Japanese only


第二部 第二編 生命

第4章 生命の存在


索引   章前   次章

第4章 生命の存在

生物学の復習である。まさに有機的システムである生物についてその複雑な相互規定関係を解きほぐし、順序よく並べて記述することは難しい。[0001]


第1節 物質としての生命

生命存在の物質的基礎から始める。生命、生物も物質としてはなんら特別でない存在であり、ただ物質として特別な運動形態、秩序を実現している。[1001]


第1項 生物物質

【生物の一般性】

生物も物質としての存在である。生物も物理的物質、化学的物質の存在としては、それ以外の何物をも含まない。生物も原子以外の物理的構成要素をもたない。生物は電磁波の極一部と関わるだけで、ニュートリノとはまったく関係しない。生物の変化、運動に要するエネルギーは物理的、化学的エネルギー以外の力となんら関わりをもたない。強い力、弱い力は生命、生物としての存在には何ら関わりを持たない。[1002]
生物は物質の有り様として限られた特殊な存在である。生物にとって物質の運搬は流動や拡散等の運動法則に従い、物理的輸送機構も支持や伸縮、回転等の物理的運動法則に従っている。エネルギーは物質として、特に運動エネルギーはアデノシン三リン酸=ATPとして貯えられ、運ばれる。情報も相互連関過程での媒体物質の交換・輸送、電位差を利用して送受される。生物の運動に物理・化学的運動との不連続、飛躍はない。生命・生物は物質の運動として世界と関連し、その他の関連はない。生物は物理的・化学的物質を基礎とする世界の存在である。ただ、人が理解しきれない生命の複雑で精妙な秩序が理解できた自然秩序に比べてはるかに超えているように思えるだけである。[1003]
地球上の生物の物理的物質、元素の構成は海水の構成割合とほとんど同じである。この構成割合は生物が地球上で、海中で生まれたことを示す根拠のひとつである。生命は地表だけでなく空中にも、地殻の奥深くにも生息する。地球の多様な環境に依存しながら、多様な姿、多様な生活様式で存在していることも、生物がその環境をなす非生物との連関に連なった一般的存在であることを示している。[1004]

【生物の特殊性】

生物は物理的、化学的物質としてだけあるのではない。生物は単にマクロの物体としてあるのではない。生物は物理化学的物質のあり方の特殊な形態である。物理化学的運動を組織し、構造化している。物理化学過程の相互規定関係を保存する秩序として特殊化している。組織・構造として物理化学的運動は生命活動として秩序づけられ、偶然の条件によって選択されている。[1005]
生物の物理的存在の特徴は特殊な秩序構造にある。生物は結晶構造でも存在する(タバコモザイクウイルス)が、それだけでは自己増殖できず、生物として存続できない。ウイルスは他の生物に寄生しなくては活動できないことで、生物としては認めない人もいる。生物は物理化学的運動を自律的に組織化した特殊な物質の運動形態としてあり、その運動と構造をより発展させてきている。物理的に存在することが運動である上に、その運動を基礎に生物としての存在を維持する独自の運動を実現している。[1006]
トランプカードをばらまけばほとんどは重なり合って散らばる。ところが中には偶然、2枚のカードが支え合って逆V字形に立つこともある。この有り得ないようなほんのわずかな可能性を確実に実現するよう物理化学的過程を組み合わせているのが生命である。有り得ないようなわずかな可能性を実現したのは、膨大な数の分子反応過程と十数億年を掛けたほとんど無限の繰り返しと、その成果を組み合わせることによってである。この歴史過程については次章の課題として、ここでは今ある生命、生物の有り様を整理する。[1007]

【有機物】

宇宙の物質進化の過程で有機物が合成された。有機物は宇宙でも一般的存在である。地球外からやってくる隕石の中にも発見される。有機物は炭素を含む化合物であり、化学的に他の分子と同じであり特別ではない。[1008]
炭素原子の原子価は4価で、4つの「手」で他の原子と結合できる。炭素原子自体相互に結合し、鎖状や環状、条件によっては球状、チューブ状の分子を作る。また、炭素は地球環境で不可逆的に、決定的に酸化するほど激しく反応しない。炭素は結合対象を交換可能な程度の反応のしやすさをもつ。この炭素を含む有機物が結びつくことによって、生物が実現している。生物体を維持できなくなった炭素化合物は、地球環境にあっては他の生物に取り込まれるか、次第に酸化され、分解される。[1009]
有機物の特性のひとつは、単純な分子構造を構成単位としてより大きな分子構造を構成することである。そして、より大きな構造が壊れるとき、より基本的分子に還元される。分子量によっても有機物の質的区別がある。炭化水素などはその分子量によって異なる化学的性質の物質を構成する。化合する原子の種類、結合構造としての有機物の多様化は有機物の質的階層を作る。有機物、アミノ酸、タンパク質、膜、細胞のように。[1010]

【生物の基本的物質】

生物の主な物質構成要素はタンパク質、脂質、炭水化物と核酸などの有機物である。そのほかに水や歯骨となるリン酸カルシウム、カリウム塩やナトリウム塩等からなる。生物個体のほとんどは水であり、人では70%にもなる。[1011]

タンパク質は生物の乾燥重量の半分以上を占める。タンパク質はアミノ酸からなる。アミノ酸は1つの炭素原子を中心に、1つの窒素原子と2つの水素原子からなるアミノ基、1つづつの炭素、水素と2つの酸素からなるカルボキシル基、中心となる炭素原子と結合した1つの水素原子にアミノ酸の種類によって異なるR基と一括される多様な原子団が結合した有機化合物である。生物に利用されるアミノ酸は数百種類が発見されているが、そのうちタンパク質を構成するのは20種類に限られている。タンパク質を作るアミノ酸のアミノ基とカルボキシル基の間で水がとれ、鎖状に結合したのがタンパク質である。タンパク質は小さなもので数十から、一般的には数百、大きいものは千以上のアミノ酸からなる。20種類のアミノ酸が数十以上配列するのだからタンパク質の種類は膨大である。[1012]
連なったアミノ酸の鎖は分子間の荷電や水との親和性の強弱によって自発的に折りたんだり、他の特定の分子と接触することで折りたたまれ、空間的立体構造をとる。さらに、タンパク質は分子の構造に応じた自律的分子集合をつくる。分子集合として筋肉などの繊維状のものと、血清タンパク、ホルモン、酵素のような球状のもの等多様な集合体として特有な機能を実現する。タンパク質の立体構造は生物的活性に関わる。タンパク質は他の物質が結合することで立体構造が変化する。この変形によってタンパク質は物理的運動や物質移送を担う。筋肉の場合は2種類のタンパク質繊維、アクチンとミオシンが変形し、互いに滑り込むことによって収縮する。細胞表面のタンパク質は細胞内外の物質と情報の出入りを制御する。その情報の媒体となる伝達物質もタンパク質分子である。[1013]
タンパク質の中にはアミノ酸以外の成分をアミノ酸の鎖に共有結合しているものがあり、ヘモグロビンや糖タンパクのように特別な生理的役割をしている。酵素としてのタンパク質はタンパク質自体を切断し、接合する触媒の役割を担う。DNAの二重螺旋を開削するのもタンパク質である。タンパク質は生化学反応を担う基本物質でもある。[1014]

脂質は生物体のタンパク質と並ぶ主たる構造材であり、衝撃吸収剤、保温材としての機能を担う。生物の重量の大部を占める水に溶けない性質によって細胞膜を構成し、生命単位を他と区別している。また脂肪は糖類との重量比で倍以上の効率でエネルギーを貯蔵する。[1015]

炭水化物は炭素、水素、酸素からできた高分子で多様な糖類としてある。炭水化物は太陽エネルギーを利用して作られ、エネルギーを細胞内に蓄える。[1016]
炭水化物は植物ではセルロースとして個体を支える。動物の骨の組織も細胞間物質としての糖にタンパク質やカルシウムが沈着してできている。また炭水化物は水に溶けて粘性、潤滑性、粘着性を現し、生物の柔軟な運動を可能にしている。[1017]
細胞表面で細胞膜に埋め込まれたタンパク質から突き出している糖類は細胞の種類によって異なり、また個体によっても異なる。個体発生過程ではこの糖の違いによって細胞の分化を制御する。個体による違いは細胞免疫を担う。[1018]

核酸は糖とリン酸基が交互に連なり、糖の部分に塩基が結合した高分子化合物である。核酸はタンパク質を構成するアミノ酸配列順と、特定のタンパク質を作り出す時期を遺伝情報として保存する。核酸にはRNAとDNAがあり、今日のほとんどの生物はDNAに遺伝情報を記録している。RNAはDNAから遺伝情報を写し取り、タンパク質合成を直接制御する。[1019]

メモ:DNAの基本】
DNAは糖とリン酸基が交互に結合した鎖を骨格とし、骨格鎖の糖に塩基が水素結合する。塩基はDNAの場合アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類であり、「A−T」と「G−C」の対応が決まって結びつく。「リン酸基・糖−塩基−」の塩基どうしが「リン酸基・糖−塩基−塩基−糖・リン酸基」として水素結合し、2本の鎖からなる二重らせん構造をとる。塩基同士の結合が切れ、対応する「−塩基−糖・リン酸基」が結合することで同じ並びの二組のDNAができる。この複製は試験管内でも実現できる。DNAの複製と同じようにDNAの情報がRNAに複写される。
DNAの二重らせんはさらにゴム飛行機のゴムを巻いたようによじれ、そのよじれたヒモがさらによじれるように巻き取られ染色体と呼ばれる顕微鏡で見ることの出来る大きさにまとまる。生物種によって染色体の数は違い、有性生殖する生物種では同じ染色体が対になり、種によっては更に多くの対をもつ倍数体もある。雌雄の区別は染色体の特定の1組の一方が他方と違うDNA配列をもつものが雄(オス)になる。人の場合23対46本の染色体が細胞内の核に収まっている。
RNAも核酸であるがDNAのチミンの代わりにウラシル(U)からなる。ウイルスによってはRNAに遺伝情報を担わしている種もある。DNA生物で機能のはっきりしているRNAにはDNAの遺伝情報を写し取るmRNA、アミノ酸を運搬するtRNA、リボソーム粒子を構成するrRNAがある。リボソームに結合したmRANの情報に基づき、tRNAが運んできたアミノ酸が結合される。DNAは遺伝子を保存するだけであり、実際に遺伝子情報に基づいてアミノ酸を結合する触媒はRNAと酵素タンパク質である。
細胞の自己複製は遺伝子自体の複製と遺伝子情報に基づくタンパク質の合成による。DNAは細胞それぞれに存在し、ヒトなどの真核生物では核のなかにまとまって収まっている。DNAは20種類のアミノ酸の組み合わせ順序の情報とその索引・発現情報とを持っている。
作られるべきタンパク質を規定するDNA部分は酵素タンパク質によって開裂され、塩基間の相補的関係で対応するmRNAに写し取られる。mRNAは核を出て細胞内器官である小胞体に結びつき、タンパク質合成酵素と一体となってリボソームを構成する。リボソームでは酵素タンパク質の作用でmRANの塩基配列にしたがい、tRNAが運んでくるアミノ酸をタンパク質に合成する。RNAと酵素タンパク質によって細胞での生化学反応が制御される。
DNAの4種類の塩基A、T、C、Gが3つ組合さって対応するアミノ酸を特定する。塩基3つの組合せをコドンと呼ぶ。4種類の塩基3つの組合せは64になるが、異なる組合せが同じアミノ酸を指定し、また配列の終了位置を指定するコドンもある。コドンとアミノ酸の対応規定関係がどのように実現されているかはまだ説明されていない。

【生物物質の運動】

生物の化学過程は基本的に水中にある。単細胞生物は細胞での物質の取り込み、移送、排出ですむが、多細胞生物にはさらに細胞間での物質移送機構がある。[1020]
生体の物理的運動は物理法則を生物個体の中で方向づけている。液体は重力と温度、濃度、抵抗によって物理的に運動するが、生物の中ではそれらを方向づけて制御し組み合わせている。植物は葉で水を蒸散し、毛細管現象等を利用して水を吸い上げる。多細胞動物で血液は血管系の中で心臓によって圧力をかけられ、弁によって方向づけられ、各器官に運ばれて循環する。動脈からしみ出したリンパ液はリンパ管によって回収され静脈に流れ込み循環する。[1021]
小さな分子は細胞質に拡散によって移動する。細胞表層のタンパク質を変形させることで収縮し、原形質を流動させる。単細胞生物は原形質を流動させることで個体を移動させる。または、繊毛は波動によっても体液や物質を移送する。鞭毛は回転することで推進力を発揮する。これらの運動は分子間作用として実現し、そのエネルギーはATPが分解する際の化学エネルギーとして供給される。[1022]


第2項 生化学反応

生物の化学反応は、一般の化学反応よりも複雑に発展した生物的化学反応になる。例えば酸化も発熱量を極端に抑えたエネルギー変換になる。生物個体が必要なものを必要なだけ、一定の温度で合成、分解できるのは酵素の働きによる。生化学反応が能率よく行われる条件として、温度は0度C〜40度C、水素イオン指数pHは5〜8が適当である。ただし、これは生物の生活環境の限界条件ではない。[1023]

【基礎物質の合成】

生物にとって必要な物質は、生物秩序を維持することのできるエントロピーの小さな物質である。物理化学的に同じ元素であるだけでは、その物質、エネルギーを生物は利用できない。地球上でエントロピーの小さい物質は太陽光である。無尽蔵でエネルギー密度の大きい太陽光を利用し植物は炭水化物を光合成する。動物はエントロピーの小さな物質として炭水化物を必要とする。[1024]
生物にとって特に重要な化学反応である光合成は、植物細胞内にある色素体、色素体に含まれる葉緑素が担う。太陽光を利用して水を分解して二酸化炭素と反応させ、炭水化物と酸素分子をつくりだす。炭水化物は植物ではでんぷんとして蓄えられ、動物ではエネルギー源としてグルコースをグリコーゲンに合成して蓄えられる。[1025]
生物自らが有機物を合成し、また地球大気に酸素分子を開放している。発酵エネルギーを超える酸化エネルギーの利用は生物体内の化学反応をより発展的、効率的にした。[1026]
太陽光を利用できない環境では、化学合成によってエネルギーを取り出し利用する。硫化水素や硝酸、亜硝酸、水素などからなる高エネルギー物質を分解してエネルギーを利用する細菌がいる。[1027]

窒素が無くてはアミノ酸をつくることはできない。窒素は植物の肥料として不可欠である。その窒素は大気の80%近くを占めるが、分子運動は激しく、その密度は低く、エントロピーが大きい。窒素ガスはアンモニア分子として固定されることでエントロピーは下がり、生化学反応過程での制御が可能になる。空気中の窒素ガスは一部のバクテリアによって、生物に利用可能な形のアンモニアに合成される。一端生物界に取り込まれた窒素は尿素や尿酸として生物界を巡回する。また生物の死体も微生物によってアンモニアに分解されて再利用、循環する。[1028]

【生物の化学反応】

生物は物質代謝によって存在し、物質代謝としてのエネルギー代謝によって運動する。物質代謝もエネルギー代謝も化学反応を制御して実現している。その化学反応は細胞内で酵素に制御されている。偶然の出会いによって化学反応が起こるのではなく、化学反応が相互に連関し、互いに規定し合いながら秩序をつくりだしている。組織化された化学反応過程は一時も休むことのない連続した過程である。例外は胞子や植物の種子などであり、むしろその休止した状態から連続する化学反応過程、生命過程が再開される機序の方が注目される。[1029]
この間のタンパク質の変形、運動のエネルギーはアデノシン三リン酸(ATP)として供給される。ATPは細胞内のミトコンドリアに含まれる酵素によってブドウ糖や脂肪の分解物を二酸化炭素と水に分解することで生成される。この糖や脂肪の分解も単純な化学反応ではなく、酵素によって制御されたいくつもの段階を経る。細胞での呼吸はエネルギーを消費する過程であるが、ここでのエネルギー供給もATPを介し、いくつもの段階を循環するクレブス回路と呼ばれる過程にある。生化学反応は燃焼のように一方的に進むんで終わる化学反応ではなく、絶えることなく続く連続する過程である。[1030]

【酵素によ化学反応】

生物がそのありえないような物理化学的秩序を実現し、確実に維持できるのはその代謝を制御していることによる。代謝の素過程としての化学反応を制御するのは酵素とRNAである。酵素は生化学反応で触媒としてはたらくタンパク質である。生化学反応過程は細胞内の穏やかな環境でいくつもの段階をそれぞれ異なる酵素によって制御されている。酵素の中にはその機能を実現するためにビタミンなどの補酵素を必要とするものもある。[1031]
酵素による反応は高速である。一般の化学反応は温度が高くなることによって分子運動速度が速まり、分子同士の衝突回数が増えることで反応速度を速める。酵素はそれぞれ特定のアミノ酸と選択的に結びつく。酵素は反応物に結びついて誘導して反応物を会合させる。また、酵素自体がいくつかの反応過程順に連なった複合体を構成して、反応効率を高めている。[1032]
酵素による反応は白金などの一般的触媒と異なり、特定の化学反応にだけ作用する。遺伝子の欠損によって特定の酵素ができなかったり、その量が適量でない場合には様々な代謝異常を発祥する遺伝病になる。[1033]
酵素の反応制御では、一連の反応過程で次々と中間生成物をつくり、数段階を経て最終生成物をつくる。最終生成物が初期に作用する酵素の特定部位に結合し、酵素タンパク質を変形させることによって反応を抑止する。あるいは対象酵素の生成情報を保存するDNA部分に結合することによってmRNAの生成を阻害して抑止する。一連の反応過程全体が最終生成物によってフィードバックされ制御される。何らかの方法で制御されなくては反応物が無くなるまで進んでしまい、物質代謝秩序は崩れてしまう。[1034]


第3項 物質代謝過程

生物の代謝過程は環境物質系に対して開いているが、反応過程は相互規定関係にあって相対的に閉じている。相互規定関係が秩序として維持されることで生物は存在し、この秩序が崩れ還元されるなら生物は存在できない。生物の代謝過程も物質の運動過程であるが、一般的物質の運動過程での相互作用から相対的に独立し、より発展的な運動秩序の階層をなす。[1035]
生物個体は物質を同化して個体の構成要素に取り込む。同化の過程にあっても単に組み込むだけではなく、タンパク質はアミノ酸にまで消化してから固有のタンパク質に組変える。異化は個体の老化した組織、不用な物質を体外に排出する。異化の過程であっても単に排出するだけではない。基本的に老廃物は食細胞によって取り込まれることもあれば、細胞内で小胞体に取り込まれ細胞外に排出され、血液の流れに乗って腎臓へ運ばれて体外に出される。[1036]
同化と異化は全体として統一され、平衡がとれていることで個体を維持する。それだけでなく活動状態に、環境や消費エネルギーに変化があっても平衡を維持する。全体の平衡が崩れれば組織、構造秩序の再生産が出来なくなり死ぬ。[1037]

【基礎代謝】

生命活動過程で物質は常に更新されておりエネルギーを必要とする。同化・異化のために物質とエネルギーの消費が行われ、エネルギーが取り入れられる。生物は存在するだけでも基礎代謝が必要である。[1038]
細胞を更新することで生物個体は生存するが、細胞の更新は細胞分裂による。細胞1個が分裂し2個に増えるだけでも何組もの染色体を倍加させ、二分し、その他の細胞内器官も分配する。その間タンパク質の生成、そのための酵素となるタンパク質の生成過程がある。[1039]
細胞は内外の物質濃度を一定に維持することで生きて機能する。細胞膜のタンパク質が運動することで物質移送を制御し、濃度差を能動的に維持している。[1040]
人の通常のリンパ球は毎秒約100万個死に、同じく作り出されている。赤血球細胞は120日の寿命しかなく、毎日1,000億個以上が死に、再生されている。肝臓のタンパク質分子は10日から20日でその半数が置き換わる。骨であっても更新され、更新によって身体全体のカルシウム量を調整もしている。[1041]
動物の呼吸は個体内に酸素を取り入れ二酸化炭素を排出する外呼吸と、細胞で栄養物を酸化分解し、生じる二酸化炭素を排出する内呼吸からなる。酸素は酸素分子と水として体内へ取り込まれ、二酸化炭素と水として排出される。炭素は植物で二酸化炭素ガスとして取り込まれ炭水化物を作るが、動物はこの炭水化物を食物として取り入れ、二酸化炭素として排出する。[1042]

動物は基礎代謝だけでは生きていけない。基礎代謝を維持するためにも物質、エネルギーを獲得しなくてはならない。基礎代謝を維持するためには基礎代謝に必要な以上の物質・エネルギーを必要としている。[1043]

【自己増殖】

生物の特徴の一つが自己増殖である。自己増殖は細胞分裂としてある。自己増殖して同じ個体を作りだし、種を維持する。細菌等の単細胞生物は単純に分裂によって増殖する。単細胞生物であっても、時に染色体を交換するものもいる。自己増殖によって生命秩序は個体の限界を超えて存続する。自己増殖によって生物はその秩序を個体として、全体として維持する。[1044]
生物は増殖することで、同じ環境の中で存在を普遍化する。新しい生育環境があって、他の種がいなければそこでも増殖する。環境の一部が生存に不適に変化しても、残りの環境で生き残ることができる。あるいは環境の変化に適応するものが生き残り、多様性を獲得する。[1045]

多細胞生物は細胞分裂を繰り返すことで物質代謝機能を低下させてしまう。多細胞生物では継続する物質代謝で全体の制御機能も低下する。細胞分裂の回数自体が制限されている。老化であるが、その機序はまだ明らかにはなっていない。これを復活するため、物質代謝の最も基本的単位である卵、種子から再生する。落葉植物であれば光合成を担う葉を毎年更新する。基本的単位から回復する過程で、全体の構成物質を更新し、生命の活性を取り戻す。[1046]
細胞の分裂は、細胞間の相互関係の基本でもある。細胞の相互関係の下で分裂は生殖へと発展した。生殖は有性生殖へと進化し、遺伝子を交換して進化の各段階を固定し遺伝子を多様化する。生殖は単に雌雄一対の関係に限らない。性を備える生物がすべてではないし、性別のある生物でも、雌だけでも子を生む種も、性転換する種もある。生殖は生活環の節をなしている。[1047]


第2節 生物の秩序

生物を実現する秩序は生命活動によって規定される物理化学過程の問題である。物理化学的運動過程を基礎とする生命過程が、逆に物理化学的運動過程を規定する。[2001]

【生物の恒存性】

生物には胞子、種子として代謝を停止する期間を生活環のうちにもつ種もある。しかし、代謝を停止したままでは変化する物理化学環境の下でやがて消滅する。生物の生存は代謝によって実現し、存続している。物理化学的変化の過程で自らを保存するには代謝が不可欠であり、生物自らの保存は代謝秩序の実現としてある。物理的構成要素のすべてが入れ替わっても、同じ生物個体として存在する。多数の種が絶滅しても、残った種からさらに多様な種が出現してきた。代謝秩序の実現、秩序の保存は環境から秩序を取り入れ、自らの秩序に組み替え、自らの内で崩れた秩序を排出する過程としてある。生物も熱力学の法則を破ることはできない。この常に変化しながら保存される秩序として、生物の恒存性(ホメオスタシス)が実現している。[2002]
動物の場合食物の内容が変わっても、また外界の気温その他の環境条件が変化しても、個体内の血糖値、尿の組成、汗の中の塩分濃度などはつねにほぼ一定に保たれている。[2003]


第1項 細胞

【基礎組織としての細胞】

生物の存在、運動の基本は細胞である。細胞は自己再生の基本単位である。ただし、多細胞生物にあっては個々の細胞の寿命と個体の寿命は一致しない。[2004]
細胞は生物の生命活動の基本単位である。細胞ひとつからなる単細胞生物があり、その個体数、量は地球生物のうちで圧倒的に多い。単細胞生物は生命存在の基礎階層をなす。一方、多細胞生物は分化した細胞の個体としての統一組織体である。単細胞生物と多細胞生物は生命のあり方を区分する基本的な2つの階層をなしている。単細胞生物と多細胞生物は生命としては全く同じ存在でありながら、その物理化学的全体秩序はまったく異なる。ヒトなどの組織的に分化した細胞は生殖能力、一個の生物としての能力を失っている。[2005]
単細胞生物のなかには環境変化に応じて群をなし、組織体を構成するものがある。ミクソバクテリアは胞子から発芽し、単細胞のアメーバとして分裂=増殖し、栄養が欠乏すると集合し、子実体とよぶ集団をつくり、やがて胞子を放出する。吹き溜まりに落ち葉が集まるのとは異なり、単細胞個体同士が自律的に集合する。単細胞生物であるから、環境や他の個体を認識したりコミュニケーションをする器官を備えているわけではない。細胞自体の機能として環境によって相互作用する。多細胞生物成立の過程をうかがわせる。[2006]
単細胞・多細胞の違いとは別に細胞間の寄生・共生関係が進化の過程であったと考えられている。ミトコンドリアと葉緑体は単細胞生物としてあったが、他の単細胞生物に取り込まれて共生することになった。[2007]

単細胞生物から多細胞生物が進化した。多細胞生物も細胞を単位として生長する。多細胞生物は1個の細胞から分化して組織、器官、個体を構成する。個体は細胞分裂による細胞数の増加ととして量的に生長し、細胞分化による組織化として質的に生長する。多細胞生物では分化した細胞が組織を作り、各組織が互いの代謝を調整しあって個体としての統一した物質代謝系を実現している。[2008]
受精卵分割初期の胚性幹細胞は、成体のどの細胞にも分化することができる。細胞が分化した臓器それぞれにも、細胞を更新する幹細胞がある。分化した細胞であってもすべて同じDNA組を持っているが、その遺伝子発現は制限されてしまっている。[2009]
組織は分化し、増殖するだけでなく、一定の限界で停止し、不用となった部分を削除する。この削除は外部からの作用ではなく、細胞自体の自己死=アポトーシスによる。手足の指形は指間の細胞自己死による。基本的に細胞は相互に作用し、刺激を受けないものは不用な細胞として自己死する。脳の神経細胞網でも、不要な接続をした神経細胞は刺激されないことで自己死する。自己死はDNAが断裂することにより、タンパク質合成が出来なくなる。自己死した細胞は分解し、白血球に取り込まれる。[2010]

細胞は細胞膜で内外の物質的関連を区別し、環境と空間的に隔てている。細胞膜が物理的、化学的に破られると、細胞は生物としての機能を維持できなくなり死ぬ。細胞内には幾種類かの、多くの小器官間があり、機能分担している。DNAは細胞自体を再生する情報と、個体を再生する情報を保存している。小胞体にあるリボソームではタンパク質がつくられる。ミトコンドリアは細胞内呼吸によってATPを供給する。細胞骨格が細胞の物理的構造を支え、また細胞内小器官間物質輸送を誘導している。[2011]

メモ:細胞の基本】
細胞膜は液体である細胞質を封じ込め、細胞内の環境を維持している。細胞膜は細胞内小器官の膜や、細胞が取りこんだ物質を包み込む膜と同じである。この細胞の構造を区画する普遍的膜を単位膜と呼ぶ。単位膜はリン脂質分子が2層に並んでいる。リン脂質は親水性のリン酸と疎水性の脂肪酸の結合した分子である。リン脂質分子が水中にあると親水性と疎水性の部分が水と相互作用して泡状の膜を物理的に作る。
細胞膜を構成するリン脂質は流動的で、膜の中に多様なタンパク質とコレステロールを組み込んでいる。そのタンパク質とコレステロールには多様な糖分子がつながっている。糖分子は単位膜の片側の面だけにあり、単位膜の表裏を区別している。ただしこの表裏は相対的で内外の区別ではない。糖分子は細胞外皮として単位膜を覆うようにある。細胞外皮は細胞間の接着剤としての機能、骨や皮膚、粘膜等細胞の種類ごとに違う物理的機能、さらに免疫の機能を担っている。この細胞外皮は植物では細胞壁としてある。
細胞膜は他との空間的境界としてだけあるのではなく、必要な物質を単位膜に包み込んで細胞内に取り込み、不用になった物質や他の細胞が必要とする物質を細胞外に排出する。細胞膜に埋め込まれたタンパク質はイオンを選択的に、しかも濃度勾配に逆らって能動的に取り込み、または排出する。またそれぞれ特定の分子が結びつくことで変形し、イオンの出入りを変化させたり、他のタンパク質へ作用したりして細胞内外の情報伝達を担う。
核は動植物の細胞にあり、遺伝情報を担うDNAを二重の単位膜で囲んでいる。
ミトコンドリアはその酵素によってブドウ糖や脂肪を二酸化炭素と水に分解することでATPの化学エネルギーに変える。ミトコンドリアは独自のDNAを持ち卵細胞経由で受け継がれる。
植物の葉緑体は葉緑素を含み、太陽光のエネルギーを利用して二酸化炭素と水からデンプンを作る。
小胞体はリボソームが結合したものとしていないものがあるが、タンパク質の合成の場である。また、作られたタンパク質を折りたたんだり、糖質を付加したりする。作られたタンパク質は小胞体からちぎれた小胞に包み込まれてゴルジ体や細胞外へ運ばれる。
リソソームはタンパク質、脂質、糖質を分解する酵素を含む小胞体である。リソソームは細胞内に取り込まれた異物や、老化や病変で死んだ細胞自らを消化する。
微小管は繊維状、チューブ状のタンパク質で細胞骨格として細胞の構造を支えている。細胞分裂の際染色体を誘導するのも微小管であり、他にも細胞内の物質輸送を方向づけている。細胞内で小胞に結合して運ぶ特定のタンパク質は変形を繰り返し、細胞骨格を伝って移動する。また微小管は数本集まって繊毛や鞭毛を構成し、不均等な相互運動をすることで細胞自体の運動、細胞外の物質の輸送を担う。


第2項 遺伝

細胞が分裂して同じ2つの細胞になるにも遺伝が関わる。多細胞生物が同じ個体を生むのも遺伝である。細胞、そして個体の秩序は遺伝によって再現される。生物種としての形質と、種内での個体差として表れている形質が遺伝する。[2012]
遺伝によって生命秩序は再現されるが、同時に遺伝は生命秩序を多様化もする。種としての形質は不変であり、個体差としての形質は変異する。[20131

【遺伝子】

「遺伝子」は個別物質の名ではない。生物が親から子へ伝える形質を規定する因子の名である。遺伝によって個体としての性質や、基礎的行動様式までも規定する。ただし、遺伝子が子に伝わっても劣勢であればその形質が現れるとは限らない。遺伝子は生物個体のすべての形質を規定するのでもない。[2014]
遺伝子は多数の規定因子の集合として各個体の形質を規定する。相反する形質間ではどちらか一方が優性遺伝として発現する。有性生殖種での遺伝子集合は生殖によって両性の遺伝子集合が部分的に交換される。生物種の遺伝子集合は、個体の遺伝子集合を超えた形質の多様性をもつ。多少の環境変化に対し、対応できない形質の個体があっても、種の遺伝子集合に多様性があればその種は生き残る。[2015]

【遺伝子の担体】

遺伝子の担体はDNA、あるいはRNAである。今日のほとんどの生物はDNAに遺伝情報を保存している。DNAはアミノ酸の配列情報だけではなく、合成するタンパク質の指定とその時期の情報も記録している。[2016]
作り出すタンパク質を選択する条件はDNA自体に組み込まれた機構、細胞外の関連する組織での必要、それぞれの細胞自体の代謝での必要による。この情報によって発生過程の複雑な細胞分化が規定される。細胞分化はそれぞれの細胞の他の細胞との相対的関連、誘導物質の濃度の違いによっても規定されている。細胞による組織の構成、個体体躯の構成のうちには個体の調整を担う神経系も含まれる。また、神経と共に代謝等を担うホルモンなども遺伝情報に基づいて生産されるタンパク質である。免疫抗体の多様性は発生の段階と、免疫細胞の増殖の段階で実現するが、その変異を可能にしているのも遺伝のしくみである。[2017]
本能と呼ばれる定型的反応は定型的刺激に対する行動である。環境が空間的、時間的に一定型の刺激を与えることで、反応の機構が組織構造としても固定され、遺伝するようになる。環境からの刺激と反応との相互作用が定型的な過程として実現するなら、反応も連続した行動となる。[2018]

【遺伝の発現】

遺伝による制御はDNAが直接働くのではない。遺伝による制御は特定のタンパク質の生産として現れる。DNA上の塩基配列をRNAに読み取る酵素タンパク質自体もDNA上の遺伝子に規定されている。DNAによって決定されるタンパク質合成はタンパク質によって実現され、そのタンパク質もDNAによって規定されている。[2019]
DNA−RNA−タンパク質と遺伝情報が実現される過程を「セントラル・ドグマ」と言っているが、重要なのは必要とするタンパク質を作り出すことである。必要性の基準がDNAだけがもっている情報なら、セントラル・ドグマを修正する必要はない。しかし、細胞あるいは個体の状態は発達し、その環境は多様に変化する。細胞、個体の状態、環境に応じて必要なタンパク質を作り出すにはDNAの情報だけでは不可能である。状態と環境との情報を評価し、DNAの情報発現を制御する機序がある。細胞、個体の系全体として遺伝は実現する。遺伝子を制御する遺伝子はホメオ遺伝子と呼ばれる。DNA上の遺伝子の機能には階層性がある。[2020]

遺伝情報物質、遺伝子、遺伝形質はそれぞれ階層が異なる。これらからなる全過程が遺伝である。生物個体、あるいは個体の組織の形成に、それぞれがどの程度の決定性を持つものかは複雑な過程である。感覚能力、運動能力、認識能力、言語能力、思考能力等も遺伝形質として決定されてはいるが、生活過程で実現する能力であることも確かである。遺伝的に規定されているからといって実現するとは限らないし、その実現の程度も訓練によって異なる。[2021]
たとえば、脳。脳を形成する神経細胞網は胎児期に既に形成され、その細胞数は一生増えず、減るだけである。(失われた細胞が補われる場合もあるようだが。)使われない神経細胞が減ることによって必要な回路が残される。生長して学習によって変化するのは、神経細胞間の相互接続関係と神経細胞間情報伝達の効率である。個々の神経細胞の位置、およびその位置での神経細胞の量は、他の器官と同じに遺伝子を媒体とする情報と、発生過程での形質発現過程によって決まる。[2022]

【発生の制御】

多細胞生物は卵細胞の分裂によって組織を分化し、個体へと生長する。動物の組織細胞は上皮組織細胞、内皮細胞、結合組織・支持組織細胞、神経組織細胞、血液細胞、幹細胞に分類されるが、それぞれにさらに機能を異にする細胞が分化する。この構造秩序は空間的に分割されただけでは作られない。[2023]
卵細胞自体が非対象性、原始極性を備えている。原始極性は生物の種によりRNAの局所的遍在、あるいは卵細胞へ細胞質を供給する保育細胞のつながりによって決まる。精子の進入位置と、これにともなう卵細胞の回転の向きによって軸性が現れる。[2024]
卵細胞分割による前後、背腹の区別、個体の中心からの遠近の区別、左右の対称性は空間形式ではなく、物質の配置として決まる。細胞のそれぞれの位置情報は個体内物質の濃度勾配、隣接細胞との相互作用による誘導として与えられる。さらに体節ごとに位置情報は相対的に区別され、より詳細に分化する。組織ごとに細胞の形質は制限され特殊化する。個体の細胞はすべて同じDNAを持っていて、分化する前の幹細胞は様々な細胞に分化できるが、分化することでその一部の形質だけしか現せなくなる。[2025]

【再生】

遺伝は生物の自己複製であり、基本的には世代交代であるが、多細胞生物では細胞だけでなく個々の組織の自己複製であり、その上での生殖による個体複製である。遺伝は世代交代だけではなく代謝の基礎である。多細胞生物個体の自己修復も自己複製能力の部分的現れである。病気、怪我、手術などによって組織的欠損が生じた場合、その組織細胞がその場所につくられる。欠損した組織、器官では細胞が増殖し、増殖は補修の範囲を超えることなく、組織、器官を再現する。増殖を制御できなくなる病気がガンである。[2026]
生物は構造秩序としての自己を更新して、保存する。遺伝情報の媒体としてのDNAを複製して保存する。DNA情報に基づいてタンパク質を作りだし、また分解し細胞を維持する。DNAと細胞組織を倍加し、分裂させて細胞を増殖する。細胞を増殖し、機能しなくなった細胞を分解して組織を再生し細胞秩序を保存する。細胞を更新して組織、器官を再生しその組織秩序を保存する。細胞、組織・器官の更新として個体の物質代謝秩序を保存する。種を保存しながら、環境変化に対しては多様化する個体を淘汰して進化する。生物は種を超えて生命を保存する。[2027]
生物の自己保存は生物個体の遺伝だけではない。種の遺伝子集合としても保存され、淘汰される。生物個体では外部からの作用に対し、物質代謝系を制御して恒存性を維持して自己保存する。動物の物質代謝系ではホルモンなどの内分泌、神経系の反応が主に作用している。生理的には免疫系が重要な役割を担っている。[2028]

【生体組織】

質的に分化した細胞は組織を構成する。組織の運動は細胞の運動であるが、全体としては細胞の階層を超えた階層の機能を担う。骨格と筋肉による運動、心臓の拍動、肺の換気、神経の刺激伝達など、個々の細胞の運動には還元できない組織全体として統一された運動が現れる。[2029]
肝臓、すい臓、脾臓、腎臓等の器官では、その細胞の代謝とはまったくかけ離れた物理化学的機能を担っている。消化器の細胞は細胞自体が生存するための消化・吸収ではなく、個体全体の消化・吸収を担う。その分化して担う機能の最たるものが脳である。脳細胞は他の神経細胞とまったく同じに電気刺激や伝達物質として興奮を伝えるが、脳は個体全体としての反応を方向づける。神経細胞の発火を区別し、統合し情報処理機能を実現するのは器官としての脳である。脳は情報処理機能を担うが対象を、世界を認識し、理解し、働きかけるのは生物個体全体である。[2030]
これらの器官の発展は進化の過程での、個体としての生命過程に統一された下での分化、発展である。個々の器官が発展することで個体全体が進化したのではない。生体組織の全体と部分の関係は生存することでも、機能することでも相互依存的である。[2031]

【生物による生物環境】

生命、生物は物理的自然の存在の上に乗って運動しているのではない。生物は物理的自然、星の環境をも変えてしまう。生物は物理的自然を生物的自然に発展させる。[2032]
生物を構成する元素、分子を集めただけでは生物にはならない。結晶にもなるウィルスが増殖するには生物の環境が必要である。生物の環境は生物によってつくられている。[2033]
生物が一旦発生することで、地球は地質的環境に生物的環境を加えた、より発展的な地球環境になった。大気中の酸素は生物によって供給された。植物は保水し、腐敗して地球上に土壌をつくった。[2034]
この生物的地球環境の成立は以後新たな生命形態の誕生を許さない。一旦発生し、一般化した地球型生物の環境によって新たな生命発生を妨げる排他的環境となった。有機物はすべて既成の生物環境の連関の中に組み込まれ、異なる生命形態の発生条件はなくなった。[2035]
生物の環境は生物が進化し、地球環境を変革する過程でつくられた。生物進化と地球環境の変革は相互依存的な関係である。「鶏が先か、卵が先か」という継起的、時間的関係ではない。それぞれの各段階で全体と部分、原因と結果に区別される過程が相互に規定し合い、全体として非可逆的な方向性を持って変化する。[2036]
さらに知的生命である人間は、生物的自然をその星だけに留まらず星間にも拡大している。あるいは生物環境を破壊することまでできる。[2037]


第3項 免疫

単細胞生物は細胞膜によって自他を区別する。この自己規定を超えて多細胞生物が進化した。細胞膜による自己規定を否定した多細胞生物は、細胞間の物質代謝系として個別性を規定している。従属栄養生物である動物は環境との多様な代謝を必要とし、共存、寄生の関係まである。さらに、脊椎動物は多様な物質代謝関連にあって免疫系としての自己規定を獲得した。[2038]
免疫系の基本は自他の区別である。人の身体は人種が違っても生物的差はない。しかし、物質代謝を実現する複雑な秩序への異物の混入は致命的であり、異物と自らを厳密に区別できる免疫を獲得したものが適応してきた。ただ、科学もアレルギーや自己免疫疾患など免疫の全貌をとらえきれていない。[2039]

メモ:免疫の基本】
脊椎動物の生物個体としての「自己」規定は主要組織適合遺伝子複合体=MHCによる。MHCによって、すべての細胞表面には人それぞれのMHC分子が数万分子ずつ表れている。このMHC遺伝子群は例外的に変異しやすく、受精によっても組み合わせを変化させて多様である。この多様性により親兄弟の細胞、組織であっても違った組合せで区別される。一卵性双生児以外の人のMHCは異なる。この違いが輸血、臓器移植での不適応として問題になる。
免疫系はMHC分子によって提示されるタンパク質断片によって自他を区別する。自己と異なるタンパク質、組織が体内に侵入すると免疫系がその分子を分解して排除する。免疫系は細胞組織以外にも異物分子であるウイルスやRNAに対しても機能し、自己規定を保存する。

個体全体の免疫を担う臓器はない。免疫は胸腺が免疫組織として重要な役割を担うが、骨髄からの幹細胞の供給がなければ機能しないし、胸腺から供給されるT細胞だけで免疫が成り立っているのでもない。胸腺の他に免疫臓器といわれる脾臓、リンパ節、扁桃腺がある。脾臓は老化したリンパ球をとらえ、破壊する。皮膚、粘膜、結合組織、リンパ組織などは他者との接触する免疫作用の主たる場である。これら組織には抗原を処理する貪食細胞=マクロファージや樹状細胞があり、どちらも異物の特異性を提示する抗原提示細胞である。細胞が変化して異常なタンパク質をつくり出したり、異物タンパク質が侵入すると消化、断片化してMHC分子の自分のタンパク質断片に代えて提示する。
骨髄では幹細胞から血球細胞とリンパ球細胞がつくられる。血球細胞からは赤血球、血小板とともに免疫に関わる白血球がつくられる。白血球にはマクロファージ、好塩基球、好酸球、好中球がある。リンパ球細胞は抗体を作るB細胞と免疫を制御するT細胞に分化する。T細胞は血流に乗って胸腺に達する。
胸腺で増殖するT細胞の中には「非自己」に反応しない細胞、「自己」の細胞に反応してしまう細胞が96〜97%あり、これらは自己死=アポトーシスによって排除される。胸腺はT細胞の増殖と、免疫に役立つT細胞の選択という免疫の特異性を決定づける役割を担っている。胸腺から供給されるT細胞は免疫応答を増強させるヘルパーT細胞、抑制するサプレッサーT細胞、細菌などを殺すキラーT細胞に分化している。
これら分化した細胞群は連携して異物に対応するが、その連携を媒介し、情報を担う分子群がサイトカインである。サイトカインは細胞増殖・分化因子、造血因子、炎症因子として、免疫系でのホルモンの様に機能する。他に免疫情報は担わないが、補体は抗体の作用を増幅する。
これらは対象に対応する特異性を獲得して機能する獲得性免疫であるが、異物一般に対してこれを排除する自然免疫もある。異物分子を分解するリゾチームなどのタンパク質分解酵素、抗ウイルス性のタンパク質であるインターフェロン等がある。マクロファージも異物を直接取り込んで分解する。また、肝臓でつくられるナチュラル・キラー細胞はウイルスに感染した細胞を破壊する。

異物が体内に侵入した場合マクロファージは異物を取り込んで分解し、その一部をMHC分子に結合させ、抗原として細胞表面に提示する。分子量が1,000に満たないタンパク質断片は抗原として免疫応答を引き起こさないが、マクロファージ等で提示されることで対象化される。ヘルパーT細胞はその細胞表面にある抗原レセプター=TCRによって提示された抗原と結びつき、自ら増殖すると共にサイトカインを生産、放出する。同時にT細胞とマクロファージ間の細胞間接着分子によってもT細胞は活性化する。ヘルパーT細胞からのサイトカインによって刺激されてキラーT細胞が活性化、増殖し、異化した細胞を特異的に攻撃する。
サイトカインはキラーT細胞だけでなく、B細胞を増殖さる。B細胞はその細胞表面の抗体で抗原に結合し、別のサイトカインの刺激を受けてプラズマ細胞に変化し抗原に結合できた抗体を大量に作り、放出する。プラズマ細胞に変化しなかった一部のB細胞はそのまま残り、免疫情報として保存、記憶を形成する。

抗原に結合して抗原の違いを識別するのはT細胞ではTCRであり、B細胞では抗体である。TCRも抗体も未知の抗原と特異的に反応するタンパク質である。タンパク質であるからにはDNAによってアミノ酸の配列が規定されるが、規定のされ方が通常のタンパク質と異なる。抗原と反応する部分の遺伝子は胚の段階でDNA上に幾種類もあるが、細胞が増殖する段階はでそのいくつかの組合せが無作為に選択されてTCRあるいは抗体遺伝子として構成しなおされる。さらにRNAへの転写過程で組合せて多様なアミノ酸配列をつくる。組み替えと選択によってDNAによる規定をはるかに超える多様なTCR、抗体が作られる。

【免疫系】

免疫には細胞でつくられる抗体が異物である抗原と反応する体液性免疫と、細胞間の反応である細胞性免疫が区別されたが、免疫は全体がひとつの系として実現している。[2040]
自然免疫は抗体抗原反応以前に異物を排除する。異物分子や異なる細胞に直接して攻撃、排除する。自然免疫は単細胞生物にもあり、細胞内に侵入した異物を酵素で分解し、排除する。血液、リンパ液等の体液には常に様々な抗体が含まれて循環している。自然免疫で対応できない大量の異物や、増殖する異物に対しては獲得免疫が引き継ぐ。[2041]

抗原となる物は体内に入り込む様々な物質、あるいはその物質によって生じる変異である。抗原が毒素であれば抗体が結合して無毒化する。細胞がウイルスに感染すると感染した細胞の膜構造に変化が生じ、その変化した部位を抗原として細胞を破壊する。[2042]
免疫系が始めて出会った抗原に対応する抗体が選択され、増産するまでは時間がかかる。しかし、2度目には対応した細胞が残っていて速やかに増殖して大量の抗体を作り出す。伝染病に対して2度目は罹らなかったり、軽い症状ですむ。この反応が過剰な場合に急性アレルギー反応=アナフィラキシーが起き、時に死に至る。[2043]

【人の自己規定】

免疫反応で作られる情報伝達物質は免疫系だけではなく、神経系や内分泌系にも作用する。免疫系の自己保存作用は個体の存続全体に関わっている。[2044]
免疫系は生物個体としての個別性を規定する。これに対して動物の神経系は対象とする物事、他の個体との相互作用関係で運動主体として個別を規定する。[2045]
生物的自己規定を超えて、人は精神活動で意識的に自己規定し、社会にあって個人として自己規定するようになってきた。自己規定の総体として人間は人格として自己規定する。[2046]


第4項 個体制御

代謝、運動を自らの内に統合する組織として制御系が発展する。[2047]

【情報系の物質的基礎】

生物は環境に条件付けられながらも自己を保存する。代謝は環境との間での相互作用過程である。環境からの作用に対して、環境に対して作用し返す反応と同時に、自らの代謝系の平衡を維持するように反応する。他に対する反応は自らに対する反応でもある。向日性や様々な対象、環境に対する走性は基本的な反応である。この反応過程に意志は存在しない。この反応過程は、物理化学的反応過程の生物的組合わせで実現される。[2048]
反応のくり返しで反応機構は進化する。反応機構の体制実現は因果関係の実在化である。同じ作用のくり返しに対し、同じ反作用を準備することで効率化され、効率的反応を獲得したものが生き残って進化する。環境からの多様な作用を一定の反応で対処ことで、多様な作用を区分できるようになる。受ける作用の量的違いに反応する閾値を区別するようになる。質的に違う作用に対して同じ反応するのは、差異を捨象する、無視する反応である。実現結果から評価するなら、受ける多様な作用を統合する反応機構の実現である。普遍性を個別対象に見いだす。抽象、捨象は知的思考以前に生物個体の制御系の機能として実現している。いずれにしても作用を対象化する機構体制を感覚系として実現する。[2049]
作用・反応を繰り返し対象を区別することで情報系が実現する。生物の情報系は意識以前に環境との作用・反応を繰り返す代謝過程に実現する。[2050]

【生物の情報処理】

生物は物質代謝系として環境に開かれた系であり、環境変化に対応して物質代謝系の平衡を維持するように反応する。環境に対応できないものは絶滅する。物質代謝系を実現するだけでなく、その秩序を維持する制御系を実現し、発達させてきている。個体全体をひとつの情報系として環境に対応している。ただし、個体だけでは生物は存続できず、種全体、生物全体、それぞれの階層での情報処理がある。社会集団を構成する種ではさらに個体間の情報処理系を独自に発達させている。その最高の発展段階が人間言語である。[2051]

生物情報の根幹をなすのが遺伝である。すべての生物が遺伝情報によって成り立ち、互いを区別している。[2052]
生物の情報処理は細胞での情報処理が基本である。多細胞生物では細胞間の関係を制御する情報処理システムをもつ。細胞は細胞内外のタンパク質分子、イオン等を媒体として情報発信している。細胞間の情報は分子の交換でおこなわれる。組織細胞間は接着分子によって物理的に接着するだけでなく、接着分子によって互いの異同を区別し、信号刺激を交換する。神経細胞間でも伝達物質の放出と取込によって信号が伝わる。[2053]
生物の情報処理は環境からの情報を、体内の情報処理媒体への変換処理。情報の体内での伝達処理。生物個体全体の運動、情報を制御する中枢処理。運動器官の制御処理からなる。それぞれ入力、通信、中央処理、出力にあたる。[2054]

【ホルモン系】

ホルモンは特定の器官、特定の細胞の、特定の酵素によって生成されるタンパク質である。ホルモンの生成自体がホルモンと神経系によって制御されている。生成細胞から分泌されたホルモンは、血液によって運ばれる。ホルモンは特定の器官、特定の細胞の特定の酵素の活性、あるいは抑制として作用する。[2055]
ホルモンは特定の酵素に作用することで物質代謝を促進、あるいは抑制する。個体間、器官・組織間、細胞間の信号媒体として機能し、様々な物質がある。ホルモンは神経系と相互作用し、体内外の環境の変化に統合的に対応する。ホルモン作用の調整は相反する作用をする異なるホルモンとの量平衡による。ホルモン量によって個体の物質代謝は調節される。個体間でもホルモン様物質によって情報伝達が行われる。性フェロモンによって異性を引きつけたりもする。[2056]
ホルモンは個体の成長に応じた物質代謝も誘導する。誕生−成長−生殖にはホルモンが重要な働きをする。ホルモンによって物質代謝全体が制御され、方向づけられる。[2057]

【神経系】

動物の運動は筋肉と骨格によって行われるが、その調整系、自己制御系として神経系が発達した。[2058]
感覚神経系と運動神経系が区別されるが、その区別は神経系にとって本質的ではなく、「精神、意思」を理解するには障害になる。感覚自体からして対象を知るためにあるのではない。感覚は対象との相互関係、相互作用の過程で対象への働きかけを方向づけ、自らを制御する。感覚は個体の生活、運動環境に適して進化する。工学的にも出力なしに入力を最適化することはできない。体組織としての感覚器官が備わっているだけでなく、感覚対象との相互作用過程で感覚機能は実現する。たとえば、視力の回復手術ができても、視認の訓練がなければ視覚はできない。また、運動は感覚からのフィードバックがなければ制御できない。対象との相互作用としての実践なくしては種としても、個体としても感覚は発達しない。[2059]

神経系の基礎は反射である。神経系は反射を制御することで条件反射する。体調の制御は自律神経系によって実現される。条件反射をより実践的に制御することによって、中枢神経系が発達する。脳自体も延髄、小脳、大脳と進化の過程を階層構造として残している。[2060]

実践、反射の集積が神経系の反応パターンとしての本能を進化させた。進化の過程で獲得された反応系は、神経系の発火パターンとしての本能を進化させた。反応パターンは運動系を制御する神経系の物理的ネットワークとして固定化される。その神経系の物理的ネットワークは神経細胞網としてある。個体の発生過程で配置される基本的神経細胞網は遺伝的に決定されている。本能は神経系の個々の働きだけでなく、個体の体制、生活環を踏まえた反応系である。[2061]

感覚器官ではそれぞれの機能に分化した神経細胞が組織的に配置されている。感覚器官にある神経細胞は対象からの物理化学的刺激を受けて変化し、信号を発する。感覚器官の対象、感覚の媒体には普遍性はなく、生物個体の生活環境で条件付けられ、制限されている。人の可視光線も太陽光の最も密度の高い波長の範囲であり、地上での生活に適応している。感覚はすべての情報を受け取るのではなく、むしろ生物個体が必要とする最低限の情報に反応する。「ありのままに見る」には「ありのまま」の意味を定義しなくては意味を成さない。だからこそ、人間は道具を使ってより普遍的認識を追究してきた。[2062]
感覚器官内から単に信号を送出する場合も、信号処理をしてから神経系へ送出する場合もある。いずれも神経細胞の発火=インパルスであり、信号自体は意味を担わない。感覚として意味づけるのは神経細胞網の連関であり、意味を解釈するのは脳である。[2063]
神経細胞が発する信号は伝達物質の放出である。筋肉に接続する神経細胞から直接伝達物質が筋肉細胞に伝わり、筋肉を収縮させる。ホルモンでは分泌細胞を刺激し、ホルモンを生産、放出させる。[2064]
さらに制御運動のための精神活動は、記憶、分類、推論の機能を実現し、学習能力をもつより実践的種を進化させた。[2065]

メモ:神経細胞の基本】
神経細胞はその機能に応じた多様な形のものがあるが、基本的な機能、しくみは皆同じである。神経細胞は多数の樹状突起と1本の軸索を伸ばしている。他の細胞からの刺激信号は神経細胞の樹状突起で受けられ、軸索を通して他の細胞へ伝えられる。神経細胞によっては軸索は枝分かれして複数の接続をつくるものもある。軸索と樹状突起とが結びつく間隙はシナプスと呼ばれる。
神経細胞を含む身体を構成する細胞は陽イオンと陰イオンの中和した液体に浸されている。細胞内のタンパク質は通常陰イオンとして存在する。このため細胞の内外では電位差がある。
神経細胞は感覚器官や他の神経細胞から化学的に刺激されると、細胞膜に埋め込まれたタンパク質のイオン・チャンネルが一時的に開きナトリウム・イオン(Na+)が細胞内になだれ込んで正電位化する。この電位変化が次々と隣のイオン・チャンネルを開きパルスとして伝播していく。正電位化した付近ではすぐカリウム・イオン(K+)が排出されて元の電位に戻る。したがって神経系の信号伝達は、電流が流れる速さよりはるかに遅く秒速5mから100m程である。神経伝達速度は軸索の太さ、軸索の構造によって異なる。
これとは別に刺激を受けて塩素イオン(Cl-)を流入させ、細胞内を負電位化する抑制性のシナプス結合もある。この結合が活性化すると発火が抑制される。他の神経からの刺激によって発火するか、抑制するかは神経細胞網のつながりによる。神経細胞の軸索は標的となる細胞からの誘導物質の濃度に導かれて伸び、特定の標的細胞に結びつく。誘導物質は発生の過程で分化する組織の配置と、それら組織からの分泌と拡散によって連続した濃い薄いの違い、濃度勾配をつくりだす。軸索は複数の標的細胞と特定部位で複数のシナプスで結びつく。神経細胞網のつながりは進化の過程で、個体系全体で繰り返される反応を経て選択された結果である。この過程は遺伝的に規定されている。
シナプスには神経伝達物質が蓄積されていて、軸索からの伝達を受けてシナプス間隙に放出されるる。伝達物質は相手細胞のシナプスにある受容体に取り込まれる。取り込まれなかった伝達物質は軸索側にその量が監視され余剰分は取り込まれるか、受容側からの酵素によって分解される。取り込まれた伝達物質が一定の閾値を超えると受け取った神経細胞は発火する。神経伝達物質は神経細胞内の酵素によって合成され、複数種類の分子があり、それぞれに異なった神経での異なった機能がある。
ほ乳類の場合はこれ以外に神経細胞の活動は基礎代謝だけであり、特別なものはない。どの感覚の反応も、筋肉の収縮信号も、脳での思考もすべて神経細胞の発火として伝えられ、実現する。すべての神経細胞の発火は生理化学的に同じ反応過程であり違いはない。直接の感覚も、記憶の想起もそれぞれに生じる神経細胞物発火に違いはない。その表現の違いは神経細胞網のつながり方、神経細胞網での発火の位置によって意味づけられる。人の記憶を担う脳神経を電気刺激すれば、記憶が想起される。

【神経回路】

一端できあがった回路網は実際の感覚、運動での信号処理過程で機能し、機能しない不用な神経細胞は消失する。感覚神経などは、感覚が機能し始めなくては神経回路として完成しない。個体の成長、生活での刺激と反応の過程、その調整過程で必要な神経回路網が残される。新たなシナプスの形成と不用なシナプスの消失、その伝達効率の変化として信号処理が変化する。かっては嗅受容細胞と味細胞以外では、大人になってからは神経細胞は増えないとされてきたが、海馬でも神経細胞が形成されているという。[2066]
神経細胞網の接続は神経細胞の接続形態により、刺激信号の単純な伝達、複数回路への発散伝達、複数回路からの集束伝達、多連鎖回路による漸加伝達、閉鎖回路による持続の機能を実現している。これらの回路形式の組み合わせとして複雑な情報処理が行われており、一方で感覚自体が組織化され、他方で記憶や推論が組織化される。[2067]
神経細胞間での信号処理はスイッチのオン・オフ、増幅・抑制であり、機能的には電子回路と同じである。違いは電気回路が電子の移動であるのに対し、神経回路は電位信号の伝達と、これに呼応する神経細胞間での伝達物質の授受である。伝達速度と確実さは電気回路が勝るが、回路密度、複雑さでは当面人の技術は神経細胞網に及ばない。[2068]


索引   次章