に建築探偵の朱鷺姉さんだが、透子もなかなか人気がある.彼女には篠田の本音がかなり入っているので、嬉しい気持ちがする.いっとくが朱鷺は私じゃないよ.
 なんとか龍を12月の第一週で書き上げたいので、お便り下さった方、お返事は少しお待ち下さい.特に奈良県の透子ファンさん、ありがとう&ちょっと待っててね.

 光原百合さんは建築探偵の神代ファン.東京創元社K君のそそのかしで、神代主役の番外編を書いてねという話があるんよというと、ぜひ読みたいと言ってくださる.物書きはよろずおだてに弱い.しかし10年過ぎてまだまだ書きたい物、書きたい物語が湧いてくるというのはありがたいものだ.たぶん先に体力が尽きるであろう.

 読んだ本の話.先頃亡くなった山本夏彦さんの著作をまとめて読んでいる.エッセイストで編集者で偏屈なおじいさんだった.きっと亡くなって少しすれば書店から消えるだろうから、ゲットするのはいまのうちだと思ってね.
 家に電話とテレビがあるのが当たり前だと思っているあなたたち、パソコンのキーボードがお友達で、携帯電話が手放せない若い皆さん.ほんの数十年前までの日本のことが知りたくなったら山本夏彦さんのエッセイを読もう.近所のおじいちゃんに説教されてるような気分が味わえる.え、説教なんかされたくないって?  心配はいらない.本のおじいちゃんは聞き飽きたらすぐ止めてくれるんだから.

2002.11.28

 読者には興味があるかも知れないので、小説を書く以外の物書きの仕事のことをちょっと書こう.原稿は篠田の場合ほとんどメール送稿.ただしルビの指定が必要なものはプリントアウトも送る.その後でゲラというものが出る.印刷所でページのかたちに組んだものに、校閲者が漢字の疑問、言葉遣いの不的確、内容の齟齬といったことをチェックして著者に回す.著者はそれを見て、訂正するところもあればつっぱねるところもある.この作業を著者校という.
 今日は祥伝社の担当がゲラを持ってきてくれた.ほとんどは郵送のやりとりだが、お互い時間のあるときは顔を合わせて、次の仕事の話をしたり雑談をしたりしてコミュニケーションを図る.そうでなくとも書き手は家にこもりがちだから、業界のニュースもありがたい.
 今日は暮れも近づいてきたので、ゲラは預からずにその場で見た.そうなると同然読み返しはできず、校閲のチェックが入っているところだけ判断していくようになる.ワープロの変換ミスやタイプミスが多いので、そのへんは迷うことなく指示に従う.今回はなかったが、文法的に日本語として正しくない場合でも、意識的にここはこれで行くというときはママとする.「感を立てる」と書いたところにチェックが入り、これは字が違うだろうなと思ったが、さてこの「かん」がどの字かとっさにわからない.
 「ほら、ヒステリーとかそういう感じの」などといいながら広辞苑や漢和辞典を引き、ここはやまいだれに間の「かん」だろうということになるが、漢和辞典だと間のまんなかが「日」ではなく「月」だ.たぶん「月」が正字だろう、ということになる.日本語というのはいろいろやっかいだ.それにしても校閲さんの仕事に慣れてしまうと、チェックしないままの同人本のミスの多いこと.ああ、恥ずかしい.

2002.11.27

 午前中は上野の国立博物館へインド・マトゥラとパキスタン・ガンダーラの仏像を見に.ガンダーラは東西折衷である.人間の文化には折衷の欲望が、純化の欲望以上に強く普遍的に存在するものと改めて感ずる.
 午後から江戸川アパートメントに.いよいよ取り壊しの近づいた建築を見るだけでなく、ここに生まれた建築家の方で立て替えや一部保存の運動に関わってきた建築家の方のお話を聞く.非常に興味深い.しかしミステリに使うには、そのままというわけにはいかないだろうなあ.何せミステリ作家はろくなことは考えない.いつも、どうすれば人が殺せるか考えている.

2002.11.26

 篠田が文句を言ったのに懲りたのか、角川ビーンズの担当はイラストの位置から構図からいちいちお伺いを立ててくる.彼女なりの誠実なのだろうとそのいちいちに対応していたが、「いちいち聞くのは自分で責任を取りたくないからです」と山本夏彦氏が言っていたので、「そこまで見るのは作家の職分じゃない」と返事をする.そうするとすぐに謝る.素直なのはいいことでしょう、たぶん.こちらが疲労するだけだ.

 朝、残りの本を発送.銀行で印刷代を下ろして支払い.後払いというのは少ないそうだ.なにも知らないものでいちいち新鮮.今度作ればもう少しきれいに作れるだろうな、などと思ったりして、危ない危ない.

 メフィストの新連載「桜井京介館を行く」のイラストをFAXしてもらう.とてもいい感じなので嬉しい.吹き抜け三階分の本棚を描いてくれたゆきるちゃん、心から感謝します.篠田は基本的に「この人でやってもらう」と決めたらまかせる主義.その結果自分の意に満たぬものができてしまっても、それは自分の責任の範囲ではいたしかたないと考えることにしている.
 そもそもこっちは絵に関しては素人だ.編集者は絵も小説も素人でも、読者の立場で物を言う、物を言えるのが職分のはず.ただのメッセンジャーは編集者とはいわない.責任は取れなくても、取る意気込みくらい持ってもらいたい.

 やっと龍の聖徳太子編続きを書き出す.このペースなら12月の前半には上がるはずだか、明日は同潤会アパート見学につき仕事は休み.うーむ.がんばらなくては.

2002.11.25

 朝から雨.驚いたことに金沢印刷に頼んだ本がもう出来ていた.昨日はずっといたのになぜかダンボールは一階のロッカーに入っていて、それを担ぎ上げるだけで汗まみれ.今日は友人や編集者にそれを送る作業で一日経ってしまった.おい、まずいよ.
 ともかく通販の詳細については、「建築探偵告知板」にアップいたしました.たくさんのご注文をお待ちします.

2002.11.24

 四谷まで外出の予定はあったのたが、天気が悪い上疲れがたまって腰が上がらない.結局仕事場で沈没したまま、ひたすら未読本を片づける.「見仏記4」「吉敷竹史の肖像」「犯人」「「室内」40年」体調が悪いと波長の合わない本は読めない.ああ、歳だなあ.

2002.11.23

 大森の蕎麦屋に行く.戦前の司法書士事務所の建物を利用した店.天井が高い.店の雰囲気もそばの味も大変結構でした.
 電車で上野、公園口から歩いて、黒田清輝記念館が入れるようになっているので、中を見学.有名な「湖畔」など展示されている.安藤忠雄リニューアルの子ども図書館は祭日につき休み.
 歩いて谷中を抜け、立原道造記念館へ.彼は東大工学部に学んだ建築家だった.書簡などおもしろい.彼が自分のためにデザインしたヒヤシンス・ハウスに惹かれる.なにか使えるだろうか.
 本郷三丁目まで歩いて地下鉄大江戸線で小笠原邸へ.もとの荒廃ぶりを知っている身としてはまぶしいほど美しく修復されていたが、しかしカフェに入るだけではほんのとば口までしか入れず、門前払い同然.ただの見物人ばかりが押し寄せてはしょうがないのだろうが、いささか索然たるものがある.
  新宿に出たが休日の人出にげんなりして帰宅.

2002.11.22

 東京創元社のK君来る.基本的には来年創刊の雑誌に寄稿する短編と、その後の企画の話.
 篠田はここでデビューさせてもらったが、二冊刊行の後は完全にご縁が切れていた.というか、事情を正確に記しておくなら、講談社で『ドラキュラ公』を出してもらった後、デビュー作『琥珀の城の殺人』の後を出来るだけ早く出しましょうというので、勤めをしながら必死こいて書き、一年以上預けてあった原稿を出してもらえるという話に急遽なり、その後はなんの依頼もいただかぬまま他社に活動の舞台を移した結果となったのである.別段きっぱりとした決意のもとにたもとを分かったわけではない.幸い他社の仕事が次々ともらえたために、依頼のない東京創元社では書かなくなった、ということだ.
 しかしK君は彼が学生時代からの知り合いで、会えばミステリに限らず古今の小説についてしゃべる相手だった.その相手が編集者になり、篠田の作品を評価してくれ、ぜひ仕事を依頼したいといわれれば、こちらに否やはない.小説書きというのは基本的に、編集者との関わりの中で成立する仕事だ.原稿料が千円高くとも、虫の好かない編集者とは意地でも仕事するものか、というところがある.一般論ではないが.逆にその編集者を信頼したくなれば、無理をしても書かせてもらおう、ということになる.
 というわけで、来年はとっても無理が重なる.50歳といえば天命を知る歳.無理が重なってひっくり返るのもまた致し方あるまい.ただしこれは実はK君に対する牽制である(笑).ま、どうにかなるさ.

2002.11.21

 午後に活字倶楽部のインタビューがあるというので、落ち着かないまま仕事はしないで一日過ぎる.仕事をするとどうしても部屋が散らかるからだ.

 高野史緒『アイオーン』、異端カタリ派が正統信仰だったらという着想の架空歴史物.しかし読者に対して、カタリ派というのがどういうものか知らせる努力をまったくといっていいほどしていないので、逆転の発想がまったくぴんと来ない結果になった.先日読んだ平野啓一郎『葬送』で、ショパンとドラクロアになんの解説もなかったのと同じようなものである.ただし、小説において題材に関する知識を過不足なく、さりげなく読者に与えるというのは、決してたやすいことではない.
 藤本ひとみ『マリー・アントアネットの遺言』はさすがにベテランというか、そのへんのテクニックにはなんの問題もない.篠田はこの人の作品のファンとは決していえないのだが、これはまとまりも良く、登場人物たちも妥当性とリアリティを備えて、良い小説だと思った.もっともそれは篠田に、カタリ派よりフランス革命の知識が豊富にあった結果だった、という可能性も無いとは言えない.ことほどさように、この問題は難しいのである.

 明日はまた編集者になった友人が来ることになっているし、その次は一日予定がある.すぐもう12月だ.やばいなあ.

2002.11.20

 一度頭が仕事から離れてしまうと、引き戻すのが大変だ.岡野玲子がファンタジーの古典を漫画化した『コーリング』を読んだら、原作を読み返したくなって黄ばんだ文庫本を引っ張り出してしまう.かなり忠実な漫画化だと思っていたが、比べてみると随所に岡野の解釈が活かされていて興味深い.この物語のヒロインは非常に誇り高い自立した女性で、女性嫌悪を覚える必要のないところも嬉しいのだ.

 午後からやっと「龍」の続きを書くべく、聖徳太子編前の二回分を読み返す.思ったより面白く書けているではないか、と自画自賛.しかし頭の中で考えれば考えるほど、イスラムの話は出てこない.ムハンマドというのはまったく英雄的でも悲劇的でもない人物で、そこがある意味面白いことは面白いのだが、「龍」の世界とはいまいち合わない感じがする.
 前に顔が見えない、とこぼした覚えがあるが、一応当時からの口伝として、ムハンマドの容貌などが伝わっていることがわかった.どこまで事実かはわからないが、アラブ人といってもあまりぎすぎすしたりがつがつしたりというタイプではなく、おっとりした感じだったらしい.若くして孤児となった不幸はあっても、年上の事業家の妻に大事にされて、心ゆくまで瞑想したりすることができた.動作は優雅で趣味は質素、云々.
 はあ.たぶん彼は直接は出てこないと思う.その程度の予想しか立っていない.

2002.11.19

 午後メフィストの担当編集者が来てゲラを渡す.ゲラの受け渡しだけなら郵送でも間に合うのだが、まだこうしてお互いの顔を見て、話をすることに意味がある程度にはこの仕事は人間的である.しかし来年の予定をそろそろ、といわれて胸のあたりがひやりとした.そう、いろいろと詰まっているのである.『アベラシオン』に「次号完結と入れましょう」ということになって、なにがなんでも終わらせなくてはならなくなった.

 美輪明宏様の友の会に入っているので、来春の「黒蜥蜴」の予約案内が来た.今度で最後になるかもしれないというので、やはりこれは必見であります.美輪様の女賊の美しさは昔深作監督が撮った映画があるが、シナリオがいまいち.三島由紀夫の美麗なせりふは映画にはそぐわないし、またやたらな役者ではしゃべれない.以前に玉三郎がやったのを見たが、これもなんだか変だった.
 玉三郎はやはり歌舞伎で輝く.テレビで見たのだが、「妹背山」のお三輪が狂気に走る一瞬の美しさはいまも目に焼き付いている.「黒蜥蜴」がなぜ駄目だったか、というのは細かな記憶がないのだが、やはりせりふ回しがどこか違和感を覚えたのと、演出が珍妙だったのと、脇役が全然長ぜりふをいえなかったのと、だと思った.

 ところで美輪様は「霊能者」だという.篠田は基本的に「霊界」のようなものはないと思っている.ただし、物理学的に検証されないものを「見てしまう」体質の人間がいることは否定しないし、そうした人が見たものの根拠を「霊」に求めるのは、認識のひとつの方途としてありだと思う.そうした受け皿のない社会、神か悪魔かという話にただちになってしまうキリスト教の強いような社会では、「見える」人は自らの体験の整理のしようがなくて、精神病になってしまう場合が多々あると聞いた.
 なるほどなあ、と思う.仏像やマリア像をカフェ・レストランの装飾にしてしまう現代日本の無節操さに、「いいのかなー」と首をひねりもしたが、どんな宗教にせよ原理主義がまかり通って人を縛るような社会よりは、いっそいいかも知れない.ただ、海外旅行をして向こうの教会なりモスクなりで、それをカフェ・レストランだと勘違いするようなことだけはしないでいられれば.

2002.11.18

 土日と人の多いところへ出かけたので、いささか疲れ残り.本を読むにもつい軽そうなものに手が行って、伊勢英子『グレイのしっぽ』を読む.しかしこれは著者の家のハスキー犬グレイが病気で5歳の若さで死ぬノンフィクションなので、目がしぼしぼしてしまう.篠田は本の中でなら人間が何百人死のうとわりと平気だが、動物が苦しんだり死んだりするのはフィクションでも駄目である.泣けてしまうのだ.
 今の住所に越す前はぼろぼろの借家にいたので、かなり長いこと猫を飼っていた.最初の猫はシナモンという男猫でたった一年半で失踪.その後もらったのが兄妹の猫で、男がシャム猫の父の血をそのまま表したスマートな黒猫、女がくっきりときれいな黒縞にグリーンアイだった.アラビア語で夜の意味のライルと名付けた男猫は、喧嘩だらけのぼろぼろになって、それでも七年生きて消えずにうちで死んだ.スペイン語で女の子の意味のムチャチャという名の女猫はなんと十四年も生きて、ひっこしの一年前にやはり看取った.
 動物は好きだし、犬もいいねなどという会話はしょっちゅうしているが、いざとなるとなかなか踏み切れないのは、動物と暮らすことの楽しさと同時に大変さもたっぷりと味わってきたからだ.それでもやっぱり、欲しいなあ.

2002.11.17

 今日は一日プライヴェートでした.

2002.11.16

 鮎川哲也先生のお別れ会が鎌倉で開かれ、それに参加する.お土産袋の中身は先生の本棚にあった旧著さまざま、プラス先生がテレビから録画したさまざまな番組のビデオ、先生の愛唱歌を集めたCD、さらに鮎川先生の名前入りの原稿用紙.鮎川宝袋という感じでありました.

2002.11.15

 誕生日である.原書房の「本格ミステリ2003」に近況を書き送る.ベスト10は前から辞退させてもらっている.
 半沢氏の手伝いに小川町の伝統工芸館へ.帰りは八高線で戻るが、あっぱれ電車がない.戻ってから『アベラシオン』のゲラを最後まで見る.さあ、いよいよ『龍』聖徳太子編を終わらせなくては.今はこのシリーズが一番ノリがいい.

 ここでほとんどの人には関係ない話.篠田が日記に書いた話題に、その関係者と目される人が不快感を覚えているらしいという噂が耳に飛び込んできた.直接いわれれば弁明もするが、噂なだけに始末が悪い.しかも自分の日記の当該箇所を読み返してみたが、どうしてもその人が怒っているようには読めないのだ.本当に傷つけられたと思うなら、直にメールを下さい.関係者でもない私の友人にとばっちりを食わせるようなことをしないでください.そんなことをすればするほど、私はあなたを尊重することができなくなります.
 これについてはいくらでも書きたいことがあるが、どうかすると妙な野次馬を喜ばせ兼ねないので止める.とにかく、篠田は直接真摯に連絡してきた相手には、一介の読者でも真面目に解答することを自分の義務だと考えているものです.ただし匿名の言説はいっさいこれを相手にしません.喧嘩したいなら、顔を合わせて喧嘩しようじゃないの.私はネットはあくまで利便性以外のものは認めないんだから.

2002.11.14

 東京創元社の担当が「これで結構です」といってくれたので、少し手直しして送稿.その後でプリントを見直したら文字が落ちているのを発見.あせってはいけない、すみません、Kさん.
 21日に活字倶楽部がインタビューに来るので、今年印象に残った本と来年の予定を書いてみると、あまりに仕事が多くて気分が悪くなる.今日も休みにしようと決めて山口雅也さんの新刊『奇偶』を読む.
 これは、ミステリ・プロパーの人はどう評価するのだろうか.本格ミステリのガジェットをちりばめながら、到底本格とはいえない幻想のような落ちで終わるところは竹本健治さんの『ウロボロスの偽書』を思い出した.ここまで解体してしまったらもうミステリとはいえない、気もする.でもミステリのど真ん中からここまでずれてきた作品だから、やはりミステリの枠内でとらえた方が理解しやすい、とも思う.

2002.11.13

 月曜日に書きかけた皆川博子先生の解説を書く.またしてもなんだか変な文章.これでいいのかいけないのか、さっぱりわからないがベストは尽くしたよ.
 ちっょとお休みのつもりで『ロミオとロミオは永遠に』と、夢枕獏『陰陽師』文庫の新刊を読む.『ロミオ』は大友克浩のマンガを文字で書いたような、にぎやかでどたばたしてギャグっぽい長編活劇.ジャンク・フードのどぎつい色彩と刺激.どことなく『バトル・ロワイヤル』の残響を感じる.ラストまで予想したとおりだったのは、ちょっと残念か.『陰陽師』はその対極にあるような、水墨画めいた短編集.これまた新しいことはなにもないが、良い酒のようにするすると喉を落ちていく.
 メフィストのゲラが来ているので、エッセイの方から読み直す.校閲のルビが間違っているところがあった.「落掛」と書いて、「おとしがけ」と「おちがかり」とふたつの読みがあり、意味が違うのだ.校閲の指摘だからといって、鵜呑みにしてはいけない.講談社の校閲は「わるくちぞうごん」の某社のようなことはなかったんだが.

 角川は結局「全部原稿を変えないでやります」という担当からの回答でけり.しかし、作家がちょっと文句を言ったくらいで、あっさり翻されるその前の「ご検討下さい」はなんなのよ.文句をいわないで泣く泣く原稿をいじったら、それで終わりだったということか.自分の影響力ということで満足しなさいよ、なんていわないで欲しい.私は信頼できる相手と仕事がしたいのだ.この期に及んで原稿を直せというなら、直さなくてはならない理由をきっちり示してもらいたい.
 作品の質を高めるための苦労ならいくらでもする.だけど最初は「いくらでも好きなように書いてください」としかいわないでおいて、原稿ができてから「ページが合わない」では、腹を立てても当然ではないのか.つまりこの会社の編集者には、書き手の作品に対する敬意も尊重もないのだ.どうせまた同じようなことが起きるのだろう.

 誰も好きこのんで腹を立てたりはしない.笑って仕事がしたい.

2002.11.12

 友人の家に遊びに行く.『葬送』が眠いのは必ずしも篠田の睡眠不足のせいではなく、要するにつまらない不出来な小説だからだと確認できた.芸術家小説というのは書きたくなるものらしいが(篠田も昔デビュー前に書いたことがある)、結局小説以外の芸術をもって小説家の内面を語ってしまうようなことになりやすい.篠田はシルクロードの滅びかけた都市と石工の青年の話を書いたが、後で思えば石を彫る者のリアリティなんてまったくなかった.『葬送』にはドラクロアとショパンが登場するが、ドラクロアの色も見えなければショパンの音も聞こえない.

 仕事場に戻ると角川ビーンズの編集者からのメールに衝撃.全部直しをして戻してから、ページの倍数が32でないとならないから、どうにかしろなどといってくる.悪かったね、常識がなくて.篠田はすべてページ末でセンテンスが終わるようにしてあるので、字組を変えられるのも困るのだ.それも前に言ってある.イラストを何枚入れるかだって、こちらにはなにも聞かされてなかったのに、「ご検討下さい」ってのはなんのことだ.来年「根の国」が出なかったら、篠田が角川と決裂したせいです.ずいぶんただ働きしたことになるけどね.もしも待っていてくれた人がいたら、ごめんなさい.こんな無責任でいい加減な出版社とは仕事ができません.なんといっても出版社は庄屋で書き手は猟師で、圧倒的に向こうの方が強いのです.書き手に出来るのは「もう嫌です、さようなら」ということだけ.

2002.11.11

 恩田陸さん原作のミステリ映画「木曜組曲」を見に行く.どっちかというと背景ばかり見ていました.大正のころに建ったらしき洋館の雰囲気が良く出ていて.映画自体はちょっと眠かった.原作の方がずっといいと思う.
 昼はベトナム料理屋で麺とおかず.
 行き帰りの電車で平野啓一郎の『葬送』を読むがこれも眠い.要するにオレが睡眠不足なのか?
 帰り道、右折車に危うく跳ねられそうになる.くわばら.
 戻ってから皆川さんの解説を書き出す.方針が決まらないまま書き出したらすぐ10枚を越したが、「こんなんでいいのか」感は増すばかり.どないしょお.

2002.11.10

 夕方までかかってやっと「根の国」の直しを終える.終わって少し虚脱.夜から解説を書かせてもらう皆川先生の『彼方の微笑』を読み始める.今度もイタイ話みたいだ.

2002.11.09

 南の空にきれいな三日月が出ている.黄金の鎌だ.

 まだ「根の国」をやっている.明日まではかかる.読み直していると「そんなに悪くはないんじゃない」という気のしてくるときもあるが、「売れないだろーな」という勘は変わらない.もともと自分はあまりライトノベル向きの資質ではないのだろう.書き下ろしのことも少しは考えるが、売れなければその話もなくなるだろうから、あまり本気で考えない方がいい気がする.書きたくなってその気になってふられると、もう書けなくなるのは「天使の血脈」シリーズと同じ.それが商売というものなので、別に出版社に文句をつけるつもりはさらさらない.

 出版社から贈呈されるノベルスなどで、最初から読む気遣いのないものは古本屋に売りに行く.それがダンボールいっぱいたまったので持っていった.値段がつきませんといわれたのは、うっかり二度買ってしまった翻訳ミステリの著名作と、新刊のノベルスでしかも作者は大ベテランなのに、という日本人ミステリ作家の一冊だった.うーん、そうなんですか.
 マンガでも少し前の人の本はどんどん絶版になるし、古本屋でも廃棄してしまうらしく見つからない.なんや諸行無常という感じ.篠田の本だって、何年保つかねえ.ブック・オフに廣済堂版の「夢魔の旅人」があり、買っておこうかと少し迷ったが止めた.新刊書屋で手に入らないものは、古本屋で買うのもやむなしだものね.

2002.11.08

 今日はずっと角川ビーンズのために「根の国」の直しをやる.でも、やればやるほど「絶対これ、ビーンズでは売れないぞ」という気がしてくる.他に売れているものと見比べれば当然のように、堅いし、しちめんどくさいし.でもこれでいいっていうんだから、いいや.書き下ろしは全然どうすればいいやら、な気分だけどね.
 早くこちらを終わらせて、皆川博子先生の解説を書きたい.いや、その前に未読の『彼方の微笑み』がゲラで読めるのだ.るんるん.
 ネット書店で上海の検索をかけたら、あれもこれも欲しくなって買い込んでしまう.上海物、書きたいなあ.でもこれは建築探偵より、「龍」の方だな.だってやはりいまのバブリィな上海より、租界のあった時代の魔都上海が書きたいもの.龍さんはいろんな時代でいろんな名前を名乗っているけど、上海なら絶対「紅龍」でしょう.読みはホンロンかな.『紅龍魔都に翔る』とかね.ああ、どうして目前の仕事以外のことを考えるのはこんなに楽しいのかしら.
 東京創元社から野崎六助さんの『ミステリを書く!10のステップ』が出た.しかしこれ、初心者向けというより「勉強しなおしたいプロのためのレッスン」みたいな感じ.いや、でも篠田は遠慮しておきます.こういうレッスンをすると、かえって書けなくなりそう.いや、変な意味じゃなくね.いまはまだ自分の方法で書けているから.

2002.11.07

 割引クーポンをもらったので、駅ビルで足ツボと眼精疲労のマッサージ初体験。足裏はくすぐったくて駄目だったが、顔や首筋のマッサージは快感だった。もうしばらくは仕事したいから、少し肉体のメンテナンスにも気を遣おう。
 西澤さんに解説をメール。夕刻これでオッケーのメールをもらい、担当編集者に流す。やれやれ、ひとつ片づいた。その後は『根の国』に入る。この次は皆川さん、その後で小説ノン、それが終わったら蒼の高校物語のプロットでも練ろうかしらん。せっぱつまらない前の方が、楽しく仕事ができるもの。そんでいまから考えておけば、久しぶりに四月刊行も可能だよね。

 上海日記公開しました。今日はこれから写真を見ます。日記を書き足して、写真を少しつけてコピー本を作りたいんだが、そんなことしている暇があるかな。できそうだったらまたここで告知します。

2002.11.06

 朝方変な夢を見る.吸血鬼に人類が占領された未来、子供たちがそれから逃げ回る.こんな話マンガであったっけ.
 手紙をもう二通.仕事場の隣が内装工事をしていてうるさくてたまらないので、郵便局にいきがてら茶店で、西澤さんのゲラを読み、書いてあった解説に手を入れる.戻ってから原稿を作る.しかし、こういうのでいいんかなあ.パロディ短編だもの.でもまあ、評論家じゃないし、オレ.頼んだ相手が悪いとあきらめてくれ.
 上海日記の続きを書いていたら、一応でA4が5枚になってしまった.明日あたり別コンテンツで載せることにしたい.いずれツアーのご一行で写真の交換会をするそうなので、そのときにコピーにして持参しようか.すると読者でもコピーが欲しいという人が、もしかしたらいるかな.コピーなら増刷は簡単なので、コンテンツができたら希望者は手紙下さいと告知しよう.
 今年はあと、皆川先生の文庫解説と、角川ビーンズの「根の国」改訂と、小説ノン聖徳太子編ラスト100枚書けばいいので、わりと気分が楽なのだ.こういうときもなかったら、すり減っちゃうよ.篠田今月が誕生日で、49歳だぜえ.そうよ、わったっしっは、蠍座の女〜

2002.11.05

 昨夜七時半、無事帰国しました.
 今日は一日荷物の整理、洗濯、お土産やツアーで一緒になった人への本の発送、ファンレターの返事などを片づける.締め切りを終わらせていってつくづく良かった.
 夕方から上海の日記を書き始めるが、メモを取らなかったので順序が怪しい.写真が上がるのは木曜なので、旅日記のアップはそれ以降になる.さて、明日から仕事に戻らなくては.