キリストの出現を預言した旧約聖書
聖書一つの驚きは、聖書にある数々の預言、過去の預言者がその時代々々に登場し未来のことを預言した黙示録等が的中してきたという事実だろう。聖書学者のサムエル・テリレンは旧約聖書が書かれたのは紀元前1000年から397年頃だといっているが、その旧約聖書はずっと後で登場するキリストの出現を預言していたのだ。つまり、旧約の時代に、新しい救世主の誕生をすべて預言していたのだ。
キリストの誕生は紀元前4年−前7年の諸説あり。(当初キリスト誕生の年を紀元の元年としたが、誕生年が後から間違いと気付き訂正されている。)
そしてキリスト自身の言行録を含む神との新しい契約としての「新約」を最重要の聖典とするものがキリスト教となった。
ミカ書にはメシアがユダヤの「ベツレヘム」に降誕すると預言し、イザヤ書にはメシヤの十字架の死と復活が預言されていた。(イザヤ書53章)
ここではダニエル書の内容を詳しくみて見よう。旧約聖書の「ダニエル書」にはメシヤが来ると預言している。(ダニエル書9・24―27)
ダニエルは旧約の預言者で紀元前6世紀頃の人で、バビロン捕囚中の作がダニエル書といわれている。(諸説有り)
バビロニア年代記石碑(大英博物館蔵)
前605−594年の記事を記す。
ネブカドネツアル王の最初の,
エルサレム占領他、バビロン捕囚
の記事が載っている。
「エルサレムを再建せよとの命令からメシアである君主までが、7週と62週」(ダニエル書9・25KJB)と正確な年までも述べられていた。
紀元前536年のバビロン。ユダヤ人は、まだバビロンに捕らわれてた。エルサレムは廃虚のままだ。だが天使ガブリエルが預言者ダニエルに現われ、こう予告する。エルサレムの再建命令とともに、預言の時計がイスラエルに対して回り始める、と。
「第70週に、メシアは多くの者と契約を確くする」(ダニエル書9・24)
週は7日、70週は490日である。この70週は、1日を1年と数え、490年を表すというのが聖書学の定説である。1日を1年とする計算法は民数記第14章34節、エゼキエル書第4章4節に明記されている。タルムードにも「ダニエル書9章に出てくる1週とは、年週のことと注釈がある。
それではその起点となるエルサレムの再建命令はいつか。その命令は、ペルシャ王アルタクセルクセスの治政第7年(紀元前457年)と聖書に書かれてた。(エズラ書7・24−26)
つまり要約すると、町の再建に7週(49年)かかり、それからメシアまでが62週(434年)かかるということだ。
エルサレム再建令から49年後は、紀元前408年、この年から434年後の西暦27年がメシア到来の年になる。
西暦27年が近づくにつれ、ダニエルの預言を知った人々はメシアの出現の期待をし始める。ルカも「民衆は救い主を待ち望んでおり」(ルカ3・15)と書いている。
そしてまさに西暦27年、ヨルダン河でヨハネから洗礼を受けるために来た30歳近くの青年がいた。ヨハネはその人を見て「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」と言った。

ヴェロッキオ キリストの洗礼
洗礼者ヨハネによるイエスの洗礼。イエスが裸であること、鳥のかたちをした聖霊が降臨していることに注目。
洗礼者ヨハネの存在は、ヨセフスの著作やその他多くのものにより証明されている。
ついにメシア出現だ。そしてまもなく彼は、故郷ナザレの会堂に入り、「わたしの上に主の御霊がおられる。主が…私に油をそそがれた」と宣言する。(ルカ4・18)
それを、1世紀の執筆者ルカは「皇帝ティベリウスの治政の第15年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国王、その兄弟ピリポガイツリアとテラコニテ地方の国王、ルサニヤがアビレネの国王であり、アンナスとカヤパが大司祭であった頃」と大変くどくどと書いている。
かれは7つもの個別の証拠を掲げて年代を明確にしたのだ。「62週のあとにメシアは断たれる」(ダニエル書9・26)
そして西暦32年にメシアは亡くなり、すべての預言が成就された。(参考文献デビット・ミラー著
預言の謎、ジョナサン・グレイ著契約の櫃)
旧約聖書の申命記にも「あなたの神、主は、あなたのうちから、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者をあなたのために起こされる。彼に聞き従わなければならない。」(申命記18・15)とある。
さらに「モーセが書いたのはわたしのことだからです」(ヨハネの福音書5・46)とイエス自身の言葉も残っていたのだ。
聖書研究家のG・R・ジェフリーによると上記の、救世主キリストが後の世界に誕生するという旧約預言だけでも、それが偶然に起きる確率は10の19乗分の1という計算をしている。 まさに起こるべくして預言が成就しているのだ。そのへんに非常に怖さを感じざるをえない。そしてその最たる預言が、人類の終末における滅亡と言う未完の預言なのだが・・・・・。
トリノの聖骸布論争1

トリノの聖骸布
聖骸布の顔は、明暗の反転後の状態でのみ、非常にはっきりと目にすることができる。写真の発明される500年も前に、本当にこのような「ネガの像」を作り出すことが中世の芸術家には可能だったのだろうか?
トリノの聖骸布の顔面部分の有名なネガ。かつてこれは埋葬されたイエスを包んだ布として知られていた。
白黒のフィルムを使ってこの聖骸布を写真に撮ると、布自体にうっすらと見える幽霊のような面影が、この写真のような鮮明な写真の肖像に変わる。詳しい説明はクリックで
放射性炭素測定によりこの不思議な像は中世の贋作との説も有力だが、写真さながらの映像が、写真の時代よりもはるか昔にどのようにしてつくられたのか、未だ本当に満足できる説明はされていない。
その後、放射性炭素による年代確定の八百長説、レオナルド・ダ・ビンチが考案した写真説等、いろいろあり、この神秘は未だに解決からは程遠い。
この聖骸布の遺体の像と明らかな血痕は、医学的に高い説得力を持つため、10数人の高名な専門家は、この織布は実際にイエスの磔刑に関する記録と同じ方法で処刑された者を包んだという論争を依然として続けている。
歴史家が証明できるかぎりでは、イエスに似た神秘的な像の陰影が写る織布に関する記録は、少なくとも6世紀までさかのぼることができる。これは放射性炭素の測定よりも6世紀も昔のことになる。
また、すぐれた才能をもつ専門的な芸術家の中にも、次のように告白する者がいる。いかなる世紀の誰であれ、この聖骸布の驚嘆に値する微妙な顔と体の様子を、これ程の説得力をもって「偽造」できる者が一体いる者なのか?
と困惑してしまう。
放射性炭素による年代測定の精度に関して、最近ある種の例外が生じているので、もう一度本格的な検証をする必要があるだろう。
(紀伊国屋書店
Ian Wilson 真実のイエス
トリノの聖骸布論争2
プロの写真撮影と解剖医による詳細分析
そして、遂にNASAが謎に挑戦

1978年に聖骸布が公開された。
350万人もの人々が一目見ようと,
押しかけた。
1931年 5月
プロの写真家ジュゼッペ・エンリエは聖骸布の写真を12枚撮る。
フランスの解剖医ピエール・バベルなど多くの医学者が詳細な分析を行い多くの新事実が発見された。
「聖書」記載のイエスの処刑時の詳細な内容と一致する次の事実が明らかになった。
@茨の冠をかぶせられたためにできた額上部と後頭部の傷
A多数の鞭打ちの傷
B顔を殴られたときにできた右目下の打撲傷
C十字架を背負って歩かされた時にできた肩の上の傷
D十字架に釘で打ちつけられたときにできた手首の傷と血の跡
E同じく釘づけにされた足の傷と血の跡
F十字架上で、手首の傷から腕に流れた血の跡
Gイエスの死を確かめるために槍で突かれた右脇腹の傷
H亜麻布で遺体を包むとき、脇腹の槍傷から背中に流れた血の跡
このような事実から聖骸布にネガで刻印された人物はイエス・キリスト以外にありえないとする。
1973年 11月
モデナ大学のフランケ教授の研究所にて、聖骸布から2枚の試料片が切り取られ、
17本の糸が抜き取られる。
素材検査の結果、顔料や絵の具を使った形跡は一切なく、
像、傷などはすべて黄色からオレンジ色に至る細かい粒子で構成されるもの。
顔料や絵の具の使用時に起こる毛管現象が認められない。偽造説は完全に否定された。
このことによりイエスの肖像である可能性が俄然、高くなった。
1976年 スイスのマックス・フレイは粘着テープを聖骸布に当てて
塵を採取し56種類の花粉を発見している。
その花粉の分析からパレスチナで生育していた植物の花粉
(今では絶滅した種でガラリヤ湖の泥の中でのみ見つかったもの)を見つける。
他にイスタンブール(ビザンチウム)付近生息植物の花粉、
東部トルコのアルファ(エデッサ)、アナトリア地方の植物の花粉もあり、
Ian
Wilsonの想定した聖骸布移動経路
(イスラエル→エデッサ→ビザンチウム→フランス→イタリア)が花粉によって裏付けられた。
NASAは聖骸布の平面的なネガ状態のもの(前掲)を立体画像化して絵画でないことを証明した。
1977年 NASA(米航空宇宙局)がVP−8と呼ばれる最新の映像解析機で、映像分析を行う。
コンピューターにより二次元映像を三次元映像に変換できる最新の装置だ。
スクリーン上には見事に立体の画像が浮かび上がり(写真参照)、
聖骸布が絵画ではないことを証明した。
(絵筆を使えば筆のはこび、勢いの跡が必ず浮かび上がり、立体像も大きな歪みが出るのである。)
1978年 聖骸布の血痕と考えられていた部分が科学的調査により
毛管現象を起こしており、それが人間の血液であることが確認された。
聖骸布本物説も一方で
有力であるがそれでもまだ謎は残る。・・・
解決はまだ先へ持ち越されそうだ。
参考文献:
ミステリ−基礎講座 泉 保也
トリノの聖骸布(学研 ムー)
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