彼らの『真実』と我々の真実 ― 日米同盟狂想曲

 昨年、日本社会で起きた出来事で最大のものは何かと問われれば、誰もが「政権交代」と応える。長期にわたって、政権の座にあった自民党の敗北は、勿論、戦後政治史において特筆されるべき出来事ではあるが、議会制民主主義にあって、政権の交代自体は不思議なことではない。ときにはスキャンダルによって、また時には経済政策の失敗によって、あるいは軍事的敗北など様々な要因でそれは起こりうる。民主党政権の成立がこれらと区別されるのは、日本社会の構造的変化と直結しているからである。

 本来ならば、通常国会の主役は立場を入れ替えた与党と野党である。ところが、現実は政権与党に挑みかかっているのは自民党ではなく、マスコミであると言わざるを得ない。自民党の主張をマスコミが支持し、政権党に批判的な報道を流しているのではなく、マスコミの主張を、自民党が国会で代読しているに過ぎないという、奇妙な逆転現象が存在している。

 左翼はよく「ブルジョアジャーナリズム」という言葉を使う。これは必ずしも否定的な意味合いだけを意味するのではなく、ジャーナリズムが資本主義の台頭、成長とともに発展してきた歴史をも意味している。

 ヨーロッパにおいては啓蒙思想の普及手段として機能し、アメリカでは独立戦争における重要な情報手段の役割を果たした。日本においても「瓦版」は幕政に対する町民の批判手段であったし、明治には「自由・民権」運動の拡大手段であった。

 資本主義の成長期に果たした役割は、その成熟期において、「ジャーナリズム」は中立・公正な立場に立ち、権力の横暴をチェックし、社会の分裂、対立を調整する機能を果たすものであるとされた。

 では、現在は?

 自民党の長期政権を支えた構造は、55年体制下にあっては、国民政党=自民党対階級政党=社会党なるものであった。「国民政党」とは奇妙な概念であって、もし「日本国民政党」なるものが存在するとすれば、これに対抗するのは、他国の「国民政党」でなければならない。本来、資本家階級の政治的代弁者である自民党が国民政党であると言い張れたのは、農村部の支持を背景にできたからである。戦後のG・H・Qによる農地解放によって、膨大な小作農は小地主に転換した。農村部は自民党の金城湯池となり、長期政権を支え続けた。

 都市部では時折敗北を喫した。60年代には、社共推薦候補に知事の座を奪われることがたびたびあった。

 農村人口の減少を穴埋めしたものは、いわゆる「中産階級」である。「一億総中産階級」と言う言葉がもてはやされるとともに労働組合の組織率は低下し続け、社会党の長期低迷に拍車がかかった。そして、ソ連の崩壊と冷戦体制の終了。自民党政権を脅かすものは何も無いかのような状況の中で腐敗が進行してゆく。

 マスコミが政治をリードするもう一つの主役として登場するのは、この頃である。スローガンは「政治改革」であり、「守旧派」なる言葉が紙面やテレビの画面に踊った。

 中産階級(意識)の膨張は保守二党論を生み出した。民主党はその一翼を担うものとして誕生し、社会党は社民党に衣替えし「市民政党」として生き残りを図ることとなった。しかし、こうした社会的条件は急激に消滅しつつあった。

 自民党は公明党に助けを求め、民主党は「連合」に手を伸ばした。当初予定された保守二党論を存立させうる余地はなくなり、自民と民主は現実の階級構成に沿って住み分けを画策することとなった。自民党はもはや国民政党としては存在できず、その階級性を暴露した。「小泉・竹中改革」はその結果であるとともに、その過程をより促進する役割も果たした。一方民主党は、労働貴族を抱きこむことによって屈曲した形ではあれ労働者層の利害と結びつくこととなった。

 全く同じ条件が、マスコミをして「マスメディア資本」、あるいは資本主義衰退期の「ブルジョアジャーナリズム」としての純化を強制し、見せかけの中立性を奪い去った。

日米同盟狂想曲

 国家間の同盟関係にあって、これを構成する諸国間に利害の相違が存在することは自明である。もし、二国間同盟において、外見上立場の相違が一切見られないとしたら、一方が巨大すぎて他方が半植民地状況であるか、あるいは双方にとって共通のかつ強力な敵対者が現実に存在するかのどちらかだろう。では、日米関係はどうなのか。

昨年12月16日、鳩山内閣は連立三党の合意に基づき移転先問題の決着を先延ばしとし、「県外、国外」を念頭に2010年5月を目途に結論を出すとの態度を明らかにした。そのとたん、マスコミは大騒ぎを始めた。

「日米同盟の危機」、「展望なき越年決定」、「鳩山首相は日米関係より社民党を選択」など、日米開戦前夜のごとき騒ぎが始まった。2006年合意の「ロードマップ」の忠実な履行以外の選択肢は、日米関係を決定的に破壊するとの主張に沿って、日本の主要マスコミ各社は一大キャンペーンを展開した。文字通り、手段を選ばずに、である。

報道機関によって描き出された一連の騒動は、概略次のようなものであった。

11月13日、訪日したオバマ米大統領と会談した鳩山総理は、日米合意に基づく早期決着を求める大統領に対し「トラスト・ミー」と言って合意履行を約束した。ところが、実際は三党合意により、移転先を「国外または県外」を基本とすることとなり、岡田外相はこの方針をルース駐日大使に伝えた。ルース大使は「トラスト・ミー」との総理の言葉は嘘なのかと顔を真っ赤にして抗議した。鳩山総理はオバマ大統領を騙したとマスコミが大騒ぎをし、物知り顔の「外交通」たちは日米同盟は壊滅的危機に瀕していると叫びたてた。

12月16日の「2010年5月へ先送り」方針の事前通知を受けたアメリカ国務省は、クローリー国務次官補が記者会見において「移転先修正をめぐる再交渉には応じない考えを重ねて示した。」

 更に危機感を強めたクリントン国務長官は、21日、豪雪で臨時休業中であるにもかかわらず、藤崎駐米大使を国務省に呼び出し「遺憾の意」を伝えた。大使は、「きわめて異例のことだ。重く受け止める」と会談後記者団にコメントした。

 かくして、日米関係は「戦後最悪の状態」に陥った、というわけである。

 大新聞社が報道することは真実である、との前提はこの問題に関しても全く成立しない。あまりにも誤報、捏造が多すぎたことが暴露されている。

鳩山・オバマ会談については「週刊朝日」がやり取りの具体的内容を掲載しているが、大統領の念頭にあったのは、米国議会における予算案審議において、上院が国防総省の米軍再編予算に対し難色を示していたことだと言う。上院は、日本政府の移転費用負担方針が不透明であることを理由に、要求額の70%削減を決定していた。そこでオバマ大統領は「普天間移転費用のうち、60億ドルを日本側が負担するとの合意は守られるのか?」と聞いたところ、「トラスト・ミー」と総理が答えたのだそうだ。事実、2010年度予算案には、移転関連費用単年度分が計上され、この方針がルース駐日大使から伝わると米国議会は上下両院協議で国防総省の要求を全額承認している。

12月4日のルース、岡田、北澤の会談の模様を韓国の「中央日報」はこう伝えた。

読売新聞によると、普段は温和なルース大使がこの日の会談中、「3人で話をしたい」と述べ、岡田外相、北沢防衛相と会議室で話し合った。日本メディアによると、ルース大使は「鳩山政権がオバマ大統領の顔に泥を塗った。先月の日米首脳会談当時、鳩山首相がオバマ大統領に『信じてほしい』と早期に結論を出すことを約束しながら、危機を免れるとこのような態度を取るのか」というような言葉を浴びせた。顔を赤くしてルース大使は2人に怒声を上げたという。

一方、岡田側は記者会見でこう説明した。

ルース大使との議論も、誰かが見ていたようなことを書いていますが、全くの創作です。もちろん、ルース大使もしっかりと自らの主張を言われましたが、別に顔を真っ赤にするとか、怒鳴り上げるとか、冗談じゃないと思っております。私(大臣)、北沢防衛相、ルース大使と通訳しかいませんから、何を根拠にそのようなことを言っているのかと思います。(外務省H・P)

読売や産経の報道が事実だとすると、ルースという人物は、まるで礼儀をわきまえない暴力団の構成員のような人物であり、日本などアメリカの属国としてしか見ていないことになる。それこそ『大切な』アメリカの大使に対し失礼であり、しかもそれを世界中に撒き散らしたのだから、日米関係に深刻な打撃を与えたとは、これらの新聞社は考えなかったのだろうか?

「アメリカは怒っている!」とマスコミが報じるとき、アメリカを代表する「知日派」、「安保問題の専門家」として決まって名前を出すのは、アミテージでありグリーンでありマイヤーズである。彼らはいずれもブッシュ政権でイラク戦争を企画し推進してきた責任者である。寺島実郎をして「それにしても、日米安保にまとわりつく人たちの腐臭はすさまじい」と言わせた「日米安保で飯を食べている人たち」ばかりである。

アメリカ政府の反応も見てみよう。「再交渉には応じない」とのべたとされるクローリーの記者会見の言葉は、こうなっている。

QUESTION: So you’re prepared to draw this out -- you’re prepared to let them drag this out indefinitely?

MR. CROWLEY: Well, we -- I mean, we have a roadmap. We’re continuing to plan based on that roadmap, but we’ll continue to have our high-level consultations with the Japanese in the coming weeks and months.

質問・この問題の際限なき引き伸ばしを容認するのか?

答 ・ロードマップがある。我々はこれをベースに計画を進めるが、しかし、ハイレベルでの日本政府との協議をこれから数週間あるいは数ヶ月続けるつもりだ。

QUESTION: How long are you prepared to let the Japanese drag this out?

MR. CROWLEY: We recognize that our presence in Okinawa has an impact on the people of that island and is of significant importance and interest to the Japanese people. We’ll continue to work with the Japanese Government.

質問・一体どのくらい引き伸ばしをさせるのか。

答 ・沖縄における米軍の存在は、この島の人々に影響を与えており、そしてそれは日本の人々にとって、きわめて重要で利害に係わるものであることを理解している。我々は日本政府とともに作業を続ける。

 同じようなやり取りが続くが、クローリーの答は「日本との協議を引き続き行ってゆく」ことを再三にわたり強調している。「再交渉には応じない」との発言はやり取りの全文を見てもどこにも無い。(英文はアメリカ国務省のH・P)

 藤崎大使の「呼び出し」事件についても同様である。

QUESTION: Do you have any readout of the Secretary’s meetings yesterday with the Japanese ambassador? I had heard she called him in to talk about Futenma.

MR. CROWLEY: The -- I think the Japanese ambassador came by to see both Assistant Secretary Kurt Campbell, stopped by to see Secretary Clinton. During the course of the meeting, the ambassador gave us an indication that they needed more time to work through issues related to the basing agreement. We continue to believe that the current plan provides the best way forward, but we’ll continue our discussions with Japan on this issue.

質問 昨日の国務長官と日本の大使との会談について、何か資料は無いのか?普天間について話をするために、長官が大使を呼び出したと聞いているが。

答  大使はキャンベル次官補に会いにやってきて、クリントン長官のところにも立ち寄ったと承知している。この会談で、大使は、方針決定に関する検討のための時間がしばらく必要であると説明した。我々は現在の計画が最善だと信じているが、この件に関する日本との協議を続けるつもりだ。

QUESTION: You said that -- “stopped by.” You wouldn’t describe him as being called in on a --

MR. CROWLEY: He was -- I think -- my -- I mean, he -- I don’t think he was called in. I think actually he came to see us.

質問・立ち寄った?呼び出したのではないのか。

答 ・そうではない。実際、彼が会いにきたのだ。 

 真相は藪の中であるが、マスコミにとって、藤崎大使の説明のほうが都合が良かったことだけは確かである。

なぜ辺野古なのか

昨年2月、来日したクリントンと中曽根外相の間で、いわゆる「グアム協定」が締結された。内容は、06年の「ロードマップ」の再確認と日米両国の費用負担の明確化であった。この協定により、米軍再編計画に伴う海兵隊のグアム移転に係わる費用102億7千万ドルの内、日本はグアム基地の拡充・整備費28億ドルを含む60億9千万ドルを引き受け、アメリカの負担は41億8千万ドルとされた。米軍の再配置計画のための費用の60%を日本が負担すると言う、アメリカにとってはまことに都合の良い条件である。

 2002年に検討が開始された在日米軍の再編計画のなかで、沖縄に関する計画が明示されたのは06年の「ロードマップ」においてであった。8000人の海兵隊員とその家族9000人のグアムへの移転。普天間および嘉手納以南の基地の返還。普天間代替基地の建設などが主な内容である。

 この計画の目的を、海兵隊司令官コンウェイはこう報告している。

 ● 沖縄で海兵隊が直面している、「民間地域の基地への侵害」を解決する。

 ● グアム移転により、アジア・友好同盟国との協働、アメリカ領土での多国籍軍事訓練、アジア地域での様々な有事への対応に有利な場所での配備など、新しい可能性。

 ● 計画の適切な実施により、グアムへの移転は即応能力と前方展開体勢を備えた海兵隊を実現し、今後50年にわたって太平洋における米国の国益に貢献することになる。

 ● グアムや北マリアナ諸島での訓練地や射撃場の確保が、海兵隊のグアム移転の前提であり必須条件である。(09年6月 上院軍事委員会への報告書)

 コンウェイの4番目の項目は、彼が仕込んだ時限爆弾である。

 これに先立つ5月6日、彼は米下院での公聴会で「グアム移転計画に盛り込まれた米側負担40億ドルでは不足であり、インフラ整備や訓練施設の拡充にはさらに多くの費用がかかる。2014年の移転完了時期も期限を定めるべきではなく、日本との再交渉も選択肢の一つだ」とのべるとともに、本年2月の「4年ごとの国防計画見直し」作業の中でグアム移転計画を再検討する考えも示した。

 コンウェイの要求は、「グアム協定」のアメリカ側からの修正提起を意味し、深刻な経済危機を抱え、イラクおよびアフガンでの巨額な戦費支出を余儀なくされているなかで国防費の削減を目指すオバマ政権にとって、到底容認できるものではない。「現行計画が最善」との立場の強調は、日本に向けてばかりでなく、海兵隊=コンウェイを黙らせるためにも必要であった。

 マスコミ、および日ごろから時代錯誤的見解を撒き散らしている「評論家」の、沖縄県外移設批判の最大の根拠は「沖縄の海兵隊は、台湾海峡と朝鮮半島有事の抑止力として不可欠」である。しかし、これも現実を無視した意見である。

 「台湾問題」は中国の「特殊な国内問題」であるとするのが日本の公式な立場である。勿論、例えば何が何でも中国は嫌いな桜井よしこのように、台湾は中国に対する日本の防衛線であり、台湾が中国の支配下に入るようなことがあれば、次は日本が危くなるといった、冷戦時代の「ドミノ理論」的思考にどっぷり浸かった人物が、政府の立場など無視して意見を言うのは民主主義の下では当然の権利である。ただし、「台湾は、あるいは朝鮮半島は日本の領土だ」などと口走らなければ、ではあるが。

 中・台間の軍事的緊張に対処できるのは第七艦隊か嘉手納などの空軍部隊であって、海兵隊ではないことはアメリカ自身が最もよく承知している。海兵隊の役割は、せいぜい台湾在住のアメリカ人の救出でしかない。

 台湾をめぐる米・中の軍事的衝突は現実的脅威である(と言うより「期待する」と言ったほうが正確なのかもしれないが)との立場は、この二国間の関係が大きく変りつつある現実を無視しているか、あるいは見たくないという心理の表現に過ぎない。

 朝鮮半島についても同様である。沖縄における海兵隊の存在は、北朝鮮の核開発や、ミサイル開発の理由にはなったかもしれないが、「抑止力」にはならなかったことは明らかである。韓国にはアメリカ陸軍第二歩兵師団3万7千人が駐留していた。師団を構成する二つの旅団のうち一つは、イラクへ派遣された後米本国へ引き上げた。結果として、在韓米軍は半減し、それも38度線に近い最前線を韓国軍に譲り、後方へ再配置されている。2012年には国連軍としての指揮権は韓国に移譲され、米軍司令部はハワイの太平洋陸軍司令部に統合されることが決まっている。

 一万歩譲って、在日海兵隊は東アジアで想定される「脅威」に対し有効な抑止力であるとする。それならば、なぜ辺野古なのか?たとえば最近再び取りざたされている佐賀空港ではなぜだめなのか?

 佐賀空港は朝鮮半島とは目と鼻の先である。あわせて、海兵隊が乗船する揚陸艦の基地である佐世保にも極めて近い。(社民党がグアムへの海兵隊全面移転を主張したとき、グアムでは遠過ぎると騒いだのは誰だ!)

現に、普天間返還交渉の中で、アメリカ側からの提案として佐賀空港が提起されたが、日本側は、本土移転では抵抗が大きすぎるとしてこれを無視したという。面倒は沖縄の中に閉じ込めてしまえと言うことである。

在沖縄海兵隊抑止力論者にとって都合の悪い事実がもう一つある。彼らの論理の前提は、普天間基地の返還にともなって、そこに駐留する海兵隊を収容する同程度の「代替施設」を沖縄に維持しなければならないということである。確かに96年の返還交渉の開始から05年まではそうであった。05年10月の「日米同盟:未来のための変革と再編」になってはじめて「7000名の海兵隊人員の沖縄以外への移転」、「在沖縄海兵隊の再編縮小」が出てくる。そして06年6月「再編実施のための日米ロードマップ」で8000名のグアム移転に至る。

同年7月、米軍は「グアム統合軍事開発計画」を策定、「海兵隊航空部隊とともに移転してくる最大67機の回転翼機(ヘリコプター)と9機の特別作戦機CV-22航空機(垂直離陸機)」と明記し、普天間の海兵隊ヘリ部隊がそっくりグアムへ移転することが明らかになった。

昨年11月には「沖縄からグアムおよび北マリアナ・テニアンへの海兵隊移転の環境影響評価」が公開され、そこにはヘリ部隊だけではなく、地上戦闘部隊や迫撃砲部隊、補給部隊もグアムへ移転することを前提とした検討内容が示されていた。(伊波洋一・宜野湾市長 「普天間基地のグアム移転の可能性について」)

沖縄の海兵隊はそっくり、少なくともその主力は「部隊の一体性を維持する形で」グアムへ移転する。

「抑止力論者」はアメリカに抗議し、「米軍再編反対!」と叫ぶべきである。

姿を現した真の主役

  1月15日、インド洋で給油活動を続けていた海上自衛隊の法的根拠であった『新テロ特措法』の期限が切れた。かねてより、鳩山政権の対米姿勢に批判的なマスコミは、当然「撤収命令」に対しても批判的な記事を展開した。16日の読売新聞の朝刊は「インド洋 海自撤収―密輸阻止網手薄に」との見出しで政府の決定を批判する。海自の撤退によりこの海域で活動する各艦船は、給油のために帰港をする必要が生じ、監視網が手薄になるとの指摘である。この限りならあながち的外れではないかもしれない。しかし、関連記事で「本音」が明らかにされる。

 「日本の海上自衛隊が撤収するインド洋での給油活動を、中国海軍が引き継ぐ方向で検討していることが15日分かった。」

 「実現すれば、中東から原油を運ぶ日本にとって重要な海上交通路で中国が影響力を強めることになり、撤収を決めた鳩山政権に批判が集まりそうだ。」

 「中国にむざむざ国益を引き渡すことになる、と懸念する声も出ている。」

やれやれ、密輸阻止網が手薄になるのは問題だが、中国がそれを穴埋めすることはもっと問題だと言うわけである。始めからそう言えば良いのに。

昨年末、というより9月の鳩山新政権誕生以来の『日米関係』をめぐる騒動の背景に中国の影が大きく覆いかぶさっている。それは、世界政治と世界経済における中国の影響力の増大に対する、わが国支配層内部に急速に拡大し始めた戸惑いと混乱、分裂を示している。

日・米・中三国の、それぞれの利害関係は複雑に入り組みあっている。

アメリカにとって中国は最大の債権者である。1兆4000億ドルの米国債を含む2兆4000億ドル(日本の倍)の外貨を保有する中国との関係改善は、台湾問題を抱え、「人権外交」の看板は掲げてはいても避けては通れない問題である。それはまた、成長著しい「東アジア経済圏」へのアメリカの関与が、「日・中同盟」によって排除されることを阻止するためにも必要である。

日本にとって、中国は最大の貿易対象国となった。対米輸出の落ち込みがあったとはいえ、09年の対中国輸出は前年比42.8%増の10兆2391億円に達した。

中国は09年、8.7%の経済成長を達成し、GDPで日本に肉薄し、2010年には追い越して世界第二位の経済大国になることが確実視されている。

中国の存在は、強力なライバルの登場なのか、あるいは巨大なビジネスチャンスの到来なのか。それは日本とアメリカの関係に、どんな変化をもたらすのか。

「日米同盟を強化して、中国に対抗せよ」から「日米関係を見直し、正三角論へ」まで。ここに中国内部からの「日米安保=ビンの蓋論」の声も加わり混乱は収まらない。

一方から「対米従属だ!」との非難が投げかけられ、他方からは「朝献外交だ!」との声が返ってくる。古典的表現を使えば、日本帝国主義の進路をめぐる支配階級内の対立が、中国をキーワードとしていっそう明らかになってきたということである。

彼らの恐怖の本質

 1月19日の「読売新聞」社説はこう主張している――「中長期的な課題には、集団的自衛権の行使を可能とするための政府の憲法解釈の見直しや、自衛隊の海外派遣に関する恒久法の制定、武器使用権限の拡大がある。日本が、こうした問題に正面から取り組み、その国力にふさわしい国際的な役割を担うことが、日米同盟の深化には欠かせない。」

 日米同盟は文字通り日米同盟であって、日本の国際的役割とは別個の問題である。まして、「読売」が主張するような「米軍と自衛隊の一体的運用」が、いつ、どこで日本に対する国際的要請になったのか。

しかし、彼らに論理的整合性を求めることは無駄な努力と言うものだ。ここには明らかに成長著しい中国経済に対する怯えと、「日本が中国の後塵を拝することなどあり得ないし、耐えられない」との、悪しき民族主義的差別意識が顔を出している。

 中国における資本主義経済の拡大は、同時にその墓堀人たる労働者階級の急速な拡大をも作り出した。1978年には1億7245万人であった都市人口は、30年後の2008年には6億667万人に拡大した。この間、農村人口の減少は7億9014万人から7億213万人と、9000万足らずであり、人口増の大半が都市人口の増加に結びついた。

 また、全国で7億7500万人の就業者が存在し、鉱業および製造業はおよそ3億、ここに運輸、通信、建設関係の6200万を加えた3億6200万人ほどが狭い定義での「労働者」数であると推定され、更に出稼ぎ農民1億4000万人が別に存在している。

 13億の民を支配する中共政権は、その支配を維持するためには進み始めた道を走り続けるしかない。その意味するところは、中国における階級対立の公然化であり、労働者階級の政治的成長の必然化である。中国労働運動の巨大な前進と日本の労働者の結合、これがわが国の支配階級の最大の恐れであり、「中国の脅威」の真の内容にほかならない。

(2010.2.1 星)