西暦2020年の大相撲(後編)
まるでプロレスのようだ。若者も、発煙筒を振りかざして喜ぶ。
が、観衆は、心の底から喜んでいる感じではないようだ。
「公」 は、照れ笑いを浮かべていた。
ところで、見上げると、土俵の上にあるはずの「やぐら」が無い。
その代わりに、大型テレビモニター がついていた。
隣の青年に聞くと、
「あぁ、そんなもんもあったな。でもいらねえだろ、そんなの。」まあ、たしかにそう言われればそうだ。
「それに、こっからだとよく見えねえから、ああいう画面がないと
全然分かんねえんだよ」
B席ゆえ、土俵からは相当離れている。
昔から、これが不評で客が来なかったのであるから、当然の処置ということか。
「レディース、エーンド、ジェントルメンッ!!!」
と声がした。実況である。
古舘太郎という、あの古舘伊知郎の息子だそうだ。
父親と、まったくしゃべりが似通っている。
古舘は、マイクを持って土俵に立っていた。彼は呼び出し係のようだ。
そして、BGMが流れだした。
デケデッデケデッデケデッデケデケデケデッデケデッデケデッデケデケデケアウ!!「西方、、琴ーー山ーーー田ーーー!!!」
「東方、、人ーーのーーー山ーーー!!!」
幕内の取組が、ようやく始まった。
相撲のルールは、さすがに変えるとつまらんということで、昔ながらの決まり手が
今でも使われているという。
ここだけをみれば、かろうじて「相撲」といえる。
つまり、外見はガラッと変わっても、相撲は相撲である。
こんなのを見ていて、若者は面白いのだろうか。「いや、結構おもしれえよ。外にいても、空気悪ィしな」
そのとき、実況が吠えた。大型モニタに目をやる。
「いったーーーー!!寄り切ったーーー!!!」
「(別のアングルから)寄り切ったーーー!!!」
「(さらに別のアングルから)寄り切ったーーー!!!」
大型モニタに、「WINNER HITONOYAMA」 、と文字が出た。人の山が勝ったようだ。しかし、実況がうるさくて会話もできない。
そして番は巡って、さきほど解雇が決定的となった不人気力士「朝竜」の出番だ。
「朝竜」は、心なしか落ち込んでいるようにも見える。
やはり、解雇を悟っているのだろう。
そんな朝竜の顔を、土俵真上の大型モニタで見ていると、なにやら励ましたくなってきた。「朝竜ーーーー!!」
気づいたら、私は大声で叫んでいた。
隣の青年が、
「なっ、おもしれえだろ?」
「たしかに面白いなこれは。」
「まあ、退屈はしねえだろ。あとから、仲間も来るしな。」
後から?
もう5時を回っているから、あと1時間もしないうちに終わるというのに。
時間はあっという間に過ぎ、横綱が登場。結びの一番である。
千秋楽のこの日は、ひさびさに優勝が二人に絞られていた。
ひとりは、横綱の「公」。
もうひとりは、「VIX」というシコ名の力士。ヴィックスと読むらしい。この力士、ファン投票によって選ばれた往年の名力士「曙」と「貴乃花」の
遺伝子をかけあわせた、クローン力士なのだそうだ。
それだけに人気も絶大で、若者が本格的に盛り上がる。
両者13勝1敗のまま、千秋楽で対決することになった。
「公」は横綱なのに、人気がないのだろうか。「VIX」への声援がほとんどだ。
「あいつムカツク。相撲協会にコビ売って横綱になったようなもんだぜ。
8勝7敗だったのに、次の場所で横綱になったんだ。ありえねえよ。」
んー、そりゃたしかに相撲人気は落ちるわ、、と納得。
結びの一番、制限時間いっぱいである。
「公」と「VIX」が、土俵に塩を投げる。
観客席からも、なぜか塩が乱れ飛ぶ。なんか笑える。声援にかき消される中、軍配がかえった。
火ぶたは切って落とされたのだ。
「ハッケヨーイ、ノコッタ!!」
その瞬間、「公」は立ち会い変化した。
勢い余った「VIX」は、そのまま土俵に崩れ落ちた・・・
肩透かしであろうか。引き落としであろうか。
ともかく、体がぶつかりあう前に、「公」が、半ばひきょうとも言えるような
勝ち方をした。
ひきょうとはいえ、正当な決まり手なのであるが。
それに激怒したのは、 観客席 であった。
石、コンクリートなどが乱れ飛び、土俵に降り注ぐ。
「公」は、勝った瞬間に、花道(トンネル)の中へと逃げ込んでしまっていた。
勝ち名乗りも受けずに。
一方負けた「VIX」であるが、なにしろ土俵上にいるのは危険極まりない。
ということで、悔しかったろうが、付き人は息もつかせず、花道に無理やり
押し込んだ。
かくして優勝は 「公」 に決定した。
だが、優勝インタビューはおろか、優勝パレードもできる状態ではなかった。
優勝したときの賞品は、宅配便で届けられることになったそうだ。
「ザケンナッ!!ウオラッ!!」隣の青年も、怒りにうち震えている。
まだ、皆が皆、一人たりとも席を立とうとはしない。
10分ほどして、ようやく周囲が落ち着いてきた。
「まあ、っつってもたかが相撲だからな。別にどうでもいいよな。」
「残念だったね。じゃそろそろ帰る?」
「は?」
「いや、か、帰るっていったんだけど、ほら帰り混むし・・・」
「お前何言ってんだ? これからがオモシレエんじゃねえか。」
見ると、既に土俵はなく、手際よくリングに切り替わっていた。
格闘技が始まるらしい。
目を疑い、チケットを見てみる。
チケットは、相撲と格闘技がセットになって売られているではないか。
ということは、相撲は格闘技戦の、
「前座」 だったのか・・・
「俺たちゃぁさぁ、あんな相撲なんざ見にわざわざ来たわけじゃねえんだよ。
相撲も見れば 2,000円割引 になっから、仕方なく見てやってんだよな。おっと仲間も来たみたいだぜ。じゃあな」
・・・・・・。
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相撲の未来やいかに。