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2002.05.31

 官能小説はあと一日二日で終わりそうなので、土日くらいはそちらをやってしまうことにする.
 新潮社の編集にヒトラーがゲイだったという本が出ていると聞いて即ゲット.文芸春秋発行『ヒトラーの秘密の生活』確かにそういう本である.際物ではない.しかし、特に意外な感じがしないのはなぜであろう.それから、この邦訳タイトルはちょっとイロモノっぽすぎる気がする.

2002.05.30

『死せる少女たちの家』読了.動機がありふれていたのがちょっと残念.かたよった読書のせいか、アメリカの田舎が怖い気がする.
 官能小説続行.少なくとも明日まではこれをやる.

2002.05.29

 横溝賞『水の時計』.悪い小説ではないが、ミステリとはいいにくい気がする.選評を読むと、ミステリか、という点ではみなどっちもどっちみたい.
 ホラー短編が思うようにいかないので、20枚ほど書いて取りやめにして、しばらくほっておいた官能小説を書き出す.
 夜、講談社の担当と、部長と会食.担当氏は生春巻きが嫌いだそうだ.
 NHKのディレクターでさえ、「お茶が怖い」がわからなかった、という話.今回の建築探偵になにげなく「寝床」と「じゅげむ」が出てきたため.ノベルスで古典落語を出すか、という話になった.いや、たぶん無理だろうけど.

 建築探偵初のサイン会が行われる模様.詳細決まったらお知らせします.

2002.05.28

 リビングが東向きなのでここに寝ていれば寝坊のおそれはない.『幻想建築術』、一度書いたあとがきを全部破棄して書き直し.いくら著者の側に思い入れがあっても、過度の自分語りは見よいものではなかろう.ゲラ返送.
 読了本カー『読者よ欺かれるなかれ』タイトルはすばらしい.道行きもわくわくする.残念ながら解決はふにゃっている気が.カーのミステリって、たいていの場合そんな気がしてしまう.
 建築探偵次回は蒼の高校生編を長編でやりたいので、短編集『ブルー』を拾い読みする.夏休みの話にする案もあったのだが、それよりは学校そのものを舞台に、いろんなタイプの生徒がわいわい出てくる話にしようと思う.そんな中で起こった事件を、生徒達が大人の手を借りず解決しようとするのは必然性がありそう.もちろんタイム・リミットがある.
 その次は、『ブルー』に出てきた演劇人たちを入れて、同潤会アパートをモチーフにしようかな.江戸川アパートもういっぺん取材.でも来年は『アベラシオン』のまとめも.あああ、頭がみっつ欲しい.

 明日は講談社担当と打ち合わせにつき、日記お休み.昼間は依頼無しホラー短編を書いてみるつもり.

2002.05.27

 横溝賞パーティ前にビーンズ文庫と打ち合わせ.「根の国」は全四冊を十月と十二月二度に分けて刊行、その後一ヶ月後に書き下ろしを一本.以降の予定は不明.ただひとつ問題があって、他社文庫に「根の国〜」というタイトルのついた作品があるので、シリーズ・タイトルを再考して欲しいという.それは篠田も気づいてちょっと気になっていたのでやむなし.六月はメフィストの連載原稿を終えてからそちらの作業に入る.
 本年は横溝正史生誕100年.テレビ東京が協賛になって、正賞の他に映像化の賞が出る.それかあらぬか会場雑踏.講談社祥伝社新潮社東京創元社など編集者多数と出くわす.角川に一番縁が薄い.
 夜は仕事場に泊まる.

2002.05.26

 『幻想建築術』の手入れはほぼ終わったが、あとがきがぴたりと決まらないので、もう少し送るのは後にすることにした.原稿も入稿時にかなりあちこちいじり回したのだが、またあちこち直す.いじるのが好きだというつもりもないが、いじらずにはおれなくなるのだ.
 まあ、連載を本にするときは直して当然だと思うが、四六やノベルスを文庫にするときは、直す人も直さない人もいるようだ.中には高村薫氏のように、全然違う話にしてしまうという人も.で、高村氏は別として読者的には直されるのと直されないのとどっちが望ましいのだろう.
 ノベルスを買ってくれた客に悪いだろう、といわれたことはある.しかしチャンスがあれば、手直しするのは当然のことだという気がする.どこも直す余地のない、完璧な小説なんてないんだから、作者にとっては.もっともノベルス版が気に入っていて、直した方は嫌、という読者は無論いるだろう.作品は作者のものである以上に読者のもの、と考えればそういう意見も当然だ.元本が絶版になったわけではないときは、そこはお許し願いたいと思う.
 絶版はどうするかといえば、古本屋を探すのですよ.幻の本を求めて古本屋巡りもまた楽し.まあ、篠田の中公ノベルスとか、部数が少ないからブック・オフでも見たことがないけど、これは手入れして角川ビーンズ文庫から再刊の予定.来年には根の国の続編も書くつもり.こないだ福島で緑の山を見ていたら、物語の芽が動き出した.

 明日はパーティに出席するので日記の更新はお休みです.

2002.05.25

 小金井の江戸東京たてもの園へ、「看板建築を見る」ツアーに参加.普段は見られない建物の中や二階三階まで見せてもらえて、すごく得した気分.どこもコンパクトな中に工夫を凝らし意匠を凝らしている.からくり箱を開いていくような感じがした.今日中を見たもの.貴金属商の植村邸(二階座敷が豪華)、荒物屋丸二商店(二階はまるで下宿屋)、裏の長屋(二世帯ずつ二階建て、空間の有効利用)、花市生花店(ミニマムな茶室に感動、二階のベランダはグロッタ風)、武居三省堂(地下から三階までみっしり).最後の店は「千と千尋」のかまじいの薬草引き出しのモデルがある.
 説明してくれた若い学芸員さんに、勝手に京介をだぶらせて遊ぶ.しかしミステリにするとなると、なにか事件を起こさなくちゃならないよなあ〜

2002.05.24

 『幻想建築術』のゲラが来たのでチェック開始.夕方『模倣犯』の試写会.あの長大な原作を二時間の映画にするというのが、そもそも無理なのだとは思うが、実は書店でちらりと眺めただけ.やはり原作を読んでみないとまずいなと思う.中居の殺人者はかなりいい線行っていたが、あの終わり方には唖然、ラストシーンにはどっちらけ.この監督さんは、そんなへたな人ではないはずなのだが.
 読み終えた本『身体の中世』 日本の恥の文化に対して西洋は罪の文化などというが、中世にはまだ西洋でも恥が人々を律していた、とは目から鱗だった.

2002.05.23

 檜枝岐でミニ尾瀬公園の湿原植物、前沢の曲屋集落見学.山王林道、金精峠経由で帰宅.社会科見学のような旅行.
 読み終えた本『バチカン・ミステリー』.先代のローマ教皇ヨハネ・パウロ一世は在位わずか33日で急死した.その突然さとバチカンの対応の不可解さで、暗殺説が流布.本書はその疑問を調査したもの.トンデモ本をたくさん出している徳間からの、陰謀史観の翻訳者による本だが、結論はきわめて妥当なものだった.つまりバチカンから望まれぬ教皇は、過酷な任務の中で持病を急速に悪化させながら、見て見ぬ振りで死なされたのである.暗殺以上に巧妙な暗殺.

2002.05.22

 福島の材木屋で丸太の製材を見学、その後製材した板から皮を剥ぎ取る作業に従事.上天気で緑きわめて美し.夜は奥会津湯ノ花温泉泊.

2002.05.21

 今日は本当にのんびり過ごす.午前中美容院、午後ディクスン・カー『喉切り隊長』.これは不可能犯罪ものではなく意外な犯人ものだった.この意外性は歴史ミステリならではでもある.残念ながら、期待したジョセフ・フーシェは出番が少なかった.フーシェといえば辻邦生の『フーシェ革命暦』だが、分厚い二冊のラストでやっとバスティーユ攻撃まで来て、作者が亡くなってしまった.この小説のフーシェはまだ青年で、この青年がどうやって後に人々を恐れさせ嫌われたマキャベリストになるのか皆目見当がつかず、さあこれからだというところで終わってしまったのだよ.
 フーシェというのは、劇にするならぜひ四季の日下武史さんにやってほしい屈折した悪役で、思えばフランス革命に夢中だった高校生の時、世界史の担当が教育実習生で、なんでも好きなものをレポートにしろといわれたので、ここまで書けば予測した人もいるでしょう、主人公はサン・ジュストで、テルミドール反動の影の主役でサン・ジュストを嵌めたのはフーシェだった、という、歴史のレポートというより小説のようなしろものをそれこそ革命前夜から延々とえらくたくさん書いたものだった.あれは、いまもどこかに残っているはずだけど、さすがに開いて見る勇気はない.
 夕方、頭に浮かんだホラー短編をノートに書き留める.これは絵が見えているのでこのまま書けそう.もうひとつ、冒頭の一行だけ出てきたものがあるんだが、これはちょっとしばらく寝かせるしかあるまい.

 明日明後日は福島へ.木工屋の連れ合いの手伝いをしに行ってまいります。金曜日はジムと、夜は試写会の切符をもらったので『模倣犯』を見に.土曜日はたてもの園のガイド付きツアー、月曜日は横溝清史賞のパーティの前は打ち合わせってことで、しばらく日記が不規則になると思われます.

2002.05.20

 昨夜の再読、有栖川有栖氏『四十六番目の密室』.
 火村シリーズというのは本格ミステリの教科書だなといつも思う.過剰さのない端正な世界だ.特にこの作品では、犯人特定の論理があざやかで美しい.それでもたったひとつ、読み返すたびにひっかかってしまうのは犯人の動機、というか動機を語る犯人の語り口なのだが、これから先はネタバレになることもあっていえない.もともと篠田はどうしても動機にこだわることを止められない書き手なのだが、これの場合はもうちょっと自分自身に近い理由のひっかかりだもので、そういうことは自分の作品の中で自分なりの解答を見つけていくべきだろう.
 『灰色』直し終了、明日郵送する.週末に祥伝社のゲラが来るそうで、水木は連れ合いの手伝いに福島まで出かけるので、明日が明く.音楽をかけながら部屋の片づけとつんどく本の読書でのんびり過ごそう.嬉しいなあ.
 しかし祥伝社の担当は負傷で松葉杖だそうだ.以前も担当の怪我や病気が重なって、友人から「よっ、担当殺し」とかいわれたが、しゃれにならん.

2002.05.19

 『灰色』のプリント・アウトを読み直して手を入れる.タイプ・ミスとか山ほどあり.これを終わらせて送ったら、やはり『アベラシオン』次回のことを考えるべきだろうな.来月末までに終えればいいので、いかに来月は予定が多いとはいえ、たぶんそうせわしいことにはならないだろう.後三回くらいで終わるはず.クライマックスの絵だけが見えていて、そこへ通ずる回廊はまだ確かではない.

 先日笠井潔さんとお会いしたとき、「篠田さんは日記をみていると毎日仕事していてえらいねえ」といわれて呆然とする.子供の夏休みの宿題じゃないんだから、毎日やったってえらくもなんともないのは当たり前だが、まさか自分の日記を笠井さんが見ているとは夢にも思わなかった.
 やはり、サイトの日記というのは気を付けないといかんのである.人通りの多い道の壁新聞でも、無数にあるもののひとつなんだから、大して見られるものではないよ、などと思うのはうかつ以外の何物でもない.よく他人のサイトを見ていて、この人はこれが他人の目に触れることを意識しているのであろうか、などと首をひねることがあったが、うっかりするとおのれも同じ轍を踏んでしまうではないか.

2002.05.18

 『灰色の砦』を最後まで手入れしてプリントする.明日はもう一度読み返すつもり.巻頭図面にもちょっとだけ手を入れる.
 というわけで午後はお休み.マンガを読んだので、北村薫氏『冬のオペラ』を再読.全面的に大好きとは言えない.だって、残酷過ぎるんだもの.

2002.05.17

 本格ミステリ大賞は山田正紀氏『ミステリ・オペラ』の圧勝となった.公開開票には初めて参加したが、記名コメント付きの投票であるので、氏名をまず呼ばれてから作品名が上がる.コメントは次の「ジャーロ」で発表される.つまり投票したものの見識が問われるわけで、適当に、とはいかないシステム.
 篠田は一も二もなく『ミステリ・オペラ』だったが、これほど圧倒的な結果になるとは予想外.かつて『霧越邸事件』が、わりきれない部分があると本格ファンから非難されたことを思えば、そのへんの間口は広くなっているといえるだろう.

2002.05.16

 朝、昨日の続きを始めようとすると、文書ファイルが読み込めない.どうやっても読み込めない.これでは昨日の250頁ほどがパーになってしまう.やむなく担当に助けを求める.結局ファイルの文書スタイル情報が壊れていた、ということが判明.他のファイルに貼り付けて無事読み込めたが、午前中無駄にしてしまい、最後まで行き着けず.
 夕方クレア編集部からアンケートのお願い.やけに締め切りがせわしいところから見て、さてはピンチヒッターかと推測するが、これもご縁ってことで.
 明日は本格ミステリ作家クラブの公開開票会.帰りが遅くなったら更新はお休みかも.


2002.05.15

 昨日は二時過ぎまで起きていたので案の定眠い.でもお仕事.『灰色の砦』文庫下ろしの直し.先日早稲田の建築史学会研究発表会でうかがった、谷川先生ライト研究の成果など、補注にして入れさせていただく.少しマニアックですが、事実を書ける部分はできるだけ事実を書くよう努めています.たぶんこれが2.3日で終わるだろうから、そうしたら『アベラシオン』のための読書に入る.まったくもってドロナワというか、いまから材料を足したりしているのだ、わくたし.
 スニーカー担当、講談社ノベルス担当より電話.

2002.05.14

 朝郵便局で講談社へ原稿を送り、電車で徳間へ.ゲラを戻す.分厚い文庫二冊になるので、ゲラもずいぶんかさばる.徳間の担当君と浜松町周辺をふらつきながら、仕事とあまり関係ない話をくっちゃべる.最後の方でぽろっと「次はいつ頃」とかいわれて、なぜか「あ、そうか」などといまさらのように思う.うーん、次はローマだと書いてしまったからなあ.でもなあ、まだいまのサン・ピエトロがないローマだよ.ヴェネツィアと違って町並みも全然違うはずだし、どうしようかなー.
 大江戸線で新宿へ.パークタワーで連れ合いとミートし、彼の専門「木の椅子」展を見学、ついでに新聞で見つけたイタリアのデザイナー、ロベルト・カプッチの作品展を見る.芸術は爆発だ、みたいなドレスがありましたなあ.

 行き帰りの電車の中で牧野修『傀儡后』、魅力的な多数の細部.
 夜、止められなくて『冬の旅人』を読み終えてしまう.あんまりいろいろいいたくない.ただもうあちらの世界に行ってました、わたし.もう少しましなことばが出てきたら、皆川さんにファンレターを書こうっと.

2002.05.13

 スニーカーのホラーを手直し、メール送稿.建築探偵も手直し.これはプリントアウトもつけて明日郵送する.
 明日は徳間へゲラを届けがてらちょっと息抜きして、明後日から文庫下ろしの手直しを開始する予定.もっとも今週の金曜日は本格ミステリ作家クラブの公開開票会だ.
 つんどく本から皆川博子先生の『冬の旅人』を選ぶ.明日持っていくにはちょっと分厚いハードカバーだが、しばしひたれそうな一冊だ.

 というわけで、明日の日記更新は休みます.

2002.05.12

 自宅のわりと近くにある駅が取り壊される前に、貴賓室が公開されるというので出かけてみるが、戦後はずっと倉庫になっていたということで、依然倉庫というか物置というか、それ以外の何物でもない.わざわざ公開するようなものか、って感じ.駅の建物全体は青いスペイン瓦をのせて、待合いの作りつけのベンチなどもいい感じなんだが、もともとあまり大した貴賓室でもないみたい.昭和天皇が四度も来たそうだが.
 戻って昨日の残りのゲラ・チェックをする.帰りは暗くなって最後まで終わらなかったのだ.午後からスニーカーのホラーを手直し.削って足して70枚弱でいちおう終了.プリント・アウト.これを明日直してから、モニターに一読してもらった建築探偵の手直しを始める.今週中にこれを入稿、徳間も戻し、それから『灰色の砦』文庫下ろしの手直しを開始する.『幻想建築術』のゲラはまだ出ないのかな.そこまで今月中に終えられれば、来月は行事が多い中連載中の『アベラシオン』の締め切りが来るが、どうにかなりそうな気がする。

2002.05.11

 ゲラ・チェックをしつつ桐生まで車で往復.途中深谷に寄って渋沢栄一由来の建物を見学する.渋沢は建築探偵準レギュラーの門野爺さんのイメージ・モデルで、作者を含めごく一部に根強い人気を持つ.しかし東京駅を模した深谷駅前に立つ渋沢像は、やたら頭でっかちすんずまりで、しかし目は優しくて西村京太郎氏に似る.我が門野は金壺眼なんである.
 煉瓦資料館とホフマン釜のある日本煉瓦会社から、渋沢記念館経由誠之堂.世田谷から移築された誠之堂と清風亭はなかなかいい建物だった.前者はイギリス民家風、後者はロマネスクにいずれも和風のテイストを加味している.決して足の便は良くないが、建築ファンにはぜひ行って欲しい作品.
 桐生の造り酒屋の煉瓦蔵で開催された友人の木口木版展を見学、ひとつ購入.木口木版というのは木の切り口に版を彫る版画で、非常に繊細細密なものが作られる.煉瓦の加部に高い天井、丸太の小屋組も相まって、なかなかすてきな空間だった.

2002.05.10

 なんとなく身体に力が入らない.仕事場の寝椅子が魅力的に見える.ともかくジムはパスしたので、スニーカーのアンソロジー用ホラーを書き出す.すると70枚超えてしまって、一応決着がついた.一日六時間程度で70枚というのはけっこう記録.ただし、それで書いたのがまんまOKとはいかなくて、どうもうまく着地できないなと頭をひねっていたら、最初の方の持ってきようがいかんのじゃないかという感じがしてくる.というわけで、少なくとももう一日はこいつと格闘せねばならない.だから今日70枚書けたからって、毎日70枚書けるわけではないのです.

 『ブラック・エンジェル』松尾由美(創元推理文庫)を読む.おもしろい物語で広義のミステリには当たると思うが、少なくとも本格ではない気がする.いや、もちろん人の数だけ本格の定義があっていいのだよ.とはいいながら「本格じゃない」なんて自分でもいいたくなるというのは、ちょっと良くないのかもね.

 明日は桐生で友人が木口木版展をやっているのを見に行く.帰りが遅くなったら日記はパス.車の中で徳間のゲラを読まねばならぬ.

2002.05.09

 朝アメリカの友人にFAXを送って、原稿の英文をチェックしてもらう.桜井京介の英語はブリティッシュのイメージだけど、日本の英語教育はことごとくアメリカンだから、そのへんどうだろうと聞かれて、なるほど登場人物のプロフィールにはいろいろ考えなくてはならないことがあるものだ、と感動する.それなら「うん、ブリティッシュ」と答えるに迷いはない.もっとも、なぜそうだということは内緒の範疇だ.
 有栖川さんの『マレー鉄道の謎』を持って喫茶店に行き、コーヒーを飲みながら読む.戻ってからも読み続けていたら、講談社文庫の担当に文庫下ろしの進行状況を聞かれて冷や汗.無論全然手を付けていない.通常改稿でも一週間程度で済むから、今月いっぱいまで時間をもらう.
 『マレー鉄道』は有栖川さんらしい端正なフーダニットで、なおかつハウダニットが解けると犯人が判明するという、あざやかな作品だった.当然ながら篠田の書いたものとはどこも似ていない.一度でいいからこういう端正なミステリを書いてみたいものだ.
 読了後パソコン前に戻って原稿の直しと、目次登場人物表あとがき参考文献を書く.あとがきを書いていると、ようやく終わった気分がしてくるが、この先最低でも二度は読み返さなくてはならない.回収されていない伏線があったり、矛盾点が出てきたりしないだろうなあ、と不安も実はある.
 そちらを終えてから、角川スニーカーのホラー・アンソロジー短編をちょっと書き出す.どんでん返しのアイディアはあるので、50枚程度でコンパクトにまとまるだろう.これをいまのうちに済ませておくと、仕事の予定がずっと楽になる.もっとも今日は目が痛くなってきたので、冒頭4頁ほどで止めておく.二日酔いの日のような、全体にぼわあっとした気分があるのは、やはり長編明けだからか.

2002.05.08

 お、終わった.というわけで虚脱している.書くのにこんなに大変な気分がするのは、建築探偵だけだ.あ、でも連載中の『アベラシオン』もしんどい.つまりミステリ書くのがしんどいのか.でもまあ篠田はミステリというものを、物語のひとつの形式だと考えているらしく、なにを書いてもミステリというより謎が解ける物語にしかならない.
 本格ミステリという言葉の定義は人の数だけあるから、本格か本格じゃないか、といった議論は無意味であると、先日参加したミスコンで誰かがいってたっけ.あそこでお会いした方たちは、お話しした限りミステリ・マニアであっても、怖いような人はいなかった.人の数だけの異論を前提にすると、論文や批評は書きづらいだろうが、それでいいんじゃないかというか、あらゆる批評には「私はこう思った」「こう考えた」という前提が書かれなくても存在しているんだと思う.
 がちがちのパズラーしかミステリを名乗ったらダメなら、確かに篠田はミステリ作家ではありません.ですがボーイズラブやファンタジーや伝奇やホラーを書いた作家が書くものはミステリじゃない、とはちっとも思いません.そんなこといいたがる人は、けなすためにけなす人です.篠田が若い頃「美意識はなにを許せないかに現れる」なんてことばにときめきましたが、いまはそのへん違います.嫌いなものや許せないものをいくら並べて悪口いっても、それは自分がお利口になったような気がするだけです.本当に人を力づけてくれるものは、あなたが好きなもの愛せるものだけです.

 それはさておき、篠田が解説を書いた稲生平太郎さんの青春ホラー『アクアリウムの夜』がNHKFMで10回連続のラジオドラマになるらしい.ホラーはなまじ映像化するより、想像の余地の多いラジオドラマに向くと思う.楽しみであります.

2002.05.08

 ほぼ終わった.ほぼというのは、今回英文や英会話を、アメリカ留学中の友人に教えを請うて書いているので、その回答をもらって、はめこんでもうちょっとだけ書いて終わらせる予定なんである.例の翻訳ソフトは、まったくもって役に立たない.実にあっぱれ見事に役に立たないんだなあ、これが.
 友人は博士論文執筆中なのに、「帰ったらディナーをおごる」とかいってメールでじゃまをしているのだ.持つべきものは友である.ありがたいありがたい.
 ま、とにかくエンド・マークを打ったら、全体をプリント・アウトして、少し時間をおいてから読み返す.その間に徳間のゲラと、文庫下ろしのゲラを見なくてはならないんだが、それまで少しは余裕があるから、有栖川さんの新刊と、つんどく本の山を少しでもへらそうっと.
 日記をチェックしてくれてる講談社の担当様、そういうわけで入稿は来週遅くか再来週かと思います.よろしく.

2002.05.06

 まだ終わらないが、種明かしの部分はほぼ終わった.ミステリを書くときの最大の快感は、あちこち張りまくった伏線を回収して一気に種明かしするこの部分だろう.お客さんが喜んでくれなくちゃしょうがないのだが、本になってみんなのもとに届くのはまだずっと先のことだから、とりあえず第一読者の書き手が喜ぶのである.

 縁あってお知り合いとなったが、いまのところメールのやりとりだけの知人から、やはりこの日記を楽しみに見ているといわれる.万人に気に入られる小説なんてないのと同様、誰にとっても楽しいサイトなんてものもないわけで、楽しんでもらえる人に向かって書けばいいというだけのことだ.なあんだ、当たり前じゃないか.

2002.05.05

 なんと、今日はこどもの日なのだな.全然忘れていた.ともあれ原稿はラストに粛々と近づきつつある.

 有栖川さんの『マレー鉄道の謎』が出た.これについては舞台がかぶってしまったこと、本当に申し訳ないと思う.しかしミステリのネタは全然かぶってないはずなので、そのへんはご心配なく.ただ有栖川さんの作品が、先に刊行されたことだけは良かった.

 たいていの職業、10年もやれば技術が向上して楽に行ける気がするのに、小説家というのはなんで後になるほどしんどいのだろう.同業者にこの話題を持ち出すと、同感してくれる人が多いので、篠田だけではないのだろう.それでもやっぱり自分は書くことが好きなんだな.だからいいや、どこかで罵倒されても我が道を行く.

2002.05.03

 やっと畳みが本番になる.つまり種明かし.んでもってラストのサプライズとエピローグ.来週一杯必死に働けば終わるかも知れない.もしもそれで終わったら、今回はものすごく時間がかかったようだけど、前回より少し速いくらいだ.しかも腹痛でひっくりかえってないし.まあ、それは終わってから自分で自分に感心するようにしよう.

 仕事中は読んで楽しく疲れない本を再読するのだが、今回は小野不由美さんの「ゴースト・ハンター・シリーズ」を楽しみました.好きなんです、これ.続き書いてくれないかなあ.

2002.05.02

 残念ながら書くことはほぼない.仕事してました.それだけ.明日もたぶんそんなもので、明後日はちょっとだけお外へ行くので日記は休みます.

2002.05.01

 世間様はゴールデンウィークでも、自営業者はひたすら働かねばならぬ.いい点は満員電車に乗らないで済むことと、する気なら寝坊が出来ることだが、その代わり本が売れなければ一銭も入ってこない.見ず知らずの人間から知らない間に石を投げられたりするし、そんなに必死になってなりたい職業でもないよ、小説家って.

 『綺羅の柩』最後の事件が勃発して、いよいよ畳みに入る.とりあえず本格ミステリ作家クラブ大賞公開開票会までに仕上げるつもりだが、その前に徳間のゲラが来てしまった.これは15日までに返さないといけない.せめて最後まで行ってから読む暇があるといいな.