クロルピリホス
 
 
 
         ホーム  農薬 ・肥料  メール
 
はじめに
 
 ・ クロルピリホスは農業やシロアリ駆除などに広く使われている有機燐系殺虫剤である[1]。
 ・ クロルピリホスは幅広い昆虫に有効である[1]
 ・ 商品名にはダーズバンやローズバンがある[1]。
 ・ クロルピリホスは1965年以来米国で登録されてきた[1]。
 ・ 2000年6月、米環境保護庁EPAは、製造会社とクロルピリホスの用途制限に合意した。その内容は次の通りである[4]。
 ・ 家庭や芝生 ・庭用途を、本年末までに実質的になくす。
 ・ 既存の家屋での全シロアリ駆除用途を、本年末までに実質的になくす。
 ・ 学校やデイケア ・公園 ・病院 ・養護施設 ・歩行者専用商店街のような、全ての敏感な地域でクロルピリホス使用を、本年末までになくす。
 ・ 次の栽培シーズンにいくつかの食品で、農薬残留をなくすか、劇的に低下する。
 ・ そして、最後に、2004年末までに新規家屋と建築物建設用のシロアリ駆除剤として、クロルピリホス使用を2004年末までに排除するだろう。これに対してダウアグロサイエンスは期日の延長を申請しているという。
 
 
 
作用機構
 
 ・ クロルピリホスは有機燐殺虫剤である。有機燐類の研究は第二次世界大戦の間に始まった。当時科学者は神経ガスとして利用するために研究していた[1]。
 
 ・ クロルピリホスは神経系に直接有毒である。動物の体内でクロルピリホスオクソンに変化し、神経系に対してクロルピリホス自体より約3000倍強力である[1]
 
 ・ 他の有機燐と同様にクロルピリホスは神経系への毒性により、昆虫と、人間を含む他の動物を殺す[1]
 
 ・ 有機燐は、神経情報を神経末端と神経や筋肉とので情報を伝える役割を果たしている神経伝達物質、アセチルコリンを分解する酵素アセチルコリンエステラーゼを阻害する。この結果、アセチルコリンが蓄積し、付随的な筋肉の引きつりやけいれん ・または死亡を招く[1]
 
 ・クロルピリホス被ばくはアセチルコリンエステラーゼ以外の酵素も阻害する[1]
 
 ・ 実験動物で肝臓の細胞内呼吸を妨害する。これは細胞内呼吸に重要なATPアーゼ活性に影響を与えるからである[1]
 
 ・クロルピリホスオクソンは、コレステロールエステル加水分解酵素を阻害する。この酵素の阻害はラットでストレスに対する正常な反応の一つをなくす[1]
 
 
急性毒性
 
 
人間の中毒症状
 
 ・ 他の有機燐系殺虫剤と症状は共通する[1]
 
 ・ 頭痛 ・筋肉の攣縮 ・衰弱 ・発汗 ・流涎 ・肺水腫[1]
 
 ・ 被ばくが重度の場合、意識消失 ・けいれん ・死亡[1]
 
 
急性毒性を発生させる経路
 
 皮膚接触 ・経口摂取 ・吸入[1]
 
 
経口致死量(LD50);
 
 ・ 82-270 mg/kg (ラット)[1]
 
 ・ 人間はラットと同じく敏感と考えられている[1]。
 
 ・ 製剤化されたクロルピリホスの吸入は、ラットとマウスで経口摂取より有毒である。
と考えられている[1]
 
 ・ 経皮被ばくは経口摂取より毒性が少ない(実験動物)[1]
 
 ・ AChE阻害はLD50よりはるかに少量で見られる。雌ラットではLD50の1%以下(0.1 mg/kg/日)、ビーグル犬ではLD50の5%以下(3.3 mg/kg/日)で見られる[1]
 
 ・ クロルピリホスによるAChEの阻害は、他の有機燐より長引き、被曝後2週間から6週間続くことが知られている。こりはクロルピリホスが脂溶性であり、クロルピリホスが脂肪中に貯蔵され、ついて放出され、クロルピリホスオクソンとなるので、影響が長期に渡る[1]
 
 ・ 作業記憶と運動活性の低下のような行動変化が、被曝後2、3週間後に起こる。ある応答は被ばく12週間後の間変化した。毎週少量のクロルピリホス注射によっても類似の変化が起こる。クロルピリホス被ばくにより「微妙な長期的行動変化が誘導されるだろう」と研究者は警告している[1]
 
 ・ 人間のクロルピリホス被ばくは多い。米環境保護庁の農薬情報ホットラインは毎年クロルピリホス関連事故の電話を数百件受けている。これ以上多いのは有機塩素系殺虫剤のクロルデンのみである[1]
 
 ・ 27.6 mg/m3 の濃度のクロルピリホスに8時間被ばくした22人の害虫駆除作業者で、血漿中アセチルコリンエステラーゼ活性の有意な阻害が観察されている[3]。
 
 ・ マラリア駆除作業で0.5%クロルピリホス乳剤に被ばくした散布作業者は、血漿と赤血球のコリンエステラーゼ活性が低下した。7人の散布者中5人は、散布開始後2週間以内に50%以上のコリンエステラーゼの低下を示した[3]。
 
 ・ 米国立職業安全保健研究所のステーンランドラは191人のクロルピリホスを使用しているシロアリ駆除従事者と、被ばくしていない189人の神経機能調査を報告している。 尿中のクロルピリホス代謝物(3,5,6-trichloro-2-pyridinol; TCP)の濃度は、最近被ばくした駆除従事者は 629.5μg/Lであり、一般米国人は4.5μg/Lであった。臨床検査では被ばくによる影響は認められず、神経伝導速度や神経行動学的検査でも有意な差はほとんど認められない。被ばくした人は、記憶障害や情動問題 ・疲労 ・筋力低下の訴えが多い。以前にクロルピリホス中毒を経験した8人は、多くの検査で低い成績を示し、これは有機燐の慢性中毒の報告と一致していた[13]。
 
 ・ サルにクロルピリホスを6か月間投与した場合、血漿と赤血球のコリンエステラーゼは、2.0と0.4 mg/kg/日の量で低下したが、血漿コリンエステラーゼは0.08 mg/kg/日で低下した[3]。
 
 
皮膚刺激
 
 ・ ダウケミカルの研究によると、クロルピリホスをウサギの皮膚に投与すると、発赤や浮腫 ・化学熱傷を生じ、不可逆的な熱傷を生じる。クロルピリホスは皮膚に腐食性である[3]。
 
 
中間症候群
 
 ・ 生体内の半減期が長い、脂溶性の有機燐剤あるいはその代謝物が体の脂肪に蓄えられ、後に放出されて、重度の中毒症状を起こすことがあり、中間症候群*と呼ばれる。クロルピリホスでも中間症候群の発症が報告されてる。意図してクロルピリホスを飲んだ男性は、最初にコリン作動性症状を示したが、4日後に筋脱力や筋の低緊張 ・反射消失 ・呼吸困難を示し、人工呼吸を必要とした症例がある[15]。
 
 
遅発性神経障害
 
 ・ 遅発性神経障害は、一般に有機燐被曝後1−3週後に発症する神経障害である。症状は四肢のけいれんや ・脱力 ・ひりひり感 ・感覚麻痺、下肢の麻痺、四肢麻痺などがある。これは働きが神経障害標的酵素neuropathy target enzymeを阻害することにより起こるといわれているが、酵素の機能はよく分かっていない。クロルピリホスは典型的ではないが、遅発性神経障害を起こす[1]。
 
 ・ クロルピリホスは遅発性神経障害を起こさないとされてきたが、ニワトリとネコで遅発性神経障害を起こすことが分かった。遅発性神経障害を起こすには大量が必要である[1]
 
 ・ 1か月と4か月の間、比較的少量の慢性被ばく(経口または経皮)をしたニワトリで、遅発性神経障害が起こっている。1匹のニワトリは145日後に対麻痺になった[1]
 
 ・ 42才男性が300 mg/kgのクロルピリホスを摂取した。重度のコリン作動性症状が17日間続いた。30日後、末梢神経系の検査では異常がなかったが、リンパ球の神経障害標的エステラーゼ(NTE)が約60%阻害されていた。43日に、患者は感覚異常と脚の弱まりを訴えた。臨床検査や電気生理的検査 ・神経の生検は末梢神経障害があることを明らかにした[3]。
 
 ・ 1993年、声帯の麻痺や正常な反射の消失を含む、「命にかかわる」遅発性神経障害が、13才の少年で発生した。それは、ゴキブリ駆除用のクロルピリホスの瓶を使って遊んでいるのが見つかった約2週間後であった[1]
 
 ・ 1993年、クロルピリホス被曝後に遅発性神経毒性が現れた8人の患者を、医師が報告している。駆除業者を除く患者は、家庭や事務所の、通常のクロルピリホス処理で被ばくした[1]
 
 ・ 1982年から1990年の間にクロルピリホス中毒のために治療を受けた25人以上の患者の神経機能を測定した。腕と脚の神経伝導速度は低下しており、指で神経変性が見られた。これらの影響は遅発性神経毒性と一致していた[1]
 
 
脆弱な人 ・発達段階
 
 ・ 呼吸器疾患 ・コリンエステラーゼに被ばくして間もない人 ・コリンエステラーゼ機能不全である人 ・肝機能障害のある人は、クロルピリホス被ばくによる危険が強い[2]。
 
 ・ 妊娠後期の母ラットにクロルピリホスを経口投与した場合、胎児脳内のクロルピリホスの代謝物 3,5,6-トリクロロ-2-ピリジノール濃度は、母ラットの 2-5 倍高いことが知られており、研究者らは胎児ラットが親よりも高いクロルピリホス被ばくを受けることを指摘している[16]。
 
 
生殖への影響
 
先天障害
 
 ・ 1996年、米ウェスターンミシガン大学のシェルマンは、母親のクロルピリホス被ばくによると思われる4人の先天異常の例が報告した。その子どもたちは、脳 ・眼 ・耳 ・口蓋 ・歯 ・心臓 ・脚 ・乳首 ・性器に欠陥があった。脳の障害は脳室 ・脳梁 ・脈絡叢 ・透明中隔に、性器の欠陥は停留睾丸 ・小陰茎 ・癒着した陰唇があった。4人とも成長の遅れや重大な精神遅滞があった。この子供たちは妊娠中にクロルピリホスに被ばくしている[7]。
 
 ・ 1993年に、ニューヨーク州のバーク家族で起こった災害の記録がある。最年長の娘がよちよち歩きの時、イヌが運び込むかも知らないライム病を媒介するダニを殺すために、カーペットを規則的にクロルピリホスで処理し始めた。二番目の子供は脳性麻痺と白内障を持って生まれ、発作を患っていた。三番目の子供が同じ障害を持って生まれた時、医師はクロルピリホス処理によって生まれる前に障害を受けたかもしれないと同意した[1]。
 
 ・ ダウ=ケミカルの実験で、多量のクロルピリホスを経口投与すると、産まれる子どもは小さく、骨格異常を引き起こした。より少ない量で、脳が露出することがある頭蓋の欠陥が増えた[1]
 
 ・ ダウが行った妊娠ラットの研究は、クロルピリホスは子供の重量と生存が少ないことを示した[1]
 
 ・ 致死量の千分の1のクロルピリホスを妊娠ラットに注射すると、胎児死亡が増加すし、生き残った子供の体重増加の低下と神経毒性を起こす[1]
 
 ・ 雄ラットに注射すると、精巣の精細管を作る細胞の死亡を招く[1]。
 
 ・ クロルピリホスの生殖に対する影響はニューヨークの人工授精施設で、ホルスタイン牛にシラミを駆除するために皮膚に使った場合、起こったことが知られている。185匹の牛が病気になり、7頭の牛が新だ。病気後、牛は注意深くモニターされ、精子生産は以後6か月間57%から88%減少すると推定された。最も重い病気の牛の精子生産は最も減少した。第二の飼育場は、最初の飼育場が牛の病気と死亡について警告したので、牛をクロルピリホスで処理した後に、牛をすっかり洗った。精子生産は7%低下した[1]
 
 ・ 上記の事故後、牛の病気の原因がクロルピリホスであることを確かめるための実験で、実験的に被ばくした牛の精子生産が16%低下した[1]。
 
 ・ ドイツの研究者は、クロルピリホスが、子宮頸部の粘液や精液 ・母乳中で検出した[1]。
 
 
脳 ・行動への影響
 
人間の研究
子宮内や生後間もなく農薬に曝されると、子供(胎児)は急速に成長しており、細胞分化中であり、代謝(解毒)系が未成熟であり、重要な期間の発達中であるために、特に影響を受けやすいとされている。
 
 ・ ニューヨーク市のマウントシナイ医科大学のベルコビッツらの研究グループは、米国の市中心部で出生前の農薬被ばくの成長及び神経発達に対する影響を報告している。彼らは有機リン(オクソン体)を解毒する酵素であるパラオクソナーゼ(PON1)及びクロルピリホスの尿中代謝物レベルとの関連も調べた。この結果、クロルピリホス代謝物が検出された母親で、パラオクソナーゼレベルが低い場合、頭囲長(頭の周囲の長さ)が短いことが分かった。[17]
 
頭囲長が短いことは、脳の重さと相関することが知られており、以後の知能指数IQ及び認識能力の予測因子となる。また脳の容積と注意欠陥多動性障害との関連も報告されている。このため、ベルコビッツらは、これらの子供の追跡調査が必要であると述べている。
 
この研究は同じ環境毒物であっても母親の体の状態によって、子供(胎児)への影響が異なる可能性を示しており、人間は実験動物と異なり影響を受けやすい人と受けにくい人があることをも示している。これはクロルピリホスに留まらないと思われる。
 
 
動物研究
 
 ・ 妊娠中にクロルピリホス被ばくをすると、胎児で脳の中のアセチルコリンエステラーゼやムスカリン性受容体に影響が表れることが知られている。また、生後の行動(立ち直り反射)に影響が表れる[5]。
 
 ・ 米デューク大学のグループはクロルピリホスの発達神経毒性に関する報告をした。ラットの新生児に死亡や体重減少を起こさない、少量のクロルピリホスを投与し、発達中の脳(小脳 ・前脳 ・脳幹)への影響を調べた。2 mg/kgのクロルピリホスを皮下注射された生後1日のラットは、調べた全ての脳の部位でDNA合成を阻害された。生後8日でもDNA合成の阻害が起きるが、小脳では起きない。生後1日にクロルピリホスを投与すると、脳全体で蛋白合成の阻害を起こしたが、生後8日には影響はない。これらの結果は少量のクロルピリホスは、細胞分裂が起こる重要な期間に、発達中の脳に影響を与え、最終的には細胞やシナプス ・行動などの異常を起こすだろう[6]。
 
 ・ 1996年、ノースウェストルイジアナ大学のチャンダとポーペは、少量のクロルピリホスを妊娠中のラットに投与し、神経化学的変化と神経行動変化を調べた。親ネズミの毒性はくり返し投与にもかかわらず現れなかった。妊娠20日の胎児の脳のアセチルコリンエステラーゼ阻害は、生後3日の子供と比較して強かった。脳のムスカリン受容体結合は胎生20日と生後3日で低下していた。立ち直り反射と断崖回避試験はくり返し被曝後によって顕著に変化した。これらの結果は、少量のくり返しクロルピリホス被ばくは、母親が中毒しなくとも神経化学的神経行動的変化を起こすことを示している[7]。
 
 ・ デューク大学のキャンベルらは、ラットにクロルピリホスを投与し、脳細胞の発達に対する影響を調べた。生後1-4日のラットに5 mg/kgのクロルピリホス(成熟ラットの致死量の約1/20-60)を投与すると、死亡するラットが出た。生き残ったラットでは脳幹の細胞数が大きく減少した。前脳には影響しなかった。生後11-14日に投与した場合、生存や成長に影響を与えなかったが、細胞減少が起こる部位は脳幹から前脳に移った。前脳で細胞数減少が起こるのは生後15から20日であった。脆弱な窓を決定しているのは脳の成熟が関係していると思われる。また、成長や生存に影響が現れなくとも、クロルピリホスは発達中の脳で細胞数減少を起こし、行動異常を起こすであろう[10]。
 
 ・ クロルピリホスの影響は、投与時期や性 ・脳の部位によって影響が異なることが報告されている。クロルピリホスは脳細胞発達や軸索形成 ・シナプス形成を生害する。クロルピリホスを生後1-4日(1 mg/kg)あるいは生後11-14日(5 mg/kg)を投与下が、明瞭な毒性はなかった。その後、子供(生後30日)と若い成獣(生後60日)の海馬と中脳 ・線条体 ・脳幹 ・大脳皮質でコリン作動性シナプスのマーカーであるコリンアセチルトランスフェラーゼ活性とヘミコリニウム-3の結合を調べた。クロルピリホスは両方のマーカーを減らし、特にヘミコリニウム-3の結合に大きな影響を与える。投与時期や性 ・脳の部位によっても影響が異なる。海馬では早期あるいは後期投与はChATの低下を起こすが、早期投与は成熟しても続くヘミコリニウム-3のより大きな影響を起こす。中脳では早期投与は海馬と同じ様な変化を起こす多、後期投与は雌に特に影響を生じる。性による差は線条体でも起こる。対照的に脳幹への影響は雄で強く起こる。大脳皮質への影響は他の部位よりはっきりしない。これらの研究結果は幼児期のクロルピリホス被ばくは成熟しても続くコリン誘う性シナプス機能に広汎な欠陥を起こすことを示す。これらの影響は投与した長期間後、コリンエステラーゼ活性が回復した後に、持続あるいは出現する性選択的な行動変化を起こすと思われる [14]。
 
 
年齢 ・性による感受性の差
 
 ・ 生まれたばかりのブタの尾と臍に2.5%クロルピリホスを含むアエロゾル製品を吹き付けた。ブタの新生児の死亡は、生後0-3時間後に処理した場合7/7、24-30時間で3/5、30-36時間後で0/3であった。臨床症状は有機燐中毒を示し、血液と脳のコリンエステラーゼ活性は低下していた。このことは生後1日以下のブタの子に対するクロルピリホスの経皮毒性は強いことを示している[3]。この例では生まれた直後が一番過敏であり、徐々に毒性影響が少なくなることが分かる。
 
 ・ クロルピリホスは、大人より子供で毒性が強いことが知られている。このことは幼い動物でクロルピリホスオクソナーゼ活性が低いことによる可能性を調べるため、生後4日と成熟したラット(90日)の脳 ・血漿 ・肝臓のクロルピリホスオクソナーゼ活性を調べた。幼いおよび成熟したラットの脳に活性はなかった。血漿と肝臓の活性は、幼いラットで顕著に低く、それぞれ大人の1/11と1/2であった。このことはクロルピリホスオクソンを解毒する能力が低いことを示している[9]。
 
 ・ 幼弱な動物はコリンエステラーゼを阻害する農薬の致死的影響に敏感であることが知られているが、致死的影響以外のデータは少ない。1998年、米環境保護庁のマサーとパディラは、クロルピリホスによる行動と生化学的影響の年齢差(生後17日と約70日)と性差を報告している。ほぼ同じ程度にコリンエステラーゼを阻害するクロルピリホスを投与した(幼いラット15 mg/kg、成熟ラット80 mg/kg)。投与1-336時間後に組織を取り出した。成熟雄ラットでは行動変化とコリンエステラーゼ阻害のピークは、投与3.5時間後であったが、雌ではこの変化はより早く現れ、回復は遅かった。幼いラットでは、行動とコリンエステラーゼ阻害のピークは投与6.5時間後で、性差はなかった。行動変化は24時間から72時間で部分的回復や完全回復を示したが、脳と血液中のコリンエステラーゼ活性の活性は、投与後1週間を要した。成熟ラットのコリンエステラーゼ活性は2週間でも回復しない。ムスカリン性受容体結合は幼弱ラットで24時間と72時間で成熟ラットより低下した。以上から次の結論を導いた。(1)幼弱ラットは5倍低い投与量で大人と同じ様な行動変化とコリンエステラーゼ阻害を示す。(2)最大の影響が表れるのは幼弱ラットでやや遅れる。(3)コリンエステラーゼ活性は幼弱ラットで回復が早い傾向がある。(4)幼弱ラットはムスカリン性受容体がより広汎に低下する。(5)幼いラットは性差を示さない[11]。これに対して影響には性差があるという報告がある[14]。
 
 
 
発癌性
 
 ・ 米環境保護庁はクロルピリホスに発癌性はないとしていたが[1]、最近の疫学研究では肺癌との関係が示されている。
 
 ・ 米国衛生研究所 NIH の癌疫学遺伝学部の職業環境疫学部門のリーらのグループは、アイオワ州とノースカロリナ州で行われている農薬使用免許を持つ約54,000人の集団でクロルピリホスと発癌との関係を調べた。[18]
 
  クロルピリホス使用と全ての癌を合計した癌発生率との間には差がなかったが、クロルピリホス被ばくと肺癌の発生率との間に統計的に有意な関係を発見した。被ばくしない人と比較して、クロルピリホス被ばく期間が最も長い集団中の5分の1の人の相対リスクは2.28倍高かった。
 
 ・ 一部のクロルピリホスを含む製品で溶剤として使われているキシレンは、仕事でキシレンを吸入する労働者の白血病発生率を増加させる[1]。キシレンは発癌を助けると考えられており、実験動物で他の発癌物質による皮膚癌の数を増加させる[1]。
 
 
変異原性
 
 ・ クロルピリホス再登録のために提出された遺伝障害の検査の大部分は、陰性である[1]
 
 ・ 多くの別の研究は、クロルピリホスが遺伝障害を起こすことを示している。
 
 ・ 人間のリンパ節の細胞を用いた試験は、姉妹染色分体交換(細胞分裂中に対となる染色体内での遺伝物質の交換)を起こす[1]。
 
 ・ 人間の白血球を用いた試験で、姉妹染色分体の交換が増加する[1]。
 
 ・ 実験動物でも遺伝障害を起こすことが示されている。
 
 ・ マウスの脾臓細胞で、クロルピリホスは染色体異常と姉妹染色分体交換の頻度を増加させる[1]。
 
 ・ 生きているマウスに、注射や経口投与 ・皮膚吸収によって、クロルピリホスは骨髄で多染性の赤血球(幼弱あるいは変性した赤血球)数増加を起こす[1]。
 
 ・ クロルピリホスの経口あるいは経皮被ばくは、背血球中で小核数を増やす。小核は先行する細胞分裂が異常であった場合に形成される[1]。
 
 ・ チャイニーズハムスターで、クロルピリホス被曝後に骨髄細胞で小核が見られている。実験は生きているハムスターと培養細胞で行われた[1]。
 
 ・ 哺乳動物以外の生物でも遺伝障害が見られている。
 
 ・ ショウジョウバエで、クロルピリホス製剤は羽の原基となる細胞の変異を増やし、劣性性連鎖致死突然変異を増やす[1]。
 
 ・ オオムギの花粉母細胞と根端細胞、カラスノエンドウの根端細胞で染色体異常を起こす[1]。
 
 ・ タマネギ根端細胞で小核を生じる[1]。
 
 ・ 3種類の細菌でDNA障害を起こす[1]。
 
 
免疫系への影響
 
最近の研究はクロルピリホス被曝後に人で免疫異常が起こることを突きとめた。
 
 ・ クロルピリホス被曝後1年から5年後の患者で、抗生物質に対するアレルギーと感受性の通常より高い頻度が認められ、ある種のリンパ球(T細胞減少とCD26細胞増加)の異常が見られた。CD26細胞は自己免疫疾患に関連する[1]。
 
 ・ クロルピリホス被曝後に、遅発性神経毒性と多くの殺虫剤に対する過敏性発現をつくむ多くの慢性疾患を患った医師の話から、免疫系障害とクロルピリホスとの関係が広く知られた。医師は、オオアリを駆除するためにベンジオカーブとクロルピリホスで処理した休暇用の部屋で被ばくした。
 
 ・ 別の良く知られた例には、クロルピリホスを含むノミ駆除スプレーに職場と家庭で被ばくした女性の例がある。女性には多剤化学物質過敏性が現れ、種々の命を脅かす症状に苦しんでいる[1]。この病気は、特定の被ばく事故が、多くの化学物質に対する過敏性の引き金を引く(多剤化学物質過敏症とかMCSと呼ばれる)。この病気は医学界で激しい論争の的になっている。患者の洞察によると、クロルピリホスは多くの症例の原因である[1]
 
 ・ クロルピリホスの解毒メカニズムが正常に働かない場合、個人の免疫系がクロルピリホス被ばくによって特に影響を受ける可能性がある[1]
 
 ・ クロルピリホスオクソンの解毒に関与する酵素には幾つかの形があることが知られている。低活性の酵素を持つ人は、クロルピリホス解毒の速度が、早い人より13倍も遅いことが知られている。このことは免疫障害のみでなく、あらゆる種類の毒性に関連がある[1]。
 
 ・ 血漿パラオクソナーゼは血漿の高密度リポプロテン中にあるエステラーゼで、クロルピリホスのような有機燐殺虫剤の解毒に関与する。また、低密度リポプロテン中にある酸化脂質を破壊することにより冠状動脈を保護する。この酵素の機能を解明するためにパラオクソナーゼノックアウトマウスを作った。このマウスはクロルピリホスオクソンの影響に極度に敏感で、クロルピリホス自体に対して更に敏感である[12]。
 
 
その他の毒物学的問題
 
 ・ 視覚系に対する影響
 
 ・ 2年間クロルピリホスを投与した研究で、ラットの網膜に変性が現れた[1]。
 
 ・ ラットにクロルピリホスを注射した研究でも眼に影響が見られている。網膜の電化活動は、クロルピリホス被ばく後2日まで投与量に依存した異常が見られている[1]。
 
 ・ 2年間のクロルピリホス慢性被ばくは、被ばくしないラットより体重増加が少なかった[1]。
 
 
相互作用
 
 ・ ビタミンCはクロルピリホスやダイアジノンの急性毒性を増強する[3]。
 
 ・ クロルピリホスの溶媒はクロルピリホスの毒性を強める[3]。
 
 ・ 湾岸戦争の従軍兵は、帰還してから様々な症状を訴えている。兵士は戦場で、昆虫忌避剤デートや殺虫剤クロルピリホス ・神経ガスの予防薬臭化ピリドスチグミンなどに被ばくした。1996年、デューク大学のアボウドーニアらは、これらの薬剤の単一被ばくと複合被ばくの影響について報告している[8]。
 これらの物質を組み合わせてニワトリに投与すると、単一の物質を投与するより強い神経毒性が生じた。更に、3つの物質を同時に投与すると更に毒性は強くなった。この場合脳のコリンエステラーゼの強い阻害が起こった。個々の物質や、ピリドスチグミンとデートとの組み合わせでは、脳の神経毒性標的エステラーゼNTE(遅発性神経毒性を見よ)の阻害は起こらないが、クロルピリホスとピリドスチグミンとの、あるいはデートとの組み合わせで、また3物質同時投与で阻害が生じた[8]。
 
 
文献
1.Cox, C., Chloropyrifos, part 1: toxicology. J.ournal of Pesticide Reform., 14(4), 15-20, (1994).
 
2.Extension Toxicology Network, Pesticide Information Profiles, chlorpyrifos, (1996), http://ace.ace.orst.edu/info/extoxnet/pips/chlorpyr.htm
 
3 Hazardous Substances Data Bank, chlorpyrifos, TOXNET (2000), http://toxnet.nlm.nih.gov/.
 
4.Carol M. Browner (Administrator, U.S. Environmental Protection Agency), Dursban Announcement, Remarks Prepared for Delivery, June 8, 2000., http://www.epa.gov/epahome/speeches_0608.htm
 
5.Chanda SM, Harp P, Liu J, Pope CN (Division of Pharmacology and Toxicology, College of Pharmacy and Health Sciences, Northeast Louisiana University, Monroe 71209.) Comparative developmental and maternal neurotoxicity following acute gestational exposure to chlorpyrifos in rats. Journal of Toxicology & Environmental Health 44(2):189-202(1995).
 
6.Whitney KD, Seidler FJ, Slotkin TA (Department of Pharmacology, Duke University Medical Center, Durham, North Carolina 27710, USA.) Developmental neurotoxicity of chlorpyrifos: cellular mechanisms. Toxicology & Applied Pharmacology 134(1):53-62(1995)
 
7.Sherman JD (Department of Sociology, Western Michigan University, Kalamazoo, Michigan, USA.) Chlorpyrifos (Dursban)-associated birth defects: report of four cases. Archives of Environmental Health 51(1):5-8(1996)
 
7.Chanda SM, Pope CN (Division of Pharmacology and Toxicology, College of Pharmacy and Health Sciences, Northeast Louisiana University, Monroe 71209, USA.) Neurochemical and neurobehavioral effects of repeated gestational exposure to chlorpyrifos in maternal and developing rats. Pharmacology, Biochemistry & Behavior 53(4):771-776(1996).
 
8.Abou-Donia MB, Wilmarth KR, Abdel-Rahman AA, Jensen KF, Oehme FW, Kurt TL (Department of Pharmacology, Duke University Medical Center, Durham, North Carolina, 27710, USA.) Increased neurotoxicity following concurrent exposure to pyridostigmine bromide, DEET, and chlorpyrifos. Fundamental & Applied Toxicology 34(2):201-22(1996).
 
9.Mortensen SR, Chanda SM, Hooper MJ, Padilla S (Cellular and Molecular Toxicology Branch, U.S. Environmental Protection Agency, Research Triangle Park, NC 27711, USA.) Maturational differences in chlorpyrifos-oxonase activity may contribute to age-related sensitivity to chlorpyrifos. Journal of Biochemical Toxicology 11(6):279-87 (1996).
 
10.Campbell CG, Seidler FJ, Slotkin TA (Department of Pharmacology, Duke University Medical Center, Durham, NC 27710, USA.) Chlorpyrifos interferes with cell development in rat brain regions. Brain Research Bulletin 43(2):179-89 (1997).
 
11.Moser VC, Padilla S (Neurotoxicology Division, National Health and Environmental Effects Research Laboratory, U.S. Environmental Protection Agency, Research Triangle Park, North Carolina 27711, USA.) Age- and gender-related differences in the time course of behavioral and biochemical effects produced by oral chlorpyrifos in rats. Toxicology & Applied Pharmacology 149(1):107-119 (1998).
 
12.Shih DM, Gu L, Xia YR, Navab M, Li WF, Hama S, Castellani LW, Furlong CE, Costa LG, Fogelman AM, Lusis AJ, (Division of Cardiology, Department of Medicine, UCLA School of Medicine, Los Angeles, California 90095, USA.) Mice lacking serum paraoxonase are susceptible to organophosphate toxicity and atherosclerosis. Nature 16;394(6690):284-287 (1998).
 
13.Steenland K, Dick RB, Howell RJ, Chrislip DW, Hines CJ, Reid TM, Lehman E, Laber P, Krieg EF Jr, Knott C (National Institute for Occupational Safety and Health, Cincinnati, OH 45226, USA. kns1@cdc.gov) Neurologic function among termiticide applicators exposed to chlorpyrifos. Environmental Health Perspectives 108(4):293-300 (2000).
 
14. Slotkin TA, Cousins MM, Tate CA, Seidler FJ, Persistent cholinergic presynaptic deficits after neonatal chlorpyrifos exposure. Brain Research 902(2):229-243 (2001).
 
15. Guadarrama-Naveda M, de Cabrera LC, Matos-Bastidas S (Department of Pharmacology and Toxicology, Universidad de Los Andes, ULA, School of Medicine, Merida, Venezuela.) Intermediate syndrome secondary to ingestion of chlorpiriphos. Veterinary & Human Toxicology (1):34 (2001).
 
16. Hunter DL, Lassiter TL, Padilla S (Neurotoxicology Division, U.S. Environmental Protection Agency, Research Triangle Park, North Carolina 27711, USA. hunter.deborah@epamail.epa.gov) Gestational exposure to chlorpyrifos: comparative distribution of trichloropyridinol in the fetus and dam. Toxicology & Applied Pharmacology 158(1)16-23 (1999).
 
1. Berkowitz GS, Wetmur JG, Birman-Deych E, Obel J, Robert H. Lapinski RH, Godbold JH, Holzman IR, Wolff MS, In Utero Pesticide Exposure, Maternal Paraoxonase Activity, and Head Circumference. Environmental Health Perspectives 112(3)388-391 (2004).
 
18. Won Jin Lee WJ, Blair A, Hoppin JA, Lubin JH, Rusiecki JA, Sandler DP, Dosemeci M, Alavanja MCR, Cancer Incidence Among Pesticide Applicators Exposed to Chlorpyrifos in the Agricultural Health Study. Journal of the National Cancer Institute, 96(23)1781-1789 (2004).
 
 

最終更新 2004年12月21日
更新 2001年7月27日 渡部和男