腎移植の実際(3) 

腎移植提供者手術に関する説明文書(2003.6.20版)  

名古屋第二赤十宇病院 移植外科

この文書は名古屋第二赤十字病院(八事日赤)での生体腎移植手術に於ける、所謂ドナーに対するインフォームドコンセント用の文書である。八事日赤移植患者会のHPに載る、レシピエント用の文書生体腎移植手術への説明書と対を成す文書である。本来ならばそちらに載せるべき文書かとも思ふが、たまたま私がこの文書を目にして移植外科ならびに主治医の掲載許可を得たので、ここに掲載する次第である。ドナー、レシピエント(生体腎、献腎・死体腎)、あはせてご覧いただければ幸ひである。
 なほ、PDF版(212k)もある。必要ならばそちらもご覧いただきたい。



腎移植提供者手術に関する説明文書(2003.6.20版)PDF


目次   1

腎提供が可能な提供者の条件

2

腎提供候補者決定のための検査

3

腎摘出術

4

手術の合併症

5

手術後の経過

6

腎臓が1個になることと、あなたの今後の生活について

7

提供者に関わる医療費負担について


 この文書は、生体腎移植手術のために移植腎を提供されようとしている人を対象として、腎摘出手術にいたるまでの検査あるいは手術の方法を説明します。また、提供手術後に予測される合併症、あるいは今後のあなたの生活への影響についてもお話します。

1.腎提供が可能な提供者の条件
1. 提供者自身に腎臓病・腎臓障害がないこと。
2. 高度な高血圧症、糖尿病などがあり、将来、提供者の腎臓に障害が起きる恐れのある場合。
3. 移植腎と共に移される可能性のある全身の感染症(肝炎ウイルスなど)や癌がないこと。
4. 腎提供を自らの意志で決定できる能力がある、成人であること。
5. 腎提供が強要されたものでないこと。

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2.腎提供候補者決定のための検査
(1)外来で行うもの
  組織適合性検査(血液型、HLA検査)
  胸部X線写真、一般的な血液検査、尿検査、尿細菌培養
   B型肝炎ウイルス抗原( HBsAg )、C型肝炎ウイルス、
   ヒト成人病性T細胞白血病ウイルス
  腎機能検査(2時間クレアチニン検査)、
  糖尿病検査(ブドウ糖負荷試験)、
  心臓の検査(心電図、負荷心電図)
(2)入院で行うもの
  全身麻酔のための全身チェック
  移植腎側の決定;腎盂撮影、腎シンチグラム、
  腎動脈撮影(現在は、造影3DCTで評価)


右腎動脈  1本、左腎動脈  1本
腎動脈撮影  動脈硬化性変化なし

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3.腎摘出術
手術当日の朝から、腎摘出側の前腕に柔らかい合成樹脂の針を静脈に刺し点滴を開始します。これは、あなたの体に十分水分を補給し、腎臓にとって良い環境を保つためです。手術当時の朝まで続けます。手術前夜は、緊張をとり十分に睡眠がとれるように、安定剤を処方します。
麻酔は、麻酔ガスによる全身麻酔と、術後の創部痛をとるための硬膜外麻酔(脊髄の硬膜外腔に麻酔薬を注入する細いチューブを留置、術後創部だけ局所的に麻痺させ疼痛を除く)を行います。

(1)腹部斜切開による腹膜外腎摘出術手術
 腎臓は上腹部の後ろ、背中側にあります。いわゆる、胃とか腸のあるお腹の中(=腹腔)ではなく、その後ろ側の脂肪組織(=後腹膜腔)に包まれて腎臓があります。そこで、手術の切り口(切開創)は脇腹を斜めに12cmほど切るようになります。具体的に場所を示しますと、裏は脇の下から降ろした線と交わる位置から12番目の肋骨の下縁に沿って、斜めに下腹部まで皮膚を切開します(側腹部斜切開)。
 皮膚の下の筋膜と筋肉を同じように切開し、後腹膜の脂肪組織に包まれた腎臓(10X5X3cm、150gぐらいの大きさです)を、周囲から丁寧に剥離し、十分な長さの腎動脈、腎静脈そして尿管をつけて取り出します。取り出した後は、術後の出血が無いように血管は二重に結紮(絹糸で縛ること)します。
 腎臓は摘出されると、直ちに冷却した特殊な腎臓保存液が腎動脈から注入され、腎臓内の血液は洗い流され直ちに冷却し保存液と置き換えます。腎臓を保存液に浸し冷却すれば、腎臓は障害を受けることなくあなたの手術の30分後に始まった腎移植手術の吻合(血管などをつなぐ操作)準備ができるまで安全に保存することができます。
 腎臓を摘出した後は、手術創の出血が止まっていることを十分に確認し、創を洗浄します。手術後の出血や体液が術野に溜まり、化膿の原因となることがあります。この液の貯留を防ぐためにドレーン(排液管)を腎臓の摘出したあとに入れておきます。
 手術創は、筋膜・筋肉を2層に、そして、皮下組織と皮膚をそれぞれ1層づつ縫合して閉じます。
 手術の所要時間は3時間ぐらいです。


(2)傍腹直筋切開による腹膜外腎摘出術手術
 上述の手術と異なる点は、
仰臥位で正中(鳩尾から臍を通る体の中央の線)から数cm外側(腹直筋の外側縁)を肋骨下縁から下方への縦切開(約10cm)で皮膚を切開し、筋肉切離は行わず腹直筋の外縁に沿って筋膜を切開する。基本的には、(1)の手術と摘出法は変わらず、腎臓への到達法が異なる。ただ、(1)と比べ筋肉の切離がなく術創も小さいが、皮膚切開部からみて腎臓が奥にあり、1〜2時間余分に時間がかかる。しかし、術後の疼痛は少なく、患者さんへの負担が少ないことが利点です。

 縦;12cm    


(3)鏡視下による腎臓摘出術
 最近、欧米で広く行われるようになった術式です。時間はかかりますが、摘出創が小さく術後の疼痛がより少なく、早期の離床が期待できます。
 腎臓は上腹部の後ろ、背中側にあります。いわゆる、胃とか腸のあるお腹の中(=腹腔)ではなく、その後ろ側の脂肪組織(=後腹膜腔)に包まれて腎臓があります。そこで、3箇所にφ1.5cmの切開を入れ、内視鏡を用いて腎臓を摘出します。皮膚の下の筋膜と筋肉を同じように切開し、後腹膜の脂肪組織に包まれた腎臓(10X5X3cm、150gぐらいの大きさです)を、内視鏡で観察しながら、機械を用いて周囲から丁寧に剥離し、十分な長さの腎動脈、腎静脈そして尿管をつけて取り出します。取り出す際には、術後の出血が無いようにホッチキスのような器械で動脈と静脈を厳重に閉鎖し切断します。周囲組織、血管、尿管が切離された腎臓は、下腹部の横切開創(5cmほど)から、体外に取り出します。
 腎臓は体外に摘出されると、直ちに冷却した特殊な腎臓保存液が腎動脈から注入され、腎臓内の血液は洗い流され直ちに冷却し保存液と置き換えます。腎臓を保存液に浸し冷却すれば、腎臓は障害を受けることなく、腎移植手術の吻合(血管などをつなぐ操作)準備ができるまで安全に保存することができます。
 腎臓を摘出した後は、手術創の出血が止まっていることを十分に確認し、創を洗浄します。手術後の出血や体液が術野に溜まり、化膿の原因となることがあります。この液の貯留を防ぐためにドレーン(排液管)を腎臓の摘出したあとに入れておきます。
 しかし、術中に内視鏡での摘出が困難な場合は速やかに従来の用手的な摘出術に変更することがあります。
 手術の所要時間は5〜6時間ぐらいです。また、本術式では、麻酔は全身麻酔のみで硬膜外麻酔を行ないません。

手術術式の比較
 傷の大きさ:1>2>3 手術時間の長さ:3>2>1
 術後疼痛の強さ:1>2>3 用手:1&2、鏡視下:3

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4.手術の合併症

(1)創部の出血、皮下血腫
(2)創部化膿あるいは離開
(3)気胸
(4)麻酔薬による薬剤性肝炎
(5)膀胱炎
(6)術後肺炎
(7)手術時間が長くなった場合の、圧迫による皮膚損傷(床ずれのようなもの)

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5.手術後の経過
 術後は基本的には、予防的な抗生物質の投与は行いません。術後の予防的抗生剤の投与は、その効果と薬剤の副作用を天秤に掛けると、投与しないことの方が優っていると報告されています。術後に使われる薬剤は、水分補給のための点滴と疼痛に対する鎮痛剤が主なものです。
 腎臓摘出術はお腹の手術のように胃や腸を触ったり傷めたりしませんから、水分や食事は早目に開始できます。 

(1)手術中に留置されたカテーテル(管)など
 ・前腕の静脈点滴;十分に水分食事がとれるようになるまでの期間、術後2〜3日目に抜去
 ・膀胱内留置カテーテル;離床が可能になった時。術後2〜3日目に抜去
 ・創部ドレーン(排液管);出てくる体液・血液が減少するまで。目安として、術後2〜3日目に抜去します。
 ・硬膜外麻酔カテーテル;術後3〜4日目に抜去
 ・抜糸;術後7日目に行います。

(2)離床
 制限はありません。通常、2から3日目にベットから降り、自力でトイレに行ってもらいます。

(3)退院
 術後4から10日目(翌週の週末)ぐらいを目安にしています。

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6.腎臓が1個になることと、あなたの今後の生活について
 本来、私たちが普通に生活するのに2個の腎臓は必要なく、全体の1/4(1個の半分)あれば十分といわれています。従って2個とも十分な機能を持っていることが証明されたあなたの場合、残り1個の腎臓の働きで、何ら問題は起きません。
 一方、腎臓を取り出した傷口は、個人差はあるでしょうが、体を動かしたりすると鈍い痛みがあったり、入院生活の疲れが少し残るかもしれません。でも、これらの症状は、一日一日とゆっくりと良くなってきます。
 退院後の運動・仕事の制限はしません。焦らずに、あなたの日常生活のペースを取り戻して下さい。
 しかし、腎臓が1個しかないことは、残りの腎臓に結石ができたり、交通事故などで損傷したりした場合は、重大な事態になります。術後は十分に水分をとり脱水を避けること、また、定期的な外来受診による腎臓の定期検診が必要です。
 私たちの外来では、術後1、3、6ヶ月後、その後は年に1回外来を受診していただき健康診断を受けていただきます。結果は、その都度文書で報告しています。

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7.提供者に関わる医療費負担について
 原則的には、腎提供のための検査、腎摘出術の費用は全て腎臓をもらう患者さんの医療保険が適応されます。ですから、ほとんど、提供者の金銭負担はありません。しかし、提供予定者自身に病気に見つかった場合、その医療費はご自分の医療保険の対象となります。

終わり
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