ハリケーンと恐怖のタクシー

ラスベガスからの徹夜フライトで早朝にニューヨーク(ニューアーク空港)へ到着しました。

数日前から史上最大というハリケーンがフロリダで猛威を奮い北上していることは知っていました。
でも、まさかニューヨークで鉢合わせすることになろうとは全くの誤算でした。

今回はカナダの紅葉も楽しもうと欲張った旅行プランを計画し、ニューヨークを経由してモントリオールへ向かう途中でしたが、全てのフライトが欠航となり前途は絶たれたのです。

行き場を失った乗客で空港内はあふれていました。
まず、モントリオールのホテルや旅先でのバスツアーなど予約をすべて取り消し、今夜の宿を探さなければなりませんでした。
しかし、マンハッタンのホテルはどこも満室。
最終的に宿泊予定だったホテルチェーンに電話でお願いしてニューアーク近郊の宿を確保してもらいました。

空港から車で30分のホテルまではタクシーを利用しなければなりません。
強風と豪雨の中、タクシー乗り場はマンハッタンへ急ぐ客で長蛇の列。
運良く相乗りでニュージャージー方面のタクシーに乗ることができたのですが、それが悪夢の始まりでした。

乗り合わせたイタリア青年はシチリア島から彼女に会いに来たとのことで英語が堪能なうえニュージャージー州の地図も持っていました。
一方、タクシー運転手はアフリカ系の黒人で、無線で会話している言語は不明なうえ我々の英語すら理解できません。
一気に不安になってしまいました。

ハイウェイを走り始めるも通行止めでUターンを余儀なくされます。
一般道は冠水や街路樹の倒木でやはり八方塞がり。

本来30分の道のりをさまようこと3時間。
イタリア青年は地図で現在位置を確認しようと一生懸命な様子。
運転手は意味不明の言葉を発し焦りを隠せません。
私はバームクーヘンのように幾重にも重なる不安で頭の中がいっぱいになっていました。

本当に目的地に到達できるのだろうか?
タクシーから無理やり引きずり降ろされ金品を巻き上げられはしないだろうか?
暗いところへ連れて行かれて拳銃で殺されはしないだろうか?

運転手が指差す先にホテルチェーンのネオンが見えました。
助かった!と思った瞬間全身の緊張が緩み深い安堵のため息が出ました。
タクシーは道路ではなく冠水したショッピングモールの駐車場や裏道を走り抜けホテルの玄関へ到着しました。
約束の料金にチップを加えて50ドル手渡すと運転手は意味不明な言葉で怒り出しました。
騒ぎに気づいたホテルのオーナーが出てきて、私の荷物を持って中へ入るよう促し、運転手を追い払ってくれました。

イタリア青年はあの運転手と2人きりで会話もできずに目的地へたどり着くことができたのだろうか?

翌日はハリケーン一過。
強風だが快晴でした。
空港で夜を明かしていればタクシーの恐怖体験をすることもなかっただろうし、晴れ渡ったマンハッタンへ繰り出すことができたかもしれません。

翌々日、ホテルのオーナーはニューアーク空港までの足として黒塗りのリムジンを準備してくれました。
パキスタン人の気さくな運転手は日本人は金持ちだろうと私に質問責めでした。
時間に余裕があったため給油と洗車、さらに運転手の自宅にまで立ち寄ったのには驚きました。

ニューアーク空港を離陸した機内からマンハッタンの摩天楼が小さく見えました。
今度は必ず行くからなと心の中でつぶやきました。

【1999年9月】